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38 キモ杉の森、再び03

「はあ、はあ、はあ」


 息が切れる、後少しで、ミルクのテントに、たどり着けるのに。


「もう、ダメ……」


 ボクは力尽き、河原へと倒れ込んだ。


「優乃!」


 倒れたボクに気が付いたミルクが、急いでテントから飛び出してくる。


「どうしたんだ優乃! ……まさか、聖なる森の毒気にやられたのか?」


 聖なる森は不可侵の領域、近づく者をことごとく絶命させる。


「つかれたよ~」


 なんて、ただの疲労だった、聖なる森の毒気はボクには効かない。


 デカみかんの入った麻袋を担いで、片道一時間もかかる森の中を往復すれば、ボクの体力は完全に底をつく。


 ボクがデカみかんを収穫してミルクのテントまで走る、ミルクはボロ橋で待機している村人へデカみかんを届ける、そこから村人はリメノ村まで届ける。


 そうやって、バケツリレーのようにデカみかんをリメノ村へ送っていた。


 この方法ではボクの労働の比率は半端ない、森に入れるのがボクだけなので仕方ないけど、一日に何度も往復できない、疲れる。


「大丈夫か優乃? 今日で三日目だ、巨大みかんも三十個もあれば瞬間強力回復軟膏も使い切れないほど作れる、このへんで止めておくか?」


 わざわざ村の衆まで動員して、村長のシャインと今後の薬製造の話で盛り上がっていたのに、その結果、たったの三十個でギブアップでは立つ瀬がない。


「ミルク、一度村に帰ろう、作戦を立て直そう」


 一旦、リメノ村へ戻ることにした、このまま続けていても成果は上がらない、別の方法を考えたほうが良い。



「そうか、それは大変だの、そういう事なら仕方ないの」


 村に到着して、シャインに今までの状況を報告した。


 収獲の難しさゆえ計画は頓挫寸前だ、シャインは少し残念そうだった、伝説の薬で村おこしを考えていたのだろうが、そのあてが外れた。


「待って下さい、ボクに手押し車を貸してくれませんか?」

「それは構わんが、まだやるのかの?」

「はい、それと手伝ってくれている村の人にも、一度にもっと運べるように、荷車を沢山用意してください」


 手で運んでいても埒が明かない、もっと効率の良い運搬方法が必要だ。


 翌日、ボクにはネコ車が用意され、村の衆にはリヤカーを増設した、これなら一度に膨大な量のデカみかんを村に運べる。


「ユーノちゃん、無理しないでね」

「うん、行ってきます、おねえちゃん」


 レティシアは留守番だ、道中には赤眼オオカミも出没する、未だ修行中のレティシアを連れて行くことは出来ない。


 レティシアの家からはアストラとレインが参加している、その間、羊の世話は村長のシャインが現役復帰して頑張っている。


 そして、またボロ橋へ到着した。


「では皆さん、よろしくお願いします」


 村の衆に声を掛ける、みんなは「オーッ」と声を上げた、今まで数個ずつの運搬で肩透かしを喰らっていた村の衆は、今日からの仕事に期待しているのだ。


 さて、大量のデカみかんをいかにしてボロ橋まで運ぶか、ボクは、この川を使って運ぼうと考えていた、どんぶらこ作戦だ。


「優乃、私はこの先がどうなっているのか分からん、それは上手くいくのか?」

「うん、いけると思う」


 上流の様子はボクしか知らない、渓谷となっていて確かに険しいが、川は大きく十分な水量もあるので、ちゃんと流れると思う。


 ボロ橋で村の衆と別れ、中間地点でミルクと別れ、ボクはデカみかんの木が群生する滝上まで、ネコ車を引いてゆく。


 早速、もいだデカみかんをネコ車に乗せて、川まで運んで放り込む、デカみかんは次々と滝にダイブして流れていった。


 どんどん川に流す、普通に収穫するスタイルもかなりな重労働だ、それでも、数個づつ袋に入れて走っていた時とは、もちろん比べられない。


 無心になって作業を続けて、時刻は午後三時、そろそろボクも戻る時間だ。


 ミルクのキャンプへ帰りながら、川の途中で引っかかっているデカみかんを、長い棒でつつきながら行く。


 渦流にハマってぐるぐるしているデカみかん、袋小路に迷い込んでいるデカみかん、座礁しているデカみかん、それらを川の流れへ戻しながら帰る。


 皮のブ厚いデカみかんは、激流に揉まれても砕けないし、全体的に上手く流れているようだ、作戦は成功だ。


 やがて、ミルクのキャンプ場所まで降りてきた、物干し竿にはまた赤眼オオカミの毛皮が増えている。


 初日の今日は、そのままボロ橋までデカみかんを追跡してみる、橋では作戦通り、幾つかの柵を使いデカみかんを回収していた。


「おお、順調だぞボウズ、こりゃいいや」


 村の衆もテンションが高い、これだけの数だ、うまくすればリメノ村の産業が一つ生まれるかもしれない。


 村へ運んだデカみかんは、新たに建てた倉庫へ集められ、村で待機している人が順次果汁を絞ってゆく手はずだ。


 ボクは村へ帰らず、ミルクのテントで夜を過ごしつつ、デカみかんの収獲と追跡を繰り返していた。


 一方ミルクだが、正直やることが無い、流れてくるデカみかんをボロ橋まで送っているが、それ以外はボーッと過ごしているみたいだ。


 しかし、赤目オオカミの毛皮は増えていた、ミルクが剥ぎ取る毛皮は、とても状態が良く立派なものだ。


 村人の護衛についているアストラも、たまに出現する赤目オオカミを退治しているが、毛皮は損傷が激しく使える箇所が少ない、きっと苦労して倒してるんだ。


 その点、ミルクは毛皮に傷をつけない、むしろ戦いながら毛皮を剥いでいる、戦っているというより毛皮の回収作業をしていると言った方が良い。


 なので状態の良い毛皮が取れた、その毛皮はデカみかんと共にリメノ村へ運ばれ、お母さんのクリティアが鞣し作業の続きをしているらしい。


 ボクは、たまにリメノ村へ戻り英気を養い、またキモ杉の森へと出かける、そんな日々を繰り返し、結局デカみかん全て収穫するのに一ヶ月近くかかった。


 その頃には倉庫も三棟に増え、倉庫の中は、満タンに果汁がつまった木製の樽が、びっしりと並べられていた。


 やっと終わった、まさか一ヶ月もかかるとは、この村へ来たときは予想だにしなかった、リメノ村の協力もあり、なんとも大掛かりな仕事になってしまった。


 今までは、冒険者として魔物との戦闘に明け暮れていたけど、村人と一体となって仕事に取り組んだためか、今回はまた違った充実感を味わえた。


 まだ、この果汁をお金に変えないと、本当に仕事が終わったとは言えないんだけど、とりあえずボクの出来ることは終わった。



「がんばったの、それにしても、この一滴で百万ルニー以上になるのだから、ホントに恐ろしいの」


 いったい、どのくらいの量の瞬間強力回復軟膏が出来るのか、製造に従事している村人が毎日作っても、数年は持つのではないだろうか。


「うーむ」


 なにやらミルクは渋い顔をしている。


「アストラよ、製造はなるべく秘密裏に頼む、それと警備は厳重にしろ」

「やはりマズイのか?」

「高価な物だ、不届き者が出ないとも限らん、それだけではない、この量は市場のバランスが崩れるほどだ、下手をすると教会が何か言ってくるかもしれん、なるべく所在は明かさないほうが良い」


 すごく回復する薬、それはヒーラーにとって脅威だ。


 現行の薬でも並のヒーラーより重宝されるほどなのに、そんな中、伝説の薬が大量に出回れば、腕の立つヒーラーでさえお役御免となる。


 ヒーラーを養成する機関、そして、ヒーラーの多くが所属する組織は教会系がほとんどなため、彼等は少なからず打撃を受ける。


「じゃあ、ちょっとずつにしよう?」

「優乃の言う通りだ、あまり目立たない方がいい」

「そうだの、村を大きくする必要もないしの、程々が一番だの」


 デカみかんは全てボクの所有だ、ボクがストップをかければ直ちに製造は止まる、とりあえず、少しずつ作っていこうという事で話はついた。


 他に、警備や働く人の募集をどうするか、施設の整備と管理をどうするか、そんな事を大人達は話し合っている。


 もし、ボクがチート能力者で、ウェブ小説にありがちな無限BOXとかが使えれば問題ないけど、当然、ボクにそんなチート能力は無い。


 製造や運搬も村の人に頼まないとならない、そして、それにはお給金が発生する、人件費を支払うためにも商品を売りさばかなくてはならない。


「それについてはルコ村と協力した方が良いと思うが、どうだろうか」

「噂に聞く新しい村か」

「そうだ、リメノから直接売り込むより、一つクッションを置いた方が安全だ」


 ずっと、ミルクはシャインとアストラと色々と相談している、販売ルートは慎重にする必要があるので、深夜になっても話し合いは続いていた。


「分かった、後は旋風の、お前とユーノに任せる、それまで例の原液はこのまま保管しよう」


 結局、山賊の村であるルコ村を介入させるにも、ボクとミルクの働きかけが必要なので今は結論が出ない、保留だ。


 それより、こんな夜遅くまで起きていて、子供のボクは目がしぶしぶして仕方ない、早く寝たい。


「旋風の、肝心のユーノはもう燃料が切れそうだぞ、今日はこの辺にしておこう」

「む、そうだな、ほれ優乃、寝るぞ」


 うつらうつらするボクは、ミルクに手を引かれ寝室へ向かった。



 およそ一ヶ月のリメノ村生活も今日で終わる、ボクとミルクはヴァーリーへ向かうため、朝から帰り支度を整えていた。


 ミルクが狩った赤眼オオカミの毛皮は、泊めてもらったお礼にと、レティシアの家に置いて行くことにした。


 しかし、それでは悪いからと、お母さんのクリティアが毛皮を使ってボクに一着仕立ててくれた。


 赤眼オオカミの頭を冠したポンチョだ。


 早速着てみる。


 まさに、羊の皮を被ったオオカミならぬ、オオカミの皮を被った仔ひつじだ。


 頭に乗っている赤眼オオカミの顔をぐいと下げると、ボクの顔が隠れて、オオカミごっこも可能になる優れものだガウ。


 いつかのレティシアとミルクの話では、ボクがオオカミになるまで二年ほどかかると言っていたが、それを待たずして、見事オオカミに変身することが出来た。


 赤眼オオカミの毛皮はかなり強いものらしい、刃を跳ね返すとか、そういう非現実的なものではないが、強靭な毛皮は単純にサバイバルに向いている。


 大雨が降った時なんかは活用させてもらおう、オオカミポンチョを丁寧に畳んで、リュックの奥に仕舞っておく。


 そして、もう一つ、リメノ村特産の羊毛を使った、新たなパーカーも貰った。


 パーカーのデザインはレティシアの案らしい、ボクが着ていたものを参考にしたみたいだ。


 生地は羅紗を編んだ物で非常に強い、冒険にも十分耐えうる、前のパーカーがヨレヨレで着れなくなったのでありがたい、これで必要に応じて黒髪も隠せる。


「こんなに貰っちゃって、ありがとうございます」

「いえいえ、こんな事くらいしかしてあげられなくてゴメンね、あなたには感謝してもしきれないわ」


 一人では立ち上がることも難しかったクリティアは、杖があれば問題なく歩けるまでに回復していた。



 やがて、リメノ村を出発する時刻になる。


「ユーノちゃん、お母さんのケガを治してくれてありがとう」

「いや、ボクなんか……」

「もう、誰が見てもユーノちゃんのおかげでしょ? 何だか、ユーノちゃんには頼ってばかりだね」


 あらためて言われると、少しこそばゆい。


「お姉ちゃんね、まだ冒険者になるための修行が残っているの、でもそれが終わったら、ユーノちゃんと一緒に行ってもいい?」

「うん、その時が来たら、また迎えに来るよ」


 こんなに頑張っているレティシアを、冒険者は大変だからと突っぱねる事は出来ない、修行が終わったなら、今度こそ仲間になってもらおう。


「まあ! なんだか将来を約束した恋人同士みたいね、レティ?」


 お母さんに茶化されたレティシアは、少し大人びた表情で僅かに微笑む、まるで、そうだよと言っているように感じた。


 そんなやり取りを後ろで見ていたアストラが、ボクがこの家に来た時と同様、顔を近づけてきて小声で耳打ちする。


「ユーノ、最後に言っておく、レティシアに続き、クリティアも助けてくれた事、一応感謝しておこう」

「はあ」

「そしてもう一つだ、お前のお婿さんゲージは……、MAXだ!」


 ええ~。


 アストラは仕方ねえなというような、喜んでいるような、微妙な笑顔を浮かべていた、そんな顔をされては、どうリアクションしていいか分からない。


「さて、では行くか優乃」


 そして、ボクとミルクはレティシアの家を後にする、みんな大きく手を振って送り出してくれた。


 再びミルクの騎乗馬に乗せてもらい、ヴァーリーへ向け疾走する。


「ねぇミルク、一番初めの日、お母さんに勇者さまが作った瞬間強力回復軟膏をあげようとしていたでしょ?」

「ああ、だが私の持つこの薬はもう数が無い、私にとっても保険なんだ、簡単には譲れなかった、それだけのことだよ」


 今となっては瞬間強力回復軟膏も大量に手に入った、でも、あの時はまだどうなるか分からなかった、だから、簡単に人にあげることは出来なかったと言う。


 それは建前か、照れ隠しか、ボクに気を使っているのか、……本当は、ミルクはボクに華を持たせてくれたんだと思う。

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