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32 新人PT卒業

 フェリクスとエメリーは、再び荷物を持たされて付いて行くボクに見向きもせず、二人して楽しそうにしていた。


 フェリクスは元々そんな性格だったのかも知れない、でも、エメリーの変化にボクは戸惑っていた。彼氏が出来ればこうも変わるものかと思った、完全にフェリクス色に染まっている。



 低木や重なり落ちている大量の枯れ枝に加えて、足元の草は途切れることなく茂っている、こんな場所は魔物も好まない。


 歩きにくい場所だけど、獲物が多いエリアへ渡るためには、こういう藪も横断する必要がある。


 フェリクスとエメリーは、お互い猫が体を擦り寄らせるようにして歩いている、そんなんでよく前に進むなと思っていた矢先だった。


「うわあ!」

「きゃあ!?」


 なんだ? と思った時にはすでに遅かった、案の定、フェリクスは藪に隠れた崖に気づかず、足を取られ滑り落ちてしまった。


 その際、フェリクスがエメリーの足首をとっさに掴んだため、二人して崖下へ転落していった。


 急いで崖下を覗く、崖は切り立つというよりキツイ斜角の付いた山肌だ、だいぶ高さがあるようで、ここを這い登るのは厄介そうだ。


 ボクのバフで強化された二人なら、この程度の斜面から転落したところで大事は無いだろう、しかし、その後に聞こえてきた声は、そんなのんびり構えていられるものではなかった。


「うわー……」

「きゃー……たすけて……」


 ゴァアァ……ウォォオォ……。


 下から聞こえてくる二人の声は明らかに切羽詰まったものだった、それに、二人の声に重なるようにオーガの雄叫びも聞こえてくる。


 ここからでは斜面の中腹にある茂みで下まで確認できない、下がどんな状況なのか、ひょっとしたら、とてつもなくヤバイ状況かもしれない。


 二人に対しては、とっくに情も消え失せている、ここでザマーミロと思う事もあるかもしれない、だけど、ボクには見捨てることなんて出来なかった。


 助けるか否か、そんな思考より早く、ボクは荷物を投げ置き、斜面を蹴って二人の元へ飛び込んだ。


 山肌の斜角は六十度ほどだろうか、感覚的にはほぼ垂直で途中で止まることは出来ない、しかし、踏ん張れば落下速度を落とす程には足掛かりはある。


 斜面中腹の茂みを抜けると下の様子が一望出来た、緑の物体がぞろぞろと集まっている、全部オーガだ、百匹以上は居る、恐ろしい数だ。


 この場所は三方を崖に囲まれていて、すり鉢状の地形になっていた、おそらく崖から落ちたオーガが、ここで吹き溜まっているのだろう。


 すでにフェリクスは応戦しているが、これほど多くの敵に囲まれては余裕も無い、その影に隠れながら立ちまわっているエメリーも表情は青ざめていた。


「うおおおお!」


 フェリクスが雄叫びを上げ、オーガをなぎ倒しながら突進してゆく、しかし、それでは後衛のエメリーを守る者が居なくなる。


 いくら強くとも、遠距離の戦いしか出来ないエメリーでは、敵に囲まれてしまうとどうすることも出来ない、その顔は恐怖と絶望に歪んでいた。


 地面へ到達したボクは、エメリーの元へ急ぐ。


 距離にしてそれほど離れてはいない、でも、動く壁と化しているオーガの群れをすり抜けて進むのは、なかなかに難しい。


 一旦、ボクは崖の斜面を駆け上がり、ひしめき合うオーガの頭を踏み越え、なんとかエメリーまであと一歩という所まで近づいた。


 一番先頭にいるオーガが手を伸ばせば、エメリーに届く所まで迫っていた、それはつまり、オーガの攻撃圏内に入ったということだ。


 人間を殺すことしか頭にない魔物は、そうなると行動は一つだ、何はともあれ殺す、いつもの行動理念に基づき、何の躊躇もなく拳を振り上げた。


 その拳が振り下ろされた時、逃げ場の無いエメリーはただの肉塊へ姿を変えるだろう。


 そうはさせない、ボクは魔物の群衆の頭上を蹴り走り、拳を振り上げているオーガへ跳びかかった。


 そして、そのオーガの背中を、少しだけ傷つけることに成功した。


≪スキル:ポイズンブロウ≫


 ブボオォオォ……。


 オーガは情けない声を上げ、一瞬にして絶命した。


 拳を振り上げたポーズのまま、その場へと崩れ落ちる、近くにいた二匹も道連れに、三匹とも完全に沈黙した。


 エメリーはその場にへたりこんで呆然としている、無事だ。


 しかし、まだオーガの波は尽きない、次から次へと押し寄せて来る。


 ボクは山賊の村で培った歩法術を最大限発揮し、エメリーが居る場所を中心に、オーガの群れの中を駆け抜ける。


 オオオオォ……。


 次々とオーガは倒れ、次第次第とエメリーの周囲は開けていった。


 ボクの攻撃が少しでも当たればポイズンブロウが発動する、禁忌とされるこのスキルも、この状況下で使用に躊躇うことはない。


 密集したオーガの足を狙い、連続でスキルを放つ。


 スキルを沢山使っても疲れることはなかった、魔法使いは過剰に魔法を行使すると精神が疲弊するというが、ボクはなんともない。


 ボクに不思議な力があるとすれば、それは魔力ではなく神力だ、異世界の住人とは違った概念なのだろう。


 百匹以上のオーガを全滅させるのに、五分とかからなかった。



 阿鼻叫喚だった辺りには静寂が戻っている、その中で、片膝を付き、ゼハーゼハーと息を吐いていたフェリクスも立ち上がる。


 そして、剣を鞘に収めつつ、厳しい表情のまま、ボクの前を立ち塞いだ。


「ユーノ、来るのが遅いじゃないか、何か言うことがあるだろう?」

「……ごめんなさい」


 遅くなったわけじゃない、むしろ、これ以上ないほど早く対応した。


 でも、フェリクスには逆らえないという思いが、ボクの態度を萎縮させる。


「フン、まあ良いさ、今回はエメリーを助けてくれたから大目に見るよ」

「…………」

「フェリクス、もう良いから」


 エメリーは、そう言ってフェリクスに寄り添う。


 どうしてなのエメリー、フェリクスのせいで崖下に落ちたんだよ? 戦っている最中だって、守ってもらえなかったじゃないか。


 この期に及んで、まだフェリクスの肩を持つエメリーが理解できなかった、恋は盲目ってやつなのか? 確かにイケメンは最強かもしれないけど。


「ああ、ちょっと興奮して言い過ぎたみたいだね、ユーノ、改めてお礼を言うよ、僕のエメリーを助けてくれてありがとう?」


 何もかも当てつけに思えて、素直になれない。


「ふー、それにしても臭いな」


 フェリクスとエメリーが倒した敵は僅かだ、ほぼ全てのオーガはポイズンブロウの餌食となって、腐り溶けていた。


 ボクは腐肉に埋もれている魔石を拾い集めた、ショートソードの賠償金を支払うために、一個でも多くの魔石が必要なんだ。


 ぬちゃっとした腐肉が手や足に付き、吐き気を催す刺激臭が、服に、髪の毛に、体に染み込む。


 フェリクスはそんなボクを見て、「オエー」と嘔吐するジェスチャーをしていた、そして、自分で倒した臭わない魔石だけをさっさと拾う。


「ユーノ、馬車乗り場まで来いよ、今日はもう終わりだ」


 助けてもらった感謝の言葉も一言も無く、フェリクスはエメリーと共に、登れそうな崖へ向かって行った。



 崖上に置いてきた三人分の荷物を、臭いが移らないように工夫して持ち、馬車乗り場まで急ぐ。


 東の森停留所ではフェリクスとエメリーが待っていた。


 フェリクスは、ボクから荷物を奪うように取り上げ、帰りの馬車へ乗せる。


 ボクを待っていたわけじゃない、荷物が到着するのを待っていただけだ。


「お前、臭いから馬車には乗れないよ? ここから歩いて帰れよ、いいね?」

「……うん」


 臭うなぁと言い、ボクの胸を押して遠ざける。


「それと、依頼の魔石は僕とエメリーが倒した分で足りるから、ユーノが持っている魔石は要らないよ」

「え?」

「聞こえなかったのかい? 僕とエメリーで依頼は達成したと言ったんだ」


 きつい腐臭の中、頑張って集めてきたのに、ボクの魔石は要らないという。


「どうしてそんなこと言うの?」

「なら聞くが、その魔石はどうやって手に入れたんだい?」

「どうって、普通にオーガを倒して」

「普通に? 禁忌技を使ったろう」


 だって、あのときは仕方なく、それに、ポイズンブロウを使わなかったら、フェリクスだって殺られていたのに。


「その魔石を使うなら、禁忌を破ったことも報告しなくてはならないな」


 それは困る、報告なんてされたら捕まっちゃう、魔女裁判にかけられちゃう。


「だけど安心しなよ、おとなしくしていれば報告はしないよ、親友だからね」

「……うん」

「そうだ、今回の狩りは、最初からユーノは参加しなかったことにしよう」

「えっ?」

「見て見ぬふりをしてあげるよ」


 そう言うと、フェリクスは馬車に乗り込んだ。


「ま、待って、それじゃボクの報酬は」

「当然無いよ、当たり前だろ?」

「そんな……」


 どうして、これじゃボクがPTにいる意味なんて。


「御者さん、馬車を出して下さい」

「本当に出発してもいいので?」

「ええ、行って下さい」


 御者はボクのことを気にしていたが、そうフェリクスに言われて手綱を引く。


 エメリーは終始そっぽを向いて、素知らぬふうを装っていた。



 森に置き去りにされたボクは、ショックでしばらく動けなかった。


 魔石が大量に入った麻袋を握りしめる。


 もうこの魔石に価値は無い、依頼報酬を受け取ることはもちろん、追加報酬として換金することも出来ない、そんな事をしてフェリクスに見つかったら大変だ。


 それでも魔石を捨てることは出来なかった。


 まだ単体での店売りはできる、魔石なんて直に売っても二束三文にしかならないけど、今のボクには、その僅かなお金でさえ惜しい。


 みすぼらしく、まだ強烈に臭う魔石の袋を引きずって、ボクは森の中を歩く。


 この森はよく知っている、何を目印にすれば良いのか、どこを歩けばどこに出るのか、ボクは街を目指す前に、川で体を洗うことにした。


 オーガの腐臭が衣服に残っている、魔石も洗ってきれいにしないと、とても街には入れない。


 そして、水量の多い地点で臭いを洗い流したボクは、もう時間も遅いので、ここで野営をすることにした。


 大木の根に背を預け、小さな火を焚き、毛布にくるまる。


 暗くなってゆく森の中に、猿か何か、獣の鳴き声が響く、近くにゴブリンは居ないみたいだけど、こんな場所で一人で野営するなんて、とても危険だ。


 常に魔物の驚異にさらされている、パートナーも居なければ、おちおち寝てもいられない。


 でも、不思議と心は落ち着いていた、あの二人に気を使う必要もなく、久々に自由な時間を過ごせている気がする、この危険な森に平穏すら感じていた。



 街へ到着したボクは、フェリクスとエメリーに会うため、いつも二人が利用しているカフェへ向かう。


「ユーノ君一日ぶり~、くさいの取れた?」

「いやいや、あの禁忌技の使い手だよ? そう取れるものじゃないね」


 二人はいつもと変わらず、楽しそうにしていた。


 そして、当然のように、依頼報酬など一ルニーすらくれなかった。


「ボク、PT辞める」


 もう、このPTにボクの居場所は無い。


「ふーん、それで? ユーノが壊した僕の宝剣はどうするんだい?」

「お金なら貯めます、必ず返すから」

「一人でねぇ? そんなこと言う奴は大抵無理なんだよ」


 でも、このPTに居てもお金は貯まらない、昨日みたいに難癖をつけられて、満足に依頼報酬も貰えないんじゃ。


 フェリクスの言い様から、ボクのPT脱退に難色を示すのではと思った、まだボクを飼い殺すつもりなのかと。


 だけど、フェリクスは意外なほどすんなりと脱退に同意してくれた、弁償の意思を確認したら、もうボクに用は無いみたいだ。


 厄介者を追い出せたとでも言うように、あっさりしたものだった。


「がんばってね~」


 エメリーも薄情にそれだけ言うと、すぐさまフェリクスと向き合い談笑を始める、本当にボクなんて、どうでもいい存在だったんだ。


 二人と別れて、宿のある冒険者ギルドへ向かう。


 ボクとエメリーのPTは、どうしてこんな結末になってしまったのか、フェリクスとPTを組んだのは失敗だったのか。


 エメリーにしてみれば、恋人も出来て幸せそうな毎日を送れている、フェリクスをPTに迎え入れたのは最高の決断だったのだろう。


 でもボクは、大切な友人であるエメリーを失い、残ったのは三百万の借金だけ。


 それもこれも、ボクが禁忌技を使ったり、フェリクスの剣を壊しちゃったから……、全部ボクが悪いんだ。


 

 うつむいてとぼとぼ歩いていると、いつもと違う騒がしい雰囲気に気がついて、顔を上げる。


 なんだろう? ギルドの前に人だかりが出来ている、何かあるのだろうか。


 近づくと、人だかりの先には背の高い女の人が居た、みんな、その人に握手を求めて並んでいるんだ。


 レッドブラウンのクセのある長髪、褐色の肌にスラリと長いその手で、みんなの握手に少し困った様子で対応していた。


「ミルク……」


 急に嗚咽がこみ上げるのを感じて、居ても立ってもいられなくなった。


「おい、なんだ?」

「ちょっと順番守ってよ」

「お? ちびっこ冒険者じゃね?」


 列を横切ると、そんな声が聞こえてきた、でも、もう駆け出した足を止めることはできない。


「あれ? 優乃じゃな……」


 ミルクの言葉が終わるより先に、その強引にくびれた美しいラインの腰に両手を回して、抱きついていた。


 いきなり無言でがっぷり四ツに抱きついて、声を殺して泣いてしまった。


 ミルクは、抱きつかれて身動きが取れないようだったが、腹に顔をうずめるボクの頭を優しくなでてくれた。


「優乃、どうした」

「なんでもない」

「泣いてるぞ?」

「なんでもない」


 ボクは、まだ涙でくしゃくしゃな顔を上げ、「おかえりなさいミルク」と、泣き笑い顔で答えた。


 よく考えたら、ここは山賊の村でもないのに、“おかえりなさい”とはおかしな事だが、いつも遠出するミルクにとっては、そんな事は些細だったようだ。


「ああ、ただいま優乃」

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