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24 エメリーと水浴び

 ボクとエメリーの連携は悪くない。


 ボクが敵を撹乱し、エメリーがはぐれた敵を撃破する、もしくは、逆にエメリーが先制して、向かってくる残りの敵をボクが片付ける。


 五匹前後で行動しているゴブリンを、まさに瞬殺の勢いで倒していった、ザコサPTにも引けをとらない効率だ。


 エメリーの強さにはかなり信頼が置ける、それに、索敵能力や遠隔攻撃といった特殊性が、とても頼りになった。


 なんとかボクも足手まといにならない程度には頑張れる、もし山賊の村で訓練していなかったら、本当にただのマスコットになっていたところだ。


 次第に狩りにも慣れてきて、行動範囲も広がってゆく。



 狩りも一息つき、川の畔で昼食にする。


「川の水キレイね」

「うん、ここらへんの川は全部こんな感じだよ」

「さすが北の果てね、私、中央の出だからこういう所は羨ましいわ」


 エメリーは都会っ子なんだ。


 それにしても、こうして女の子と二人きりで川べりにいると、またいつもみたいに水浴びイベントが発生しそう。


 でも、今回はそれもないか、無理して川に入らなくても、ギルド宿でシャワーを浴びれるんだから。


「ね、ユーノ君、ちょっと水浴びしていかない?」


 ギルド宿の事を思っていた矢先、エメリーから水浴びイベントを提案された。


「でも、わざわざ川でなんて寒いよ?」

「一回やってみたかったんだよね、冒険者って感じでしょ? それに、こんなに綺麗な川なんだし」


 今の気温はちょっと寒い、できれば入りたくないんだけど。


「ほらユーノ君、川に入れる時に体を洗うのは、冒険者の基本だよ」


 それ、今のボク達には当てはまらないんじゃ……、もう仕方ないな、唇が紫になるほどはしゃがなければ良いか。


 エメリーは冒険者に成り立てで、こういう事にも憧れていたんだろう、そう思いながら服を脱ぐ。


「ユーノ君は向こうだよ」

「へ?」

「私はこっちの岩陰に居るからね」


 男女別だった。


 言われてみれば当たり前か、レティシアやミルクとは一緒に入っていたから、この世界じゃ混浴も一般的なのかと思ったけど、そんな事もないんだ。


 まあいいや、ボクも女の子は得意じゃない、一人のほうが気が楽だ、なんとなくモノ寂しい気もするけど、少し離れて体を洗おう。


 しばらくして。


「ユーノくーん、もう洗い終わったー?」


 エメリーが岩の陰から、Tシャツとぱんつという姿で現れた。


 もう洗い終わったのか、ボクはぼんやりしながら洗っていたから、随分と時間がかかっていたみたいだ。


「早いね、ボクまだだよ」


 待たせるのも悪いので、少し急いで洗う。 


「あ、ゴメンまだだった?」

「うん、でもすぐ洗っちゃうから」


 せかせかと体を洗うボクを、なぜかエメリーはじっと見つめている。


「ねえユーノ君、前、見えてるけど、……いいの?」

「へ?」


 目の前まで接近してきたエメリーは、ゴクリと生唾を呑んでいる、その視線はボクの“おにんにん”に釘付けになっていた。


 ちょっ、まじまじと見られたらボクだって恥ずかしい、それに、エメリーから近づいてきたのに、“いいの?”とは勝手ですね?


「わあ、なんでこっちに来ちゃってるの?」


 ボクは咄嗟に両手で前を隠した。


「ゆ、ユーノ君、おねーさんが洗ってあげようか?」


 なんだか目がいやらしいですよ? 手をわきわきするのをやめなさい。 


「いいよ、ボク一人で洗えるから」

「まあまあ、そう言わずに」

「遠慮します、遠慮します」

「よいではないか、よいではないか」


 エメリーがトーマス化した、ボクは膝まである川の水をざっぱざっぱと踏み分けて、白いおしりを晒しながら、エメリーの魔の手から逃れる。


「きゃ!」


 突然の声に振り向く、すると、ボクを追っていたエメリーは足を滑らせて、川の中で転倒していた。


 ほら、ふざけているから転ぶ。


「エメリー、大丈夫?」


 すぐに駆け寄る。


「膝とか切ってない?」

「えへへ、うそー、捕まえたー」


 うつむいていたエメリーが、ぱっと顔を上げたと思ったら、その両腕にがっしりとボクの脚は抱え込まれてしまった。


 何その昭和のお約束は? ちょっと頬ずりしないで、色々と触ってるから!


 しかも目のやり場に困る、わざとでも転んだエメリーは、川の水をおもいきりかぶって、薄いシャツとぱんつがまるまる透けていた。


「あの、エメリー、それ」

「え?」


 エメリーは、そわそわしているボクに気づいて、「あっ」と、急いでボクの脚から手を離し、自分の胸を両腕で隠す。


「あー、ユーノ君えっちだー」


 うんうん、昭和のノリはもう良いから、風邪引くよ?


 結局、なんやかんやでフザケてしまったので、時間が無くなった、今日はここで休憩したら街へ戻ろう。



 シャツとぱんつ共に、びしょびしょになったエメリーを焚き火で暖める。


「ねぇ、エメリーの居た街ってどんな所?」


 さっき王国の中央から来たって言ってた、ちょっと興味がある。


「メリキナっていう街」


 そこは、ずっとずっと南にある街だった、この辺境とは気候すらまるで違う、灼熱の砂漠地帯で、王都ドリナの衛星都市だという。


「遠いね、そんな所から良くこんな辺境まで来たね」

「まーね、一度ヴァーリーへ来たって言ったけど、それも授業の訓練を兼ねてのことよ、ここへ来るだけでも大冒険だったんだから」

 

 冒険者学校って結構な無茶するんだな、冒険者は命がけだから、殆ど軍隊のような訓練をしているのだろうか。


 エメリーも新人冒険者なのにすごく強いし、仕上がってる感すらあるもの、それに冒険者ライセンスは国際C級だ。


 丁度いい機会だから、冒険者ライセンスの事も聞いてみた。


「えーとね、まず冒険者ライセンスには、国際と地方の二種類があるの」


 ボクの持つ地方ライセンスはAとBだけ、そして、エメリーの国際ライセンスはCから始まり、B、Aと上がり、最高はSSまである。


「ふーん、エメリーの国際C級ってすごいの?」

「まあね、だって、これ取るために学校行ったようなものだし」


 国際ライセンスは最低のC級でも取得するには難しく、最初から欲しければ、普通はエメリーのように専門学校に通って取得する。


 そして、最高のSS級ともなれば、世界的にも認められる英雄らしい。


 片や地方ライセンスは、ボクのように楽ちんで取得できる、AとかBとか、なんだか国際ライセンスと混同しそうになるけど、全然別物だ。


 でも良いこともある、なんと言っても取得しやすい上にお金もかからない、その上、ギルド施設やサービスは国内に限り問題なく利用できる。


 そのため、底辺冒険者が毎日を生き抜くのに必要な、生活密着型ライセンスとなっていて、世界に羽ばたくわけでもなければ、地方ライセンスで十分だ。



 他にもエメリーは色々知っていそうだ、王都に近い街で冒険者学校へ通っていたんだ、当然知っているだろう、勇者のことを。


「エメリーは勇者って知ってる?」

「そりゃあ知ってるわよ、勇者セシルでしょ」


 せ、セシル? なんだか、どこかのゲームに出てきそうな名前だな。


「ウチの学校にも特別講師として招く予定だったんだけど、ちょっと都合がつかなくなったみたいでね、残念だわ、会ってみたかったのに」


 イケメンなのよねーなどと言っている。


「代わりと言っては何だけど、碧き星の戦士ミルクなら来たわよ」

「ブフッ、み、ミルク? まさか背の高い褐色肌の」

「そう! なんだ知ってるじゃないの」


 ミルクは有名な冒険者って聞いていたけど、まさか講師をするほどとは。


「でもさすがSS級ね、すさまじい威圧感だったわ」


 ミルクがSS級!? もう何が何やら突っ込みどころ満載だ、あの辺境の山賊冒険者が、世界も認める英雄なのか。


 確かにとんでもない力を見せつけられたけど、まさか英雄級とは思わなかった、いつも半裸でボクに抱きついてるイメージが強かったから。


 ミルクがSS級なら、勇者も同じ最強のSS級なのか? と思ったが、どうやら勇者は“勇者”らしい、冒険者ギルドの枠に収まらないほどすごいみたいだ。


 あのミルクより強い勇者って、一体何者なんだ、きっと俺TUEEEを心ゆくまで満喫しているに違いない、うらやましい。


 やっぱりボクと同じ転移者だったりして、……それは無いか、この世界の転移者(ボク)って弱いし。


 勇者か、きっと色々な事を知っているんだろうな、もし出会えたなら、ボクの身に起きている事も判明するのかな。


 いつか会ってみたい、勇者に会う事、また目標が出来た、漠然と旅を続けるよりずっと良い。



「さて、そろそろ行こうかユーノ君」


 すっかり温まったエメリーは、慣れた手つきで装備を整えてゆく。


 手際よく焚き火を処理し、街の方へ引き返す、帰るだけとなったボク達は、索敵もそこそこに家路を急いだ。


 それがいけなかった、ボク達は気付けなかった、来た道を戻るだけだったし、まさかこんな所にソレが居るとも思わなかった。


 大きな石カドを曲がった時、はたとオーガと鉢合わせた。


「え……」


 距離はほんの一メートルほど、カドを曲がったらばったり、といった感じだ。


 樹木かと思えるほど太く緑色をした脚が視界を塞ぐ、視線を上に向けると、隆々とした大胸筋の向こうに、ボク達を見下ろしている白く濁った双眼があった。


 グガアオォォオオオオ!!


「あぶない!」


 ボー然と突っ立っているエメリーを、タックルをかます勢いで押し倒す。


 ボク達が居た場所には、唸りを上げた巨大な狂拳が振り抜かれ、そのまま隣にあった大石にぶち当たる。


 ドズンと、衝撃が地面をつたいボク達の体を揺らす、石の表面が炸裂して、砕けた破片がパラパラとボクの背中へ降り注いだ。


「エメリーこっち! 早く立って」

「オーガ? え?」


 石の割れた強烈な破砕音と立ち込めた粉塵が、一瞬にして周囲の現実感を奪う、その只中に置き去りにされているエメリーを、強引に引きずり揺すった。

 

「……きゃああああ!」


 叫んでる暇なんてない! ボクは悲鳴をあげるエメリーの腕に自分の腕を絡め、大人の力でぐいぐいと引き、その場を離れる。


 ゴアアアァァアアアア!!


 もう一度、オーガは両拳を挙げ雄叫びを上げた。


「今だ、このスキに早く!」

「は……あ……」


 エメリーは動けない、その恐怖に目は大きく見開かれ、雄叫びを上げるオーガに引きつけられている。


 あまりに唐突過ぎた、事前に心構えがあればエメリーもそれなりに対応出来ただろう、でも今はパニック寸前だ。


 ボクはエメリーの頬を強く数発張った、女の子の顔にそれはヒドイんじゃないかと思えるほど強烈なやつだ。


「うぶっ」

「離れてエメリー、走って早く!」

「う、うん」


 なんとか正気に戻ったが、強烈なビンタで少しふらついている、そんなエメリーの腕を引っ張り、大石の反対側へ回りこむ。


「倒すよ、距離をとって! ボクが足止めする」


 こんなに接近したら逃げ切るのも難しい、もう戦うしかない。


 ドスドスと歩いてくるのが振動で伝わってくる、あの巨体で踏み潰されたらボクなんてひとたまりもない。


 だけど怖気づいてる場合じゃない、ボクの背にはエメリーがいる、なんとか守らないと。


 ガシリと、大石に緑の指が掛かる、その不潔で分厚い爪の付いた指を見上げると、次にはぬうと、筋肉でボコボコしたオーガの顔が現れた。


 ボクを見つけた瞬間、なにはともあれ殺す、それだけの意思で動いているように、無造作に拳を繰り出してきた。


 先の攻撃と同等の威力だ、魔物は駆け引きなどしない、常に全力、その拳に少しでもかすれば殺られる。


 唸りを上げて迫る拳をなんとか躱す、幸いにもオーガの動きは緩慢だった、巨体から繰り出される攻撃は、完全なテレホンパンチで丸見えだ。


 一度放たれた拳の速度は遅いわけではないが、頭上からの攻撃角度と共に気をつければ、なんとか避けることは出来る。


 ボクは攻撃を躱しつつオーガの足元へ滑りこみ、そのまま脚の筋肉を切断しようと、ふくらはぎにナイフを突き立てた。


 しかし、オーガは何事も無かったかのように、背後に回ったボクを追って方向転換する。


 ボクの攻撃が、全く効いていない。


 この巨体に小さなナイフを刺した所で知れている、でも、ボクには脚を狙うしか方法が無い、そびえ立つオーガの心臓にすら手が届かないのだから。


 それでも、しつこく切り刻んていると、徐々にオーガの動きが鈍くなってきた。


「これでっ!」


 大きくなった隙をつき、ここだ! と気合を入れ、両の手で握ったナイフをオーガの足の指に突き立てた。


 渾身の攻撃は、以外なほどあっさり数本の指を切り飛ばした、左足の指を無くしたオーガは、バランスを崩し地面に両手をつく。


「ユーノ君どいて!」


 背後からエメリーが叫ぶ、その声はもう取り乱してはいない、ボクはその声を受けて、一つ二つと横へ飛び退く。


「……シッ!」≪弓技:ヘビーショット≫


 プンと、軽い音で弦が弾かれたが、結果はすさまじいものだった、オーガの顔の右半分が一瞬で消え去ったように無くなっていた。


 脳を破壊されたオーガは、そのまま前のめりに突っ伏して、細かく震えながら手足をゆっくりと動かしていたが、やがてそれも収まり完全に動かなくなった。


 ふう、何とか危機を凌げた、エメリーを見ると、さっきの勇ましさは何処へやら、涙目で座り込んでいる。


 それにしてもオーガを一撃か、あの技は初めて見た、すごい。


 ボク達は、オーガの傍らに落ちた五百円硬貨ほどの魔石を拾い、比較的安全圏である街の近くへ、一刻も早く向かう事にした。



「でも、ユーノ君の反応すごくなかった? よく動けたね」

「今まで結構襲われて来たから、でも、さっきみたいな突然なのは初めてだよ、動けたのはたまたまかも」


 衰弱した状態から、さらに魔物に襲われたこともあった、危機的状況にも多少は慣れてきたのか、この程度でボクの体が硬直することは無かった。


 逆にエメリーは、オーガの実物を見たのは初めてらしい、それに初めはベテランと共に討伐せよと授業で習っていたため、突然の遭遇に余計混乱したようだ。


「エメリーのおかげで助かったよ、ボクの攻撃なんて全然効かないんだもの、いつ倒せるか分かったものじゃない」

「うん……、でもおかしいのよ、あんなに威力が出る技じゃないの、オーガ相手じゃ刺されば良い程度に考えていたのに、まさか頭を吹き飛ばすなんて」


 ああそうか、きっとエメリーにはボクのバフが効いているんだ、パッシブスキルのため忘れがちになるけど。


 この機会に言っておこう、違和感を持たれたまま冒険を続けることも辛い。


「ええ!? そんな能力がユーノ君に?」

「うん、そういう力のこと、知らない?」

「知らないなー、うーん、聞いたこともない」


 冒険者学校出身のエメリーも、他人を強化する力は知らないみたいだ、でも、ザコサは勇者もバフ能力があるって言ってた。


「たとえば勇者とか、どう?」

「ああー、あの人ならありうるかもだけど、ちょっと分からないわ、剣の一振りで山をも切り崩すとは聞いたことがあるけど」

「や、山を? へ、へー」


 やっぱりザコサの話はしょせん噂なのかな、それとも、山をも斬る力があれば、バフなんて地味な力は若者の間では話題にも登らないのかも知れない。


「でもそうか、思えばユーノ君と出会ってからだわ、とんでもなく調子が良いと感じていたのは、そういう事だったのね」

「ごめんね黙っていて、ボクも言ったほうが良いのか、まだ迷うんだ」

「分かるわ、ちょっと違う力があるだけでも色々と面倒事を背負うことになりかねないし」

「うん、だからこの事はPT内だけの秘密にして欲しいんだ」

「もちろんよ、公にするかはユーノ君が大きくなって、自分で決めればいいわ」


 エメリーは笑うことなく、ちゃんと話を聞いてくれた。


 バフの事は、わざわざ言いふらす必要は無いけど、自分のPTには説明しておいた方が良い、みんな違和感を覚えるほどパワーアップしてしまうようだし。


「魔法でも戦技でもない力なんて、確かに勇者みたいね」

「勇者にも特別な力があるの?」

「ええ、ただ機密にされているから詳しくは知られてないはずよ、私も冒険者学校で噂を聞いた程度だし」

「どんな能力か分かる?」

「詳しくは知らないけど、ユーノ君のような感じじゃないわ、移動に便利な“何か”らしいけど」


 山を切り崩したり、移動に便利な能力を持っていたり、勇者はまんま、ボクの思い描く主人公みたいだ。


「勇者かー」

「ふふ、でもユーノ君は勇者とはちょっと違うかな、勇者はユーノ君くらいの時は、すでにSS級冒険者以上に強かったらしいからね」

「えー」


 とんでもない強さだ、国内B級のボクとはまさに天地、まあ、不思議な力があることで勇者と比較したけど、同じ土俵で考える事がそもそも間違っている。


 でも、そんな勇者にボクは会いたいんだ、こんな辺境のシープ族の子どもなんて相手にしてくれないかもしれないけど。



 急ぎ足で帰ってきたから、街へ到着した時はまだ夕方だ、ボク達はすぐにギルドへ向かい、オーガが出没したことを報告した。


「うーむ、そんな街の近くでオーガと遭遇したのかい?」


 受付のグレイゼスさんは眉を寄せた。


「だとすると、オーガもゴブリンと同じく溢れてきているな、至急、東の森の調査依頼を発行しておこう」


 魔物の生態分布を調査するのも、冒険者への依頼でやるようだ、さすが冒険者、便利屋だな。


 今はゴブリン祭りだが、オーガも積極的な討伐が必要と判断されれば、今ある依頼も種類が増え報酬も上がるだろう。


「それで、そのオーガは?」

「倒したわ、はい、これが魔石」

「確かに、ではオーガ一匹討伐の依頼完了でいいかな?」

「ええ、それでお願いするわ」


 あれ、そいうの良いの? 以前教えてもらった、依頼を受けてから討伐するというルールと違う。


「あの、後受けも有りなんですか?」

「本当はダメですよ、でも不慮に遭遇することはあるからね」


 突然の遭遇や遠いなどの理由で、ギルドへ往復できず追加の依頼を受けられない場合もある、そういう時は現場の裁量で臨機応変に対応してくれるみたいだ。


 街からの依頼であるゴブリンやオーガ討伐は、グレイゼスさんがちょいちょいと依頼の前後を差し替えれば良い、あまりしちゃいけないみたいだけど。


 そのかわり魔石の扱いは相変わらず厳重だ、ミルクが倒したオーガの魔石をボクが貰って依頼に紛れ込ませるのはルール違反だ、バレると冒険者ギルドを追放になる、貰ったり拾ったりした魔石は二束三文で下に出すしかない。

 

 そんなエメリーとグレイゼスさんの慣れたやり取りを見て、ボクも少しは冒険者っぽくなったかな、と思う。


 もうボクを見て、“早く帰ってお母さんのおっぱいを云々”言うようなヤカラはいない。



 オーガの報告とゴブリン依頼の精算を終え、雑貨屋スペースを挟んである“ギルド食堂ジルミ”へ移動する。


 夕食時が近づくと、ギルド食堂ジルミは酒場の様相が濃くなる、ちょうど今は酒飲み客との入れ替え時間で、テーブルも徐々に埋まってきている。


 ボク達は、まだ空いている一つへ着く。


「すいませーん」

「はいよっ」


 エメリーが声をかけると、威勢のいいおっさんウェイターが注文を取りに来た。


「えーと、ローストビーフとサラダください、それとコーヒー、ユーノ君は?」

「ボクは、チキンとほうれん草のキッシュ、あとはオニオンスープで」

「へいまいど~」


 ギルド食堂ジルミでは美味しい料理が食べられる、醤油や味噌は無いけど、それでも複数の調味料やスパイスを使っているようだ。


 ここで食事をするまでは、奴隷や山賊の村など野性味溢れる食事だった、でも、こうやって街に入ると食事に不自由さを感じることもない。


 食事を済ませ、少しくつろいでいると、知らないおばちゃん冒険者が近づいてきて、大きなプリンのお皿をテーブルに置いた。


「二人で食べな、若い時は栄養取らないとね、じゃマスター、また」


 寡黙な店主が小さく一礼すると、恰幅の良いおばちゃん冒険者は、ギルド食堂から威勢よく出て行った。


 たまに、こうやって奢ってくれる人もいる、このギルドには頑張ってる子ども冒険者がいると、ちょっとだけ話題になっているようだ。


 たった一人この世界に放り出された時は、ボクなんて何からも必要とされない存在なんだと悩んだこともあった、でも今は、ボクが肯定されているようでうれしい、冒険者になってよかった。



 食事が済んだら、隣のギルド宿、“北のとまり木”へ移動する。


「ユーノ君、今日から別々の部屋にしよっか?」

「そう? またどうして」


 ギルド宿のフロントに着くと、エメリーが別々に部屋を取ることを提案してきた、今までは、二人で一つの部屋を借りていたのに。


「最近お金も貯まってきたから、そろそろ良いかなと思ってね」

「ああうん、そうだね」

「本当はユーノ君とずっと一緒に居たいけど、体を休めるのも大事だから、のびのびと眠れたほうが良いでしょ?」


 確かにそうだ、お金も貯まって多少余裕も出来た、一緒の部屋で過ごすのは、お金の無いしばらくの間という話だった。


「うん良いよ、今日からそうしよ」

「そうね、でも普段はユーノ君の部屋に行ってもいいでしょ? 寝る時だけ別々ね、あ、今までとあんまり変わらないかも」


 エメリーはいつもの笑顔でそう言うと、自分の部屋へ戻った。

「おにんにん」表記は今回が初出かな? 多分大丈夫だと思う、そもそも伏せ字の代わりに濁して書いたものだし、「ふぐりきゅん」だって使えると思う。

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