26 ギルドダンジョン01
今日も、ボク達はギルド近くのカフェでのんびりしていた。
ボクは聞き役に回ることが多い、ひょんな事から、意外な異世界の情報が入るかも知れないからだ、今もエメリーの話に耳を傾けている。
エメリーの両親は王都に住んでいるそうで、聞くかぎりでは中流家庭な感じだ、遠い街のことを知るのは有意義だ。
「冒険者学校に入る時って、家族は心配しなかったの?」
王都の中流家庭なんだ、命の危険も伴う冒険者になるなんて、家族の反対があってもおかしくない、王都から離れメリキナの寮に入るんだし。
「別に無いかな、気楽なものよ」
この国では、子どもは早くから仕事に就く傾向にある、若くして親元を離れ、一人生きてゆく事も珍しくない、そのため、個々の主張は尊重されるみたいだ。
ただ、やっぱり若者の死亡率が高いなどの弊害もある、義務教育も無いし、少年法なども無い。
子が自立するのは早いが、犯罪率は高い、識字率は低い、親子の絆が希薄など、ボクから見ればちょっと怖い世界だ。
でも、子どもの姿のボクがこうやって冒険者をしていられるのは、そういう風土が根付いているおかげとも言える。
ちゃんと冒険者が務まるのかという批判はあったが、実際に冒険者を続け、魔物を倒せると証明できた今、ボクに文句を言う人は少ない。
子どもに何て事させてるの! と言う人より、子供のくせに出来るのか? という人が多い世界だ。
もちろん、すべての話ではなく、過保護な家庭もあるし、子どものボクにお菓子をくれる大人もいる。
獣人族ごとにも性質はかなり異なるようで、一概にこうだとは言えない、ただ、ボクの常識を当てはめることも出来ないという話だ。
「それでユーノ君は? 今まで何やってきたの?」
「えっ」
エメリーは、レモン果汁とシロップを加えた天然ソーダ水に口をつけながら、何気ないふうに質問してきた。
ボクの軌跡を思い返してみる。
今は子ども冒険者をしているけど、その前は山賊の村で戦闘の手ほどきを受けていた、その前は奴隷として監禁されていた、その前は……地球人だった。
言えない、何一つ、なんだこれ? ボク結構ヤバイ奴みたいじゃないか。
「ユーノ君、子供なのに大人顔負けに強いもんね、しかも、すっごい能力持ってるし、ただのシープ族とは思えないなあ」
ボクはシープ族じゃなく魔神だ、魔王のバフ能力もある、そして、転移者として身体も強化されている、……ハズ。
まあ、憶測というか、だったら良いなって感じだから、人に言えるようなものじゃないけど。
「き、キギョウ秘密だョ」
「なにそれー、マジンだもんねー、仕方ないよねー」
子どもの戯れ言だと思っているな? まあいい、華麗にスルーだ、うまい具合に転移者の事をあやふやにして、話題は今後の狩りの事に移った。
「今はゴブリンもオーガも大量発生しているから良いけど、狩り尽くしてしまえば基本的に街の周りの魔物は少なくなるわ」
「大量発生する前は、みんなどうやって生活していたんだろうね」
「そうね、この辺り一帯は聖なる森が近いから、特に魔物が少ないからね、ダンジョンも無いし」
ダンジョン! そうだ、ファンタジーと言えばダンジョンじゃないか、むしろダンジョンに潜らなくて何が冒険者か、くらいの勢いで興味があるぞ。
……でも、今ダンジョンが無いって言ったよね。
「どうしてダンジョンが無いの?」
「やっぱり聖なる森が近いから、土地に含まれる魔力はかなり浄化されちゃってるのね、それでダンジョンが発生しにくいのよ」
また聖なる森か、ボクが居たあの森は、未だにボクの前に立ちはだかる、広範囲に影響をおよぼすほど特別な場所なんだ。
「でも、聖なる森のおかげで薬草は取れるんだよね?」
逆に、薬草には恩恵を与えていると聞いた。
「そうね、ここの薬草はかなり異質よ、むしろ、自然魔力で治癒力の上がった薬草の効果を打ち消してしまうわ」
「ふーん」
「コレはね……」
ここら一帯の薬草は、どうして薬効が高いのか、なにやら説明を始めたエメリーだけど、ファンタジー理論なんて良く解らなかった。
そういえば、エメリーは薬草に魅せられてこの街に来たんだっけ、オタクにアニメの話題を振ったようなものだ、これは長くなるかもしれない。
「ふーん、へー」
「ふんふんて、ちゃんと聞いてるの? ユーノ君」
「えっ? うん聞いてるよ」
完全に上の空だったけど。
「まあいいわ、ユーノ君にはちょっと早かったかな、それでダンジョンだっけ?」
ああ良かった、薬草の話が終わった。
そしてダンジョンだが、多種多様な形態があるらしい、自然と生成されるもの、鍾乳洞などが変異したもの、どれも自然魔力の吹き溜まりで形成されてゆく、中には廃墟となった街も、魔物が湧きダンジョン指定されたこともある。
ボスが居るダンジョン、コアが存在するダンジョン、周辺の魔物が住み着いているだけのもの、少ししか魔物が出現しない低レベルのダンジョン、色々だ。
大抵は、冒険者ギルドの管理下に置かれ運営されるが、あまりに危険だと破壊されることもあるみたいだ。
「ユーノ君、さっきと随分態度が違うわね」
「へっ?」
「薬草の話もちゃんと聞いてよ、スゴイんだから」
「き、聞いてたよ? 薬草の話はボクにはまだ難しいから、また今度教えてよ」
危うく、また薬草の話になりかけた、やんわりと回避する。
「でもユーノ君、冒険者になったばかりでしょ? 導入ダンジョンに行かないと一般ダンジョンへは行けないわよ」
「導入?」
「そう、冒険者証は誰でも取れるから、そんな素人がダンジョンに行っても危ないだけでしょ? だからダンジョンに入るための試験をするの」
「試験があるんだ? 難しいの?」
「地方によってマチマチね、ヴァーリーは大きな街だから、きっと試験会場も近くにあるはずだわ、取り敢えず、それクリアしないと話しにならないわね」
エメリーは学校で訓練したため試験は免除されている、なので実際の導入ダンジョンは行ったことがないという。
冒険者を続けるならダンジョンは避けては通れない、この辺境には主だったダンジョンは無いみたいだけど、ここで資格を取得しておくのも良いだろう。
それに、いずれ上の冒険者ライセンスを狙うなら、ダンジョン踏破歴も必要になる、その下準備だ。
「じゃあギルドに戻ったら、すぐにダンジョン試験の申請しよっか?」
「うん!」
デートを終えたボク達は、ギルド窓口が開いているうちに冒険者ギルドへ戻り、さっそく導入ダンジョンの手続きを行った。
「次の開催日は五日後です、この受験票を持って所定の場所へ集合して下さい」
レナに受験料を支払い、受験票を受け取る。
「あの、私も同行してもいい?」
「はい構いませんよ、では受験票を発行しますか?」
「お願いします」
「はい、三千ルニーになります」
エメリーも試験を受けるという、国際C級のエメリーが一緒なんて、正直カンニングも良いところだ、でも、導入である今回は保護者同伴でも良いみたいだ。
試験まで五日、軽くオーガ狩りを挟み、それから試験当日を迎えた。
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導入ダンジョン、通称ギルドダンジョンは、街外れの空き地が目立つ地域にあった、とても広いスペースを使った大きな建物だ。
「すごい、迷路のテーマパークみたい」
巨大迷路だ、なんだか楽しそう。
もちろん、遊びに来たわけではない。
試験は一日で終了する、午前中は座学、そして、午後からはこの建物で実技試験となる、午前中の講習を受けるため別館へ移動する。
「導入でも試験はドキドキするなあ」
「エメリーはやらなくて良いんでしょ?」
「まあね、でも初めて見るし面白そうだから参加するわ、私にも合格印が貰えるみたいだしね」
エメリーに導入ダンジョンは必要ない、でも、せっかくだから合格印を貰いたいらしい、コレクター感覚だ。
試験と言っても導入なので、内容はただ座学を聞き流し、ギルドダンジョンを適当に踏破すれば、自動的に合格印を貰える簡単なものになっている。
まずは座学だ、田舎の木造中学校の教室みたいな部屋へ入ると、ボク達の他にも十五人ほど受講者が集まっていた。
少しして、七三分けのおじさん講師も教室に入って来た。
「えーとね、それでは皆さん、揃いましたでしょうか?」
授業の内容は、エメリーに教えてもらったものと殆ど同じだった、新たに覚えるものは無い。
ダンジョン初心者に向けた講習なので、このくらいで良いのだろう、退屈だけど、講習なのである程度ちゃんとしないと。
「やっとギルドダンジョンね」
そんな座学も終わって、次はいよいよ実技試験だ。
「随分たのしそうだね?」
「まあね、冒険者学校でやったダンジョン訓練は結構ハードだったのよ、ギルドダンジョンがどの程度なのか、少し興味あるわ」
生徒同士でPTを組んで、既存のダンジョンに潜る訓練をしていたらしい、事前に情報収集して、状況に合わせたサバイバル術も用意する、本格的で危険な授業だ。
そんなビックイベントを経験したエメリーだから、導入とはいえ、ギルドダンジョンへの期待が高まっているのだろう。
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ギルドダンジョン施設の前に、お昼ご飯を済ませた受講者が集合している、ボクとエメリーも野外に用意された椅子へ腰掛け、試験が始まるのを待った。
「えー、ではこれより、ダンジョン試験のほう、移りたいと思います」
ギルド員が、眺めていた時計から顔を上げると、大きな声でそう宣言した、幾ばくかの緊張感が漂う。
試験は全員が一度にアタックするのではなく、数人一組で時間を置きながら、順次ダンジョンへ送り込まれるようだ。
まずは簡易PTを組まされた、といっても、みんな知り合い同士で参加しているみたいで、そこは問題ない、ボクもエメリーと組んだ。
「えー、今回は、廃墟ダンジョンで試験を行います」
試験毎でダンジョンのテーマが異なるようだ、妙に凝った仕様は冒険心をくすぐるためか、それとも、毎回違った試験内容で難度を上げるためか。
「通常の武器の持ち込みはできません、武器はギルドが責任をもって預からせてもらいます、また、ダンジョン内での武技や魔法の使用も禁止されています」
武器はギルドが用意した木剣のみだ、弓使いのエメリーにも木剣が渡された、その他にも、ギルドの用意したリュックがそれぞれの手に渡った。
「ダンジョンには魔物も蔓延っています、最終エリアには特殊な個体も出現するので気をつけて下さい」
ボスも居るのか、かなり本格的なダンジョンだ。
「ダンジョン内はギルド員が監視しています、不正などがあれば、それらも減点の対象となりますので注意して下さい」
注意事項が終わって、いよいよ試験が開始される、ボク達の順番は五番目だ、全部で六組なのでかなり後になる。
若い男三人組からだ、三人とも良いガタイをしている、彼らはパンパンと顔を叩き気合を入れて、入り口へ向かって行った。
二十分くらい時間を空けて次の組が向かうので、結構待つ、一時間も経ったところで、やっと四組目となる前の人の順番になった。
彼らは猫族の男女ペアだ、なにやらイチャイチャしながら「こわいー」などと、猫耳娘が猫耳男にしだれかかっている。
彼らの長い尻尾は、二人合わせてハート形を形成していて、見るからにバカップルっぽかった。
「けッ」
エメリーは小さく吐き捨てると、三白眼になったジト目をバカップルに向けていた。
「遊びにきてんじゃねーって、ね、ユーノ君」
「え」
そうは言っても、エメリーは完全にお遊びで参加しているのですが?
猫族カップルは、ラブラブな感じでダンジョンへ入ってゆく。
「エメリーは彼氏とか居ないの?」
「ハア? 分かるよね、居るわけないよね」
「うっ」
急にムキになる所を見ると、彼氏が居ない事を気にしているみたいだ。
「彼氏とかはね、空想の生き物なのよ」
今しがた目の前で起きた事すら否定するエメリーだった。
十八歳の女の子としては、やっぱり彼氏が欲しいものなのだろうか、ボクにはよく分からないけど。
そんな事をしていると、一番初めに入った三人組が出て来た、一時間以上掛かるのか、ギルドダンジョンは予想以上に大きい。
三人は一様に能面のような無表情で、受かったのか落ちたのか、そんな事もうかがい知れなかった。
試験が終われば解散のようで、三人はそのまま会場の外へ歩いて行く。
そして、猫族カップルが突入してから二十分経ったので、やっとボク達の番だ。
「受験票の提示をお願いします、はい、エメリーさんとユーノさんね、ではそこから先へ進んで下さい」
入り口のゲートをくぐって、いざ、ギルドダンジョンへと踏み込んだ。