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41 手に入れたもの01(エメリー視点)

「エメリー編その2」

 エメリーとフェリクスの、恋人たちの日常です。

「初めまして、フェリクスです」

「あ、はい、……スゴく、かっこいいですね」

「ちょっとフェリクス? ダメだからね」


 まったく油断も隙もない、かっこ良すぎるのも考えものだ、フェリクスを前にすれば、女の子なら絶対ドキドキするに決まっている。


 そのフェリクスも、すぐ調子に乗って色目を使うものだから、気がきではない。


「いやいや、誤解だよエメリー、そんなワケないだろ?」


 本当かしら、そんなさわやか笑顔で言われたって、安心できない。


「それより早く紹介してほしいな、彼女が新しい?」

「そう、彼女が昨日話していたアルネラ、今日から私達のPTに参加することになった、魔法使いよ」


 私とフェリクスは一ヶ月前から冒険者家業を休止していた、それまで貯めたお金があるので、少し遊んでも良いだろうと二人で決めたんだ。


 その中であっても、PTメンバーの抜けた穴を埋めるため、私は毎日のように冒険者ギルドへ足を運んでいた。


 そこで見つけたのがアルネラだ、冒険者証を発行しているところに偶然出くわし、急いで声をかけたのだ。


「よろしくお願いします、がんばります」

「魔法使いだなんてスゴイよ、どんな魔法が使えるんだい?」

「はい、ストーンバレット、ファイアアロー、ファイアウォールです」


 魔法使いは希少だ、この辺境の街ではまずお目にかかれない、しかも、未だPTに所属していない者と巡りあわせたなど、本当に奇跡としか言いようがない。


 それに彼女は若い、まだ十六歳だという、私達とも年齢が近い、最高のPTが組めたと自負している、いや、誰が見ても羨むほどだと思う。


 アルネラは別の街で三年間魔法学校へ通い、このヴァーリーの街へ流れて来たようだ。


 魔法使いの例に漏れず、暗い色のローブを纏い、さらに藍色の長めの髪で目を隠している、地味でおとなしい子だ。


 アルネラには悪いが、正直フェリクスの趣味ではない、しかし、それが私にとっては都合が良い、本当に良いことずくめの最高の仲間だ。


「私、PTとか初めてで、冒険者もなりたてなんです、すみません、ご迷惑をお掛けするかもしれませんけど……」

「大丈夫、僕とエメリーがサポートするから、大船に乗った気でいてよ」

「は、はい」


 初々しい、今日はいつものカフェでアルネラとの顔合わせだが、早速、明日からは仕事を入れてある、今からもすでに楽しみだ。


「あの、PTメンバーが一人抜けた後だと聞きました、私を含めてまた三人になったわけですけど、もっとメンバーを集めたりしないのですか?」

「いや、僕達のPTは三人でやっていくつもりだよ」

「危険ではないですか? PTは五人ほどで組むのが普通だと言いますし、まして私のような半人前では、その脱退した方の代わりにはなれないと思うのですが」

「そんなことないさ、それに僕達けっこう強いんだ、任せてよ」


 アルネラの心配はもっともだ、経験の浅い若者だけのPTは特に危険で推奨されない、新人とさほど変わりない私とフェリクス、そして、本物の新人のアルネラ、この三人なら、普通は街周辺の警備がせいぜいだろう。


 当然そんな仕事をするつもりはない、私とフェリクスの実力は周辺警備程度では収まらないのだから。


 私達は今日から同じPTだ、フェリクスの説明に未だ怪訝な表情を浮かべるアルネラに、きちんと説明する必要がある。


「そんなに心配しなくても大丈夫よアルネラ、今まで私達はずっとオーガを倒してきたの、大抵の依頼なら問題なくこなせるわ」

「お、オーガ!?」


 やっぱり驚いている、それも当然だ、たった三人でオーガを狩るなんて、冒険者学校の生徒の憧れでもある、王国騎士でも苦労するだろう。


 しかし、私の力は狩りをするうちに急激な成長を遂げ、オーガなら問題なく倒せるほど強くなった、フェリクスなんて、私と組むまで日々の鍛錬を頑張っていたらしく、初めから結構強かった。


「実際のオーガは見た事が無いのですが、学校では熟練のPTで倒すものと習いました、実践経験も無い私などが、何かのお役に立てるとも思えませんが」

「大丈夫、魔法使いのアルネラが加われば僕達はもう無敵さ、オーガだってゴブリンの如きだよ」

 

 正直、新しいメンバーはアルネラでなくても良かった、狩りを円滑にするための人員確保だったのだけれど、やはり貴重な魔法使いというのは見逃せない。


 それに、PTの再編は冒険者家業を再開するキッカケにもなる、私もいつまでも遊んでいるわけにもいかない。


「その脱退した方のようにはいきませんよ? そんな凄腕の方と私などが……、とても代わりが務まるとは思えません」

「プフッ」


 思わずフェリクスと顔を見合わせてしまった、アルネラの言う脱退した凄腕の方というのは、あのちびっ子冒険者のことだ。


 確かに子供にしては強かった、それでも後半は何が出来ることもなく、ただ付いて来るだけのちびっ子冒険者と、貴重な魔法使い様とでは比べるべくもない。


「あ、あの、私何か変なことを?」

「いやゴメン、ちょっと脱退した人のことを思い出してね、凄腕と言われるとそのギャップでおかしくてね、ははは」


 何かツボにハマってしまったフェリクスに変わり、私が説明する。


「安心して良いわ、実はその脱退したPTメンバーって、まだ子供だったのよ」

「子供?」

「そう、何故か十歳の男の子が冒険者ギルドに登録していてね」

「十歳!? そんな子供が冒険者だなんて」

「まあ、子供の冒険者は珍しいけど、まったく居ないわけでもないしね、その子はPTを組んでいたといっても、マスコット的な存在だったの、だからアルネラで役者不足という事はないわ、安心して?」

「子供……」


 あ、マズイ、アルネラは不審に思っているようだ、普通に考えれば子供なんかをPTに入れて、強力な魔物であるオーガを相手に戦っていたなど、ちょっと信じられない話だろう。


 私は、あのちびっ子冒険者がPTを求めて苦労していたため、人助けと思って仲間に入れてあげたと説明し、誤魔化した。


 本当は私の方がちびっ子のかわいさに目が眩んだのだけれど、わざわざそんなこと言う必要もないから。


「そうだったんですか、それにしても、子供を連れて戦うなんて大変じゃないですか? 危険も大きくなりますし」

「当然、無理なら引き止めていたわ、でも意外と強かったの、もちろんフェリクスの足元にも及ばないんだけど、敵の攻撃を避けるだけなら出来ていたから」


 それでも、私達との力の差は開くばかりで、いづれトラブルの元となり、ちびっこはPTを抜けていった。


「なるほど、大体納得しました、お話の限りでは、私でもなんとか出来そうな気がしてきました」

「だから大丈夫って言ったろ? それに、その男の子は気味の悪い技を使ってね」

「フェリクス!」

「まあ良いじゃないか、もう居ないんだから」


 あの禁忌技の事だ、ちびっ子本人は毒の技だと言っていたが、それにしては不自然なほど強力だった、本当に毒なのか判別出来ないほど。


「毒の……、そんな禁忌技を子供が?」

「どこで身につけたのか教えてくれなかったけど、そんなのおかしいじゃないか、絶対ウラに何かあると思ってね」


 その禁忌技を、当時フェリクスはしきりに警戒するように言ってきた、PTの行く末と私の身を案じてのことだ。


「それに困るだろ? 倒した魔物の魔石が臭くて入手出来ないんだから、動物の毛皮もダメになるし、そもそも、毒の戦技なんてとても人前では使えない、だから使用を禁止したんだ、それからはエメリーの護衛をしてもらっていた」


 正確には荷物持ちだったけどね。


「まあ、そんな事もあって、ほとんど私とフェリクスの二人でオーガを倒していたのよ、だから何もしないちびっ子冒険者の代わりなら誰でも良かったの、そこへ予想外の魔法使いさんが来てくれたのだから、もう言うことはないわ」


 アルネラは、ちびっ子冒険者について完全に納得したわけではないけど、私達の強さについては、ある程度分かってもらえたみたいだ。


 さて、お互い自己紹介も済ませ、フェリクスとアルネラの初顔合わせも済んだ所で、さっそく明日からの狩りの予定を決めていこう。


「じゃあ、さっきギルドで受けてきた依頼の説明をするわね、獲物はいつも通りオーガよ、アルネラはこの街は初めてだから知らないと思うけど、ここの所ずっとオーガが多発していたの、だけど最近その数も少なくなってきたわ、多分、オイシイ狩りも今回が最後じゃないかしら? アルネラの初仕事でもあるから、気合い入れていきましょ」

「は、はいっ、よろしくお願いします」


 オーガの出現頻度が通常に戻ると、オーガの森へ往復している馬車も運行しなくなる、いつものように、さくっと現地へ向かい大量に獲物を狩る事は出来ない、多分、今回か次回あたりでオーガ祭りは終了する。


「早朝から出発するけど、アルネラ大丈夫?」

「はい、問題ありません」

「うん、アルネラは今ギルド宿でしょ? 私とフェリクスはそれぞれ別のホテルだから、集合場所はギルドではなく、直接東門の馬車停留所で良い?」

「はい」

「じゃあそれで決まりね、では各自明日の準備のため、一旦解散しましょ」


 アルネラを見送った後、私も自分のホテルへ向かう、フェリクスは街の中央にあるグランドホテルへと帰った。



 冒険者の朝は早い。


 と言うか、オーガの森へ往復する馬車の出発時刻が早い。


 そんな中、出発時間ギリギリでアルネラは現れた、PT初日だと言うのに遅刻とはいい度胸だ。


 なんて、多分、アルネラの雰囲気からして天然さんも入っているのだろう、どうにも調子が狂うが、慣れてくればPTのムードメーカーになれる素質はある。


 なにも元気な人ばかりがムードメーカーではない、アルネラ本人は地味だが、元気が取り柄の私と共に、PTを盛り上げていければと思う。


 遅れて現れたアルネラはペコペコと謝り倒していたが、一生懸命で憎めない感じだ、フェリクスも笑っている、私達はきっといいPTになれる。


 そして、私達は東の森停留所へと到着した。


 この森も一ヶ月ぶりだけど、もはやホームグランドである。勝手知ったるというもので、さくさくと第一の休憩地点へ向け歩き始めた。


「え、エメリーさん!」


 その道すがら、さっきからガサゴソと私達のまわりにつきまとう影がある、私はずっと無視していたが、アルネラはその音に気づき声を上げる。


「てっ、敵ですフェリクスさん、エメリーさん、茂みの中に何かいます!」

「うーん」


 ヂュッヂュッ……。


 しばらく待つと、茂みの中から魔獣が顔を出した。


 魔獣、それは魔物の特性を持った動物と言われている、基本的には凶暴であるが、魔物のように絶対ではない。


 今、顔を覗かせた魔獣、ジャイアントラットは、とても臆病な性格をしている。


 人に危害を加えようと近づいてくるが、いまいち攻撃する勇気が無いのか、一定の距離を保つのみでいずれ離れてゆく、無害な魔獣だ。


 倒せば小さな魔石を出すが、そんなものはギルドも買い取ってくれない、当然討伐依頼も出ていない、だから居る事には気がついていたが、あえて無視していた。


「え? ジャイアントラット?」


 現れた魔獣を確認したアルネラも、肩透かしをくらっている、初めてオーガの森へ踏み込み、緊張して必要以上に警戒していたのだろう。


「まあ良いわ、ちょっと倒しちゃおうか、ちょろちょろと煩いしね」

「了解、じゃあ頼むよエメリー」


 ジャイアントラットもたまに倒す事はある、その毛皮を持ち帰れば、お小遣い程度にはなるからだ。


 ただ、下手な箇所を傷をつけては毛皮の価値がなくなる、だから胴体に傷がつかないように、私がヘッドショットで仕留めるのがいつものやり方だった。


 数は三匹、大きさは共にスライムより少し大きい程度、標準的なジャイアントラットだ、ネズミのくせに鈍重なこの魔獣を、さっさと処理して先を急ごう。


 まともに攻撃を当てるとすべてが飛散してしまう、手加減してその頭部に狙いを定め、矢を放った。


 スン……と風を切り放たれた矢は、狙いからズレて、胴体に当たってしまった。


「エメリーが外すなんて、めずらしいね」


 ああ、一匹ペケだ、まあいい、続けて残り二匹にも狙いをつける。


 しかし……。


 一ヶ月ぶりの狩り、そして、一発目の獲物、そうは言っても、あんまりな結果に終わった。


「まあ、たまにはこんな事もあるさ、ドンマイだよ」


 三匹とも胴体に穴をうがってしまい、これでは毛皮は取れない、そのうち矢の一本は外してしまったのだ、失敗にしても、ここまで酷い事はめったに無い。


「初っ端これー? やだもう、冗談でしょ」

「あはは、遊び過ぎだよエメリー」


 アルネラは、「これで狩りに集中できますね」などと言っているが、私としては出鼻をくじかれてしょんぼりだ。


 やはりこの一ヶ月間、何の修練もせずに遊んでいた事は反省しなくてはならない、それでもすぐにカンは取り戻すだろうけど。


 その後、休憩ポイントで昼食を挟み、さらに森の奥へと突き進む、しかし、目的のオーガは現れない、やっぱり出現率はかなり少なくなっているようだ。


 すでに夕方だ、何の成果もあがらないが仕方ない、今夜の事も考え一番近い野営ポイントへ向かう。


 その道中、私の目に微かに揺れる影が映った、先のジャイアントラットなどではない、確かな質量のある大型の生物だ。


「二人とも、ちょっと止まって」


 フェリクスとアルネラは私の指示に従い、ピタッと動きを止め、息を潜める。


「見つけたのかい?」


 索敵は私の役目でもある、常に視力に気を集めている。


「ゴメン、近いわ、すぐそこの左の茂みよ」


 しかし、どうしたことか、この距離まで気づけないなんて、それに茂みの中に何が潜んでいるかも見えない。


「オッケー」


 フェリクスが盾を構え抜刀するのと同時に、茂みから毛に覆われた大きな物体が現れた。


 グゥ……グゥォォォオオオ!


 ハイイログマだ。


 私達に気づいたハイイログマは、二足で直立し大声を上げて威嚇している、その体躯はオーガより二回りは小さいが、人から比べれば見上げるほどだ。


「く、クマです、クマが出ました」

「そうねアルネラ、こっちに来て?」


 クマなのは分かっているからと、アルネラを呼び寄せ後衛でかたまる。


 ハイイログマは魔物でも魔獣でもない、ただの野生動物だ。


 しかし、その巨体から繰り出される攻撃は馬鹿にならない、通常なら、装備を固めた戦士でも一人で対峙するのは無謀な相手だ。


 それでも、基本的に動物は臆病で、魔物のような狂った殺意も無いし格闘概念も無い、正直、普段からオーガを相手にしている私達には物足りない。


 これもギルドからの依頼は出ていない、魔物でもないので魔石も出ない、ただ、毛皮は高く売れるし肉も美味しい、丁度いい、今日の晩御飯はコイツできまりだ。


 グォォォオオ、ブホッブホッ!


 いつまで吼えているんだこのクマちゃんは、完全に私達にビビっている、それでも次には突進してくるだろう、その前に私の弓で終わりだ。


 弓を構え気を集中する、戦技を完成させるため、ゆっくりと弓を引き絞るのと同時に、気を充実させてゆく。


 弓の戦技は準備するのにやや時間がかかる、そのため、戦闘が始まり乱戦になってからだと使いにくい。


 なので初撃で使うのが定石だ、いつものように、私のヘビーショットで倒れてもらおう。


「よし……!」≪弓技:ヘビーショット≫


 ガツッ。


「うそっ!?」


 しっかり頭部を狙ったはずの戦技は、ハイイログマがガクッと上体をそらし躱された、野生のカンってやつだろうか? まさか私の戦技を避けるなんて。


 それだけではない、矢は頭部に不完全ながら当たったのだが、そのまま跳ね返されてしまった。


 ハイイログマの耳が少しえぐれた程度でダメージらしきものは与えていない、矢が掠っただけでも、その頭部は爆ぜていてもおかしくないのに。


 ハイイログマは逆上し、四足になり、いよいよ私達に向かって突進して来た、そのまま頭から突っ込んでくる気だ。


「二人とも、もっと下がって!」


 私の戦技が不発に終わった事で、フェリクスは、このハイイログマがいつもより強い個体だと認識したようだ、声から緊張が伝わってくる。


 フェリクスがハイイログマの突進を止めるべく、その前に立ちはだかる、左腕に装備したラウンドシールドを体の前面に押し出し踏ん張る。


 そして、ゴガッ! とクマの頭部と木製の盾がぶつかった瞬間。


「うわっ!?」


 突進を受けたフェリクスは足が浮き、そのまま体勢を大きく崩して後方に跳ね飛ばされてしまった。


 突進に予想以上の勢いが乗っていたのか? 吹き飛ばされたフェリクスは、まだ立ち上がれないでいる。


 いつもなら吹き飛んでいるのは敵の方なのに、その信じられない光景に私はしばらく立ち尽くした。


「なんで? このクマ強いわ」


 頭を振っているフェリクスへと、ハイイログマは近づく、不完全ながら突進が盾で止められたため、今度は突進ではない方法で攻撃を仕掛けるつもりだ。


 再び二足で立ち上がったハイイログマは、左腕を大きく振り上げた、ナイフと違わぬ切れ味を持つであろう五本の爪が、フェリクスの頭上に襲いかかる。

 

「当ってください!」≪下級魔法:ストーンバレット≫


 アルネラ!? 後方で魔法起動の準備をしていたアルネラが魔法を発動させる。


 空中に小石が集まるようにして発射されたそれは、やがてコブシ大ほどの岩となって、ハイイログマの振り上げた左腕に当たった。


 グ? グガーーッ。


 アルネラのストーンバレットは二の腕に大穴を開け、ハイイログマは痛みのためか咆哮を上げた。


 魔物なら戦闘が始まったら痛みで気をそらす事はないが、このクマは今痛みに悶ている。


 その隙を突き、起き上がったフェリクスが、剣を大きく横に振りかぶり、勢い良くハイイログマの胴に打ち付けた。


 ――ドゴォ!


「バカな!」


 鈍器で殴ったような音がしたが、胴は切れていない、硬く分厚い毛皮に剣の刃は通らなかった、ハイイログマは剣で打たれた事など気にもとめていない。


 グオォォオオー!


 それより、アルネラの魔法で左腕に大穴を開けられた事に恐怖している、その場でひとしきり暴れると、左腕をブラブラさせながら茂みの中へと逃げ出した。


「こ……のぉぉおお! うおおおおっ!」


 雄叫びを上げたフェリクスが、剣を水平に保ち駆け出した、そして、逃げようとするハイイログマの横腹に、体ごとぶつかるように剣を突き入れる。


 線の攻撃は効かなかった毛皮だが、点の攻撃は防げなかったようだ、剣身は鍔元まで一気に突きこまれた。


 フェリクスは転げるように距離を取る。


 オォォゥゥォ……ブフッ……フゴッ。


 ハイイログマがむせる度に、その口から血の塊が溢れる、未だ横腹に生えたように突き刺さる剣が、致命傷を与えた証拠だ。


「はあ、はあ、はあ」


 徐々に動きが鈍くなるハイイログマを、フェリクスは荒い息で片膝を付きながら見守る、アルネラも長杖を突き出したまま、緊張した面持ちで様子を伺っていた。


 やがて、ハイイログマは完全に動かなくなった。


「やった、やりましたね、エメリーさん、フェリクスさん!」


 アルネラは緊張から開放されたせいか、それとも本当はこういう性格なのか、暗い印象の外見とは逆に、喜びを隠しもせずはしゃいでいる。


 ……しかし、私とフェリクスの表情は硬かった。

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