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39 依頼完了

 ヴァーリーの山賊アジトへ戻ったボクとミルクは、翌日、さっそく依頼の完了報告をするために、冒険者ギルドへ出向いた。


 これで報酬金をゲットし、続けて大量に持ってきた瞬間強力回復軟膏をギルドに売れば、さらに大金が手に入る、そう思うとワクワクする。


「すみません、例の薬持って来ました」

「えっ? あの、コレは本物の?」

「はい、そうです」


 ギルド窓口のレナは、伝説の薬を前にうろたえている。


 ボクの後ろにはフードを被ったミルクが控えているので、この薬が本物なのは疑いようがない、しかし、どうにもレナの手には余る案件のようだ。


「すみません、少々お待ちください」


 レナは一度奥へ引っ込むと、しばらくして、ボク達にも事務所へ来るように言ってきた。


 事務所の片隅にある応接間へ通される。


「すみませんミルク様、グレイゼスさんが居てくれれば良かったんですが、あいにく今日は非番でして」

「いや、構わない」


 対応してくれたのは太った中年男性だった、副所長のグレイゼスさんより若いが、ここの所長さんらしい。


「えーと、こちらの軟膏ですね、ちびっこ冒険……いや失礼、冒険者ユーノさんの依頼完了ということで?」

「そうだ」

「なるほど」


 ミルクは完全にボクの保護者の立ち位置だ、そして、所長は改めてボクへ向かい合う。


「えー、このお薬はどこで手に入れたのかな? おじさんに教えてくれるかな?」

「あ、はい」


 依頼完了となれば、当然瞬間強力回復軟膏の入手経路を話さないといけない。


 リメノ村に保管してある原液の事は秘密なんだけど、相手は冒険者ギルドだし、本当の事を言ったほうが良いのだろうか? ちょっと考える。


「それは元々私の物だ」

「え?」

「え?」


 突然ミルクがそう答えて、びっくりしたボクと所長は思わず同じ反応をした。


「私がこの子に渡した」


 たまにふざけるミルクだが、こんな場面で嘘を言うのは珍しい、最も、どうにも所作が固く、嘘をついているのがバレバレな感じではあるけど。


「あのー、これはミルク様のもので?」

「そうだ、何か問題あるか?」

「いえ、そういう事なら結構です、分かりました」


 ブツさえ用意できれば依頼は完了する、さすがに盗品では取り合ってもらえないが、勇者と同PTのミルクが提供したと申し出れば、無条件に信用される。


 ちょっとずるいけど、おかげでリメノ村の秘密は伏せておける。


「では、少々お待ち下さい」


 ボクの瞬間強力回復軟膏を手にして、所長は席を立つ、そして、自分のデスクで何か作業を済ませると、すぐに戻ってきた。


「一応これで、あと、こちらが証明書となります」


 依頼完了の証明書だ、同時に伝説の薬の証明書とも言える。


 さらに、戻ってきた瞬間強力回復軟膏の丸缶には、ギルドの帯封がしてあり、蜜蝋で封印も押されていた。


「今回は成功報酬に幅があるので、後は依頼者様と相談して決めて下さい」


 そう言えばそうだった、報酬金は八十万から百二十万ルニーの間という、はっきりしない報酬設定だ、お金はオズマと相談して直接貰わないといけない。


 とりあえずこの後、完了証明書を持ってオズマの所に行こう、また酒処ユミーに居るはずだ。



 ところで、オズマの完了報酬だけではフェリクスの賠償金には届かない、ギルドで残りの瞬間強力回復軟膏を売りたい。


 だけど、今は隣にミルクが居る、今しがた、瞬間強力回復軟膏はそのミルクから譲り受けたという設定になったので、この状況ではギルドに売り込みにくい。


 しかし、すべてはフェリクスの賠償金を支払うために始めたこと、ここで尻込みしてはいられない、勇気を出して言ってみる。


「あの~、この薬まだあるんですけど、ギルドで買い取ってもらいたいのですが」


 ミルクが隣りにいるのに、このタイミングではあまりにアホに見える、でも、そこは子どもの姿を逆手に取ってアホになりきろう、うん、便利。


「コラ、だめだろ優乃、貰った物を売っては」


 ……ダメだった、さすがにミルクに制止された、子どもとはいえ、やっぱりありえなさ過ぎた。


「三つか、四つまでにしておきなさい」


 と思ったら、少しなら売っても良いみたいだ。


 所長さんは、ボクとミルクの掛け合いを訝しげに見ている、完全に茶番だと気付いているみたいだ、ただ、ミルクを前にして何も言えないでいる。


「じゃ、じゃあ四個で、買い取ってもらえますか?」


 許された上限の、四個売ることにした。


「ええもちろんです、では、ひと缶五十万ルニーで買い取らせていただきます」


 買取価格が五十万ルニー? 安っ。


 五年前の店頭価格は百五十万ルニーだと聞いている、中抜きすぎじゃないのか? オズマの依頼報酬でも最低額八十万ルニーなのに、ギルドはケチンボだ。


 四個売ってニ百万、ボクの貯金と合わせても七百万、フェリクスの賠償金八百万には届かない、あとはオズマの報酬金次第になってくる。


 せめて五個売ることが出来れば助かるんだけど、ボクの事情を知らないミルクは首を横に振る、仕方ないので四個だけギルドに売ることにした。


 今朝、山賊アジトを出てきた時は、伝説の薬で一攫千金だとはしゃいでいたのに、一攫千金どころか、借金を完済するにも足りない可能性が出てきた。



「そうむくれるな優乃、ギルドでは売らない方が良いんだ」


 ボクはギルドを後にしてから、無意識に不満そうな顔をしていたようだ。


「ギルドでは足元を見られる、交渉が出来る相手でもない、五十万でホイホイと売ってしまうのは良くない」


 ミルクの話では、五年前すでに大金持ちだった勇者は、もっと安くても良いですよなどと、伝説の薬をギルドの言い値で叩き売ってしまったのだ。


 その時の値段が、標準買い取り価格としてギルドに定着してしまった。


 勇者の薬はもう数が無いみたいだけど、ボクの薬は無尽蔵なほどある、安くても大量に売れればボクとしても関係ない。


 でも、やっぱりミルクから貰ったという体の薬を、大量にギルドに売るのは不自然だ、ミルクだってひとこと言わざるをえない。


「それより悪かったな、私が軟膏を譲ったなどと、勝手に言ってしまって」


 確かに、そのせいでギルドに薬を売れなくなった、でも、リメノ村にある原液の秘密は守れた、ごく自然な理由で依頼を達成した流れが作れたんだ。


 ミルクには賠償金の事は話していない、もし話せば、すぐにでも援助して貰えると思うけど、ボク自身で決着を付けると決めたんだから。


「今回の依頼は万人が受けられるものだが、扱うものは伝説級の品だ、この薬を優乃自身が聖なる森で手に入れたと申告していれば、優乃の冒険者ランクは国際A級は固かったろうに」

「うえっ!?」


 そういう話? そうか、ボクと勇者しか今回の依頼は達成できないんだ、それは偉業と言えるのだろう。


 ただ単にデカみかんを収穫していたという認識のボクは、仕事の評価という概念が頭から抜けていた、そう言われると勿体無い気がする。


「どうした、大丈夫か?」

「う、うん、だいじょうぶだヨ」

「すまなかったな、まあ、冒険者ランクなど、いずれ上がってゆくものだ」


 超強いミルクならそうかもしれないけど、ボクだといつになることやらだ、でも、ボクの個人的な事情でリメノ村に迷惑はかけられない。


 それに、一般の依頼ならボクの国内B級でも受けられる、現にオズマの伝説の薬の依頼も受けれた、今の生活を続けるならランクアップしなくても問題はない。


 昇格のチャンスを逃したのは少しだけ残念に思うけど、多分、事前にミルクと相談しても同じ結論に至ったと思うし、これで良かったと思う。


 次はオズマだ、さすがにお昼では酒処ユミーに誰も居ないだろう、一度ミルクと一緒にアジトまで戻り、時間を潰してから行くことにした。



「おう、久しぶりだなユーノ」

「トーマス!?」


 アジトでボク達を迎えたのはトーマスだ。


 ボクとミルクがリメノ村から戻ったことを聞いて、さっきアジトへ来たという。


「なんだ、ガキのくせにしぶとく生きてたみてーだな?」


 さっそく憎まれ口をたたく、いつものトーマスだ。


「当たり前だ、私の優乃を見くびらないでもらおう」


 いつの間にかボクはミルクの所有になっていたようだ、ミルクに軽く抱き寄せられた。


「おおう? 何だこりゃ、どうなってんだ?」


 仲の良いボク達を見て、トーマスも少し困惑している。


「ま、まあいい、ところでミルク、知らせは聞いたか?」

「いや、何の事だ?」

「そうか、じゃ、話があるから下に来てくれ」


 トーマスはミルクに用事があってアジトに来たみたいだ、荷物を置いたミルクは、すぐにトーマスを含む数人のならず者と一緒に、何か話し合っていた。


 関係のないボクは参加できない、しかし、ボクはボクでやる事がある、一人でご飯を食べて、時間を見て酒処ユミーへ出かけた。



 酒処ユミー、派手な看板には火は灯っていない、薄暗い路地裏にある場末のスナックは、まだ準備中だ。


 店に入れてもらうと、やはり、すでにオズマは居た。


 今日のオズマは奥のテーブル席で一人呑んでいた、やっぱり随分出来上がっていて、半ばテーブルに突っ伏している。


 毎日こんなふうなのか、呆れる。


 でも、屈強な傭兵だった者が、今は足を痛めて歩くこともままならない、戦士の命であろう剣も振れなくては、こうなるのも仕方ないのかもしれない。


 オズマの対面の椅子を引いて座る、オズマは気だるそうにボクを眺めると、突っ伏していた体を起こした。


「今日は何の用だ? 依頼の薬でも持ってきたか?」

「……うん」

「フン」


 オズマは深くため息をつき、めんどくさそうに背もたれに体を預ける、ボクの言う事などまるで信じていない。


 今にも寝てしまいそうなオズマに、依頼完了証明書を差し出す。


「……ん?」


 テーブルに置かれた証明書を手に取ったオズマは、老眼かと思うほどに顔に近づけたり遠ざけたりして読んでいる。


「なん……だと……」


 みるみるうちに顔色が変わってゆく。


「なんだこの書類は、オレの依頼が完了した? どういうことだ」


 続けてボクは、依頼の品、瞬間強力回復軟膏を一つ取り出し、テーブルの上に置いた、それをオズマは裏返したりしながら、隅々まで目を凝らし見ていた。


「これは、確かにギルド印がしてある、本当に、本物だ……」


 瞬間強力回復軟膏にはギルドの帯封に封印までしてある、証明書と合わせて、この薬を疑う余地は無い。


「おいガキ、これをどこで手に入れた?」

「それは、……言えません」

「あ? ハン! ガキが一端を気取りやがって」


 ギルドを通しているので双方の情報はある程度保護される、無理やりボクから薬の出処を聞き出す事は、オズマには出来ない。


「まあ良い、ブツは確かだ、信じられんが、ギルドがそう言うならな」


 血の気の多い酔っぱらい、やだな、早く報酬の話を済ませて帰りたい。


 オズマは、未だ「これは本物だ、間違いない……」などと、ブツブツ繰り返している。


「それであの、報酬のことなんだけど」

「ああ!?」

「報酬額に幅があるでしょ? どの位貰えるのかなと思って」


 オズマの態度の悪さも山賊を相手にしていれば慣れてくる、オズマは物怖じしないボクを一瞥すると、財布を取り出し、乱暴に中の硬貨をまさぐる。


 ボクの前で硬化を握り込んだ手を開くと、チャリチャリとテーブルの上に金貨が流れ落ちた。


 すごい、全部金貨だ、でもその数は八枚、最低ラインの八十万ルニーだ。


「これが報酬のカネだ」


 ボクの薬は良い品だ、ミルクが言うには、ナス型の薬草から無理にエキスを絞って作った勇者の薬より状態は良いらしい、品物に文句は無いはず。


 それでも支払われたのは最低額の八十万ルニー、これではフェリクスの賠償金には足りない。


「あの、これじゃ……」

「なんだ? 間違いは無いだろ」


 完全にナメられている、でも仕方ない、事前に高額報酬の条件を聞いていなかったボクの落ち度だ、一応、ちゃんと報酬額は払ってくれたんだし……。


「うん……」


 ボクは、テーブルの上に無造作に置かれた金貨八枚を拾う。


 どうしよう、まだ二十万ほど足りない、これからギルドの依頼をこなすか、残りの瞬間強力回復軟膏をギルド以外でどうにか売って、お金を作らないと。


 オズマは支払い完了のサインを依頼完了証明書にしている、ボクも受取のサインをしてギルドに戻せば完了だ。


 少し残念な結果だったけど、これでオズマの依頼は終わった。


 ボクはズズと椅子を下げて、のろりと腰を上げる、用事は済んだ、もう帰ろう。


「待て」


 斜に座ってグラスを傾けていたオズマは、そんなボクを引き止めた。


「お前冒険者だろう? そんな事で務まるのかよ、生きていけねーぞ」


 吐き捨てるように言ったオズマは、テーブルの上に追加で金貨を四枚並べた、先の金貨と合わせ十二枚、報酬の上限、百二十万ルニーだ。


「……これは?」

「正当な報酬額のうちだろ? 何もおかしな事は無い、取っておけ」


 これで八百二十万ルニー、フェリクスの賠償金八百万ルニーを支払って、さらにしばらくの生活費も確保できる。


「あの、どうして」

「べつに? オレは仕事をキッチリこなしたヤツには敬意を払う、それだけだ」


 それなら初めから全額払ってくれれば良いのに、でも多分、オズマ自身も伝説の薬が手に入って嬉しかったんだ、心の片隅に少しだけ残っていた良心が、最高額を払わせたんだと思う。


「ありがとう」

「フン、お人好しのバカが」


 お人好し、それはボクに言ったのだろうか? それとも。


「こんなフザけた依頼を達成できるヤツが居るとはな」

「たまたまだよ」

「たまたまで英雄級の依頼が達成できるかよ」


 とんでもねえガキだ、などと言っている。


 これでオズマも傭兵家業に復帰できるだろう、願わくば、もう悪い事はしてほしくない、この過酷な異世界で、覚悟の無いボクが言えるセリフじゃないけど。


 依頼は達成した、最高報酬を受け取ったボクは、今度こそ席を立つ。


「もう行くのか?」

「うん」

「そうか、ガキじゃ酒も無理だしな」


 初対面の時、しこたまあなたに飲まされましたが?


 まあ、もうすぐ日も暮れる、小学生が夜中までスナックで酒盛りとはいかがなものかだ、ちょこんとお辞儀をして、オズマに背を向ける。


「オレも、真面目に一からやり直すか……」


 よく聞き取れなかったが、そんなふうに小さく聞こえた気がした。



 ミルクの勧めで受けた“伝説の薬の依頼”は終わった、ミルクに完了報告するために、再びアジトへ戻ってきた。


 ミルクの部屋へ向かう、また扉は少し開いていた、不用心だなと思いつつノックする。


 しかし反応がない、部屋はもぬけの殻だった、ミルクどころか荷物も見当たらない、何の痕跡も無いように、きれいに整頓されていた。


「おーう、帰ったか」


 その時、トーマスがミルクの部屋へ顔を出した。


「ね、ねえミルクは?」

「お? おお、そのミルクだが、ちと仕事が出来てな、昼間ここを出てったぞ」

「うそ……」


 もうこの街にミルクは居なかった、急な仕事が入って出て行ったというのだ、ボクが酒処ユミーに出かけた後、すぐのことだった。


「ミルクがよろしく言ってたぞ、知らない人に付いて行くなとか、暖かくして寝ろとか、何やらごちゃごちゃ言ってたな」


 トーマスは仕事の内容は教えてくれなかったが、ミルクを指名しての依頼らしい、それは無視できないもので、早急に対応する必要があったと言う。


 タイミングが悪い、オズマへの完了報告は明日でも良かった、いや、もう一時間でも後にずらせば、行ってらっしゃいと見送ることも出来たのに。


「おいおい、泣くんじゃねーよ?」

「な、泣かないよ!」


 ちゃんと送り出せなかったことは残念だ、ミルクの仕事は長期になりがちだし、次に会えるのはいつになるのか。

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