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43 手に入れたもの03(エメリー視点)

 オーガとの戦闘に敗れた私達は、今朝の野営地まで後退した、そこで改めてフェリクスのダメージを確認する。


 少し体を動かすだけでも痛がる、おそらく肋骨が折れている、それに左腕の打撲も酷い、こちらも骨にダメージを負っているかもしれない。


 強力回復軟膏を塗り込むが、いくら高価なこの薬でも、動けるようになるまで数日間はかかる。


 状況を確認した結果、これ以上の狩りの続行は不可能と判断し、ヴァーリーへ戻ることに決めた。


 まだ午前中の早い時間だ、今から停留所へ向かえば馬車に間に合う、私とアルネラは、辛そうにするフェリクスに肩を貸し、東の森停留所まで急いだ。



 馬車に揺られているのは私のPTのみだ、オーガ祭りも終わるので、他に東の森に向かう冒険者も居ない。


 ガランと開けた馬車内は、重苦しい空気に静まり返っていた。


「……が、……から」

「え?」


 そんな中、沈黙を破ったのはフェリクスだった。


「エメリー達が、しっかりしないから」

「は?」


 フェリクスが何か言った。


「何言ってるの? 作戦通りやったでしょ」

「じゃあ何で勝てないんだよ」

「し、知らないわよ、なにを……」

「後衛がしっかりしてくれないから、ダメージ源の後衛が役立たずで、敵が倒せるわけ無いじゃないか」

「なっ!? フェリクスだって何よ、全然仕事してないじゃないの、これじゃタダの口だけ男よ!」

「なんだと! 一ヶ月前はあんなの余裕で切り刻んでいただろ」

「どうしてそれを今やらないのよ、死ぬ所だったのよ!?」

「それはエメリーも同じ……くそっ、何で出来ないんだよ!」


 今、口を開けばこうなる、反省とか作戦の立て直しとか、今回の失敗はそんな次元ではなかった、私もフェリクスも恨み言しか出てこない。


 一ヶ月前、ちびっこ冒険者と組んでいた時と明らかに違う、まったく力の出ない自分にムカついて、同じく役立たずに成り下がったパートナーをお互い蔑んだ。


「あの、すみません」

「何よ!」


 アルネラが私達の言い合いの間を縫って話しかけてきた、イライラしている私は、つい刺々しく返事をしてしまう。


 しかし、アルネラは、そんなこと関係ないとでも言うように喋り始めた、そこには強い意志を感じる、普段の地味でおとなしいアルネラではない。


「私、街に到着したらPT契約の解除を申請します」

「え……?」


 頭に登っていた血が急降下する。


「私、これが初めてのPTなんです、最初からオーガを相手にするなんて無理がありました、街に戻ったら相応のPTを探すつもりです」

「それは……、新人なのは私達だって同じよ、だからもう少し一緒に居ない? せっかくPT組んだんだし、ね?」

「いえ、それなら尚更です、新人なのにオーガを倒せるなどと、そんな口車に乗った私にも落ち度はありますが、とても一緒にやっていけるとは思えません」

「ちょっ、ちょっと待ってよ、倒せるのは本当で……」

「やめて下さい、私は生き急ぎたくはありません、名声もお金も必要ありません、堅実に行きたいのです」

「そんな……」


 そう思うのも当然だ、適わない敵に挑み、命からがら逃げ出した、倒せると公言していたにもかかわらず。


 アルネラからしてみれば、常識のない無鉄砲なPTにしか映らない。


「終わりだな、PTは解散だ」


 フェリクスが、冷たくそう告げた。


「何言ってるの? フェリクス」

「このPTは終わりだ、僕も背中を預けられるヤツを探すよ、こんな所じゃ終われない、僕は強いんだ」


 突然、PT解散という言葉が上がって、私は焦る。


 今は、せっかく仲間にした貴重な魔法使いを繋ぎ止めるために、交渉をしないといけないのに、もう一人の仲間も解散の言葉を口にする。


「ちょっと、あなたまで出て行く事ないでしょ? 誰と組むっていうのよ?」

「もう初心者同士で組む必要もないだろ? 街周辺のゴブリンを狩るわけじゃないんだ、僕ほどの実力があれば引く手数多さ、騎士になっても良いな」


 アルネラは、まだこの人は自分が強いと思っていると、呆れた顔をしている。


 しかし、今フェリクスに出ていかれると私一人になってしまう、それだけじゃない、フェリクスは私にとってただのPTメンバーではない、私の大切な……。


「待ってよ、私達付き合っているのよ? 変なこと言い出さないで!」

「付き合ってるだって? はは、そう思っているのはエメリー、キミだけさ」


 もう最後だからとでも言いたいのか、フェリクスは信じられない事をぶっちゃけ始めた。


「どういうことよフェリクス」

「どうもこうも? 最初からそんなのどうでもいいし」

「だからどういうことよ! 説明しなさいよ、好きって言ったじゃないの、嘘付いたってこと!?」


 隣にアルネラが居るにもかかわらず、私はそんなことを大声で口走る。


 まったく信じられない、PTの危機だっていうのに、何ふざけたことをフェリクスは言っているのか。


「あはは、どうでもいいとは語弊があったかな? うん、初めからエメリーを狙っていたのは確かだよ、でも、本来の目的はあのガキさ」

「ユーノ君のこと?」


 一ヶ月ほど前に、私達のPTを脱退したちびっ子冒険者だ、でもそれがどうしたというのか、私には何のことかさっぱり見当がつかない。


「ああ、エメリーあのガキにメロメロだったろ? あのガキも楽しそうにしてさ、そんな仲をぶち壊すのがどうにも愉快でね」

「え? なに?」

「最近ハマっているんだ、僕の美貌を使って面白い事が出来ないかってね、ゲームだよ」


 急にどうしたと言うのか? さっきからフェリクスの様子がおかしい、やめてほしい、そんな冗談は。


「何言ってるの? 本気で言ってるの?」

「あーあ、タネを明かしちゃったよ、恨まないでくれよな? でもゲームの目的は達成出来たし、正直もうお前に興味無いんだ、わるいね?」


 目の前がグラグラと崩れる思いがした、この男は本当に人間なのかと疑いたくなるような話だ。


 嘘にしても酷すぎる、私はそんな異常な性癖に付き合わされただけって事なのか? 信じられない、信じたくない。


「ウソよ、好きって言ったもの、ウソよ!」

「だからー、真に受けるなって、単純だなー」

「ウソよ! 冗談はもうやめて!」

「あはは、あの時のガキの顔思い出してみろよ、この世の終わりみたいなツラしてさ? お前だっていい気味だってノリノリだったじゃないか、楽しかっただろ?」

「ひどい! そんなことない、そんなこと思って無い!」


 ……それは嘘だった、私はあの時、確かにユーノ君を仲間はずれにして楽しんでいた、この男の言う通りの事をしていた、あの純真無垢なユーノ君を、私は。


「ユーノ君はまだ子供なのよ、私とそんな関係なわけないじゃない」

「恋愛だけが全てかい? 笑えるね」

「変態! なんでこんなヤツを」

「十分愉しませてもらったよ、そんな訳でPTは解散さ、今でもガキのツラを思い出すと笑けてくるよ、良いPTだったね、エメリーのカラダもまぁまぁだったし?」

「なっ!?」


 そうだ、私はユーノ君を裏切って、こんな奴にすべてを捧げて、……こんなクズ男に。


「唯一の誤算はオーガが倒せなかったことさ、かっこいい所を見せて、そっちの魔法使いちゃんも頂こうと思っていたのに、まぁ、そこは今回は我慢しておくかな」


 まさか、狩りを再開したのもそれが目的なのか? 私達の痴話喧嘩に無関心を装っていたアルネラも、一瞬ゴミを見るような目でフェリクスを見たが、また素知らぬふうで向こうを向いた。


 私は耳を覆い顔を伏せた、いつもなら激昂して、蜂の巣にしてやると弓を持ち出しているだろう、しかし、今の自分はあまりにも情けなさすぎた。


 フェリクスは、ただ自分の欲望を満たすためだけに私達に近づいてきた、お金や野望に利用する訳でもない、ただただ、その変態的な性癖を満たすためだけに、私は心も体もいいように弄ばれて。


 こんな男と一緒になってユーノ君をイジメたことが、どうにも後ろめたい、私もこの男と同類だった。


 どうして人をイジメていることに気づけなかったのか、フェリクスをおかしいと思えなかったのか、ユーノ君はどんな辛い思いをしたのか。


 同じように心を裏切られて初めて気づくなんて、愚かだったと後悔しても、今更時間が戻るわけじゃない。



 馬車がヴァーリーの街に到着すると、フェリクスは「イテテ」と、ケガをした胸を押さえ馬車を降り、診療所の方角へ消えていった。


 去り際にまたムカつくことを言っていたようだが、もう耳には入ってこない。


「では、短い間でしたがお世話になりました」


 アルネラも軽く会釈し、大通りの方へと、人混みに紛れていった。


 あまりに呆気なく私は一人になってしまった、誰も居なくなった停留所に、ただ一人佇んでいる。


 カッコいい彼氏が出来て、私は浮かれていた、邪魔になったユーノ君を追い出すために、ありえないほどキツく当たってしまった。


 逆だった、大切なものは全て逆だった、何もかも失ったような気がして、次に何をしたらいいのか思いつくことが出来ない。


 刻々と夕闇が深くなる大通りを、宿へ向けてトボトボと歩き出す。


 左右に立ち並ぶお店から歩道に明かりが落ちている、その中でも、ひときわ騒がしく陽気な声が聞こえる方に首を向けた。


 酒場を兼ねたギルド食堂ジルミだ、もう随分とここで食事もしていない、冒険者で賑わうこの食堂に、もの懐かしさすら感じる。


「お酒……」


 空っぽになった心をお酒で満たすのもいいかもしれない、今日くらいは良いよねとぶつぶつ言いながら、目の前の酒場に吸い寄せられてゆく。


 入り口の厚手の開き戸を引くと、店内を満たす賑やかな空気がわっと押し寄せ、一瞬体が押し戻される、そんな空気を顔に浴びつつ足を踏み入れた。


 ちょうど夕飯時とあってか、ほぼ満席状態だ、店内を見回しつつ、空いている席がないか奥へ進む。


 ふと足が止まる、そこに、その子は居た、その子を、見つけてしまった。


 ギルドでその顔を見なくなって一ヶ月だ、もう冒険者をやめてしまったのだと思っていた。


 ユーノ君は、大人用の椅子と丸テーブルにちょっと無理な感じで収まって、小さな両手に大きすぎるジョッキを危なげに持ち、少しずつ傾けて中のホットミルクを飲んでいた。


 相も変わらず愛くるしいその姿に、申し訳ない気持ちが溢れ出る。


 呆然と立ち尽くす私に、肩がぶつかるほどに客の出入りは多い、その客の流れに紛れている私に、ユーノ君はまだ気づいていないようだ。


 ごめんなさいって言おう、こんなバカな私を許してくれないかもしれないけど、誠心誠意、せめて謝ろう。


 そのテーブルに近づくと、ユーノ君の向かいにも男の人が座っていることに気がついた。


 ……その男は、まるで犯罪者のような風貌だった。


 幾重にも毛皮を貼り付けた装備に身を包み、見ているだけでも獣臭さが漂ってきそうなほど野蛮な格好をしている。


 ヒョロっと背が高く、ヘタに近づけば財布でもスッてきそうな雰囲気がある、可愛くてほがらかなユーノ君とは、とてもじゃないが相容れないタイプの人間だ。


 その異様さに目を奪われている私を、男はギラギラした三白眼で、値踏みするかのように見返してくる。


 ハッと我に返り、卑しい薄笑いを浮かべる男から目を背け、ユーノ君の前に躍り出た、ユーノ君も私に気が付いたようだ。


「ユーノ君……」

「あっ……」


 ユーノ君は怯えた瞳で私を見上げた、……私のことが怖いんだ。


 フェリクスに玩具にされたこと、そのフェリクスと一緒になってイジメたこと、ユーノ君と別れてから何一つうまくいかないこと、色々なことが頭を駆け巡る。


 正直、私の事などどうでもいい、自業自得の結果だとあきらめもつく、しかし、幼い子をむやみに傷つけたことが心に苦しい。


 ユーノ君と二人で冒険していた時は、あんなに仲が良かったのに、あんなに楽しそうだったのに、今では私を見て怯えている。


 命を預ける仲間に裏切られたんだ、その思いはどれほどのものだろうか、こんな小さな子に取り返しの付かないことをしてしまった。


 もう関係を修復なんてとても出来ない、穿たれた溝はあまりにも深かった。


「何か? お嬢さん」

「い、いえ、何も」


 言葉に詰まっていると、横から、犯罪者のような空気を纏う男に声をかけられ、ついそんな返事を返した。


 ここに居ると、いたたまれない気持ちに押しつぶされそうになる、そもそも私には合わせる顔なんてない、ユーノ君の前に居る資格なんて、私には無い。


 いつからこんなに弱虫になってしまったのだろう、そうは思うが、今日は無理だ、私はユーノ君のテーブルから離れようと踵を返した。


「なあユーノ、知り合いか?」

「うーん」

「まぁいいや、ところでさっきの続きだけどよ」


 背中ごしに二人の会話が聞こえてくる、あの気味の悪い犯罪者のような男は、ユーノ君の新しいPTメンバーのようだ。


 ユーノ君の声からは、パートナーを信頼している確かなものを感じさせた、あんな男と二人、次の冒険の計画を楽しそうに話し合っている。


 何も間違っていなければ、あのテーブルに着いているのは私だったはずだ、でも、今ユーノ君の隣は私じゃない、あの男が座っている、私はあの男にすら成れなかったのだ。


 ユーノ君があの男に向けている楽しげな声も、笑顔も、二度と私に向けられることは無いだろう。


 私は何も取らず、そのままギルド食堂を出た、後ろで扉が閉まると、店内の喧騒が一気に遠くなる。


 肌寒く、人もまばらになった暗い道を、まだ遠い自分の宿へと歩く。


「結局、謝ることも出来なかった……」


 ふと、気がついて耳に手をやる、そこにはルビーのピアスが、私をあざ笑うかのように、バカみたいにぶら下がっていた。


 フェリクスから是非に付けて欲しいと言われたものだ、今思うと、それさえユーノ君を貶めるために与えられたものだと分かる。


 そして、ユーノ君に貰ったピアス、片方だけの、小さな黄色いピアス。


 すごく嬉しかった、可愛らしくて楽しくて、そんな弟みたいなユーノ君から貰ったプレゼントは、掛け値なしの宝物だった。


 しかし、その小さなピアスは、私が自分で捨ててしまったのだ、そして……いつ捨てたのかも思い出せない。


 あんなに大切にしようと思っていたピアスなのに、フェリクスしか見えていなかった私は、あのピアスをどこで捨てたのかさえ覚えていないのだ。


 最低だ。


 あまりに身勝手で情けない自分に、涙すら流れる。


 希望に満ちてこの街へ来たはずだったのに、ここに居るだけで惨めなことばかり膨らんでくる、自分の矮小さに、否が応でも向き合わされる。


「……もう、この街に居ることもないかな」


 未練はある、しかし、その未練こそが原因でもある、無理にこの場所にとどまることもないと思う。


 明日、街を出よう。


 私は、この街から、ユーノ君から、自分自身から、逃げることを心に決めた。

「エメリー編その2」はこれで終わりです。再度エメリーが登場する「エメリー編その3」は、かなり後になります。

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