30 禁忌
「元気になったのね」
エメリーはボクの顔を見るなり抱きついてきた、レティシアでもあるまいに、少々行き過ぎたスキンシップに、妙にテンションが高いなと感じた。
エメリー達は三日間で街へ帰ってきた、ボクはといえば、初日で精神的な不安は解消され、あとは久々にニート生活を送っていた、改めて、この世界のニート生活はつまらない。
ボクの種族が魔神であり、魔王の力を持つことは二人には話していない。
こればかりは安易に話せない、だって、勇者もいるこの異世界で、魔王となれば色々と不都合が起きそうだし。
そもそも魔王ですなんて言っても、それを証明する力もなくては、ただの妄言と思われるだけだ、どっちにしても痛い。
それでも、ポイズンブロウだけは本当に使えるか確認しておく必要がある。
幸か不幸か、このスキルは地味で役に立たない、人前で使っても魔王と勘ぐられることもない。
異世界の住人が使う戦技や魔法が、すでに十分常識から外れているのだから、ポイズンブロウごとき全然目立たないと思う。
ボクは早く確認したい気持ちを抑え、何となくを装い狩りへ誘ってみた。
連続で依頼をこなす場合もあるとはいえ、二人は仕事から戻ったばかりで疲れていたと思う、にもかかわらず、簡単にボクの提案に乗ってくれた。
わがままを無理やり通す形になったが、二人はなぜか楽しそうだったので、幾分気が楽だった。
さっそく、次の日にオーガ狩りに行く予定を組む。
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現場へ到着してから、思い切って要望を伝えた。
「エメリー、フェリクス、一つお願いがあるんだ」
「どうしたんだい? ユーノ」
「次に出会ったオーガを、ボクに倒させて欲しいんだ」
それはボクのセリフとしては奇妙だった、なぜなら、ボクにはオーガを倒せる力が無いからだ。
敵を翻弄して動きを削ぐのがせいぜいで、ボク一人でトドメをさすには、あの大きなオーガが完全に地に伏せるまで動きを封じてからの仕事になる。
「僕は構わないが、エメリーはどうだい?」
「了解よ、いつでもフォローできるように、準備だけはしておくね」
ボク一人でもオーガにやられることはない、それでも無茶なお願いだった。
「それにしても、どうして急にそんなことを言うんだい?」
「実は、試したい技があるんだ」
「技? ユーノは武技が使えないのだろう?」
「うん……、でも、休んでいる間に思い出したっていうか、上手く出来るか分からないんだけど」
武技一つ取っても、大変な修行の末に習得するものだ、忘れるようなものではない、それを思い出したなどと、やや疑念を抱かれた。
それでも、反対する理由も無いということで、ボクのオーガ狩りは認められた。
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ポイズンブロウは魔王の初期スキルで、猛毒により速やかに相手の体組織を腐食させるという、おぞましいスキルだ。
インパクトの瞬間に僅かな固定ダメージが入り、以降、スリップダメージを与える。
しかし、このスキルには決定的な欠陥があった、それは、効果も見た目も“しょぼい”と言うことだ。
O.G.O(オールドゴッドオンライン)のスキルの大半は、ブッ飛んでいて派手だが、このポイズンブロウは地味な魔王スキルの中でも特に目立たない。
まず、直接攻撃でしか発動しない、さらに、その効果範囲は二メートルと極狭だ、レベルを上げて物理で殴れるゲームでもあるO.G.Oでは、ポイズンブロウを使うより連続して殴った方がずっと強いという、意味の無いスキルだった。
強力な魔王のパッシブスキルの影に隠れた、いらないスキルだ、正直、使った覚えすらない。
そもそも発動するか分からない、うまく発動したとて、実際のところ、ゲームの技が現実の世界でどの程度効果が出せるのか。
だけど、目的はボクが魔王である確認を取るためだ、効果の程は問題ではない。
出来ればオーガには分かりやすくリアクションしてほしい、いくら何でも、効果が蚊ほどでは確認しにくい。
そして、オーガを求め探索すること一時間、ついに二匹のオーガを発見した、一匹は素手で、もう一匹は巨大な棍棒を振り上げ襲ってくる。
「二匹だぞユーノ、大丈夫かい?」
「うん、ちょっと試すだけだから」
「ユーノはあまり強くないんだから、無理はするなよ?」
ボクは二人に比べれば弱い、バフで通常の何倍もの力を発揮しているエメリーとフェリクスに比べ、ボクの魔王Lv1の身体能力は、異世界に来て初めて戦った赤目オオカミの時と何も変わっていない。
現在戦えているのは、魔王Lv1の身体能力ありきで山賊の村で戦闘訓練を受け、ギラナとトーマスに教えてもらった技を研鑽して辿り着いた強さの結果だ。
人の枠を大きく外れた化け物じみた二人とは違い、ボクくらいの実力ならベテラン冒険者の中には珍しくない。
まあ、オーガは倒せなくても良い、ポイズンブロウを当てることさえできれば。
どうせなら二匹同時にスキルをかけたい、二匹が二メートル以内に近づけば可能だ、棍棒持ちオーガの機動力を削ぎつつ、接近するように誘導する。
実はこの時すでに、ポイズンブロウを使えるという確信があった、数々の魔王スキルを試していた時には無かった手応えだ、使えると認識した時から、なぜか使えて当たり前のような気がしていた。
そして、ついにオーガ二匹が二メートル以内に収まった、今がチャンスだ。
「いっけえ!」≪スキル:ポイズンブロウ≫
オーガのふくらはぎにナイフを突き立てる、と同時にスキルを発動した。
グムウオオアア……
「なにっ」
「コレは?」
「えっ」
その瞬間、背中合わせでいた二匹のオーガは、情けない断末魔を吐いて即座にその場で息絶えた。
エメリーとフェリクスは驚きの声を上げたが、同時にボクも驚いた。
ポイズンブロウは発動した、これは確実にボクが魔王という証だ、しかも、その威力は想像を遥かに超えたものだった。
スキルを打ち込んだ際に入る、僅かな固定ダメージでオーガは絶命した、ポイズンブロウの真骨頂であるスリップダメージが入るまでもなくだ。
「なにこれ、二匹同時に倒しちゃった……もう一匹なんて触ってもないのに」
「ユーノ、何をやったんだ? キミは」
あまりにあっけない簡単なものだった、これじゃ疲れもしないし集中する必要もない、この異世界の技とも明らかに違う。
ボクが山賊の村で習得した準戦技は“発動する”という感覚ではない、敵の隙を伺ったり、全身のバネをフルに使って必死こいてはじめて形になるものだ。
でも、魔王のスキルは違った、まるでゲームコントローラーのボタンでも押したかのように、苦労なく使える、この異世界の常識からしても異質だ。
「ねえ、ユーノ君? うっ……何この臭い」
「ぬぅ、なんだ? オーガが」
二人の声に、倒したオーガを振り返る、オーガはポイズンブロウの毒により即座に腐り始めていた、腐臭が湯気すらも立ち込めるような勢いで噴出している。
腐りオーガはとんでもない、あっという間にぐじゅぐじゅになって、もやは暴力と言えるほどの悪臭を周囲に振りまいていた。
ボク達はたまらずその場から退避する、遠目で見ているうちにもどんどん腐り、オーガの輪郭が変形してゆく。
ゲームでは存在が疑問視されるほど使えないスキルだったポイズンブロウは、現実の世界で使うと規格外なほど強力だった、くさっても神の奇跡ということか。
しかし、その後が酷い、オーガの腐食が一段落するまで、腐臭が強すぎて近づくことも出来ない。
しばらくして腐食は止まった、だけど、未だ強烈な臭いを放っている、これから魔石を回収しなくてはならないのに。
落ちている枝で、ちょいちょいと魔石を横に飛ばして、腐ったオーガから魔石をサルベージする。
魔石自体は二束三文だけど、これがないと討伐の証明にならない、持って帰らないと何もしてない事と変わりない。
枝で弾いて取り出した魔石を、土で揉んで臭いを消そうと試みる、でも、どうにも臭くて触りたくもない。
「ユーノ君、これどういう効果なの? 魔法?」
しゃがんで魔石とにらめっこしているボクに、エメリーはポイズンブロウの事を訪ねてきた。
「ううん、なんて言っていいのか、魔法のような戦技のような、とにかく敵を毒にして腐らせる技だよ」
戦技も魔法も使えないボクが、いきなり得体のしれない技を繰り出したんだ、説明しきれず困っていると、黙っていたフェリクスが口を開いた。
「な、なあ、今の何だ? 今のダメなやつじゃないのか? どこで覚えたんだその技、毒を生成する魔法は国際的に禁じられている禁忌技だぞ」
ええっ禁忌? そんなルールがあるの?
「そうね、常識だけど、私も学校で習ったからよく知っているわ」
薬草や毒草に詳しいエメリーに説明してもらった。
普通、毒は薬になる物も多い、しかし、それは薬学の話であって魔法には適用されない、ダイレクトに効果が現れる魔法は、調合やら何やらが必要ないからだ。
よって毒の魔法は、そのまま魔物が使う技とみなされる、宗教の問題か、伝統か、異世界特有の倫理観か、何にしても魔物の使う技は快く思われない。
しかし、そうなるとかなり困る、ボクの使えるスキルは魔物が使いそうな物ばかりだ。
敵を毒にするポイズンブロウ、敵をガラスに変える即死スキルビトリファイド、対象を呪い操るポゼッション。
魔王スキルはそんな変わり種ばかりで、見方により魔物が使う技と言えるかもしれない、少なくとも、異世界の人々に納得してもらえるようなスキルではない。
法にうるさい人や宗教信者に見つかると通報され、収監されることもあるという、特にポイズンブロウの効果は常軌を逸したものだ、一発アウトだ。
「そうなんだ……知らなかった、じゃあ使わない方がいいね」
魔王の確認、その目的は達成した、それだけ分かればいい。
思いのほか強かったポイズンブロウは、残念ながら封印しよう、それに、封印せざるを得ない理由はもう一つあった。
「ユーノ君、もう諦めな?」
さっきからいじくっている魔石だけど、土で揉んだ程度では一向に匂いが取れない、エメリーの言う通り、これは諦めざるをえない。
かすり傷でも付けてしまえば、簡単に敵を倒すことが出来るポイズンブロウも、その後の魔石が臭くて入手困難となれば、まったく使えないスキルだ。
残念だけど、臭い魔石は捨てていくことにする。
それ以降は普通の狩りにシフトした、しかし、二人の表情、特にフェリクスが曇った顔をしていたのが少し気になった。
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エメリーとフェリクスは連続で依頼をこなしていたため、今回のオーガ狩りを済ませ街へ帰った翌日は、さすがに休日になった。
――コンコン。
「エメリー、居る?」
部屋の扉をノックする、休日はいつもエメリーと一緒にお茶したりショッピングしたりしている。
今朝もエメリーの部屋へ迎えに来たんだけど、部屋には人の気配がしない、どうやら留守にしているみたいだ。
べつに約束しているわけじゃないし、休日は必ずボクと出かけると決まっているわけでもない、今日は何か私用があったのだろう。
エメリーがボクに黙って出かけても、何も不自然なことはない、でもどうしようか、そうなるとやる事がなくなる。
ギルド嫌いのフェリクスは、休日になると余計にここら一帯には近づかないし。
ふーん、一人になっちゃったな、この前の留守番の時といい、最近一人になる時間が多い気がする。
特にやることは無い、日がな一日、ぼけーと部屋で過ごすことになった。
日が落ちてもエメリーは帰ってこなかった、エメリーは強いから何も心配はしてないけど、どこをほっつき歩いていることやら。
仕方ない、いつもなら一緒にギルド食堂で夕食にするんだけど、今日はボク一人で済ませ、自室へ戻った。
一夜明け、狩りの身支度を整え宿のロビーへ向かう、すると、珍しくフェリクスがロビーのソファーに座っていた。
「あれ? フェリクスおはよう」
「ああ、おはようユーノ」
「ギルド宿にいるなんてめずらしいね」
「まあ、たまにはね」
ほんとに珍しい、フェリクスがギルド宿に来たのは初めてだ、フェリクスは一階の廊下の先を眺めている。
少し気になった、確かにフェリクスの見ている先にはエメリーの部屋がある、でも、それをフェリクスは知らないはずだ、初めてこの宿に来たのだから。
偶然かなと思っていると、エメリーが一階の廊下から現れた。
「エメリーおは……よう、どうかしたの?」
エメリーは狩りの準備をしていなかった。
お腹に手を当てて、歩きにくそうに現れたエメリーは、眉を寄せながらボクに謝罪した。
「おはよユーノ君、今日ね、ちょっと体調が優れなくて、悪いけど休ませてもらいたいんだ」
「あ、うん、それは良いけど、大丈夫なの?」
「まあ大丈夫よ、ちょっと調子が出ないだけだから、フェリクス、悪いけど……」
「ああ、良いよエメリー、僕こそごめん」
なんだか、エメリーの体調不良をフェリクスは知っている素振りだ。
結局、今日の狩りは、ボクとフェリクスの二人で行くことになった。
ただし、オーガの森で野営するコースではない、以前のように街から徒歩で出発し、ゴブリンを狩りつつオーガを狩る、しかも討伐数が少ない日帰りコースだ。
依頼の難易度を下げた理由は、ボクが弱いから。
ボクじゃエメリーの代わりにはならないし、フェリクスとボクではコンビネーションの相性があまり良くなかった。
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ゴブリンを狩りつつ、東の森を目指していた。
「今日エメリーはどうしたのかな? フェリクス何か知ってる?」
「まあね、でもユーノ、ああいう時は女の子に深く理由を聞いちゃいけないよ」
ああ、なんとなく分かったかな、月イチで来る女の子の日ってやつか、今までそんなこと無かったから、エメリーは割と大丈夫な方だと思っていた。
「いや違うよ、初めてなのに頑張り過ぎちゃったのさ、僕がいけないんだけどね」
「え?」
フェリクスはそれ以降は言葉を濁していた、ユーノにはまだ早いとか何とか。
まさか? ボクだって中身は二十歳なんだ、大体の予想はつく、少しずつ誘導質問を交え雑談していると、フェリクスは徐々にエメリーとの仲を暴露していった。
「いやまいったな、実はそうなんだ、この前ユーノが狩りを休んだ日があったろう? その時にエメリーに告白してみたんだ」
まさか、二人の仲がそんなに接近していたなんて。
「それで、エメリーはなんて?」
「ああ、快く受けてくれたよ」
あのエメリーが……、ついこの前まで、子どものボクの体にさえ興味津々で、一緒にじゃれあっていた女の子が、もうフェリクスと。
いや、近くに居る人が変化してゆく姿に少し戸惑ってしまったけど、これは祝福すべきことだ。
エメリーは、何かと言えばイケメンと口うるさかったじゃないか、おまけに恋人というワードにも随分執着していた。
フェリクスはこれ以上ないほどのイケメンだ、エメリーの望みは最高の状態で叶えられた。
フェリクスがどんな人物なのか、少し不透明な所がある、だけど、子どものボクが口出しすることじゃないし、むしろ他人がどうこう言うことでもない。
ボクとしては、二人は出会って間もないのにと思うが、ここは素直に祝福しよう、エメリーもフェリクスも同じPTの仲間だ。
それからは早速、二人の惚気話を聞かされた。
ボクが寝込んでいた時に二人はどれほど楽しい時間を過ごしていたか、昨日ボクが一人で部屋でボーッとしていた時、二人で出かけていたとか、完全な恋人目線で自慢してきた。
なんだか無理に上げていた口角がピクピクしてくる、惚気話は関係ない人にとっては何とも中身の無いつまらない話だ。
物語の主人公達がイチャイチャしている後ろで、蔑ろにされているモブの気持ちがよく分かる。
ボクもエメリーとは長いし、良い所も悪い所もよく知っている、蓄積された時間ならフェリクスには負けない。
恋人に対して友人の立場だと弾は弱いが、ボクもエメリーの良い所を羅列して対抗した。
しばらく二人して、どれだけエメリーを持ち上げるんだよという、妙な空間が形成されていた。
「ボクも国際C級ライセンスが取りたいな、エメリーはボクの目標でもあるんだ」
エメリーの優れている所を上げて行くと、大体が冒険者ライセンスの話になる、ボクとフェリクスは共に、まだ国内B級だから。
「国際C級より、デルムトリアA級のほうが役に立つさ、この国にいるかぎりはね」
ゆくゆくは異世界について調査したいボクと違って、フェリクスはこの地で冒険者として生活することに主眼を置いた、堅実的な道を目指しているようだ。
「まあ、僕も国際A級なら取っても良いかな」
「フェリクスならいつか取れるよ」
「いつか? それは違うね、すぐにの間違いさ」
さすがイケメン様はつよいな、人によっては嫌味に聞こえるかもしれないけど、その自信にあふれる性格はボクにはないものだ。
「僕は今まで、望みは何でも叶えてきた、この強さがあれば英雄のような活躍もできるよ、一足飛びに国際A級になるのも時間の問題さ」
何故かフェリクスの自慢話も増えてきた、その美貌で落とせない女の子はいないとか、欠点は完璧主義だけど、それが叶ってしまうのだから仕方ない、とか。
イケメンなら何でも思いのままですか、という腹立たしさの裏に、その眩しさに卑屈になるボクの姿も浮き彫りになる。
イケメンには怖いものは無いらしい、そして有言実行、すでにエメリーもモノにした、そんなふうに前に出て行けるフェリクスが羨ましいとさえ思った。
今日は、フェリクスのおかげでオーガも無事に狩れた、ボク達は帰還する。
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「悪いねユーノ、お願いするよ」
ボクは今日の討伐依頼をギルドで精算する、こんな子どもに精算を頼むなんて、よっぽどギルドにたむろする冒険者が嫌いなのだろう。
ギルドから出て、フェリクスに今回の報酬を渡す。
「それからねユーノ、一つ言っておくことがあるんだ」
そして、突然フェリクスは妙なことを言い出した。
「こう言うのもなんだけど、もうエメリーは僕の彼女なんだ、だから彼女に変なことはしないで欲しいんだ」
まさか、子どものボクに対しても彼女に近づくなって言うの? そんな器の小さい男ではないと思っていたけど。
「あの毒技を使って、僕とエメリーの評判を落としたり、僕達の強さがユーノのお陰だなんて、そんな世迷い言を言わないで欲しいんだ」
「え?」
フェリクスの言葉は予想の上を行っていた、近づくなとか、そんなありきたりなことではなく、ボクの能力を初めから信じていないという話だった。
今まで三人一緒に狩りをして来たのに、ずっとそんなふうに思っていたなんて。
ボクが何か言うよりも早く、フェリクスはスタスタとギルド宿へ向かい、その扉を開け中へ入る。
ギルド宿のロビーにはエメリーが居た、でも、その様子はいつもと違った。
エメリーは自分の荷物をすべてまとめ、この宿から出て行く身支度を済ませて、ボク達の帰りを待っていた。
「ど、どうしたのその格好、まさか宿を出て行くの?」
「そうなの、なんか女将に怒られちゃってさ、今日から別のホテルに泊まることになったから」
ボクの問に飄々とエメリーは答える、どうやら必要以上に部屋の使い方が悪かったようで、エメリーはこのギルド宿から追い出されてしまったみたいだ。
フロントの奥にいる女将さんから、「ここは連れ込み宿じゃないんだよ!」と、厄介払いをするような声が聞こえてくる。
「これからの集合場所は、冒険者ギルドへ直接行くからね」
「……うん、わかった」
何してるんだよエメリー。
フェリクスは、こうなることが分かっていたかのように、何のリアクションも無く、エメリーの荷物を肩に掛け、宿を出る準備を手伝っている。
そして、エメリーの腰に手を添えると、一緒にギルド宿を出た。
宿を追い出されたというのに、エメリーはフェリクスと見つめ合いながら、なにやら楽しげに話している。
二人は一度もボクを振り返ることなく、夕暮れの街へと消えていった。