45 ルコ村
道の両側には森が広がっている、抜けるような青空の下、トーマスと共にてくてくと歩いていた。
サンプル兼、手土産の瞬間強力回復軟膏もどっさり持って。
「アビーさんも言ってくれれば良かったのにね、一緒に行けたのに」
「そういう人なんだよ、あの人は」
ルコ村への道中、そんな事を話していた。
「やっぱ貴族のお嬢様はどこかズレてんだよなあ」
「貴族って? アビーさんが?」
「おうよ、見て分かるだろ」
見て分かる? 分からないよ。
あの恰幅の良い体格、日に焼けた顔、猫族なのにしなやかさとは無縁なパワー系、どこから見ても農家のおばちゃんだ。
そんなアビーさんは、昔はヴァーリーの貴族だったと言う、街を開拓した一族の末裔だ。
しかし、数年前に獣人排斥の流れが起きて、猫族だったアビーさんのお家もお取り潰しになった。
街から追い出されたアビーさんは、仲間の獣人達と共に、人目につかない山岳地帯に新たに村を作った、それが現在のルコ村だ。
アビーさんの代わりに、中央から派遣されて来たのがアルッティだった、アルッティの館は、元々アビーさんのお屋敷だったらしい。
そんな場所で獣人奴隷を不正に取引し、言葉に出せないような酷い事をしていたなら、それはルコ村の連中に襲撃されても仕方ないのだろう。
「ふーん、そんな事情があったんだね」
「まあ、オレも聞いた話でよく知らねーけどな」
「そうなの? トーマスは山賊村の中でも結構偉いんでしょ?」
「山賊村て」
「山賊の村でしょ? 違うの?」
「間違っちゃいねぇが、オレとしてはあんまりな」
アビーさんもドロテオも山賊の村だと言っていた、だけど、トーマスはそう呼んでほしくないみたいだ。
他の山賊ルックの人達も、みんな山賊の村と呼んでいなかった気がする。
「村長のドロテオさんも、自分は山賊の頭領だって言ってたけど」
「ありゃふざけてんのさ、郷に入っては郷に従えってのもあるんだろうが、まあ半々だな」
そう言えば、ルコ村はアビーさんが創設した村で、発足当初のルコ村の住民は、ヴァーリーを追われた獣人で構成されていたはず、なんで山賊の村なんだろう?
「ドロテオさんやミルクはここいらの出身じゃねーんだ」
「ミルクは違うのは解るけど……」
ミルクの褐色肌は、この寒い地方では殆ど見かけない、多分南の温かい地方の出身だろう、それに山賊どころか英雄だ。
加えて、ドロテオも別の土地から来たみたいだ。
「いつだったか、ミルクがドロテオさんを連れてきて、そのままルコ村の護衛として頭に据えたんだ」
「ふーん、山賊じゃないんだ?」
「あんなナリはしているが、良いとこの出よ」
「じゃあ、トーマスもドロテオさんと一緒に来たの?」
「オレが? んなわけねーだろ」
トーマスはまた別みたいだ、アビーさん達ルコ村の先住民とも違う、それでいてミルクやドロテオとも違う、それにドロテオに山賊だと皮肉を言われている?
「そーだよ、オレはここら一帯を牛耳る盗賊団の一員だった」
「うそ? じゃあ本当に悪い人じゃん」
「まーな、正確にはその盗賊団に雇われていた用心棒ってとこだ」
トーマスが以前所属していた賊の一派は、ゲロ吐くようなゲス集団だったみたいだ、そのものズバリな典型的な盗賊だ。
多分、リメノ村を襲い、幼いレティシアを誘拐したのもこの盗賊団だろう。
「ゴミのような連中だったが、オレも冒険者家業だけじゃ食っていけねーからな。なんてな、本当はこの腕を高く買ってくれる盗賊団になびいただけだ」
トーマスは見た目通り、本当に社会のクズだったようだ、とても似合っている。
「ゲスーい、さいてー」
「うるせえ、そこへあのミルクが乗り込んできやがった、後はお察しだ、まー強かったぜミルクは、まさに鬼神だ」
そう言えば、ミルクとアストラの活躍で、盗賊団は壊滅したんだった。
生き残った残党もボッキリと心折られ、もはや生きる気力すら無く、放っておいても野垂れ死ぬほどに叩き伏せられたようだ。
しかし、その中でトーマスだけは違った、トーマスは、その鬼神のようなミルクの強さに心底惚れ込んでしまった。
もう一度ミルクの前に立てば、その場で斬り捨てられてもおかしくないのに、剣を教えてくれと、当時まだ小娘だったミルクに付きまとった。
「危ないよ、敵同士だったんでしょ?」
「良いんだよ、斬られなくても野垂れ死んでいただろうし」
結局ミルクには断られた、しかし、そんな行く当ての無くなったトーマスを拾ったのがアビーさんだ。
ルコ村の開拓にも手を貸していたミルクの側にアビーさんも居て、トーマスの様子を近くで見ていたのだ。
アビーさんは、不当な境遇から逃げてきた奴隷や、嗜虐されている獣人、そのような社会的弱者を集め村に住まわせていた。
トーマスを含め、路頭に迷っていた盗賊団の残党も、同じ社会的弱者としてアビーさんの目には映ったのだろう、改心する事を条件に村に招き入れたのだ。
だが、すでに村に住んでいた元奴隷は盗賊団の被害者も多い、始めは色々と無理があったようだ。
逆上した元奴隷になぶり殺される元盗賊団、それを見て逃げ出す元盗賊団。
そんな状況になるのは誰が見ても明らかなのに、無茶が過ぎるアビーさんを、少しズレているとトーマスは評価しているのだろう。
それでも許しを請い、村を守ると心を入れ替えた元盗賊達を、トーマスがまとめ上げて村の一員に加えてもらったようだ。
元盗賊団、今は山に住んでいるので山賊の様相だが、見るからにヤバイ山賊の戦士も、アビーさんを始め村人に逆らう事は無い。
十分に恩義を感じているようだ、それもそうだろう、そのままなら辺境の森で野垂れ死ぬか、掴まって処刑されるしか無いのだから。
山賊がヴァーリーに出入り出来るようになったカラクリは、また別であるみたいだけど、とにかく、元盗賊達はアビーさんに頭が上がらないんだ。
つまりルコ村は、元貴族のアビーさん率いる獣人と奴隷の先住民。ミルクやドロテオなどと思いを同じにする外部から来ている人。トーマスを筆頭とする地元の元盗賊団。この三つの勢力からなっていた。
「知らなかったなーそんな事」
「人に言いふらすような話じゃねーしな」
「どうしてボクには教えてくれたの?」
「そりゃ、ユーノは村の者だし? むしろ今やルコ村の中心人物だ、お前に隠すような話じゃねーよ」
いやいや冗談でしょう? ボクは山賊の仲間ではない、最初こそ山賊と一緒に居たけど、今は、あれ? めっちゃつるんでる? いつの間に。
「お前の能力はドロテオさんも高く評価している、それに加えて今回の薬の一件だ、今ルコ村に一番貢献しているのは間違いなくユーノだからな」
別にルコ村のためにやっている訳じゃないのに、結果そうなってしまった。
山賊の村と言っても、現在悪事を働いているわけでは無い、むしろ奴隷の社会復帰を助ける施設と化している。
ボクも助けてもらった恩があるし、これで良かったのかもしれない。
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森の中をゆく一本道はまだ続くが、今のペースなら、予定通り夕方にはルコ村に到着しそうだ。
途中、昼食を済ませたボク達は、再び歩き出す。
「おうユーノ、ちょっと先行っててくれ」
「どうしたの?」
「うんこしてくっからよ」
うん……こ? 山賊にデリカシーを求めるのもアレだけど、もっと言い方があるでしょう? さっき昼食を食べたばかりなのに。
「良いよ、待ってるから」
「そうか? わりーな、三十分くらいで戻るわ」
「三十分!?」
長すぎる、そんなに待てない。
「三十分も待てないよ」
「じゃあ先に行っててくれ、すぐ追いつくからよ」
「もう、仕方ないなあ……」
仕方ないので、野ぐ○マンを置いて先に進むことにした。
それにしても、今日は本当にいい天気だ、一人で森の道を歩いていると、穏やかな風が鳥のさえずりや木々のさざめきを運んできてくれる。
とても清々しい気分だ、うんこの一件が無ければもっと良かったけど。
トーマスを置いてどんどん歩いていると、前方に幌馬車が停まっているのが見えた、今朝ヴァーリーのアジトを出発したアビーさんの馬車だ。
ルコ村までは、もう少し距離がある、こんな所でどうしたのだろう?
周りにおばさん達も居ないし御者の姿も見えない、道のど真ん中で立ち往生している、馬車の故障などのトラブルかもしれない。
ボクにも何か手伝える事はあるかと、さらに幌馬車に近づく。
やはり馬車の周りには誰も居ない、後方にある幌の出入り口も閉められている。
「すみませーん、どうかしましたかー?」
外から呼びかけたが返事が無い、しかし、馬車の中から人の気配がする。
確認しようと後ろの出入り口の幌に手をかけ、一気にめくり上げた。
そこには、予想だにしない光景があった。
アビーさんを含め、数人のおばさんが居たのだが、みんな後ろ手に縛られて、布で猿ぐつわをされていた。
殴られたような痣を作っている人も居る、明らかに何者かに襲われた後だ。
「これは一体……、大丈夫ですか!」
「むー、むー」
おばさん達は、猿ぐつわで声は出ないようだ、すぐさま一番近くに居たおばさんの縄を解こうと手を伸ばす。
いったい何があったのか、すぐに盗賊団という単語が思い浮かぶ。
ここら一帯で幅を利かせていた盗賊団も昔の話だ、しかし、そのようなヤカラがこの地に居たのは確かだ、また新たにヤカラが現れていても不思議じゃない。
「く、固い」
縄の結び目が固い、なかなかほどけない。
まだ近くに盗賊団が潜んでいる可能性は高い、でも、早くおばさん達も助けてあげないと、きつく縛られて苦しそうにしている。
「どうされたのかな?」
突然、背後からした声に、ビクリと心臓が跳ねた。
盗賊団だと思って振り返る、しかし、幌馬車の中を覗き込んで来たのは盗賊団とは程遠い、立派なプレートメイルを着込んでいる一人の騎士だった。
がっしりとした体格、栗色の短髪に、短く切りそろえた顎髭を蓄えている。
ヴァーリーでは見かけないフルプレートメイル、もちろん冒険者の中にも、ここまですごい装備の人は見たことがない。
すると、さらにガシャガシャと、同じような騎士が続々と集まってきた。
この整然とした堂々たる佇まい、顎髭の騎士を筆頭とした騎士団だ。
「何かあったのかな?」
「はい、このおばさん達が、盗賊に襲われたみたいなんです」
「なにっ、盗賊だと?」
良かった、騎士団が居てくれたなら、もう盗賊に襲われる心配はない。
「むー、むー、むー」
固く縛られたおばさん達はとりあえず後回しにして、先に顎髭の騎士に説明する、まだ近くに盗賊が潜んでいるかもしれないと。
「それはいけないな、あい分かった、我々に任せておくが良い」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
これで安心だ、どれほどの規模の盗賊団か知らないが、この数の騎士を前にして、おいそれと手出しは出来ないだろう。
ボクは再びおばさんの縄を解こうと、幌馬車に乗り込もうとした。
「時にシープ族の子よ、このご婦人方と随分親しいようだが、知り合いかね?」
「はい、一緒に住んでいるっていうか、仲間です」
「ほう?」
その時だった、道のずっと向こうに小さく人影が見えた、トーマスだ、やっと追いついたみたいだ。
トーマスはボクを見るなり、急にダッシュして向かってきた。
「……ーノ……お前……」
「えーなにー?」
叫びながら走って来ている、大きく手を振り何か言っているが、まだ遠いうえに、午後になり強く吹き始めた風の音で、声が掻き消えて上手く聞こえない。
「おーい、こっちだよー」
ボクもトーマスに習い、両手を大きく振り返した。
アビーさんの馬車に加え、この騎士団の大所帯だ、ビックリしているのだろう。
「彼も仲間かね?」
「はい、まったく、いい年して困った人なんですよ」
「んー、そうかそうか」
徐々にトーマスが近づいてくる。
「……はやく……げろ」
「え、なに」
よく見ると血相を変えて走っている、どうしたのか、いつもの余裕ぶってフザケているトーマスとは様子が違う。
そして、言葉が分かるほどに近づいた。
「バカヤロウ! 早くそいつ等から離れろ、逃げろユーノ!」
「えっ?」
――ボゴオォ!
「がっ……!?」
トーマスが叫びをあげた瞬間、ボクの腹に深々と顎髭の騎士の拳がめり込んだ。
「うぉォ……ゴホッゴホッ」
突然な事で、まったくのノーガードでくらってしまった、体がくの字に折れ曲がり、たまらず地面へ倒れ込む。
間髪入れず、他の騎士もボクを囲んで踏みつけてきた、どうして……、かなり頭は混乱している。
でも、今まで培った戦闘の経験が、自然とボクの体を動かした。
「なにっ、コイツ」
騎士達の踏みつけ攻撃はボクには届かなかった、未だ“くの字”に曲がる体を抱えながらも、なんとか騎士達の隙間をぬって攻撃を躱す。
「素早いぞ、包囲しろ!」
誰からともなく声が上がると、騎士達はその手に持つ大型の盾を地面へ突き立て、ボクの逃げ道を防ぐように並んだ。
対人戦には慣れていない、特に集団が相手では、まったく勝手が分からない、知能が有るだけでも魔物とは段違いの強さだ、ことごとく逃げ道を絶たれた。
幾つもの盾で囲まれ、身動きがとれなくなるほど押し込まれた、上から逃げようとも、さらに数を増やした騎士に盾で抑え込まれる。
頭上から顎髭の騎士の手が伸びてきて、ボクの髪の毛を鷲掴む、とうとう騎士団に捕まってしまった。
「ふう、手間取らせやがって」
――ドガアッ!
顎髭の騎士の鉄靴が、ボクのみぞおちに食い込む。
「ぐぁ……ぁぁ……」
身動き出来ない所に、容赦ない攻撃をくらい、息がつまる。
おばさん達を襲ったのは盗賊なんかじゃない、この騎士団だ。
「賊だと? それはお前らだろう、この害獣どもが!」
騎士団にとって山賊は敵なのだろう、そして、ボク達がその山賊なのだと、この騎士団は知っているんだ。
こんな暴力を振るわれる覚えは無い、しかし、この野蛮な異世界だ、山賊と言うだけで有無を言わさず殺されるケースだってあり得る。
森の中から騎士団のものと思われる馬車馬のいななきが聞こえた、おばさん達に猿ぐつわまでして、騎士達は森に潜んでいたんだ。
この周到さ、おそらく後から来るボクとトーマスの事も知っていて、おばさん達を餌にしたんだ。
マズイ事になった、どう考えても山賊達を一掃するために騎士団はここに居るんだ、このまま山賊の村へ進軍するつもりだろう。
「オラオラァ! この獣人風情が!」
「よし、骨が折れました、次の骨を折ります」
それからはただのリンチだった、地面にうずくまるボクを、固く重い鉄靴が次々と踏みつける。
「クソっ離せ! ユーノ!」
「おっと動くなよ? このシープ族の命はお前次第かもしれんぞ? もっとも、このままでもフツーに死ぬかもしれんがなあ!」
「やめろ! それ以上は本当に死んじまう」
同じく騎士に囚われたトーマスは、ボクを人質に取られ手が出せないでいる。
ボクの状態は、最早ボロぞうきんという言葉が易しく思えるほどだった、すでに体は言うことをきかず、うずくまる事すら出来ない。
騎士達は、無防備なボクを容赦なく踏みつける、あちこちの骨は折られ、直接内臓へダメージが通る、意識も飛び飛びになっていた。
このままだと確実に死んでしまう、だけど、もう抵抗することも出来ない。
ボクは、ただ死を待つだけとなった。
いつ見てもここの説明回は窮屈。