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27 ギルドダンジョン02

 やっぱり、巨大迷路のテーマパークだ。


 その表現が一番近い、天井は吹き抜けで、道幅はエメリーと並んで歩いても余裕があるほど広い、結構しっかりとした本格的なやつだ。


 壁には、わざと壁が破損したような絵が書いてある、これで廃墟の雰囲気を感じ取って下さいという事だろう。


「また行き止まりだね」


 そして、無駄に入り組んでいる、ボクはギルドから渡された冒険者セットの中から、紙と木炭鉛筆でマッピングしながら進んだ。


 実際には、こんな複雑なダンジョンは珍しいらしい、せいぜい数本に枝分かれした洞窟だ、マッピングさせるのが目的だろうとエメリーは言う。


 ――ズズズ。


 右側前方の壁が少し開いて、二匹のスライムが現れた、もちろんスライムの魔石も加点対象だ、しっかりと回収する。


 やがて天井が現れ、通路を照らす光源が無くなった、暗い、廃墟の地下という設定かな? 実際、フィールドダンジョン以外だと大抵は真っ暗だと思う。


 支給されたカンテラに明かりを灯す、このカンテラはオイル式だけど、他に、異世界には魔道具なる物もある。


 道具には主に三つの方式があって、一つは今持っているカンテラのように、現代日本でも使われている一般的な道具。


 もう一つは魔道具、ボクの懐中時計もこのタイプで、魔法石という電池のような物が組み込まれていて、それをエネルギーに単体で作動する。


 最後に、自身の魔力を使って作動する魔法具、ミルクが持っていた火の出るハンカチや、無詠唱魔法発動装置の魔法円環などがこれに当たる、魔力の無いボクには使えない代物だ。


 ボクは、カンテラを手に暗い通路を進む、すると、今度はとても狭い横穴が現れた、壁に“宝を持ち帰れ”と書いてある。


 トレジャーハントの要素も盛り込まれているみたいだ、かがんで中を照らすと、狭い横穴には木片が散らばっていて、一人しか通れない。


 ここは小柄なボクがお宝を取りに行こう、ロープの片側をボクの胴に括り付け、反対側をエメリーに渡す、命綱だ、エメリーにはここで待っててもらう。


 こんな事しなくてもお宝は取って来れるけど、これは試験だ、取れるか取れないかが問題ではなく、正しい手順を知っているかを試されているんだ。


 斥候も出さずに、全員で危険な道へ侵入しないかを見ているのだろう。


 他にも、野営エリアでは、身を隠せるという理由で袋小路で休んでしまうと、いざ魔物が出た時に逃げ場が無い、そういう場所で野営宣言すると減点になる。


 だけど、すでに冒険者として仕事をこなしているボクには当たり前のことだし、国際C級のエメリーも居るので、楽勝でクリア出来た。



「易しい問題ばっかりだね」


 ボクくらいになると、この巨大迷路を楽しむ余裕すら出てくる、だって、ここまでパーフェクトだよ、多分。


 そもそも、この試験は受講者をふるい落とすのが目的じゃない、体験しながら学ぶためのものだ、採点も緩いと思うし気張る必要はない。


 そんな調子で、暗い通路をカンテラで照らしながら、そろそろダンジョンも中盤に差し掛かった頃。


「はれ?」


 ふと、壁の絵が変わっている事に気がついた、今までは壁や塀が崩れているだけの絵だったのに、サビの跡が垂れているような、損傷の激しい絵になっていた。


 古めかしい、おどろおどろした雰囲気だ、急にどうしたんだろう、地面にも、まるで血痕のような染みが転々と続いている。


 廃墟というより、お化け屋敷みたいになってきた。


「なんか、不気味な場所に来たね……」

「そう? なぁにユーノ君、ひょっとして怖いの?」

「へっ!? ま、まさか~」


 こ、怖くないですよ? ボクは冒険者、暗い森での野営だって手慣れたもの。


 ウソです、怖いです、だって、もしおばけが出てきたらどうするの?


 ボクは、なんとなくエメリーに体を寄せた、おばけが怖いなんて悟られないように、素知らぬふうを装って。


「ん? ふふ、可愛いねユーノ君」


 大丈夫、まだバレてない、そう思って、ちらりとエメリーを見上げる。


 すると、エメリーのすぐ後ろに、薄幸そうな女の人の顔が浮かび上がった。


「ひえっ!?」


 ででで、出たっ。


「どうしたの?」


 小さく声を漏らしたボクを見て、エメリーが小首を傾げる。


「今、そこに……」

「ん? 何も無いけど」


 もう消えてしまった。


 気のせいだったのか? 例えば、怖い怖いと思っていれば、ただの木のうろが人の顔に見えたりもする、そういう類の見間違えとか。


 そもそも、こんな変なエリアが作られているのが悪い、廃墟は廃墟でも、心霊スポット的なものは必要ない。


 このギルドダンジョンは間違っている、魔物と違って、おばけみたいな不確かなものを登場させてどうしようというのか、現実的ではない、やめて。


 こんなエリアを作ったギルドをうらめしく思いながらも、またしばらく進むと、今度は真っ暗な通路の奥に、ぼうっと淡い光が見えた。


 空中に浮かぶそれは徐々に近づいて来る、その物体は、青白い光に包まれた男性の生首だった。


「きゃーーっ!」


 ボクは思わず声を上げる、今度こそ確実に出たっ!


 生首は鈍器のような物で頭をかち割られている、それが浮遊しながら近づいて来て、そのまま、すぐ横を通り過ぎていった。


「エメリー! 見たよね? 見たよね!?」

「うーん」

「何アレ、なんなの!」


 もう説明は出来ない、意味不明だ、こういうよく解らない存在だからこそ、ボクはおばけが苦手なんだ、対処のしようがない。


「投影魔法かな」

「へ?」


 魔……法?


「離れた場所に映像を映し出して、敵を陽動したりするの」

「ああ、へぇ……」


 魔法、そうか魔法か、そうだよ、ここは魔法が存在する異世界じゃないか。


 確かに、冷静に分析すればその通りだ、なんだ、おばけじゃなかったのか、いや、ボクだって今のを見たら、もう少しで魔法だって気づいたけどね?


 カラクリが分かってしまえばどうという事はない、巨大迷路のアトラクションの一つだ、きっと怖くない。


 勝手に震え出す足がバレないように気を付けながら、エメリーに手を繋いでもらって先へ進む、まだ気味の悪い通路は続いている。


 すると、徐々に辺りの闇が深くなってきた、視界がどんどん狭まる、カンテラを掲げてみると、どうやら霧が発生しているようだ。


 しかもこの霧、カンテラの光に反射するような水蒸気ではない、モヤモヤと闇がまとわりつくような不思議な黒い霧だ。


 は、ははーん、また魔法だな? おそらく敵の視界を遮る霧とか、そういった類の魔法だろう。


 でもこの黒い霧、カンテラが効かないのでほとんど視界が無い、ボクはエメリーの手をギュッと握る、こ、怖いからじゃない、はぐれたらいけないから。


「え、エメリーってさぁ~」


 何でもいいから話しながら行こう。


「ねぇったら」


 エメリーに話しかけても返答が無い、黒い霧の中、薄ぼんやりと浮かび上がるエメリーを見上げる。


 エメリーはボクを見て、ニヤニヤと薄ら寒く笑っていた。


「あ、あの……」

「どうしたの? ほら、もうすぐ出口よ」


 出口? ここはまだダンジョンの中盤だ、出口な訳がない。


 エメリーは握っているボクの手を引いて、再び暗闇へ歩き出す。


「ま、待って、や、やだな、どこへ行こうというの?」

「――もちろん、終わりの場所よ」


 ぎこちなく振り向いたエメリーの口角は、不自然なほど釣り上がっていた。


「っ!?」


 反射的に握っていた手を振りほどく、そして、通路の反対側へ一人で走った。


 今のはいったい!? 姿はエメリーだったけど、絶対エメリーじゃない!


 ボクは壁にぶつからないようにカンテラを前に突き出し、一目散に逃げた。


 ずっと手を握っていたはずなのに、いつの間におばけとすり替わっていたのか、本物のエメリーはどこへ行ってしまったのか、一刻も早く探さなくては。


 ひとしきり走ると、やがて人影が見えた、エメリーだ、キョロキョロ辺りを見回している、突然居なくなったボクを探しているんだ。


「え、エメリーなの?」

「あら? ユーノ君どこに行ってたの? ダメじゃない離れたら」


 良かった、今度はいつものエメリーだ、少しだけ安心した。


「――こっちだと言ったろう?」

「はぐっ!?」


 生気の無い野太い声、違う、これもエメリーじゃない! ……しかし、がっしりと肩を掴まれて逃げられない。


「ふふふ、楽になれる場所はもうすぐよ」


 得体の知れないそれは、口が裂けるほど奇妙に笑いながら、優しくボクに語りかけた。


「あっ……」


 もうダメ、カクリと膝が畳む、次には、ふうっと、意識が遠のいた。



「……くん、……の君、ユーノ君!」

「はあっ!? ひ、ひぃぃ」


 気が付いたら、目の前にまたエメリーが出没した。


「ユーノ君、ちょっと、暴れないでよ」

「はあ、はあ、はえ?」


 諭されて辺りを見回す、霧は晴れていた。


 なんの変哲もない通路にボクはへたり込んでいる、ここは霧が出始めた最初の場所だ、あれだけ走ったのに、一歩も移動していない。


「こ、これはいったい……」

「ユーノ君ったら、あんなのにひっかかっちゃって」


 さっきのおばけも魔法だと言う、精神感応タイプの魔法で、幻覚を見せる。


 でも、かかる人はあんまり居ないらしい、黒い霧が発生した時点で、気を確かに持てばレジスト出来る、だからエメリーはかからなかった。


「もう、お子様なんだから、ふふっ」


 お子様なので仕方ない、本当はそんなの否定したいけど、あっさりと術中にハマってしまったのは、感受性も子ども並に高くなっているせいだと思う。


 それにしても、オカルト演出に関しては元世界より優れている、そもそも魔法なんて反則だ、本物の心霊体験と何が違うというのか。


 今も体は震えている、冒険者になって魔物には慣れたけど、おばけは無理、むしろもっと嫌いになった。



 もはやエメリーの手を両手で掴みながら、さらに通路を進んでいると、周りの壁の絵が徐々に通常に戻ってきた。


 やっと心霊ゾーンを抜けたみたいだ、なぜこんな無意味なゾーンを作ったのか理解に苦しむ、今までのギミックより明らかにクオリティが高かったし。


 天井も取り払われダークゾーンも終わった、カンテラの火を吹き消し、リュックのベルトへ吊るす。


 そろそろ時間的にも、ギルドダンジョンは終盤なはず。


 そう思って歩いていると、ふと目をやった壁にスイッチがあった、押しボタン式だ、白い壁に赤い丸ボタンが目立つように付いている。


 怪しすぎる、どう見ても罠だ、多分、ここはトラップゾーンだ。


 とは言っても、こんなあからさまな罠では引っかかようもない。


「こんなの押す人いないよね」

「ぽちっとな」

「エメリー!?」


 なぜ押したの!? すぐさま前方上空から、通路がふさがるくらい大きな岩が、振り子のように弧を描いて落ちて来た。


 咄嗟なことで逃げ場が無い、背を向けて走り出したがとても間に合わず、大きな岩はボクの背中に直撃した。


 岩にぶつかった感触は軽い、フェイクだ、でも大きさがアレなので、そのままボクは吹き飛ばされ、地面にうつ伏せに倒れた。

 

「振り子を隠す幻影魔法が掛かっていたのね」


 のされて地面に這いつくばるボクに、いち早く避難していたエメリーは、そう解説してくれた。


「どうしてボタン押しちゃうの!」


 おかげで、ボクは轢き潰されてしまったではないか。


「どうだった? 今のトラップ」

「えっ?」

「あれが本物の岩だとしたら?」

「……避けられなくて死んでた」

「ね? 危険は魔物だけじゃないのよ」


 ひょっとして、エメリーは罠の危険性を教えるためにわざと?


 そうだ、今も、轢き潰されたとかふざけた事を思っていた、危機感が足りない、ボクは現実の罠を甘く見ていたのか、実際は作動させたら死んでしまうんだ。


「他の罠も見てみよっか?」

「え、でも」

「大丈夫、危険は無いと思うよ」


 ギルドダンジョンは、受講者に危険が及ぶほどの難易度は無いという、渡された武器も木剣だし、何かあっても木剣で対処できる程度なのだろう。


 それならば、後学のためにトラップを体験しておいても良い。



「うわーっ」


 落とし穴だ! 突然足元の床が開いた、ボクは咄嗟にフチに捕まって耐える。


 下を見ると、二メートルほどの深さはある、底には竹槍などの危険なものは無いが、代わりに触手がうねっていた、とっても気色わるい。


 一本の触手が、足を伝ってズボンの裾から中へ入って来た、そのまま、うねうねと蛇のように登ってくる。 


「やっ、エメリー、助けてっ」


 ぬめりとした感触、触手は何かを探るように這い登ってくる、そしてついに、ぱんつの中にまで侵入して来た。


「あはぁっ、そこはダメぇ、入っちゃう」

「はいっ!」

「あっ」


 間一髪、ボクは引き上げられ救助された。


 危なかった、ギリギリだ、何がギリギリなのかは秘密だけど。


「なんかさっきから、ボクに罠が当たるようなタイミングでボタン押してない?」

「えっ、気のせいよ?」


 そうかな、ボクだけ過剰にトラップ体験しているような気が。


 すると、今度もあからさまなトラップ発動レバーが設置してあった、エメリーは躊躇なく、そのレバーを押し下げる。


 やっぱりボクの近くの壁が開いて、中から滑り台が現れた、スライムが転がってくる、モンスタートラップだ。


「ちょっ、すとっぷ、わーっ」


 多っ! 二十匹ほどのスライムに埋もれた。


 なんとかスライム群から這い出て、木刀でスライムを処理していると、隣でエメリーがまたもや不審な動きをしている。


 今度は青いボタンが押された、すると、ザバーっと、上空から大量の水が落ちてきた。


 ただし、今度はエメリーの頭上だ、エメリーは大量の水に為す術もない。


「ぷはーっ」

「あはは、エメリーびしょびしょ」


 当然、ボクだけを狙って罠が発動するわけでは無いんだ。


「ひゃん!?」


 と思ったら、床から吹き出した噴水にボクもやられた、ビデできれいになった。


 エメリーは次から次へと罠を作動させてゆく、そういえば、エメリーは暇つぶしにギルドダンジョンに来ているのだった、とっても楽しそう。


 結局、すべてのトラップを試してしまった。


「結構面白かったね」

「ぜはーっ、ぜはーっ、そ、そうだね」


 完全にアスレチック感覚だ。



「ついにラスボスか」


 正面の行き止まりにはドアがあり、社長室と書かれている、やっとギルドダンジョンも終わりだ。


 とりあえず、装備の点検を済ませ減点を回避し、ドアを開けて中へ進む。


 殺風景な部屋の中心に、ボスとなる魔物が鎮座していた、見た事のない魔物だ、体表には光沢があり、赤い体は透けて向こうが見える。


「赤いスライムだ」


 ベス的なやつだ、ボク達は即座に戦闘に移った、その脳天に木剣を振り下ろす、しかし、赤スライムは素早く身をかわした。


「早い!」


 さすがボス敵だ、簡単には捉えられない、通常の三倍以上の速度がある。


「そっちに行ったよ!」

「任せてユーノ君!」


 赤スライムには攻撃手段が無いみたいだ、そこは青スライムと変わらない、ただ逃げまどう。


 ボクとエメリーは、いつも森で魔物を追い込むように連携する、徐々に赤スライムを部屋のカドに追い詰めていった。


「ふふふ、もう逃げ場はないわよ」

「ケケケ……死ね!」


 二人同時に襲いかかった、赤スライムも鈍器には弱い、木剣の一撃で致命的なダメージを受けていた。


 これでクリアかと思うと気合が入り、おのずと手数も多くなる、執拗に殴打された赤スライムは、ビシャビシャと体液を撒き散らしながら萎んでゆく。


 勝った。


「やったねユーノ君」

「いぇーい」


 無残に潰された赤スライムから魔石を回収し、ボク達はボス部屋を後にした。



「お疲れ様でした」


 ダンジョンの出口では、ギルド員が待機していた。


「では採点します、おおよそ問題はありませんが、回避できたはずのトラップにかかった事はマイナスですね」


 あ、遊んでいたのがしっかりバレてる。


「しかし、最後の戦闘は完璧でした、やりすぎなほどに」


 おお、普段の狩りの成果が現れた、一部のスキもなく連携したのが評価されたみたいだ、心なしかギルド員の眉が引きつっていたけど。


「はい、では導入ダンジョンの工程を終了した事を認めます、ハンコを押すので集まって下さい」


 やった合格だ、首から下げていた冒険者証をギルド員に渡すと、格子状のハンコ枠に小さな合格印が押された。


「では、これからも頑張って下さい」

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございましたー」


 こうして、ギルドダンジョン試験は終了した。


 思い返すと、無駄に怖かったり、トラップに引っかかったりと、けっこう面白いダンジョンだった。


 一番手の男三人組のように、能面のような表情にはならなかった、隣にエメリーが居てくれたから、楽しく過ごせたんだと思う。

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