33 かつての敵
「うそ? ミルク様と知り合いなの?」
「マジかよちびっこ冒険者、まさか碧の星の関係者か?」
「オレは初めから分かってたぜ、只者じゃないってな」
彼らには悪いことをした、せっかく集まっていたのに、ボクとミルクが再会を果たした場面から、雰囲気的に握手会は解散となった。
「久しぶりだ、ちゃんと冒険者に成れたみたいだな」
「うん!」
長期間の仕事を終えて戻ってきたミルクと、二人して再会を喜んだ、でも、ボクのPTが失敗に終わった事は言えなかった。
隠したいとか、そういうことではなくて、ボクの問題だし、まだ賠償金を支払い切るまでは終わっていない、けじめはボク自身で付けなくてはならない。
ミルクはこの街の山賊アジトに間借りしているらしい、それならいつでも会いに行ける。
ただミルクは有名人だ、油断しているとたちまち今のような握手会になってしまう。
なので、どこに宿泊しているかは一般人には秘密だ、山賊と繋がりがあるという事も言う必要はない。
「ミルクも冒険者ギルドに用事?」
「ああ、私も一応冒険者なのでな、戻ったことを報告しに来た」
ミルクほどの凄腕冒険者になると、ギルドも放っといてはくれないんだ。
「では、少し行ってくる」
「うん」
そう言って、ミルクはギルドの事務所へ入っていった。
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・
さて、ボクにはPT脱退の手続きが残っている。
ギルド受け付けのレナにPT脱退の旨を伝えると、小さな用紙をくれた。
その用紙を前にして、エメリーとの楽しかった時間を思い出そうとしたけど、それを邪魔するかのように、嫌な思い出ばかりが浮かんでくる。
ボクは何も躊躇することなく、脱退用紙にサインを走らせた。
PTを抜けるのって、こんなにもあっけないんだ……。
しかし、まだPTの呪縛は続いている、賠償金の八百万ルニーをどうにか捻出しないといけない。
全財産の五百万ルニーで足りない分の、三百万ルニーを新たに稼がなくては。
実入りの良い仕事がないか、依頼書に目を通す。
ゴブリンは出現数が減っていて効率が悪い、色々と問題のあるポイズンブロウは使えないため、オーガをソロで倒すのも難しい。
そうなるとやっぱり、おいしい仕事なんて無い、普通にソロ時代に戻っただけだ、ボク一人じゃその日を生きるのに精一杯で。
そう思って、雀の涙ほどのスライム報酬を眺めて溜息をつく。
一応、討伐依頼以外の仕事にも目を通してみる。
冒険者の花形とも言える討伐依頼と違って、左官やお店のお手伝いなど、一般の依頼は報酬が少ない。
ダメだ、こんなに報酬が低くては、三百万貯めるなんて、いったいどのくらい時間が掛かるのか。
ヴァーリーの特産である、薬草系の依頼も似たようなものだ。
「薬草採取三千ルニー、鎮静草採取二千ルニー、傷薬買い取り八十万ルニー、採取の護衛四千ルニー、はぁ、どれもこれも……ん?」
傷薬の買い取り価格八十万ルニー? ……八十万!?
報酬額が他と違いすぎて一瞬わからなかった、何かの間違いではないのか? 傷薬をこんな高額で買い取るなんて。
もしくは、ある程度まとめて買い取ってくれるという意味だろうか? 依頼書にはこれ以上詳しく書いていない、レナに聞いてみよう。
「すいません、この依頼なんですけど、内訳はどうなっているんですか?」
「ああーこれね、よく分かんなくてね、ちょっとまってて」
新人ギルド員のレナは、一旦事務所へ引っ込んだ、先輩ギルド員に聞きに行ったのだろう。
レナはすぐに戻ってきた。
「どうやら伝説の薬のことみたいね、ウチの職員の中でも、数年前見かけて以来、それきり見た人はいないみたい」
情報の集まるギルドでも、数年前に見かけただけなんて、相当レアな薬だ。
「薬の元となる薬草を採取して自分で調合するか、現物を用意して依頼者に届ければ完了よ、薬の状態が良ければ最高で百二十万まで出すみたいね」
百二十万!? それは魅力的だ、しかし、そんな伝説の薬なんて、材料の薬草だって手に入れるのは難しいだろう。
そんな宝探しをしている暇は無い、残念だけど、他の依頼にしたほうが良い。
「すまんが、その依頼書を少し見せてくれ」
「わ、ミルク?」
いつの間に戻ってきたのか、ボクの背後に居たミルクがレナに話しかけた。
「は、はいっ、こちらになりますっ、ミルク様」
レナは無駄に大きな声で答え、緊張した面持ちで依頼書をミルクに渡す。
「ふむ、依頼者の情報は有るか?」
「は、はいっ、えーと依頼者の住所はありません、酒処ユミーに来るように書いてあります」
「ふむ……」
ミルクは考え込んでいる、この依頼を受けるのだろうか? 凄腕冒険者だから、普段からこんな高額依頼も受けているんだ、多分。
「この依頼、優乃なら出来るかもしれないぞ」
「えっ、ボク?」
他人事のようにボーッと思っていたから、急にボクに振られてびっくりした。
「まずは依頼主に会って話を聞いたほうが良いな」
「ま、待ってミルク、ボク、こんな難しそうな依頼は無理だよ」
そもそも、なぜボクなら出来ると思ったのか。
「実はな、私もこの依頼に興味がある、いや、正確には、この依頼を遂行する優乃に興味がある」
「ボクが? でも伝説級に珍しい薬草なんて、見つけられないよ」
「確かに、だが、優乃ならわりと簡単かも知れない、それを確かめるためにも、依頼者に会って具体的な話を聞いてみないとな」
ミルクは何か確信めいたものを感じているようだ、ボクには分からないが、出来るというのなら、依頼者に会って話を聞くくらいしても良いか。
「うん、じゃあこの依頼者に会ってみるよ」
「なにか強引になってしまったな、私が言い出したのだ、もし受けるならば協力させてくれ」
本当にこの依頼が達成出来るのなら、高額報酬のため賠償金を抱えるボクも助かる、それに、またミルクと一緒に行動出来ると思うと嬉しかった。
「レナさん、ボクこの依頼受けます、依頼者の名前教えて下さい」
「はいっ、えと、依頼者の名前は、オズマさんです」
・
・
……オズマ、異世界で初めて出会った人間、そして、ボクを誘拐した人だ。
捕まったボクは、変態貴族のアルッティ・クラーク・モーズレイの館へ、奴隷として監禁されてしまったんだ。
なんの因果か、ボクがそのオズマの依頼を受けに行くなんて。
オズマにコンタクト出来るという酒処ユミーは、裏路地にある場末のスナックだった、次の日、依頼書を握りしめお店へ向かう。
一緒に来ると言ったミルクには、今回ばかりは遠慮してもらった、オズマはアルッティが雇っていた傭兵で、ミルクが率いる山賊に倒された一人だ。
あの夜、ミルクは顔を隠していたし、ミルクだってオズマの顔なんて覚えていないと思う、それでも何かあってはまずい。
薄暗い裏路地にある酒処ユミーは、まだ準備中みたいだ、でも人の気配はする、ボクはスナックの扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
「ごめんくださーい」
反応は無い、営業時間外なので接客もお休みだ、店の中は意外と広く、長く続くカウンターが奥でL字に曲がっていた。
「あのー、すみませーん」
「はいはいはい、あら? 何かしらお嬢ちゃん」
派手な衣装をまとった恰幅の良いオバサンが、バタバタと慌ただしく出てきた、開店前の忙しい時間に悪いと思ったが、ボクも仕事で来ているので仕方ない。
それより、またもや女の子に間違えられた、最早いつもの事だし訂正する手間も面倒くさい、今回はスルーした。
「あの、冒険者ギルドから来たんですけど、人を探しているんです」
「まぁ、お使いね? どんな人かしら?」
「オズマっていう男の人なんですけど、知ってますか?」
「あー……」
スナックのママだろうオバサンは、トーンダウンしながらカウンター奥をちらりと見た。
「その人なら、今居るけど……」
「えっ、居るんですか?」
まだお店も開いていないのに、オズマは来店しているようだ、まさか、アルッティの館が潰れて、ここの従業員でもしているのだろうか。
「でも、何の用事かしら? あたしが行って来てあげようか? お嬢ちゃんじゃちょっとね」
「何かマズイのですか?」
するとママは、小さな声で囁いた。
「怖いわよ~、お嬢ちゃんなんて、すぐに連れ去られちゃうんだから」
「オズマは、まだそんな事をしているんですか?」
「あら、知ってたの?」
経験済みなので。
「まあ昔の噂よ、今はあの通り、昼間からウチに入り浸ってる呑んだくれよ、金払いが良いから早くから入れてあげてるけど」
ただの呑んだくれか、確かに酔っぱらい相手は嫌だな、しかもあのオズマだし。
「ボク、その人に話があるんです、教えてくれてありがとうございました」
「うん? はいどういたしまして」
ボクっ娘かしら、などとつぶやいているママに、ぺこりと頭を下げ、お店の奥へ行ってみる。
オズマは、カウンター奥の目立たない場所で、一人座っていた。
すでにかなり飲んでいるようだ、焦点の合わない目で、カウンターの一点を見つめている。
「オズマ」
オズマの隣まで行き、呼びかけた、オズマはゆっくりと振り向き、据わった目を皿のようにしてボクを眺める。
「……! お、お前は!」
どんよりとした目が見開かれた、ボクを見て驚愕したオズマは、一気に酔が覚めたようだ。
「お前は、あの時の黒毛シープ、生きていたのか」
“生きていたのか”か、それはこっちのセリフだが、オズマから見ても、山賊に連れ去られたはずのボクが、こんな所に現れるとは思ってもいなかったろう。
「どうしてお前がここにいる?」
「色々あって、今は冒険者をしているんだ」
「ガキが冒険者だ? ハン!」
随分卑屈っぽくなったな、あの偉ぶっていたオズマが、こんな所でくだを巻いてる姿は、敵とはいえ見たくなかった気もする。
「オズマは今どうしているの?」
「見て分かるだろ」
オズマのカウンター横には松葉杖が掛けてある、杖がないと歩けないんだ、ズボンの裾から包帯がちらりと見えている。
「足、痛いの?」
「ああ、あの夜デカイ男にやられてな、クソっ」
多分ミルクのことだ、ミルクは外套ですっぽり体を覆い隠していた、大男に間違われても不思議じゃない、でも、そのほうが好都合だ。
「モーズレイの旦那はあれで終わりだ、爵位は弟が継ぐみたいだがな、俺らもお払い箱さ、フッ、どのみちこの足じゃな」
それで毎日呑んだくれているのか、でも悪い事したんだから自業自得だろう、ボク誘拐されたんだもん。
「それで何だ? お前からすれば、俺になんて会いたくないだろ、何か用事があるんじゃないのか?」
「うん……、これ、依頼したのオズマでしょ?」
ギルドから預かってきた、依頼書の控えを見せる。
「依頼? ああ冒険者だったな、そうだ、俺が依頼した、だが、こんなものは冷やかしだ、本気にする奴なんていない、そんなものどうするつもりだ」
「ボク、この依頼受けようと思って、依頼主であるオズマに会いに来たんだ」
「お前が? ガキが欲をかいたな」
それでも、オズマには依頼者としての説明責任がある、依頼内容や動機を話してくれた。
オズマは傷ついた足を直すため、一般に流通している強力回復軟膏などは試した、しかし完治には至らず、なかば足の治療を諦めた。
自分で出来ることは全部やったので、あとは冒険者ギルドに、より強力な伝説の薬の調達依頼を出して、毎日ここで腐っているらしい。
「その薬が何なのか、知っているのか?」
ボクはフルフルと首を横に振る、それを聞きに来たのだ。
「それは伝説や古文書の中にしか登場しない幻の薬よ、この街は薬で有名なことは知っているだろう、それでも、この薬を見た奴は最近まで居なかった」
「じゃあ、どうしてこんな依頼を? それに最近って、見た人が居るんでしょ?」
ギルド員の中にも、数年前に見たという人は居た、そのため、数年に一度市場に出るレアアイテムだと思っていた。
でも、オズマの話を聞く限り、数百年に一度の激レアアイテムのようだ。
オズマは一杯のグラスをあおると、フンと鼻で笑って続けた。
「数年前、勇者がこの街へ来た、その時に僅かだが出回ったものだ、本当かどうかあやしいが、あの聖なる森の中で見つけたんだとよ、その薬草を」
「聖なる森……」
「ああ、お前を拾った場所から、さらに北に行くとあるんだ、聖なる森が」
間違いない、ボクが居た森だ。
「森の中は勇者以外誰も見た事がない、だから、そんな薬草が本当にあの森にあるのか、確かめようもないがな」
「どうして誰も森の中を見た事がないの?」
「何言ってんだ、見れるわけないだろ、近づいたら死んじまうんだからな」
近づけない? だとすると、虫一匹いなかったのは、やっぱりあの森が特別だったからだ。
みんな死んじゃうのか、……でもボクは、あの森から来たのに。
そうか、だからミルクは、ボクならこの依頼を遂行出来るかもって言ったんだ、ボクがあの森で彷徨っていた事を話してあったから。
でも、みんな死んじゃう森の中を何日も彷徨っていただなんて、話を聞いていたミルクは、さぞボクのことを変な子だと思っただろう。
「それで、勇者によってもたらされた薬が、まだこの街のどこかに残っていたらと思ってな、僅かな希望に賭けたわけだ」
なるほど、オズマは冷やかしの依頼だとおどけて言ったけど、本気なのは話を聞いて分かった、そして、ボクに出来るかもしれないのも分かった。
「ボク、この依頼やるよ、それで報酬のことを聞きたいんだ」
「バカだな、考えてみればこんな依頼、釣れるのはガキだけか、仕方ねえ、依頼者として説明の義務があるから一応は言うが」
報酬は、品質により八十万ルニーから百二十万ルニーの間、量はギルドで売っている軟膏が基準で、およそ五十グラムが達成条件だ。
こうして、依頼内容の確認を済ませたボクは、改めて依頼を受ける旨をオズマに伝えて、スナックを後にした。
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ボクは山賊アジトの前まで来ていた、依頼内容の詳細が分かったので、ミルクに報告しようと思って。
ヴァーリーの山賊アジトへ来るのも久しぶりだ、閑静な住宅街のど真ん中にあるアジトは、今も見るからにヤバそうなヤカラが出入りしている。
少し緊張しながらドアノッカーを鳴らすと、すぐに中からゴロツキが出てきた。
「あの、ミルク居ますか?」
ギロリとボクを見下したゴロツキは、無言でうなずくと、親指で二階を指す。
「お、おじゃましま……す」
そろりそろりと、アジトの中を進む。
大きなリビングにも数人のヤカラが居た、みんなチラリとボクを見るが、すぐに新聞に目を落としたり、雑談を再開したりする。
まるで、ボクが山賊アジトに居るのが当たり前のような振る舞いだ、ヤカラ達は、ボクを山賊仲間として認識しているみたいだった。
ボク、山賊じゃ無いんだけどな……、そう往生際悪く思いつつ、教えてもらったミルクの部屋へ向かう。
大きな家なので、二階にも沢山部屋がある、清掃中で空気を入れ替えているのか、それぞれのドアは開いていた。
その中で、一つだけドアの閉まった部屋があった、中に誰か居るみたいだ、多分、ここがミルクが間借りしている部屋だ。
ノックをして待つと、すぐに真鍮製のノブがひねられドアが開いた。
「あっ、ミル……」
「んあ?」
現れたのはミルクじゃなかった。
ミルクよりさらに背が高く、褐色肌で筋肉むきむきの、パンツ一丁の大男だ。
「す、すみません、間違えました」
「ふぅ」
大男はボクを一瞥すると、ドアを閉め部屋に戻った。
他の部屋は全部ドアが開いている、使用されているのはここだけだ、この部屋の中にミルクも居るはずだ。
裸の大男と一緒に。
今のは彼氏かもしれない、二十六歳というミルクの年齢を考えると、夫の可能性もある、ボクは、ミルクのプライベートのことは何も知らない。
ビックリした、いや、ショックだった。
ボクにとってミルクは、冒険者の師匠であり憧れでもある、そのミルクにも好きな人が居たんだ。
少し混乱しているけど、アジトまで勝手に訪ねてきたのはボクだ、ショックを受けている場合じゃない、突然押しかけて迷惑をかけてしまった。
「優乃、来たのか……」
やがて部屋の中から、今度こそミルクの声が聞こえた。