29 魔王
フェリクスと出会って数日が経過した、オーガ討伐の連携もぼちぼちで、三人の仲も大分こなれてきたと思う。
今はそのオーガの森で、一晩過ごすために野営をしている。
この地方は年間を通して少し寒い、焚き火番のボクは多めに薪をくべながら、次の番のフェリクスを起こす、そして、少し雑談していた。
「ユーノは今年何歳になるんだ?」
「えっと……」
みんなで自己紹介した時も、ボクだけ年齢は言えなかった、理由は正しい自分の年齢が分からないから。
ボクは転移者だ、ゼロ歳からスタートする転生者とは違うのだから、年齢は元世界から変わらず二十歳だと思う、いや、二十歳であってほしい。
しかし、この体はどう見ても十歳だ、そのせいで年齢を聞かれた時は十歳ですって答えてきた、事実では無いのでモヤモヤする。
でも仕方ない、十歳で通すことにしている、正確な年齢が分からないんだから、それが判明するまでは見た目に合わせようと思う。
「十歳、かな」
「ふーん、そんなに小さいのに冒険者だなんて、考えてみるとすごいな」
やむにやまれぬ事情です。
「はぁ、ボクもフェリクスみたいに、背が高くてイケメンなら良かった」
ゲームからの転移だとしたら、魔王の姿、つまり銀髪赤目の高身長イケメンでも良かったのに、なんで小学生の姿なんだ。
魔王の名残である、くるくる角だけあるけど、シープ族に間違われる原因になっているし。
「はは、その年齢で僕と同じじゃ変だろ? それに、ユーノこそイケメンじゃないか、大きくなったら絶対美男子になるよ、僕が保証する」
残念ながらそんな未来はこない、この姿の大人は一度経験している、可愛いと言われてもカッコイイとは言われない。
大人の男が可愛いなんて言われても一つも嬉しくない、他人はどうか知らないけど、少なくともボクはすごくイヤだった。
ため息をついていると。
「ううーん、ハーレム……でへへへ」
突然のエメリーの寝言だ、エメリーの焚き火番は朝方なので、今は寝ている。
何やら楽しそうな夢を見ているらしい、それにしても、男二人と一緒なのによく爆睡できるものだ、ある意味、一流冒険者の素質があるよ。
エメリーの怪しげな寝言に、すっかり話の腰を折られてしまった、ボクも眠くなってきたし、ここらで休ませてもらうことにする。
「じゃあボクはもう寝るよ、火の番、お願いねフェリクス」
「ああ、おやすみユーノ、後は僕とエメリーに任せてくれ」
それにしても、ほんとに何歳なんだろう、ボク。
見た目で十歳って言ったけど、もし人間ではなく魔神だったなら、ゲームでの設定は寿命の概念が無いキャラなんだ、見た目と実年齢はもっと剥離する。
今考えても答えは出ない、それを突き止めるための冒険者でもあるんだ、とりあえず早く勇者に会いたい、そこで何かしらの情報が手に入ればと思う。
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街へ戻り、エメリーと一緒にギルド食堂ジルミで食事をしていると、ボク達を噂する声が聞こえてきた。
「マジだって、この前オレ達の複合PTが、森でちびっ子PTと出会ったんだよ、本当にオーガ狩ってたぜ」
ボク達ほどオーガを倒しているPTは他にない、そもそも、オーガを倒せるPT自体が稀有な存在だ、ボク達三人は目立っていた。
「しかもな、めっちゃ余裕な感じだった」
「本当かよ? 嘘くせーな、あのちびっ子冒険者が、どうやってオーガと戦っていたか言ってみろよ」
「えっ、あ、うん……、ちびっ子は後ろで応援してただけだけどな? あの姉チャンがバカ強えんだって」
どうやら、ボクはPTのマスコット的存在と認知されているみたいだ、それも無理はない、実は最近、前衛はフェリクスが担うのでボクの出番がない。
複数の敵と当たった時はボクも闘うが、敵が単数ではやることがない、むしろエメリーが先制攻撃で倒してしまうので、フェリクスでさえ手持ち無沙汰になる。
ボクのバフ能力があるので、三人では過剰戦力なのは間違いなかった。
でも、東の森は複数体のオーガが現れることも珍しくない、安全マージンを多く取るのは悪くないし、野営時に火の番を無理なくローテーションする事も出来る。
エメリーと二人だった時は、就寝時に鳴子を張り巡らせたりと工夫が必要だった、でも今はその必要がない、快適な冒険者生活を送れていた。
そのフェリクスだけど、ボク達と一緒にギルド食堂でごはんを食べる事はしなかった、行きつけのお店があるらしく、いつも別で食べている。
宿泊している場所もギルド宿じゃない、それどころか、冒険者ギルドにも近寄らない、報酬を受け取る時に少し立ち寄る程度だ。
フェリクスは見るからにお金持ちだし育ちが良さそうだ、野蛮なヤカラも多い冒険者ギルドには、あまり近づきたくないのかもしれない。
それなら、どうして冒険者なんてやっているのか、以前フェリクスに聞いてみたら、自由な仕事に惹かれて好きでやっていると言う。
フェリクスの事についてエメリーに相談したこともあった、返ってきた答えは、少しくらいミステリアスなほうがステキ、だった。
なるほど、そんなに気にする必要もないか、いい人だし。
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エメリーはまだ食事中だ、ボクは席を立ち、次の依頼を受けるべくギルド窓口へ向かう。
「今回もオーガ討伐でお願いします」
「はい、もう全部キミ達だけで狩り尽くしちゃうんじゃない?」
レナは子どものボクに対してはタメ口だ、まあ、やりやすいから良いけど。
いつも通り依頼の手続きをしていると、ふと、高級そうな小さな箱が目に入った、“超貴重、現品かぎり”とポップが出ている。
ギルド窓口で売るなんてめずらしい、小物なら併設してあるギルド雑貨店で売ればいいのに、貴重というくらいだから目の届く所で管理しているのだろうか。
「すみません、この木箱はなんですか?」
「ああそれ? 検出型のギルドカードよ」
ボクの持つ、厚紙にギルドの特殊インクで記す冒険者証とは違い、自動的に使用者の能力を書き込んでくれる便利な物らしい。
「そんな物があるんですね」
「中央で作っているんだって、この街でも売りたいらしくて上から押し付けられたんだ、こんな高いもの誰も買わないっての」
値段を見ると三百万ルニーとある、確かに高い、でも、今のボクなら買おうと思えばギリギリ買えるラインではある。
「興味あるの? なんならお試しでちょっと触ってみる?」
「良いんですか?」
「いいよ、試供品も兼ねてるの、新品なら三百五十万はする代物よ」
レナは木箱のフタを開けて見せてくれた、絹のようななめらかな布の上に、クレジットカードより少し大きい、銀色に輝く金属製のカードが丁寧に入っている。
「カードは魔法金属製で、この裏と内部に刻まれている魔法陣が高価なの」
「へー、魔法金属……」
これが魔法金属か、初めて見た。
アルミニウムに似た金属で、軽くて弱い、金属自体に魔力を帯びていて、特殊な性質を付加できると聞いた、異世界には色々と不思議な物があるんだ。
「人の魔力や気を感知して、その人がどんな戦技が使えるのか検出するものよ、他にも名前や種族も分かるわ、どんな仕組みなのかは知らないけど」
「“気”ですか……」
「基本的に一日でも身に着けていれば自然と文字が浮かび上がるけど、今すぐに使いたければ、カードを持って魔力か気を集中して送り込めばいいだけよ」
魔力か気、その両方がボクには無い、だから送り込めと言われても無理だ。
でも、便利アイテムが目の前にあるんだし、せっかくだから試してみよう、レナに渡されたカードを手に持って、文字よ浮かべと念じてみる。
すると、予めカードに書いてある名前や種族といった項目に、何やら文字らしきものが浮かんできた。
でも、浮かんできたのは文字と呼べる代物ではなかった、黒塗りしたような、デタラメなモザイクのような、何の意味もなさない模様が浮かび上がった。
「くっ、ダメだ、なんだこれ」
「どうかした?」
やっぱり、気も魔力も無いボクでは使えないんだ。
「うん? なに、まさか不良品?」
「いえ、ボクは気や魔力が無いので、そのせいで字が出てこないんだと思います」
「それは大丈夫、このカードは魔力の少ない人でも表示できるタイプだから」
持ち主の負担にならないのも売りらしい、英雄の武具と同じだと自慢された。
「それに、キミに気や魔力が無いなんて信じるワケないでしょ? どうやってオーガを倒してるっていうのよ」
直接オーガを倒しているのはボクじゃないし……。
結局、このカード自体に魔力があっても、用途は気や魔力の検知だ、ボクが使用者では結果は同じだ。
ボクの言葉をまるきり相手にしないレナは、適当にあしらいながらカードを箱に戻しフタをする、フタの裏にも魔法陣があり、これでデータがリセットされる仕組みだ、再びカードを取り出して、レナは自身で作動確認をしていた。
「よし、もう一回リセットして……、はい、今度は大丈夫だから」
どうせダメだろうけど、もう一度挑戦してみよう、レナからカードを受け取り、先程と同じく気張ってみる。
やっぱり、文字にもならない、黒塗りされた模様が浮かび上がって……ん?
あれ? 何かが……。
「おかしいなー、ちゃんとリセットしたのに、どうして文字が出ないんだろ?」
「あれ? ……これ、あれ?」
「カードの調子が悪いのかな、今日はもうやめておくか、後で調べてみるわ」
レナはカードをボクの手から拾い上げると、表裏を眺めている。
「あの……さっきの……」
今カードに浮かんだのは、初めと同じく文字とも言えない模様だった、だけど、その中に一箇所だけ……。
「すみません、そのカードもう一度、見せて……くれませんか?」
今、確か、一箇所、文字が。
「いいよ、まだリセットしてないから、って、キミ大丈夫? 顔色が悪いよ?」
このカード、間違いない、文字だ、読める文字がある。
途端に鼓動が早打つ、息が詰まる。
「ちょ、ちょっとキミ! すごい汗よ? どうしたの急に」
これまで瀕死の中でさえ求めたもの、そして、打ち砕かれた希望、諦めた現実。
その全てが覆される文字が、一文字だけ、カードには刻まれていた。
職業:■■.Lv1
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「具合悪いの?」「なんだ、どうした?」「ユーノ君!」「ちびっ子冒険者がどうしたって?」
窓口の前には人だかりが出来ている。
ボクは混乱した頭を抱え込み、その場にうずくまっていた、それほど、その一文字はショックだった。
「あの、すみません、どうしたんですか?」
「分からないわ、急に顔色が悪くなって、診療士を手配しましょうか?」
エメリーは、うずくまっているボクへ駆けつけてくれた。
「ユーノ君大丈夫?」
「うん、ちょっとビックリしただけだから、大丈夫……」
まだクラクラしているけど、多少冷静になってきた、不覚にも周りに迷惑をかけてしまった。
エメリーに支えられながら、テーブルまで連れて行ってもらう。
「エメリー、ユーノ、どうしたんだい? 随分時間がかかっているようだけど」
ギルドの外で待ち合わせていたフェリクスも、ギルド食堂へ入って来た。
そろそろオーガの森へ行く時間だ、なかなかギルド食堂から出てこないボク達の様子を見に来たんだ。
「ユーノ君、今日は休んだほうが良いわ、とても大丈夫そうには見えないよ」
「本当だ、すごい脂汗じゃないか」
大丈夫、ちょっとフラついただけで。
「ユーノ、なんだか分からないが、確かに普通の様子じゃないぞ? 今日は宿で休んでいなよ、狩りは僕とエメリーで行くから」
ボクは随分と調子が悪そうに見えるらしい、どうしよう、無理をしてさらに迷惑をかけてしまうのも良くない。
結局、フェリクスの提案で、エメリーとフェリクスの二人だけで、オーガ討伐に行く事になった。
今回の依頼は五日でオーガ十匹の討伐だ、普通の冒険者なら合同PTで受けるほどの難易度だが、それをたった二人に任せることになる。
それでも、ボクのバフがあるから十分すぎる戦力だと思うけど、迷惑をかけてしまうことに変わりはない。
「ごめんね、こんな出掛けにバタバタして」
「気にしないよ、それよりちゃんと体を休めておきなよ、ユーノの分まで頑張ってくるからさ」
「ありがとう、フェリクス」
いい仲間に出会えて、ボクは幸せものだ、今回は甘えさせてもらおう。
「じゃあ行ってくるね、ユーノ君」
「うん、いってらっしゃい」
馬車の時間もあるから、二人は急いで出ないとならない、ボクはお礼と謝罪を言って見送った。
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ボクは自室に戻った、ギルド食堂で買った冷たい水を一口含む。
「ふう、やっと落ち着いてきた」
ベッドに横になり、さっきの騒動のことを思い出す、あのカードに浮かんだ文字のことだ。
読み取れたのは、職業欄にあった“Lv1”の文字のみ。
気も魔力も無いボクの何を感知したのか分かんないけど、とにかく、それだけが表示された。
だけど、その一文字だけで様々なことが判明してくる、やっぱり、ボクはゲームの中からこの異世界へ転移したんだ。
この異世界にはレベルという概念が無い、みんな日々鍛錬して技を覚え、磨き、強くなってゆく。
だから職業欄にLv1という表記はありえないんだ、ボクだけレベル制が適用されている、ゲームキャラの概念に紐付いている、つまり、魔王Lv1だ。
今まで漠然としていたけど、これでゲームからの転移者という事が確定した。
そして、もっとも重要な事、ボクがショックを受けたほどの真実、それは、ボクには強くなれる可能性があるということ。
残りカスの力を持って転移した場合と、Lv1に戻って、レベルアップする可能性があるのとでは意味はまるで違う。
ボクがゲームO.G.O(オールドゴッドオンライン)の、魔王キャラを受け継いでいるのは間違いない、でも、なぜLv1なのか、これは分からない。
ゲームのレベル上限は100だった、ボクは限界突破しているからLv150だ、それがLv1になっている。
この異世界でも散々魔物を倒してきたけど、Lv2になっていない、これだけ倒せばとっくにレベルは上がっていても良いはずなのに。
多分、この世界にレベルの概念が無いように、経験値というものが無いんだ、敵を倒しても依頼をクリアしても、経験値を手に入れることが出来ない。
今のボクは、魔王の力を持ってはいるがレベルは1、そして、レベルを上げるすべも分からない状態にある。
そう考えると、この微妙に高い身体能力も納得がいく、転移者効果で一流アスリート並の力があると思ってたけど、違う、魔王Lv1の身体能力だったんだ。
普通の成人男性より一回り強い状態、これがスタート時のステータスだった。
そして、魔王Lv1で使えるアクティブスキルはポイズンブロウのみ、それ以外のスキルを試したところで発動するわけがない。
そのポイズンブロウも試した事が無い、いや、使うという発想すら無かった、ポイズンブロウはブッパ系のO.G.Oの中では、忘れ去られた弱いスキルだったから。
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いっぺんに色々な事が頭に浮かんで、また混乱してくる、冷静になろう。
ここまでは、能力検知型ギルドカードにLv1と表記されたことで納得出来る、しかし、よく分からない事も多い。
まず、パッシブスキルのバフ能力が、Lv1にしては強すぎる。
魔王の真骨頂であるバフ能力は、本体レベルと共にパワーアップし、様々な付与効果も追加されてゆく成長スキルだ、それでもLv1の時点では大したことはない。
だけど、今までのPTメンバーを見ると強化倍率は完全に100%を超えている、Lv1のままなのに、日々スキルが強力になってゆく、何が起きているのかさっぱりだ。
この調子でバフが強化されてゆき、加えてレベルが上ったらどうなってしまうのか、仲間がスーパー野菜人みたいになってしまう。
よく考えると、“レベルが上がる”ということ自体も恐ろしい、一つでもレベルが上がれば、急激に身体能力も強化されてしまう。
神を題材にするO.G.Oはインフレもひどいもので、それが売りでもあった、そのため、レベルアップによる強化幅は半端ない。
そもそも、ゲームの中では数多の神々を滅ぼしてきたんだ、その力が現実となったなら、チートや俺TUEEEどころでは済まされない。
まあ、仮にレベルが上ったらの話なんだけど。
他にも、まだ不明な点はある。
この翻訳能力も分からない、こんな力はゲーム内では必要無いから存在すらしなかった。
さらに、この姿は何なんだ、なぜ子どもなんだ、なぜゲームからの転移なのに現実基準の神代優乃の姿をしているんだ。
そのくせ、魔神の種族特徴である角は付いている、くるくるしてるけど。
逆に、種族が人間ではなく魔神だというならどうなんだろう、寿命が無い、つまり永遠の命だ、なにそれこわい。
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今日は色々なことが判明した。
さすがゲームの設定だけあって、現実味が無さすぎる能力の数々だけど、現状、ボクは何も変わっていない、何も実感できない。
むしろ、肝心なレベルを上げる方法が分からないんじゃ、結局残念なままだ。
ただ一つだけ、ポイズンブロウが使えるか試す必要がある、すぐに街の外へ行き、ゴブリンでも探して試したい。
そう思ったけど、今街から出るのは、休養を取らせてくれたエメリー達の厚意を無為にするようで気が引ける。
だから、今はおとなしく休んで、次の狩りで試してみようと思う。