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37 キモ杉の森、再び02

 途中で拾った棒で藪をかき分け、場合によってはナイフで邪魔な枝を落としながら、ガシガシと前進した。


 植生は変化している、通常の植物は鳴りを潜めキモ杉の数が増えてきた、ここはもう聖なる森の入口だ。


 これ以上森に深入りしてもキモ杉しかない、伝説の薬草は外界との際に生えているんだ、ここまで辿ってきた川は際を流れている、それに沿って上流へ進む。


 いずれ日も傾く、やはりキモ杉の森の中はいち早く闇が訪れる。


 さすがにカンテラの明かりだけで薬草を探すのは無理なので、今日はここで野営することにした。


 二本のキモ杉の間にロープを張り、タープを被せ簡易テントを設営する、キモ枝を集め火を焚き、夕食の支度に取り掛かる。


 静かで快適な夜だ、魔物も聖なる森の中までは入ってこれない、あれほどボクを苦しめたキモ杉の森は、今となっては心強い安全エリアだった。



 翌朝、早速森の中の探索を始める、今日伝説の薬草を見つけられなかったら、一度ミルクの場所へ戻り仕切り直しとなる。


 前の瓜のように立派な野菜でなくても山菜などのタイプでも構わない、とにかく食べられる形をしている薬草を探す、毒なので実際に食べることは出来ないけど。


 昨日の続きで、キモ杉と外界の境界を流れる川を辿って行くと大きな滝が現れた、滝上まで登るには、この積み上がる岩場を迂回しなくてはならない。


 川は帰る時の道標にもなるので、なんとかこの川に沿って進みたい、ボクは登れるルートを探す。


 そして滝上に到着すると、そこには一面みかんの木が沢山生えていた、柑橘系の甘い香りが漂ってくる、今まさに収穫どきだ。


 見つけた、しかもエキスが大量に取れるみかんタイプなんて運が良い、ボクは嬉しくなって駆け寄った。


 すごい、たわわに実っている、っていうかたわわすぎる、デカイ。


 さっそく一つもいでみる、ボクの腕で一抱えするほど一個が大きい、持ってきた麻袋に二個しか入らない。


 デカみかんは何百、何千と実っている、これを全部収穫したら一体どれほどの果汁が取れるだろう。


 とりあえず持てるだけの二個だけ袋に入れて、ここまでの疲れも忘れたかのように、ハイテンションで来た道を戻った。


 聖なる森を抜け、藪地帯を突破し、河原を走り、ミルクがキャンプを張っている場所まで急ぐ。


 川が大きくカーブしている山の麓まで戻るとミルクのテントが見えた、焚き火の煙が上がっている。


 テント脇には雑木林の木で組んだ物干し台があり、赤眼オオカミの毛皮がいくつか掛かっていた、ミルクを襲った身の程知らずが居たようだ。


「みるくー」


 遠くから呼びかけると、テントの影からミルクが現れ手を振ってくれた。


「はあはあ……」


 到着したボクは膝に手をつき息を整える、なかなかにハードなトレイルランだった、ここまで戻るのに一時間くらいかかった。


「どうだ? その様子では何か取れたのか?」

「うん」


 さっそく袋に入っているデカみかんを一つ、両手で取り出して見せる。


「これなんだけど……」

「むっ、巨大みかん越しの上目遣いとは、なんという……」

「え?」

「いや、いいぞ、良くやった優乃、これだけあればかなりのエキスが採取できる」


 良かった、どうやら薬草はこれで合っているみたいだ。


「そうか、そんな場所に」


 一応、ミルクにはどんな状況だったのか報告する。


「セシルが持ち帰ったのは一袋分のナスだけだったが、これはすごいな」


 勇者が持ち帰ったのはナスか、汁を絞るのは難しそうだ。


 運良くデカみかんを手に入れたボク達は、火の始末をしてテントをたたみ、リメノ村へと急いだ。



 リメノ村へ到着した頃には夕方になっていた、レティシアの家に戻ったボク達は、早速伝説の軟膏の作成にとりかかる。


 見た目は大きなみかんだけど、実際は毒でもある聖なる森の薬草だ、扱いは慎重にしないといけない。


 手に汁が付かないように革手袋をはめて、ナイフを使い厚い皮を剥がし、果肉を小分けにして布で包み果汁を絞る。


 爽やかな甘い柑橘系の香りが辺りに充満する、とっても美味しそうなみかんジュースだ、飲まないけど。


 採取した果汁をビンに入れ密封する、やはり不思議な力が働いているようで、この状態で保存しておけば痛むこともないらしい、発酵もしないようだ。


 その汁をギルドで買った強力回復軟膏へ一滴だけ垂らし、こねこねする、それだけで伝説の薬“瞬間強力回復軟膏”の出来上がりだ。


「これでいいの?」

「ああ完成だ、まだ原液がこれほどある、相当な数の薬が作れるな」


 良かった、これでオズマの依頼もクリアできる、そして、この薬を沢山作って売りさばけばフェリクスの賠償金も払いきることが出来るだろう。


 作業を終えると時刻は丁度夕飯どきだ、ボクとミルクはまたレティシアの家で夕飯をごちそうになった。


「アストラ、皆を集めてくれ」


 食事を終えたミルクは、全員リビングに集まるように言う。


 瞬間強力回復軟膏を完成させたボクには、もう一つやるべき事があった。


「私と優乃がこの村に来たのは、このためだ」


 ミルクに促され、ボクは先ほど出来たばかりの瞬間強力回復軟膏を、みんなの前に差し出す。


「伝説と言われている薬だ、現行の軟膏の何倍もの回復力、そして回復スピードが見込める、アストラやシャインなら聞いたことくらいはあるはずだ」

「ああ、勇者の御業だ、それは旋風の、お前の物か? 勇者も居なくては今では入手できない代物だ」


 ミルクはフッと笑みを浮かべ、ゆっくり首を横にふる。


「これは今日、優乃が聖なる森から持ち帰った薬草で作ったものだ」

「なんだと!?」


 みんなの視線がボクに集中する。


「せ、旋風の、本当なのか? だとするとこの子は勇者だというのか?」


 あ、またそっちへ行っちゃう? と思ったが、今回はミルクが訂正してくれた。


「いや、私も初めはそう思ったのだが、勇者とは違うらしい、何が違うのかよく分からんが、本人がそう言うのだからそうなんだろう」

「うーん、そんな事がありえるのか……」


 アストラは混乱していたが、なんとか状況を整理したみたいだ。


「それにしても旋風の、お前が勇者の仲間になったと聞いた時も驚いたが、どうしてこう次々と重大な事柄に関わるんだろうな」

「フフ、そうだな、退屈はしないよ」


 大げさだな、弱々なボクなんかがどうなる事もないのに。そして、そんな話には興味もない、それよりずっと大切な事があった。


「ねえレティシアおねえちゃん、この薬、お母さんに使ってあげてよ」


 危険を犯してまでお母さんの怪我を治そうとしたレティシア、結局奴隷商人に捕まってしまったのだが、そんな思いまでして手に入れようとした薬、いや、それより遥かに強力な完成形がここにあるんだ。


「そんな、良いのユーノちゃん? この薬は高価なものでしょう?」

「ううん、これ見てよ、こんなに薬の原液があるんだ、もう作りまくりだヨ」


 伝説などと大仰に言われている割に、こんな簡単に大量の原液が手に入るのなら有り難みも何も感じない。


 でも、そう思っているのはボクだけみたいだ、レティシア達は瞬間強力回復軟膏を前にして、信じられないと、真逆の反応をしていた。


「通常の軟膏には限界がある、もちろん、この優乃の薬も万能ではないが、それでも従来品では治らない怪我も直すことが出来る」


 そうミルクが補足する。


「治るの? お母さんの怪我、治るんですかミルクさん?」

「ああ治る、時の経った傷は完治するまで少し時間がかかるが、それでも徐々に良くなってゆくだろう」


 従来の薬と伝説の薬はそう違うものではない、やはり大きく欠損すると治すことが出来ないし、使った一瞬で元どうりになる事もない。


 ただし、その回復力はベースの軟膏の限界を大きく凌駕する。


「あ、ありがとうございます」

「礼なら優乃に言え、これは優乃だから可能になったことだ」

「ありがとうユーノちゃん、本当に……」


 後はもう言葉にならない、レティシアとお母さんは抱き合いながら喜んでいる、レティシアなんて泣いていた、不覚にもボクももらい泣きしてしまいそうだ。


「グスッ……」


 ん? 何か離れた所でも泣いているような声が聞こえる、みんなその方向へ顔を向ける。一人静かに鼻をすすっている人物は、お父さんのアストラだった。


 いつの間にか部屋の隅っこまで移動していたアストラは、筋肉のカタマリのデカイ背中をこちらに向けて、小刻みに震えている。


 普段偉そうにしているアストラの意外な姿に、一同時間が止まったかのように静かになった、一人グズる音だけが部屋に響く。


「お父さん、良かったね」

「……ああ」


 なんだかんだお母さんのクリティアを一番気にかけていたのは、お父さんのアストラだったのかもしれない。


「まだ話はこれからなのだが」

「そうだね」


 ミルクと顔を見合わせる、なんだか盛り上がってしまったレティシア一家に次の相談を持ちかける事も出来なくなってしまった。


 実は次こそが本題だったのだが、アストラがこの調子では仕方ない、今日はここまでにして明日また相談に乗ってもらおう。



 翌日、朝ごはんを食べながら、昨夜のことでアストラは少し照れた様子だったが、それでも家族の雰囲気は明るく、笑顔は絶えなかった。


 そして、ごはんを食べ終わって、村長であるシャインとアストラの二人に残ってもらった。


「悪いなアストラ、本当なら昨日言うつもりだったのだが」


 ミルクはそう切り出して本題に入る。


「実は例の薬の事なんだが、まだ沢山エキスが取れそうなのだ」

「ほう?」

「私と優乃の二人では全ての薬草を持ってくるのにも限界がある、そこで村の人間の手を借りたいのだ」


 そう、大量に生っているデカみかんをあのまま放置するのはもったいない、伝説と言われた薬が大量に生産出来るチャンスなのに。


「なるほど、もちろん大丈夫だ、村の衆が何人集まるかは分からないが、俺だけでも協力させてもらおう」

「そうか、ありがたい」


 昨夜の事もあってか、アストラは無償で手伝ってくれるという。


「そしてもう一つ頼みがある、実はそのエキスが採取された際、膨大な量になると思うのだ、それをこの村で保管してもらいたい」


 デカみかん二個で果汁がリッターで搾れる、それがあと何千、もしかしたら万を超える数が生っている、すべて収穫できたなら果汁は何トンもの量になる。


 さすがにそのすべてをヴァーリーへ持ち帰ることは不可能だ、大商隊でもあるまいに、運搬も難しいし置き場所も無い。


「親父」

「ふむ良かろう、だが土地が空いておらんの、もう少し開拓する必要があるの」


 村長のシャインも快く受けてくれた、大量の毒物を村の中に保管するのは無理だから、新たに村外れを開拓して特別に倉庫を用意してくれるという。


「しかしなミルクさんや、その集めたエキスをどうするつもりかの?」

「ふむ、そうだな」

「ただ眠らせておくのももったいない、そのみかん型の薬草は来年にはまた実をつけると思うがの、そうなると毎年増えてゆくの」


 ボクは来年この土地に居ないかもしれない、伝説の薬の依頼が終わったら勇者に会いに旅に出る予定だから。


 でも確かに一滴で伝説の薬が作れるのを考えても、何トンものエキスをそのままにしておくのも無駄だ。


「そこでの、わしらに伝説の薬を作る手伝いをさせてくれんかの?」

「ふむ、なるほど」


 つまり、瞬間強力回復軟膏を売るのにリメノ村を一枚噛ませてほしいというシャインの提案だ、さすが村長、抜け目ないというか、したたかというか。


 だけど、これはボクとしてもありがたい話だ、ここで眠らせておいても仕方ない、定期的にリメノ村までエキスを取りに来るのも面倒だ。


 それならリメノ村の人々に瞬間強力回復軟膏を作ってもらって、ヴァーリーへ運んでもらうほうが良い。


 瞬間強力回復軟膏も一個や二個ならボク一人でこねこねして作れるが、数が多いとそうもいかない。


「それは私では決められん、何人も近づけぬ聖なる森の薬草は、すべて持ってきた本人、優乃の所有となる」

「ボクは良いよ、置き場所も貸してくれるし、ただ腐らせておくのも意味がないしね、それに、この村の人達とも仲良くしていきたいんだ」


 うまくすれば苦労なくお金が入ってくるかもしれない、楽してお金をゲットだなんて、なんという甘美な響きだろうか。リメノ村にも恩を売れるし、相互利益もあるなら断る理由はない。


「ほう……」


 シャインはスゥと目を細める、ボクが仲良くと言った事に関心を示したようだ。


「さすが、孫が夫にと見初めた男だけのことはあるの」


 いやいや、このお爺ちゃんも何か勘違いしていらっしゃいますけど?


 とりあえず、これで大体の方向性は決まった、細かい所は後々詰めるとして、目下デカみかんを収穫しなくてはならない。


 後はシャインとアストラが村の衆と話をつけてくれるのを待つだけだ。



 さっそくアストラは村の有力者に声をかけ、簡単な会議を開いた。


 ボクも同席したが、勇者PTの戦士であるミルクも居たため、皆ノリノリで協力してくれることになった。


 集まった村の若い衆は十人程度だ、今日は急な召集だったので明日からはもう少し増えるだろう、お仕事が忙しい中で集まってもらえたのだから感謝だ。


 そして次の日の朝から、デカみかん収獲隊を本格始動することにした。

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