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31 優乃の日常

 先日の事があって、フェリクスへの信頼はかなり低くなった、むしろ、少々不信感すら覚えるほどだ。


 そんなフェリクスにべったりなエメリーとも、随分距離が出来たように感じる。


 しかし、仕事は仕事、決定的な何かがないかぎり手を抜くこともない、PT仲間とはいえ人間同士の付き合いだ、悪くもなれば修復することもある。


 だけど、ここでまた一つ問題が起きた、仕事に手は抜かない、今言ったばかりのボクの信念は、まったく実行出来ないでいた。


 どんなにやる気があっても、ボクまで仕事が回ってこないんだ。


 盾も矛もこなすフェリクス、遠距離から圧倒的かつ正確に敵を殲滅してゆくエメリー、この二人が居れば、ボクなんて完全に出番が無かった。


 前に出ようとしても、危ないからとか、効率が悪いなどと言われ下がらされる。


 ボクも身のこなしには自信があるけど、バフで強化されている彼らに比べれば圧倒的に戦闘能力は劣る、至極当然すぎるその指示に、逆らえるはずもなかった。


 以降、ボクは荷物運びを主な仕事としていた。


「なあ、なんだかちょっと不公平な気がしないか?」


 野営明けの朝のミーティングは、フェリクスのそんな言葉から始まった。


「オーガは僕とエメリーで倒しているのだから、報酬をぴったり三等分にするのはおかしいと思うんだ」


 フェリクスは、ボクの仕事量が少ないことを指摘して、報酬もそれに見合った配分にしようと言い出した。


 完全な歩合制ではないが、提示された条件ではボクの取り分はかなり減る。


「今回もユーノが敵と交戦した回数はゼロだ、これじゃ割に合わない」

「でも、ユーノ君には私達を強化する力があるのよ?」

「はは、やめてくれよエメリー、本当にそんなお伽話のようなことを信じているのかい?」 


 フェリクスがボクの能力を信じていない事は分かっている、常時発動しているパッシブスキルは、何かしらの魔法を唱えることも無いので、“ボクが何かをしている”という事が分からない。


 ボク自身、実際にスキルが発動している実感もなく、魔道具型ギルドカードで魔王の力があると分かるまでは、半信半疑だった。


 ギルドカードに表示された文字も“Lv1”のみ、そんな状況で証明出来る材料もなく、ボクがPTを強化しているんだと、強く打って出る事は出来なかった。


 フェリクスの自信あり気な言いように、引っ込み思案なボクは、意見を言い出す機会すら失ってゆく。


「僕達は日々成長しているんだよ? 僕もエメリーも、冒険者としては生まれたばかりのヒヨッコさ、それが日々の狩りで劇的に成長している、そう考えたほうが自然だろう?」


 超常的なバフ能力否定派のフェリクスからすれば、その方が理にかなっている。


「そうなのかな?」

「そうさ! 聞けばエメリーも、徐々に強くなって今の力を手に入れたらしいじゃないか、僕だって冒険者を休んでいる間、遊んでいたワケじゃないんだ、日々修練した結果の力だったんだよ」


 フェリクスが、いつにも増して饒舌にまくし立てる。


「今の僕らだって、噂に聞く勇者と比べたらまだまださ、でも素質はあるんじゃないかな、これなら勇者を目指す事も出来るよ」

「ええーそんな~、勇者だなんて言い過ぎよー」


 どうやら、エメリーはフェリクスの見解に半ば納得したようだ、二人してケラケラと笑っている。


 しかし、その考えもあながちデタラメとも言えない。


 この世界には勇者が居る、今の二人より超人的な力を持っているようだ、実際にボクは、ミルクというとんでもない力の持ち主を目の当たりにしている。


 エメリー達の力は間違いなくボクのバフによるものだ、それは断言できるが証明はできない、そして、この世界にはとんでもない超人が居るのもまた事実。


 二人がどちらを信じるのか、後者を選んだとて、何も不思議ではない。


「いいねユーノ? なに、オーガを沢山倒せばその分報酬も多く貰えるんだ、頑張りなよ」


 この二人に勝てるわけがない、地力が違いすぎる。

 

「考えようさ、荷物を持って付いてくるだけでお金が貰えるんだ、オイシイ仕事だろ? さ、出発するよユーノ、早く片付けて来いよ」


 ボクは言われるがまま火の後始末をして、せかせかと野営道具を片付けた。


 考えようによっては、戦闘時には何もせず、ただ荷物運びで付き従うだけでお金がもらえるなら、確かに美味しいとも言える。


 ……違う、それは本当にボクの望んでいる仕事ではないはずだ、しかし、今のボクには反対する意見が見当たらなかった。


 そして、今回ボクが受け取った報酬は、いつもの半分にも満たない額だった。


 ギルドで均等に支払われる報酬を、ギルド前でフェリクス達に抜き取られるさまは、何とも情けなくマヌケな姿だった。



 数日経っても、まだボクはこの二人と冒険に来ている、資金集めの観点から、報酬が半分でもこのPTにいたほうが効率が良い。


 今のPTを脱退して新たなPTを探すのは、エメリーが苦労していたようになかなか難しい、子どものボクではなおさら。


 最近は、フェリクスとエメリーは人目もはばからずイチャイチャして、ボクが会話に入ってゆく隙もない、次第にボクの口数も減っていった。


 三人分の荷物を背負いながら、ただ後をついて行くだけの日々。


 うつむきながら荷物運びに従事していると、ふと、周囲に敵の気配があることに気がついた、複数のオーガに囲まれている。


 こんな時はボクにもチャンスがある、二人がそれぞれの敵と交戦している間、余ったオーガを引きつけ、できるかぎり機動力を削いでおくのがボクの仕事だ。


 フェリクスとエメリーが自分達の戦闘を終わらせる前に、少しでも役に立てていれば、その分の報酬は見てくれる。


 現れたオーガは三体だった、本来ならフェリクスとエメリーで簡単に仕留められる数だ、しかし、今回は三方から囲まれている、三人で手分けする必要がある。


 戦闘が始まった、ボクも久々にナイフを抜き、オーガの居る方へ向かう。


 ボクは、二人が他のオーガを相手にしている間に、なるべく目の前の敵にダメージを与え、少しでも報酬を認めてもらえるようにと、一生懸命がんばった。


 その甲斐あって、どんどんオーガの動きは鈍り、膝をつき、手をつき、小柄なボクでも急所となる首に手が届くほど敵を弱らせる事に成功した。


 いける! 急所の首に向けてナイフを突き出す。


 その瞬間、狙うオーガの首の前に、銀色に輝く一閃が現れた。


「なっ!?」


 突然のことで回避はできなかった、ギィンと耳につんざく音が山中に響き、ボクの攻撃はその銀色の何かに当って弾かれた。


 ボクが仕留めるはずだったオーガは、その直後、エメリーの矢により頭部が吹き飛ばされる。


 いったい何が起きたのか、ボクのナイフは何に妨げられたのか。


「あーあ、困ったなこれは」


 とっくに自分のオーガを倒したのだろう、近くにフェリクスが来ていた、その手には、刀身が折れ飛んだショートソードが握られている。


「ダメじゃないかユーノ、とどめは僕の仕事だろ?」


 ボクのナイフを阻んだのは、フェリクスのショートソードだった。


 ボクが弱らせたオーガにフェリクスがとどめを刺す、それは一つのパターンではあった、でも、ルールを決めてあるわけじゃない。


 今のフェリクスの介入は強引すぎると思う、だけど、いつも通りと言われればそうだ、見方によってはボクが邪魔したとも取れる。


「あー、まいったな~」


 折れたショートソードを前にして、フェリクスはガックリとうなだれている。


「どうしたの?」

「ああエメリー、これを見てくれよ、我が家に伝わる宝剣が、こんなになってしまったよ」


 駆けつけたエメリーにも折れたショートソードを見せて、“困ったな”を連発している。


 そのショートソードは、普段フェリクスが振るう剣とは違う物だった、いつも背中にあった豪華な剣だ、抜いた所は初めて見たが、なぜか今はそれを握っていた。


「ごめんフェリクス……大丈夫?」

「ちょっと大丈夫じゃないかなー、この剣は大切な家宝でもあるんだ」


 どうしよう、コンビネーションにズレがあったとはいえ、この豪華な剣をボクは壊してしまった、やっぱり弁償するしかないのだろう。


「あの、弁償するから、だから」

「そうかい? そう言ってもらえると助かるよ」


 フェリクスは急に明るい表情になり、「ああ良かった、ユーノが常識人で助かったよ」と、大げさに安堵してみせた。


「本当は一千万だけど、親友のよしみで八百万ルニーで良いよ」


 八百……万? なんで、そんなにするの? そのショートソードが? 頭にいっぱいクエスチョンが浮かぶ。


 通常の武器なら十万程度だ、でも、このショートーソードは八百万ルニーだという、いくら家宝だとしても、すぐに折れてしまうような剣が八百万だなんて。


「今すぐじゃなくても良いから、返せる時に支払ってくれればいいよ」

「よかったねユーノ君、フェリクス優しいね」


 そんな高価な物を壊してしまったという罪悪感と、エメリーの当然と言った態度に……、ボクは色々と混乱していた。


 八百万ルニーだなんて、そんな大金持ってない、全財産をかき集めても五百万あるかどうかだ。


「じゃ、忘れないうちにこれ書いておこうか、こういうのも絆だから」


 ボクは、その場で損害賠償の書類にサインを書かされた、なぜオーガ討伐にそんな書類を持ってきているのか分からなかったけど、とにかく頭がぐるぐるして。


 ショートソードの鑑定書も見せられた、エメリーも、この程度で済んでよかったねとか……、ボクは……。


 勇者を探す旅への資金がすべて水の泡だ、生きた心地がしなかった。



 報酬の分配方法を改定した日から数日経ち、もっと不公平が無いように、みんなが納得できるようにという建前で、ボクの報酬はさらに減らされた。


 実際に、ボクは荷物を持って付いて行くだけだし、フェリクスのショートソードを弁償するという負い目もあり、何も反論できなかった。


 今では、当初の五分の一までに報酬の取り分は減っている、これ以上減らされたら、ソロで少数のゴブリンを狩っていたほうがマシという、ギリギリの線だ。


 しかし、この線より下にはならなかった、まるでボクを飼い殺しにするかのような、絶妙のバランスに調整されていた。


 エメリーと二人で狩りをしていた時期も含め、五百万ルニー貯めるまで四ヶ月かかっている、残り三百万、今の報酬では、それだけ貯めるのにあと一年はかかる。


 それまで、下僕のように付き従う期間は続くだろう。


 それに、お金が貯まる前にエメリーが薬草採取へシフトするかもしれない、そうなるとフェリクスはどうするのだろうか?


 PTが解散になれば、更に賠償金を支払うのに時間がかかる。

 

 ここ最近、ゴブリンの出没頻度は少なくなっている、ついに祭りも終焉だ、いずれオーガ祭りも終りが来るだろう。


 そうなるとさらに稼ぎにくくなる、とても一年では弁償できない、この飼い殺し生活から抜け出せるのはいつになるのか、その目処は立たない。



 最近、イチャイチャする二人の目には、もうボクなんて映っていないみたいだった、荷物を乗せる荷台くらいに思っているのだろう。


 そんなエメリーの両耳には、いつの間にか大きなピアスがぶら下がっていた、赤い派手な宝石がギラギラと輝いている。


 ボクがプレゼントした片方だけの小さなピアスなど、とっくに捨ててしまったのだと、エメリー本人の口からそう聞いた。


 大切にすると言っていたのに……。



 戦わない分、深夜の焚き火の番も長時間しなくてはならない。


 夜の間は、ほとんどボクが起きて見張る、ボクの睡眠時間は三時間程度だ、この小さな体にはかなり辛い。


 エメリーとフェリクスは、火の番も少しするだけで、快適な夜を過ごしていた。


 そして、今は深夜三時、やっとボクが寝ても良い時間になった。


 早く寝なくちゃ、また一日中三人分の荷物を背負い、森と山の中を歩かなくてはならないのだから。


 次の見張り番はフェリクスだ、寝ぼけているのか、無下にボクを振り払うフェリクスに何とか起きてもらって、ボクは毛布にくるまり眠るため集中する。


 起きたフェリクスは、エメリーにちょっかいを出して遊んでいた、二人はこの時点で十分な睡眠をとっているため、今起きても差し支えない。


 ボクは二人に背を向け、心の中で眠れ眠れと自分に暗示をかける。


 そうしていると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえてきた、何かいつもと違う様子だ。


「ユーノ君いいの? 燃えちゃうよ?」


 ハッとして飛び起きる、その言葉に悪い予感しかしない、何が燃えているというのか、辺りを見渡す。


 何も燃えてないみたいだけど、そう思ってエメリー達を眺めた、二人の目線は焚き火の中へ向けられている。


 最初、どこかに火が燃え移っているのかと思った、でも違った、焚き火の中に、直接ボクの大切なものが放り込まれていた。


 ボクは息を呑むも同時に、真っ赤になっている熾に手を突っ込んだ、小さな白い手がジュウと嫌な音を立てる。


 火の中にあったのは、ミルクにもらったナイフだった。


 素早く火の粉を払う、奇跡的にミルクのナイフに損傷は無いみたいだ。


「なんだユーノ、薪と間違えて入れたのかい?」 


 ボクが自分で? 大切なミルクのナイフを薪と間違えるなんて、そんなことあるわけがない。


 そう反論したかった、だけど、久しく喋っていないボクは、とっさに声すら出てこない。


「もう使わないからってヒドイな? ちゃんと持っておかなきゃダメだろ?」


 白々しい、こんな嫌がらせ、この二人のどちらかしか居ないじゃないか、クスクス笑っていたじゃないか。


 悔しい気持ちを噛み殺し、もういたずらされないように、自分の荷物と一緒に毛布にくるまって、再度二人に背を向け、一言の文句も返せないまま、ただ就寝するための努力を続けた。


 何のリアクションも返さないボクにフェリクスも飽きたようだ、またエメリーと乳繰り合っている。


「ちょっとやめてよ、見られちゃうから」

「誰も居ないよ?」

「もうバカね……あっ」


 ボクに遠慮してか、以前は恥ずかしそうにしていたエメリーだったが、最近はもう慣れたものだ、所かまわずな二人はバカップルというより変態だ。


 今から就寝しなくてはならないボクに、まったく無遠慮な嬌声を後ろから浴びせてくる。


 ボクは、火傷した手でミルクのナイフをぎゅっと抱きしめ、毛布の中で縮こまって、いつもの事だと、苛々する気持ちを抑えて眠りについた。



 ひんやりとした空気に目が覚める、朝の山には霧が発生していた、静かすぎる周囲に気がついて起き上がる。


 ……二人が居ない、焚き火も消えている。


 朝の五時を過ぎたところだ、いつもなら今から朝食をとり、ミーティングをして準備し、七時頃に出発する予定のはず。


 そういえば二人の荷物も無い、置き去りにされた?


 消えた焚き火の様子から、かなり前にフェリクス達は出発したらしい、なんでボクを置いて行っちゃったのか、意味が分からなかった。


 暗に、お前もう要らないよと言われているのだろうか、二人でイチャイチャするのに邪魔だとでも言いたいのか。


 ボクは焦って急いで二人の後を追う、もしオーガに遭遇したら、一人で討伐するのは難しい。


 ポイズンブロウがあるけど、禁忌技を使った事がフェリクスに知れたらなんて言われるか、釘を差されているのに、さらにボクの立場が悪くなる。


 ひざ上まで伸びている雑草を踏み分けて進む、すると、オーガに遭遇した。


 オーガはすでにこと切れている、フェリクスが蹴散らして通った後だ、その先へ進むと、すぐに二人に追いついた。


 フェリクスの足元には、さらに一体のオーガが伏せっている。


 そこまで走っていき、やっと二人に追い着いたボクは肩で息をしていた。


「ふう、朝から良い運動になったね」


 当然ボクをねぎらう言葉じゃない、朝から戦闘を熟したフェリクス自身の事だ。


 そんなフェリクスは、ふとボクの方を見ると、スッと手を差し出してきた。


 ボクは、急いで自分のバックパックから水筒を取り出し、渡した。

 

 冒険者の水は貴重だ、むやみに飲むことは出来ない、水に関してボクは特に節制していた、それは、こうやってフェリクスに献上するためだ。


 貴重な水をフェリクスはすぐに飲んでしまう、ボクに手を差し出す時は、すでに自分の水筒をカラにして、ボクの分を寄越せという合図だ。


 フェリクスは当り前のように水筒を受け取ると、ガブガブと水を飲み、ボクを置き去りにした事になど一言もなく、飲み終わった水筒を押し付けてきた。


 ボクものどが渇いていたけど、これはフェリクスの水だから、そう思って、自分のバックパックへ水筒をしまった。

 優乃は幾つかの強力な能力を持ちますが、数々の枷により使いこなせません、むしろ、能力がマイナスに働く状況も多いです。


 要領良く能力を使えば無双も簡単ですが、それだと生意気さが出て本作に合いません、特別感をもたせつつ、(弱)も達成する、そんなバランスにしてあります。

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