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36 キモ杉の森、再び01

 ボクに与えられた寝室は良く整頓された個室だった、ベッドも大きくて小柄なボクがゴロゴロしても全く問題ない感じだ。 


 朝からお馬さんに乗ったし、美味しい夕食も頂いてお風呂にも入れた、心地良い疲労感の中で今日はよく眠れそうだ。


 備え付けのオイルランプの火を吹き消し、就寝する。


「ユーノちゃん、もう寝ちゃった?」


 しばらくすると、レティシアが部屋にこっそり入ってきた。


 そして……。


「どどど、どーしてミルクさんがこの部屋に!?」


 実はレティシアより先にミルクがそろそろと部屋にやって来て、そのままベッドに潜り込んでいたのだ。


「ああ、優乃が寂しくて眠れないと言うからな」


 嘘をついてはいけませんね? 自分からボクの部屋に来たのに。


「そうだ、優乃がレティシアと一緒に寝たと言ってたぞ、ほれ、入れ入れ」

「えっ、そうなのユーノちゃん? じゃあ一緒に寝ていい?]


 知りません。ダメって言っても聞かないだろうし、意固地になって空気を壊すのもボクのキャラじゃない、ここはウソ寝でやり過ごそう、ぐーぐー。


 返答しないでいると、結局レティシアもベッドに入ってきた。


「ミルクさん、相談があるんです」

「なんだレティシア、改まって」


 ボクを真ん中にして、両側にいる二人は何やら相談を始めた、いつの間にそんなに仲が良くなったのか。


「ユーノちゃんの事なんですけど、こんなに隙を見せているのに全然かまってくれないんです」

「そうか、がんばっているんだな」

「そうなんです! さっきだって一緒にお風呂入ってくれなかったし、……わたし、魅力無いんでしょうか?」

「そんな事はない、レティシアは可愛いぞ、きっともうすぐだ、あと二年ほどすれば男はオオカミに変身さ」

「そうなんですね? わたし、がんばります」


 あの、その相談はボクの頭越しにしないでいただけますか?


 この期に及んでどうしたら良いのか、せっかく過ごしやすい夜だったのに、さっそく変な汗が滲んできた。


 仕方ない、こうなったらひたすら狸寝入りで凌ぐ事にしよう……。



 翌朝、ボクは寝苦しさのため目が覚めてしまった。


 熱い、ミルクとレティシアに挟まれたベッドの中は、肉布団ならぬ肉サウナと化していた、ボクの両隣では二人ともまだ眠っている。


 それにしても、暑さのため三人とも寝巻きをはだけさせて、全員上も下も丸見えだ、こんな姿を誰かに見られたら色々と誤解されかねない。


 でも大丈夫、普通ならいかがわしい事を連想させる状況も子供のボクが居るため、とっても健全で健やかな家族の団らん風景と映るだろう、何も問題はない。


 火照った体を朝の澄んだ空気でクールダウンさせながら、自室から出て廊下を外へ向かう。


 そして庭の隅にある井戸から桶に水を汲み、顔を洗う、屋内には飲料用にも使える水瓶があるけど、やっぱり新鮮な水は気持ちがいい。


「おはようユーノちゃん、もう起きたんだね」

「うん、おはよう、おねえちゃん」


 レティシアが後を追ってきた。


「ミルクさんに聞いたけど、冒険者の依頼のために聖なる森へ行くんでしょう?」

「うん……」


 この村へ来たのはレティシアに会うためじゃない、目的はオズマの依頼だ、そんなことは誰が見ても一目瞭然だった。


 でもレティシアは文句の一つも言わなかった、以前ならすぐにむくれてワガママ言いたい放題だったのに。


「ちゃんと冒険者になれたんだね」

「うん」

「お姉ちゃんもね、冒険者になるために修行頑張ってるよ、もう少し時間がかかるんだけどね」


 以前約束した通り、レティシアも冒険者になるためお父さんに修行を見てもらっているらしい。


 それはボクには信じ難い事だった。


 数ヶ月前、ボクとレティシアが一緒に過ごしたのはほんの少しの間だった、それなのに、その時に交わした約束を今も愚直に守って。


 確かにボクも命の恩人たるレティシア、そしてあのオズマにさえ感謝はしている、だけどそれはそれだ、自分の進む道が左右される事はない。


 無理やり理由をこじつけるならばレティシアはボクのことが好きみたいだ、でも、そんなにも他人に入れ込むなんて。


 そう言えばエメリーもだ、フェリクスと付き合い始めてから急に様子が変わって、ボクからどんどん離れていった。


 誰かを好きになったくらいで人が変わってしまったかのように、周りが見えなくなってしまったかのように、そんな事、残念ながらボクには理解できない。



 朝食を済ませ、すぐにミルクと共にリメノ村を出発した。


 この細道を辿ればボクがこの世界に来て初めて目にした人工物、あのボロボロの橋へ最短で行ける。


 レティシアも一緒に行きたいと言い出すかと思ったけど、それは無かった、地元民なので聖なる森へ近づけない事はよく知っているんだ。


 そして、ボロボロの橋へ到着した。


 ここからは河原へ降りて川沿いを辿って聖なる森へ向かう、以前ボクが死ぬ思いで歩いてきたルートを遡る形だ。


 それにしてもあの時、瀕死の状態で足を引きずりながら進んでいたが、意外に距離は稼げていたようで、今のボク達でも結構歩くことになりそうだ。


 景色を眺めながら進む、なんだか懐かしい。


「ほら見てミルク、お魚も居ないんだよ、変だよねー」


 川の中を見ても相変わらず何も生物が居ない、まるで幻のような場所だ。


「う……む、そうだな……」


 あれ? なんだかミルクの元気が無い、さっきまで何ともなかったのに。聖なる森の影響が出始めたのだろうか? まだ森はずっと先なのに。


「ひょっとして聖なる森のせい?」

「ああ、優乃は大丈夫か?」

「うん、ボクは平気だけど」


 聞くと、ボロ橋付近からすでに体調に異常をきたしていたらしい。あのボロ橋は人が聖なる森に近づける限界という目印でもあったんだ。


「どうしよう、ボクだけ先に行って薬草探してこようか?」


 元々キモ杉の森こと聖なる森には、ボクと勇者しか踏み入ることは出来ない、ミルクは付き添いで来ているだけで無理をする必要はない。


「最終的にはそうなるが、もう少し進みたい、試したい事もある」

「うん、あんまり無理しないでね?」

「大丈夫だ、ある程度で引き返すつもりだからな」

「もし進みすぎちゃったらどうなるの?」

「死ぬ」



 少し休憩を取って再び河原を歩き出す、最初ここを通った時は絶対助かるんだという思いだったけど、ここで死ぬんだというあきらめも半分あった。


 そんな生死の境を彷徨った場所に、今こうして元気な姿で戻って来れたなんて、何か感慨深いものを感じる。


 そして横長のベンチ石の所まで来た、異世界に来て初めての、いや、人生初めての戦闘を繰り広げた場所だ。


 あの時倒した赤眼オオカミの遺骸はもう無い、魔物は土に帰るのが早いのでとっくに風化している。


「ここでね、初めて赤眼オオカミと……あれ? ミルク?」


 当時を懐かしみながら若干テンションが上がっていたボクは、いつの間にか先へ進みすぎていたようだ、振り返ると少し離れた場所でミルクが佇んでいる。


 置いてきぼりにしてしまった、そう思って駆け寄ると、ミルクはガクリと膝をついた。


「ミルク!」

「はあ、はあ、すまんな、どうやらここが限界のようだ」


 さっきまでそれほどでもなかったのに、急激に症状が悪化している、いかなる者も聖なる森に近づかせないと言わんばかりだ。


「掴まって」


 ボクはミルクの手を引き、森から離れた。


「すごく悪そうだよ? 死なないよね?」

「フフ、大丈夫だ、病気とは違うからな、ほら、随分楽になった」


 少し森から離れただけなのにミルクの体調は目に見えて回復した、それでもまだ立っているのがやっとな感じではある。


 本当にこんなに具合が悪くなるなんて、ボクは何も感じないけど、今まで見てきたファンタジー現象の中でも、聖なる森はとびきり不思議な場所だ。


「ここからはボクだけで行くよ、ミルクはもっと戻っていて」

「ああ、さっきの山の向こうまで戻り、キャンプを張って待っているとしよう」


 時間をかけて聖なる森を調査する予定だったので、野営の準備はして来ている。


「聖なる森とは、あれか?」


 ミルクの見る方向には、あのキモ杉が生い茂る森が広がっている、ここからではまだ遠いが、確かにそこが聖なる森だ。


「うん、そうだよ」

「そうか、セシルと来た時は、ここまで近づく事すら出来なかった、それにしてもなんという禍々しさだ、まともに視認する事も出来んとは」

「え?」


 聖なる森の中は気色の悪い杉の木、通称キモ杉が生い茂っているけど、外見だけなら普通の森と変わりない。


 しかし、ミルクから見ると聖なる森は蜃気楼のようにモヤモヤしていると言う、ボク以外にはそんなふうに見えるのか、そういうのやめてほしい、こわい。

 

「じゃあボク行くね、なるべく早く戻るからね」

「ああ、気をつけてな」


 それでも行かなくてはならない、ボクは聖なる森へ向かい歩き出した、その時。


「優乃! 横の茂みだ!」


 突然のミルクの声に振り返る、すると、すでに林の茂みの中から黒い影がボクめがけて突進していた。


 ――ガァァァアアッ!


 赤眼オオカミだ、その突進に対応する間もなくボクは押し倒された。


「優乃! くっ……」


 ミルクは襲われているボクの所へ駆け寄ろうとした、しかし、ここはすでにミルクが聖なる森へ近づける限界地点だ、苦しそうにその場へと崩れた。


「来ないで! 下がってミルク!」


 聖なる森に耐性の無いミルクがそれ以上森に近づくと、どうなってしまうか分からない、今の状態では一歩を踏み込むのも危険だ。


 こいつはボク一人で倒すしかない。


 初遭遇した時と同じだ、またベンチ石の場所で赤眼オオカミに襲われ、組み伏せられている。


 迫り来る牙がボクに届かないように、赤眼オオカミの両頬を力いっぱい掴んで耐えている状況も同じ。


 だけどあの時と違うこともある、ボクの体調は万全だ、それもある、しかしそれより、今は敵を知り己を知っている。


 赤眼オオカミは基本的に喉元を狙い突進してくる、その威力、その速さ、それがどの程度なのか知っている。


 そして、それらに対抗出来る身体能力をボクは持っていると知っている。ボクより二回りも大きい赤眼オオカミの巨体でも、ボクの力なら……!


 赤眼オオカミの腹に左足を掛け、そのまま力いっぱい蹴り押した、突進は跳ね返せなくても単純なこの重量なら跳ね除けることは可能だ。


 蹴飛ばされた赤眼オオカミは体勢を崩し地面を滑るが、怯むこと無く再び突進して来る、何も警戒することなくバカの一つ覚えみたいに。


 勝った、それだけで十分だった。さっきは不意を突かれて組み伏せられたけど、仕切りなおしたなら圧倒的にボクが有利だ。


 素早く起き上がり、ベルトの後ろに装着してあるナイフへ手を伸ばす、あせらずシースの留め金を確実に外して、ミルクに譲ってもらったナイフを握った。


 赤眼オオカミは狂ったようによだれを撒き散らしながら、すさまじい勢いで突っ込んで来る。そして、ボクの頭がある場所に大きく開けた口が到達した。


 しかし牙がボクを捉える事は無かった、それよりも早くボクは赤眼オオカミの下に潜り込み、両手で抑えたナイフをその胸に押し当てた。


≪スキル:ポイズンブロウ≫


 初めから一連の動作を決めていたのでポイズンブロウまで発動したが、その必要はなかったかもしれない。


 敵の勢いもありナイフは深々とその胸に突き刺さった、肋骨の先にある臓器を確実に破壊した感触が伝わってくる。


 クゥ~……。


 断末魔にもならない、ただ空気が漏れているようなか細い声を発し、赤眼オオカミは即座に絶命した。すぐさまポイズンブロウによる腐敗が始まる。


 敵の力量をある程度分析出来る今でも赤眼オオカミは強いと思う、以前、初見で倒せたのは奇跡だ。


「ミルク!」


 地に伏せっているミルクへ駆け寄り下から支え上げる、やや引きずる感じになるけど、急いで聖なる森から距離を取った。


「見事だ優乃、強くなったな」



「ふう、ここまでくれば大丈夫だ。それにしても優乃、今セイクリッドウルフに使った戦技はなんというのだ? 私も見た事のない技だ」


 咄嗟の事とはいえ、禁忌とされる毒技を使ったんだ、説明するしかない。


「そうか、ではその技は初めから使えたのだな」

「うん……、使えると気づいたのは最近だけど」


 やはり心象は良い訳が無い、フェリクスの時のようにこのスキルがきっかけで関係が悪くなるのは残念だけど、ごまかせる状況ではなかった。


「ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「だって、毒の技とか気持ち悪いでしょ?」


 しかし、ミルクは禁忌技かどうかなど気に留める素振りもなかった。


「ああそうか、そう言えば禁忌なんて話もあった気がするな、だが程度の低い話だ、私にはどうでもいいことだ」


 圧倒的な力を持つ勇者PTならば、魔物が使う技がどうのという次元を超えている、常に人外的な破壊力を見せるのだ。


 宗教家や法律家あたりが勇者達は例外だとか線引しているんだろう、でも、そんな人達の言うことなんてミルクから見れば下らない戯言なんだ。


 ミルクとの絆は、そんなことでは壊れない。


「さあ、もう遅くなってしまうぞ」


 あまり遅くなると聖なる森に着く前に夜になってしまう、当初の予定では森の中で一晩過ごす予定だった。


 ボクは今度こそ、伝説の薬草を採取しに聖なる森へ向かった。

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