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47 ルコ村掃討作戦

 奥の部屋から飛び出してきたのは、この村に居るはずのないレティシアだった。


 リメノ村で修行していたレティシアが、なぜここに居るのかは分からない、分からないが、こんなにも危険な場所に出てきてしまったことに、ボクは焦った。


 多分、さっきドロテオがボクの名前を叫んだのを聞いて、ボクが人質に取られていることを知ったんだ。


 それで居ても立ってもいられず飛び出して来たのだろう、でも、この状況はまずい、皆殺しを前提に攻めてきた騎士団の前に姿を現してしまったのだ。


 レティシアもボクと同じになる、全身の骨を折られボコボコに殴られる、殺される前に徹底的に犯されるかも知れない、そんな未来が脳裏をよぎり戦慄した。


 しかし、今のボクは指先も動かせない、まともに声すら出ないほど痛めつけられているんだ、どうすることも出来ない。


 ただ成り行きを見守ることしか出来ない自分が、情けなく口惜しい。


「ばっ、ばかやろう、出てくるな!」

「ウソっ、ユーノちゃん!? イヤーーーっ!!」


 ボロボロの状態のボクを目にして、レティシアは悲鳴を上げた、そしてパニックになってしまったのか、そのままボクの方へ走り出した。


「バカな! 行くんじゃねぇ!」

 

 ドロテオの制止も聞かず、真っ直ぐボクへ向かってくる、しかし、騎士団がそれを許すわけがない。


 いち早くアーサーが動く、そして、躊躇なくレティシアに大剣を振り下ろした。


 その顔に表情は無い、まるで殺戮マシーンのように無情だ、非情だ、もしくは本当にオーガか。


 容赦の無いSS級の攻撃、そんなもの誰にも止められない。


「うおおおお!」


 それでも、アーサーの攻撃に合わせドロテオが飛び込んだ、超重量級武器のバトルアクスを、床を舐めるようにして振り上げる。


 ――ガギイィイン!


 耳につんざく衝撃音、アーサーの大剣がレティシアへ届く前に、何とかドロテオのバトルアクスが間に合った。


「グウゥゥゥ」

「な、なんだぁ?」


 本来なら受け止める事すら難しいアーサーの大剣は、ドロテオのバトルアクスにより大きく跳ね返され、アーサー自身もヨロヨロと後退した。


 SS級の攻撃を跳ね返した!? その結果にドロテオ自身も驚いている。


 しかし、そんな二人には目もくれずレティシアは突っ込んでくる、よろめくアーサーの脇をすり抜け、騎士達がひしめくボクの方へ向かってくる。


 最前線に居た騎士も、アーサーの攻撃が跳ね返された事に驚いていたが、走ってくるレティシアへ顔を向けると、腰を落とし、腕を大きく広げ、まるで今から抱き留めるようなポーズを取った。


 ここからでは騎士の顔は見えないが、きっと卑しい笑いを浮かべているに違いない、レティシアは十二歳の女の子だ、そんな者へ剣を向ける必要もない、抱き留めて締め上げるだけでも縊り殺せる。


 両手を広げる騎士の胸へ、吸い込まれるようにレティシアは飛び込んだ。


「ユーノちゃんを返してよーっ」≪闘羊拳闘技:ヘッドバッティングラッシュ≫


 そのまま突進したレティシアの頭突きが、騎士のブレストプレートに当たり、コンと、乾いた音を出したと思った。


 ドガンッ――――!!


 ――――ゴゴゴォォオオ。


 衝撃、いや、爆発した、何かが大爆発した。


 鼓膜のキャパを超えた大音量と共に、ボクの体はどこかへ行ってしまった。


 天地がひっくり返るようだったが、いづれ、どうやら背中が地面に着いていることは分かった。


 立ち込める土煙に遮られていた太陽の光が、徐々に鈍く輪郭を取り戻す。


 太陽? おかしい、役場の受付フロアに居たはずなのに。


 土煙が晴れて、ボクは辺りを見回す、ここは外だった、役場前広場の真ん中で倒れている。


 ボクと同じように吹き飛ばされた騎士達が、あちこちでうめき声を上げていた。


 この爆発はレティシアの仕業だろう、わけの分からない威力の戦技が炸裂し、受付フロアに居た騎士団は、ボクを含めて全員吹き飛ばされたんだ。


 フッと体が軽くなる。


「ギラナ?」

「…………」


 散乱している騎士の中から、いち早くボクを見つけ出したギラナは、ボクをお姫様抱っこして受付フロアへ走る。


 このなめり走り、ボクを抱えているというのにまったく振動が伝わってこない、ボクではこうはいかない、さすがギラナだ。


 誰にも気づかれないほど速やかに、ドロテオの傍らに静かに寝かされた。


「な、何が起きたんだこりゃあ」


 頑丈だけが取り柄の役場だが、半分以上が吹き飛んでいた、ドロテオも何が起きたのか理解できずに混乱している様子だ。


「なっ!? ユーノ!」


 そして、傍らに寝ているボクにも気がつく。


「おいユーノ、生きてんのかお前? 生きてたら返事しろ」


 ドロテオはしゃがみ込み、ボクの傷だらけのほっぺをぺしぺし叩いてくるが、それは勘弁してほしい、痛い。


「痛い、です」

「お、おおう、何とか無事……とも言えねぇな、ひでぇ有様だ」


 今しがたレティシアにトドメをさされそうになったが、なんとか生きている。


「ユーノちゃん! ユーノちゃんドコ?」


 レティシアは、自分で吹き飛ばしたボクを見失い、未だ辺りを探していた。


「こっちだレティシア! ユーノは大丈夫だ、任せておけ! それよりユーノをひどい目に合わせた奴らを許すな!」


 そうドロテオに言われたレティシアは、一瞬ボクを見て安堵の表情を見せたが、すぐに目に力を宿しコクリと頷いた。


「それにしてもなんて馬鹿力だ、これがユーノの能力だってのか……」


 ドロテオの言う通り、レティシアのあの爆発力はボクのバフによるものだろう。


 修行したとはいえ、この前まで普通の女の子だったレティシアに、こんなすさまじい破壊など出来るはずがない。


 レティシア以前に、アーサーの攻撃を弾き飛ばしたドロテオも同じだ、バフの影響下にあると思う。


 しかし、どうしてバフが乗ったのかは分からない、今回は同じPTでもなく、肩を並べて戦ったわけでもない、そんな条件下でパッシブスキルが発動するなんて。


「よし、残った野郎どもを集めろ、ここはレティシアとオレに任せて、村の中に居る騎士どもを追い出すんだ、こっちにはユーノが居る、負けるわけがねぇ! 反撃だお前ら!」


 戦える者は少ない、それでもドロテオの号令で戦士達は村の中へ散っていった。


「アビー……さんの、馬車……」

「ん? どうしたユーノ」


 アビーさんの幌馬車の中には、まだおばさん達とトーマスが居る、また人質に取られたらめんどくさい事になる、その前に助け出さないと。


「私が行きます」


 それには受付の山賊おばさんが行ってくれた、彼女はアビーさんの馬車に乗り込み、出てきたと思ったらそのまま村の中へ消えていった。


 開放されたおばさん達が、馬車からぞろぞろ出てくる、トーマスも一緒だ。


「なんだトーマス、お前居たのか、捕まってんじゃねえよ」

「仕方なかったんスよ、それよりこの瓦礫の山はなんスか、ハリケーンでも通ったみてぇだ」


 辺りには、レティシアがぶっ壊した役場の残骸が散らかっていた。



「ふ、ふぎ~~ッ、なんだ、なんだというのだ!」


 今まで気絶していたベネディクト隊長が吼えた。


 ベネディクト隊長は、外で待機していた騎士団に広場の安全な場所まで連れ出されていた、隣には顎髭のリベリオ分隊長も居る。


「アーサーはどこだ! なぜ奴らがピンピンしておる、殺せ! 今すぐ始末せよ」

「ベネディクト隊長、アーサーは彼処に」


 リベリオ分隊長が指し示した場所には、アーサーが泡を吹いて倒れていた、爆心地に居たんだ、無理もない。


「なっ、おのれ記憶が……どうなったのだ?」


 気絶していたため、吹き飛ばされた前後の記憶が混濁しているようだ。


「ハッ、そこのシープ族のメスガキが突進してきまして、次の瞬間にはこのような状況に……」

「なんだそれは? 訳が分からんぞ、ええい何でも良い、そのメスガキを殺せ! リベリオ、お前の自慢の剣で切り捨てよ!」

「ハッ!」


 片膝をつき頭を垂れていたベリオは、ゆらりと立ち上がり、流れるような所作で直ぐ刃の片手剣を抜いた。


 明らかな手練だ、当然、戦闘に関して初心者のレティシアとは、比べ物にならないほどの熟練度を誇っているだろう。


 ガシャガシャガシャとプレートメイルを鳴らしながら、リベリオはレティシアに向かって走り出した。


 豪快なアーサーと違い、剣を斜め右下に構え、体も半身で小さくまとまっている、隙の無い剣だ。


「覚悟してもらおう、……静寂から繰り出すは電光石火、我が剣に曇りなし、我が剣の前に立てる者なし、ゆくぞ! 王国剣奥義!!」

「えい!」≪拳技:連撃≫


 ガン!

 

 レティシアの戦技が繰り出され、一つだけ音がした、一撃のように見えたが、リベリオのプレートメイルには幾つもの拳の跡が作られている。


 見た目に渋く、ダンディーな顎髭のリベリオ分隊長は、レティシアを前に何も出来ず、「ぴきゅ」とかわいい音を漏らして一瞬で撃沈した。


「なっ、何をしておるっ、フザケている場合ではなかろうッ!」

「分隊長ーッ」

「リベリオ分隊長ーーッ」


 なんだこれ。


 もはやレティシアと騎士ではあまりに力の差がある、次元の違う強さだ、もう騎士団に勝ち目は無い。


「おのれコヤツ、油断するな、確実に仕留めよ、前列前へ、流砂陣形!」


 このデブ中年も見た目はアレだが、流石は隊長か、すぐさまレティシアを強敵と認識し、十人ほどの騎士で囲むように円陣を組ませた。


 騎士団も国際A級レベルと言うだけあり、かなり訓練されているようだ、臆するどころか、その眼には十分な闘志を宿らせている。


 右に回転を始めた円陣は、徐々に加速し収束してゆく、そして、中心に居るレティシアとの距離を一気に詰めた、全員が一斉に袈裟斬りに剣を振り降ろす。


「ズあああっ!!」

「セイアアッ!!」


 咆哮とも言える、腹の底から絞り出した気合と共に、騎士達の全力の斬撃がレティシアを襲う、逃れる隙などどこにも無い、絶対に躱せない攻撃だ。

 

 レティシアはぎこちない構えでそれを迎え撃つ、しかして、騎士達の渾身の攻撃は、なぜか一撃もレティシアを捉えることが出来なかった。


 レティシアは暖簾でもくぐるかのような気軽さで、騎士の斬撃を退ける。


 そして、「えい、えい」と、まるで場違いな可愛い掛け声を口にしながら、騎士の膝をちょこん、ちょこんと蹴ってゆく。


「ぐあああっ!?」

「ぐうううっ!!」


 膝の皿の部分を前足刀まえそくとうで打たれ、騎士達の脚は細枝のようにパキパキと折れて、みんな逆関節になっていった。


 陣形に参加していなかった騎士も次々とレティシアに襲われ、皆トリ足と化してゆく、ベネディクト隊長は「ヒィィ」と、数人の騎士に守られ後退した。


「ばっバケモノめ!」


 ベネディクト隊長は、首から下げていた物を慌てて手繰り寄せる、笛だ、それをおもいきり吹くと、甲高い笛の音がルコ村中に響き渡った。


 お前は岡っ引きかと突っ込みたくなったが、その効果は高く、すぐに村中の騎士が集まって来た、その数は三十人以上は居る。


「そいつはバケモンだ、そのシープ族の小娘を狙え! 総員突撃っ! 轢き潰してしまえーーっ!!」


 広場でまだ立っている騎士と合わせて四十名、総力攻撃だ。


 ベネディクト隊長の号令を皮切りに、騎士団は「うおーー」と、合戦の突撃のように轟を上げ、たった一人のシープ族の少女に雪崩込んだ。


 レティシアは、役場の対面に建っているジガさんの家に飛び移った、数センチしかない壁の縁に足をかけ、さらに飛び上がり、屋根の上まで駆け上がる。


 まるで山羊が崖を駆け上るような身軽さだ、そのまま上空へ天高くジャンプし、次には、騎士団の中心へ向け急降下した。


「はーっ!」≪闘羊拳闘技:マウンテン・シープスタンプ≫


 ドゴォォオオオ――――!!!


 またもや凄まじい爆発を引き起こした。


 大量の土砂が巻き上がり、目の前は瞬時に真っ暗になる、日本人のボクでさえ経験したことが無いほど、激しく地面が揺れる。


 やがて地響きも収まり、ぼとぼとと土の欠片が辺りに落ちてくる、しばらくして土煙が晴れると、目の前に大きなクレーターが姿を現した。


 役場前広場のほとんどをすり鉢状に陥没させたレティシアは、その中心で仁王立ちしていた、闘気でゆらめく背中が漢を物語っている。


 実際十二歳の小さな女の子なので、口には出さないけど。


 立っている騎士の姿など無かった、レティシアを中心に全員放射状に吹き飛ばされ倒れている、遠い家の壁に張り付いている騎士もいた。


 周囲の家もあらかた崩壊している、この役場もなんとか原型をとどめたが、かなり崩れ落ちていた、もはや大災害だ。


「わたしも村を見てきます、ユーノちゃんをよろしくお願いします」


 言葉を無くしているボク達に、クレーターから這い上がってきたレティシアはそう告げると、村の中へ走って行った。


「……あんまり村を壊さないようにな」


 走り出したレティシアにはもう声は届いていないが、尻もちをついているドロテオは、そう独り言のようにつぶやいた。


 レティシアは知らないと思うが、この村へ乗り付けた騎士団の馬車と搭乗員数から見て、恐らく今の戦闘でほぼ全ての騎士を倒したと思う。


 一段落ついたため、ドロテオも奥の部屋へ子ども達の様子を見に行った。



 半壊して西陽が差し込むこの受付フロアで、ボクは真っ裸に剥かれていた。


 騎士に痛めつけられて体の動かないボクは、トーマスとギラナに瞬間強力回復軟膏を全身に塗ってもらっていたのだ。


 トーマスとギラナは、それぞれの手に瞬間強力回復軟膏をたっぷり取って、すっぽんぽんのボクのカラダに満遍なく丁寧に塗り込んでゆく。


 そこは女の子の役目だろ、という声が聞こえて来そうだ、おまけにこの二人は完全な雑魚山賊AとBな見た目だ、BL的な趣向の方々にも需要は無いだろう。


 しかし、トーマスとギラナにとってボクは弟子なんだ、なんだかんだ弟子を大切に思ってくれていると思うと、嬉しかった。


 薬が塗られた箇所は急速に痛みが引いてゆく、殴られ過ぎて高熱を発していた体も、すぅと、楽になっていった。


 出来たてホヤホヤのダメージには、やはりこの薬は覿面だ、表層の裂傷や打撲はたちまち癒やされてゆく。


 この分なら骨もすぐに接ぐだろう、一時間もしないうちに、行動できるようになると思う。


「大分落ち着いてきた……な、……ケケ」

「ああ、もうちょっとでくたばる所だったなあ、ユーノ」


 村に散開していた山賊達も、倒すべく騎士が居なくなったので徐々に役場へ戻ってきていた、すぐにレティシアも戻るだろう。


 そんな村のみんなに見守られる中、相変わらずボクは、かわいいモノをぷらぷらさせたまま、トーマスとギラナから羞恥プレイ、もとい、治療を受けていた。


 騎士に襲撃され、緊張していた山賊達にも、いくばくか安堵した様子が見受けられるようになったその時。


「ぐああーっ」


 突然、一人の山賊の悲鳴が役場前に響き渡った。


 叫んだ山賊が倒れ込むと、その後ろから、ズゥゥと巨影が立ち上がる、先程まで泡を噴いて倒れていた戦士アーサーだ。


 その眼光は怒りに鋭く、体から湯気が立つほどに高揚している、この人、本当に人間なのか? グルルゥゥなどとオーガのような呻きを上げている。


「殺ス……。オ前ラ……。全員!」


 カタコトで殺戮を宣言したアーサーは、グオオオと雄叫びを上げ、ボク達の方へ突っ込んできた。


 役場前に集結していた山賊達は、アーサーの進撃を阻止しようと立ち向かう。


「ガアァァアア!」


 しかし、アーサーがその大剣をひと薙ぎすると、数名の山賊が同時に吹き飛ばされた、すさまじい剛力だ。


 山賊を次々となぎ倒しながら向かってくる、この戦士は本当にSS級だ、初めてミルクの戦いを見た時の衝撃が重なる。


「何事だ!」


 奥の部屋で子ども達のケアをしていたドロテオが飛び出してきた。


「こいつ、厄介な……」


 アーサーを一瞥し、そう呟きバトルアクスを構える。


「待ちな! ドロテオさん、ここはオレにやらせてもらうぜ」

「なにっ?」


 名乗りを上げたのはトーマスだ、ボクに薬を塗っていたトーマスは剣を取り、向かってくるアーサーの前に躍り出た。


「トーマス!」

「へっへっへ、汚名返上だぜ、オレの活躍見とけよユーノ」


 ヘラヘラしているトーマスへ、怒りが頂点に達しているアーサーは無慈悲な一撃を打ち下ろす。


「危ない!」


 そう叫んだ時には、トーマスはアーサーの剣をひらりと横へ避けていた。


「余裕だっつーの、こんな木偶の坊なんかよ」


 アーサーは打ち下ろした剣を、そのまま返す刀でトーマスへ向け切りつけた、その跳ね上がって迫る剣を、トーマスはニヤニヤしながら眺めている。


「見えてるぜ~、このノロマがあ!」


 そして、アーサーの豪剣に合わせ、叩き落とすように剣を振るった。


 ガイィィンと、火花を散らし打ち合った剣同士だったが、アーサーの剣は止まらず、そのままトーマスを跳ね飛ばし、壁へと叩きつけた。


 さらに追撃がなされる、再び打ち下ろされたアーサーの攻撃を、トーマスは横にした剣で受けるが、その攻撃を受け止めきることはできず、背にした壁をバキバキとぶち破り、半壊した部屋の外へ倒された。


 そこへ突きこまれた再三の攻撃を、何とか横に転がって躱し立ち上がる、流石にその頃には、ニヤついていたトーマスの表情は驚愕へと変わっていた。


「ばっ、バカ強え、なんだコイツは!」

「気をつけて、その人、SS級に匹敵するって言ってた!」

「マジかよ、ミルク並ってか?」 


 アビーさんの幌馬車の中に居たトーマスは、アーサーのことを知らない、今更ながらその強さに驚いている。


 山賊をなぎ倒した時点で気付いて欲しかったが、あいにくトーマスは本質的に雑魚山賊Aなのだ、油断しまくるというテンプレを踏襲している。


 冗談はともかく、本当にフザケすぎだトーマス、他の山賊と変わりなく安々と弾き飛ばされて、ぜんぜん締まらない。


 試合前はオラついてイキっているが、いざ試合が始まるとワンパンで沈む格闘技選手みたいだ、かっこ悪いったらない。


「コイツは一筋縄じゃいかねえ、オレと変われトーマス」

「待ってくれよ、剣筋はバッチリ見えてんだからよぉ、大丈夫イケるって」

 

 そうは言うが、何度か切り結んだ剣はすべて力負けし、その都度壁や床に叩きつけられる、やがてトーマスは、ついにアーサーの前に膝をついた。


 アーサーはとどめを刺そうと、大剣を大上段に構えた、その剣身が陽炎に包まれたように揺らめいている、まずい、何か戦技を用意している。


 初期技のダブルスラッシュでも、ミルクが使えば森を薙ぎ払うほどだった、バフを抜きにしても、SS級の戦技はとんでもないはずだ。


 どんな戦技でも、アーサーが放てば辺りを吹き飛ばすほどの威力が出るだろう、そして最悪なことに、その直線上にはボクや子ども達が居る。


「シネ、ごきぶりドモ」≪破壊剣:ランページ≫


 瞬間、アーサーの体が大きく膨らんだように見えた、同時に幾つも現れた剣閃が、一つの束となってトーマスへ襲いかかる。


 やられたと思った、ここに居る全員吹き飛ばされると覚悟した。


 しかし、何も起きない、なぜかアーサーはピタリと動きを止めている。


「ふぅ、どうやらパワーじゃ敵わねーみてーだな」


 剣を振り下ろした姿勢で静止していたアーサーが、グラリと大きく崩れた、その背後からトーマスが顔を覗かせる。


 いつの間にアーサーの背後へ移動したのか、全く見えなかった、そしてアーサーも、すでに床へ倒れたまま動かない、あっと言う間もなく勝敗は決していた。


 トーマスはボクに戦闘術を教えてくれた師匠だ、逆に言えば、トーマスがどう戦うのか手に取るように分かる。


 しかし見えなかった、トーマスの影歩きすら予測をつけることは可能なのに、その影すら捉えることが出来なかった、異常な速度だ。

 

「それにしても、とんでもねえ能力だ、こんなにスゴくなってたのかよ」


 SS級のアーサーを一瞬で切り伏せたトーマスは、ポリポリと頭をかいている。


 道中で騎士に襲われた時、もし反撃していたら、トーマス一人でも別働隊を殲滅出来ていた事を言っているんだ。


 だけど、あの時は仕方なかった、ここまでバフ能力が強くなっているなんて思わなかったし、ボクの身を案じて我慢していたトーマスを攻める事など出来ない。


「まったく、ハラハラさせてんじゃねえよトーマス」

「いやいやドロテオさん、ちゃんと分かってたんだぜ? 最後には決められるってな、いやマジに」


 相変わらず不真面目な大人だ、でも、どうにか全ての戦闘は終了したようだ。

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