46 さらわれ(6回目)
執拗なまでのリンチを受け、もう指先も動かない。
折れた骨を透過し、内臓に直接ダメージが通る、ヘタな箇所を攻撃されると即死するかもしれない。
しかし、どうにも出来なかった、仰向けに倒れて見上げた空は、密集して降ってくる騎士達の鉄靴で見ることも出来ない。
こんな泥臭い田舎の片隅で、何も始まらないうちにボクは死ぬんだ。
「分隊長! 一つよろしいでしょうか」
命を諦めた時、一人の騎士が大きな声で叫んだ、ボクを踏みつけていた騎士団の攻撃も一旦停止する。
「なんだ、言ってみろ」
「ハッ、このような上玉を、このまま葬り去るのはいささか勿体無いと考えます」
「うん? コイツはオスのようだぞ?」
「ハッ!」
「……フン、まったく物好きだなお前も、よし許可する! ただし今は先を急ぐ、任務が済んでからだ、その後なら良いぞ」
「ハッ!」
……助かった、のか? 変態騎士のおかげで、この場で殺されることは免れた。
意見をした騎士は、踏みつけられボコボコになっているボクの顔に、さっそく強力回復軟膏を塗った。
市販されているこの薬でも、数時間もすれば効果が出てくる、それを思ってか、変態騎士の顔は卑しいニヤけ顔へと歪んだ。
一時死を免れたが、今後の展開は容易に想像はつく、任務とやらが終わった後、ボクはこの変態騎士に犯され、再び嬲り殺される運命が待っているのだろう。
それでも、今死んでしまう訳にはいかない、諦めたら脱出する機もゼロだ。
後ろ手に縛られたトーマスも、数発殴られてアビーさんの馬車へ乗せられた、動けないボクは、そのまま騎士団の馬車に放り込まれた。
森に隠されていた騎士団の馬車は、木製の箱型カーゴで立派なものだ、それが二台、一台ごとの搭乗員数から見て、騎士は三十人以上は居る。
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騎士が操るアビーさんの馬車と共に、ルコ村へ進軍している。
体は全く動かない、くるくる角のおかげで頭蓋は守られ、重要な臓器もまだ無事みたいだけど、指一本動かせないのは依然変わらない。
馬車が旋回するたびに体が床を流れる、当然、助けてくれる者など居ない、それどころか、長椅子に座っている騎士の足元へ転がると踏みつけられる。
骨折した箇所を蹴飛ばされ、ぐにゃりと鉄靴が直接肉に食い込む、痛いというよりも、終わったという思いが先にくる。
これだけ徹底的に暴行されては、放っておいても衰弱してゆき、いずれは命を落とすと思う、どうやっても死ぬ未来しかない。
しかし、ボクには一つだけ希望があった、瞬間強力回復軟膏だ。
全身の骨がバキバキに折られ、内臓にまでダメージが達している今の状態でも、瞬間強力回復軟膏なら治すことが出来る。
囚われた状況の中で、薬を使うチャンスがあるかは分からない、だけど、万に一つの希望でも、それが無ければ、壮絶な痛みに殺してくれと叫んでいただろう。
「害獣のお前らは根絶やしだ、そのため森で張っていたのだが、まともな山賊は一人、後は女子供しか捕獲できなかった、少々残念だが時間も無い、本隊と合流する時刻が迫っているのでな」
本隊……、他にもまだ騎士団が来ているというのか。
この辺境にはヴァーリーしか大きな街はない、これだけの大部隊、いったいどこから来たというのか。
「そろそろお前達のねぐらも隊長の部隊が制圧する頃だ」
この部隊は別働隊で、本隊はすでにルコ村で掃討作戦を開始しているという。
最悪だ、ルコ村には元盗賊団の戦闘員も多く居る、この騎士達も強そうだが、それでもみすみす村人が殺されるとは思わない。
だけど、さらに本隊までも居るならば、ルコ村の戦士でも無理だ。
「シープ族の害獣よ、なぜあの男は我々に手を出さなかった? 随分とお前は大切にされているみたいだな? 賊に仲間を思う気持ちがあるとはお笑いだが」
トーマスの実力なら、ボクを無視して逃走するだけなら出来たはずだ、でも、ボクの身を案じて騎士に逆らうことはなかった。
「ならば隊長に良い手土産が出来たわ、向こうに着いたらせいぜい利用させてもらうとしよう、今のようにな」
顎髭の騎士は、ボク達に人質としての価値があると考えているようだ、この場でみんなを殺さなかったのは、変態騎士の意見を受け入れただけでは無い。
人質として利用され、その後価値が無くなったなら、ボクは変態騎士の慰みものになり、他のおばちゃんやトーマスはその場で首をはねられるだろう。
くやしい、でも、どうしようもない。
ボクは、騎士団にリンチを受けていた時、ナイフを抜く事すら出来なかった、躊躇したんだ、ボクは人を本気で傷つけた事が無い。
どれだけ魔物を倒そうとも、やはり人間は違う、その背景を思ってしまう、この騎士一人ひとりにも家族がある、仲間が居る。
そう思ったら動けなかった、しかし、その一瞬が命運を分けた、殺るか殺られるかの状況で戸惑っていてはダメだ、ポイズンブロウだって使えばいい。
でもそれは、村の危機を知った今だから言えることで、平和ボケが染み付いたボクでは、ただの負け惜しみにしかならない。
結局、村を救うことも出来ず、指一本すら動かせない、負け犬だ。
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「フッフッフ、さすがは隊長だ」
顎髭の騎士が、カーゴ馬車の窓から外の様子を覗い、不吉な言葉を吐く、どうやらルコ村に到着したみたいだ。
「お前達、準備は良いか」
「ハッ」
「よし、降車しろ!」
バンと勢い良く後ろの両開きの扉が開くと、ガシャガシャとプレートメイルを鳴らしながら、騎士達は次々と外へ飛び出した。
「すでに決着はついているようだがな、一応、お前も来い」
「うう……」
顎髭の騎士は、動けないボクのパーカーの背中を掴み、持ち上げる、まるで荷物でも運ぶようにして、そのまま馬車から一緒に降りた。
そこはルコ村の役場前広場だった、霞んだ目であたりを見渡す、あちこちで山賊が倒れている、それとは対象的に、負傷している騎士は見当たらない。
山賊は一方的にやられたみたいだ どうやらこの騎士団は、相当鍛え上げられた手練集団のようだ。
広場には、ボクが乗せられた分隊の馬車以外に、同じタイプの馬車が三台もあった、本隊は五十人は居るだろう。
分隊を合わせて騎士は全部で八十人以上、これは何の戦争だ? どれだけこの掃討作戦が本気なのかがうかがい知れる。
先に降りた分隊の騎士達は、びっしりと縦列に隊列を組んでいる。
「隊を分ける、一班は私に続け、後は待機だ」
「ハッ」
十人ほどが動いた、顎髭の騎士が「持ってろ」と、ボクを一班の部下に渡す、その部下にも同じようにネコづかみで持たれた。
「状況を教えてくれるか?」
顎髭の騎士が、役場前で待機していた本隊の騎士に問いかけると、騎士は軽く足を打ち鳴らし敬礼をし、状況を説明した。
「村の制圧は大方完了しております、この建物に代表者始め、数人の残党が立てこもっておりますが、只今アーサーを含めた隊長部隊が踏み込みましたので、じきに作戦は終了する見通しです」
「そうか」
そんな事を話している最中、ガギイィン! と、金属同士がぶつかり合う大きな音が役場の中から響いた。
「ほう、やっているな」
「ハッ」
続いて、中から話し声も聞こえてくる。
「ハッハッハ、どうした、それが王都の元隊長の力か? それとも憲兵部隊である第四隊では、隊長もその程度なのかな? ハーッハッハッハ」
知らない男の声が聴こえる、分隊長の顎髭の騎士が役場の玄関扉を開くと、すぐそこに声の主が居た。
「ベネディクト隊長、リベリオ合流しました」
「リベリオ来たか、入れ」
このベネディクトという男が本隊の隊長か、他の騎士と違い、装飾のされたプレートメイルを装備している。
しかし、僅かに見える肌はでっぷりとだらしなく、低身長の、いわゆる中年デブだった、明らかに戦闘は苦手そうだ。
隊長は隊列の一番後方に陣取っている、自ら戦う気は無いのだろう、おそらく叩き上げの騎士ではなく、偉い貴族の出身とか、そういう類の隊長だ。
そのベネディクト隊長を守るように、十数人の騎士が隊列を組んでいる、さらにその向こうに、オーガと見紛うほど強靭な戦士の背中が見えた。
いかにもなこの大男が、さっき聞いたアーサーなのだろう。
顎髭のリベリオ分隊長と、ボクをネコづかみしている騎士を除き、分隊の騎士も部屋へなだれ込み、本隊騎士のようにベネディクト隊長を守る陣形を敷いた。
この役場の受付フロアはかなり広いが、それでも騎士で溢れんばかりだ、どこを見ても敵しか目につかない。
「観念したらどうだ? 我らは冒険者に例えるなら、全員国際A級の腕前はある、キサマに逃れるすべはないぞ」
ベネディクト隊長は、アーサーと対峙している者へ語りかける。
ボクはその言葉に戦慄した、この騎士達が全員国際A級レベル? たった一人の騎士が相手でも、ボクでは勝てない……。
「特にそやつは特別だ、アーサーはSS級にも引けを取らん、本来、あの戦士ミルクにぶつけるために用意したのだ、キサマが何人居ようと同じことだ、最も、その頼みの綱の戦士ミルクも、今は留守にしているだろうがな」
ミルクの事も知っている、この村を攻略するために調べ尽くしているんだ。
それに、今言ったアーサーというオーガのような戦士、騎士と違い、鉄製の防具は胸当てなど限定的だが、オーガと同じく、通常の攻撃がはたして通るのかと思わせる強靭な筋肉の持ち主だった。
アーサーは、その大きな体躯に見合う長剣を握り、誰かと対峙している。
「ベネディクト隊長、これを」
「なんだリベリオ、その小汚い小僧は」
騎士にネコづかみされたまま、ボクはベネディクト隊長の前に差し出された。
「ハッ、ここへ来る途中に拾った奴らの仲間です、盾に使えるかと」
「ふーむ、必要無いと思っていたが、ここへきて奴らもしぶとい、良かろう」
ベネディクト隊長が「道を開けよ!」と叫ぶと、騎士達は左右に割れ、部屋の全貌が見えた、アーサーと対峙していたのは、やはりドロテオだった。
ドロテオは両手持ちの巨大なバトルアクスを構えていたが、全身から血を流し、肩で大きく息をして、すでに立っているのもやっとな感じだ。
ドロテオの後ろにも数人の山賊が武器を構え、奥の部屋を守っている、おそらく奥の部屋には、守るべき弱者、村の住人が匿われているんだ。
「ドロテオよ、もう剣を降ろせ」
「何を言いやがる、てめえなんかに屈するわけにいくかよ」
「投降すれば村人の命は助けると言っておるのだ」
「しゃらくせえ、これだけめちゃくちゃしといて、そんなモンに騙されるか」
顎髭のリベリオは山賊は根絶やしだと言った、ドロテオが降伏したところで収まるわけがない、この騎士団は最初からルコ村を全滅させるつもりなんだから。
「これでもそう言い張れるかな? おい、それを持って来い」
動けないボクは、みんなの前に引きずられてゆく。
「なんだ?」
「コレを知っているだろう? おとなしく投降すればよし、さもなくば……」
そう言って、ベネディクト隊長はボクのアゴをクイと持ち上げ、ドロテオに顔が見えるようにした。
「なっ!?」
「さてどうする? 抵抗するなよドロテオ、動けば即コレを斬り捨てるぞ」
久しぶりに村に戻ったというのに、こんななりで申し訳が立たない。
安易に騎士団に捕らえられ、人質として利用されて、もうこれ以上、この村に迷惑をかける事は出来ない。
「たい、ちょうさん、ボクは……、この村と、関係無いんです……よ」
瀕死の体で絞り出したのは、そんな言葉だった。
ボクはバカだろう、それとも殴られすぎておかしくなったのか、自己犠牲なんて一番毛嫌いすることなのに、なぜかいつもこんな感じになってしまう。
しかし、このままボクが人質に取られていると、抵抗出来ないドロテオは今すぐアーサーに斬り殺される、そうなると一気に皆殺しが始まる。
そんな事はさせない、どうかボクの事は気にせずに、ドロテオにはこの状況を打開してほしい、そして、後ろの部屋に居る村人達を助けてあげてほしい。
「リベリオ、どういう事だ? この小僧は山賊の一味では無いのか?」
「いや、そんなハズは……、しかし、確かに確証は無いかもしれません」
「馬鹿者! ドコのガキとも知れぬ者を、何の役に立つというのだ!」
ベネディクト隊長は声を荒げると、ボクの顔面をおもいきり殴った、デブ中年のパンチといえど、鉄甲で殴られたため口元が切れ、血が滴る。
「もうよい、邪魔だ」
次には、ボクの襟首を掴み上げ、上方から喉元に剣をあてがった。
ぼんやりと霞む視界に、ボクを殺す剣が映る、ああ、このまま剣を突き込まれると、お尻まで一気だな、なんて思った。
……くそう。
ベネディクトは剣を振りかぶり、勢いをつけた剣先は、ボクへ向かってきた。
「やめろぉぉーーっ」
剣がボクの喉元へ落とされる瞬間、ドロテオの叫びが部屋に響き渡り、既の所で剣は止められた。
「なぜお前がこの村に」
「ハッハッハ、なんだ、やはりこの小僧のことを知っておるではないか」
予想外にドロテオはボクをかばった、そのおかげでボクの寿命は少しだけ伸びた、だけど、人質が有効となれば、再びドロテオと村人の命は風前の灯だ。
「テメェら、こんな子どもを痛めつけて恥ずかしくないのか? そんな卑怯なマネをしといて、それがお前らの騎士道か! ただの外道だろうが!」
「ふふん、獣人など」
ドロテオになじられても、ベネディクト隊長は涼しい顔だ、周りの騎士も笑っているようだった。
「害悪の芽を摘むのも我らの崇高なる任務の一つだ、道を外れているのはお前だ、ドロテオよ」
そして、ボクをネコづかみしている騎士の手を、ベネディクト隊長はぐいと持ち上げ、丁度殴りやすい位置へと調整した。
――バキン!
鉄甲の拳で殴られる、避けることも出来ない、だらりとした体で、ただ殴られ続ける。
「そら、どするのだ? ん? 早く投降せぬと大変な事になってしまうなぁ?」
ベネディクト隊長は、そのチビデブ体型をコミカルに左右に振りながら、まるでサンドバッグで遊んでいるかのように、ボクを殴り続けた。
殴られる度にどこかしら切れ、木の床に鮮血が飛び散る、殴られる回数を重ねるにつれ、宙ぶらりんの足元に血液が溜まってゆく。
「ユーノっ!」
ドロテオが、初めてボクの名前を叫んだ時だった、ガタン! と大きな物音が奥の部屋から聞こえ、さらに、ガタンガタンと激しい物音が続く。
次の瞬間、ドカンと勢い良くドアが開かれ、同時に椅子や机がこっちの部屋に飛び込んできた、バリケードに使っていた物だろう。
何事かと、ドロテオも、ベネディクト隊長も、騎士団も、全員がその様子を見守っている。
「……止めろ、……行くな」
ギラナの声だ、奥の部屋にはギラナが居る。
部屋の村人達を守っているんだ、しかし、ギラナの制止も聞かずに、奥の部屋から誰かが飛び出してきた。
「ユーノちゃん!」
そんな、居るはずはないのに……、どうしてこの村に。
血相を変えて飛び出してきたのは、レティシアだった。