23 新PT
「エメリー編その1」
ショタ主人公ちゃんとのアレやコレやが展開されます。
「ウボァー」
なんとも表現しにくい断末魔が漏れる。
ミシ……。
後ろから無遠慮に抱きしめてくる力に、アバラ骨も悲鳴を上げた、“やめてください”の声も出せない。
昨日の暴漢に続いて二日連続こんな目に、もうダメだ……、ボクは死ぬんだ、四肢の力が抜けてゆく。
「きゃ、どうしたの?」
見ると若い女の子だ、悪気があったわけではなさそうだけど、ボクはもう。
サバ折り攻撃から開放されたボクは、その場にズルズルと力無く崩れ落ちる。
「キミ大丈夫? どうしよう、ねえシッカリして」
あと少しだったのに、今出てきたスライムを全部倒せば依頼はクリア出来ていた、だけど、こんな状態ではまたギルド宿にとんぼ返りだ、残念だ。
「え、なに? 何か伝えたいことがあるの?」
女の子はボクのうわ言に耳を傾ける。
「す……スライムを……」
「分かったわスライムね! ハッ!? ダメよしっかりして、目を開けて! 死んじゃダメ!」
女の子は、死に体のボクに生きろと必死に訴えかけてくる、分かったから体を揺らさないで欲しい、痛い。
「……なんてことなの、スライムに殺されちゃうなんて」
「しんでないです」
「きゃあ、シャベッたぁ」
随分忙しない女の子だ、見た感じ十代半ばだろうか、ブラウン系で明るい髪色のナチュラルボブ、大きな深い茶色の瞳が表情豊かに驚いて、見るからに快活で元気いっぱいな女の子だ。
「あなた冒険者ね? 変わった恰好をしているけど、その装備を見れば分かるわ」
この娘も多分冒険者だ、鎧は着ていないが、なめし革を厚く重ねたプロテクターを腕や脚に付けている。
ジャケットやパンツ、ブーツなどもしっかりした耐久性の高そうなものだ、そして何より、背中に短弓を背負っていた。
「大丈夫、後はお姉さんに任せて、キミの仇は必ず取ってあげるから」
なにやら瞳に決意を宿した女の子は、「コレで叩けばいいのね」と、スライムブレイカー(桜の太枝)を手にして、残りのスライムをボコり始めた。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとか無事スライム依頼は達成できるみたいだ。
・
・
女の子は、怪我をしたボクを冒険者ギルドまで送ってくれた。
そして、達成したスライム依頼も代わりに精算して、ギルド宿のチェックインまで済ませてくれた。
部屋へ連れて行ってもらい、ベッドへ横になる。
「ゴメンね、まさか怪我をしていたなんて、思いっきり抱きしめちゃったからね」
ボクにトドメをさした事に対しての贖罪か、色々と世話を焼いてくれた。
彼女はフロントから水桶とタオルを借りてきて、上半身ハダカでベッドにうつ伏せているボクの背中へ、濡れタオルを掛ける。
「ユーノ君、背中すごい腫れてるよ、ダメだよこのままじゃ」
「本当エメリー? 困ったな、やっぱり診療所へ行かないとダメかな」
エメリーと名乗った彼女は、ボクと同じく新人冒険者だった。
冒険者学校を出たばかりで、もうすぐ十八歳になるそうだ、実年齢より幼く見えたのは、その快活さからだろうか。
「よし、今こそ使う時! とっておきのアレ塗ってあげる」
エメリーは何かを思い立って、リュックからガラスの小瓶を取り出した、手の中に収まりそうな瓶の中には、なにやら薄緑色のクリームが入っている。
それを指にひと掬いすると、患部へ優しく塗り伸ばした。
「あ痛っ……た」
「ああゴメン、こうかな? 大丈夫?」
「うん、これは?」
「強力回復軟膏よ」
強力回復軟膏? それって隣のギルドでも売っている薬だけど、べらぼうに高くて手の出ない代物だったやつだ。
ギルドで売っている物は、エメリーの小瓶よりまだ小さい薄い丸缶だ、それでも十万ルニーはする、高額すぎてボクはスルーしていた商品だ。
「そんな高価なものをボクに?」
「ふふーん、コレはね、冒険者学校を卒業すると皆んな貰えるのよ、だけど確かに貴重なものね」
「なぜそこまでしてくれるの? ここに連れて来てもらっただけでも十分なのに」
「……もちろん下心はあるわ」
う、何だろう? なるべくボクに可能なことで済ませて欲しい、お礼程度なら応えても良いと思っている、薬塗ってくれたし。
「実は、一緒にPTを組んでもらいたいの、まだ私一人なんだけどね」
聞くと、エメリーもボクと同じくPTメンバーを探していたようだ、エメリーは別の街から来たみたいで、同期も居ないこの街でPTを組むのに難儀していたらしい。
周りを見ても、スティレットを舐めてるモヒカンの男や、右頬に傷のあるようなアブナイ奴ばかりで、どうにも困り果てていたんだとか。
そこへ、冒険者風だけど無害そうなボクが、目の前でスライムをしばいていた、それで思わず飛びついてしまったという。
PTの申し出は、ソロに限界を感じていたボクにとっても有り難い。
「ボクも一緒に冒険してくれる仲間を探していたんだ」
「本当? じゃあ、私と組んでくれる?」
「うん」
「やった、美少年ゲットォ!」
そんな事を口走りながらまた抱きつこうとする、あぶない。
「でも、なぜ子どものボクなんかを?」
「可愛いから! もう一目惚れよ、ああ~、今日から毎日癒やされちゃうのね」
そんな理由でいいの!?
それにしても、この容姿のせいで今まで嫌なことしか起きなかったけど、初めて役に立った気がする、何はともあれ、新たなPTメンバーが獲得できたのだから。
「じゃあねユーノ君、私もこの宿に泊まっているから、しばらくしたらまた様子を見に来るね」
最後に濡れタオルを絞り直して、エメリーは自室へ戻った。
それから毎日、よく様子を見にきてくれるし、食事時には隣の冒険者ギルド内にある“ギルド食堂ジルミ”から、ごはんもテイクアウトしてきてくれた。
例の薬も塗ってくれる、それにしてもこの薬、正直、折れているであろう肋骨が一夜にして腫れが引き、痛みもかなり緩和されたのには驚いた。
強力回復軟膏について聞いて分かったのは、異世界の塗り薬は強力という事だ、病気には効かないけど、大抵の傷なら数日間で直してしまう。
ヒーラーが貴重な存在なだけに、軟膏を使うのが主流みたいだ、むしろボクのイメージ通りの回復魔法は、超天才でなければ使えないらしい。
「すごいね、この薬」
「まあ冒険者が使う、いうなればプロ用のものだからね」
エメリーの持つ強力回復軟膏は、一般に流通している中では最高級のものだ。
「実はこれ、この街に来た時に学校の実習で作ったものなの」
「このヴァーリーで?」
「そう、この街は薬草が特産なのよ」
どうやら聖なる森に近いこの辺境は、質の良い薬草が取れるようだ、世界中から薬草を求めヴァーリーへ冒険者や商人、研究者が集まるという。
「それで私も、薬草を研究して一発当て……、あ、いや、すごく薬草に魅力を感じてね、この街から冒険者を始めようと思ったの」
「ふーん、そうなんだ」
エメリーが強力回復軟膏を使ってくれたおかげで、三日目もしたら、普通に生活できるほど背中はなんともなくなっていた。
「治りかけが肝心なのよ、もうユーノ君は私のパートナーなんだから、ちゃんと治して貰わないとね」
言われた通り大事を取ってあと二日間、ギルド宿で安静にしていた、それにしても、五日程度で骨折が完治するなんて、さすが異世界だ。
・
・
全快となったボクとエメリーは、さっそく冒険者ギルドでPT申請した。
本当はわざわざPTを組まなくても、個々で勝手につるんでも良い、ただ冒険者ギルドにPT申請すると便利な事もある、報酬の分配やPT単位の依頼など手続きが楽になる。
ギルドの事務的な都合によるPT制度だけど、それによって冒険者同士の絆が強固になるものまた事実、日々行動を一つにし背中を預ける仲間の証明なのだから。
PT申請が終わったその場で、新たな依頼を受ける、といっても、手頃なのはゴブリン系しかないけど。
まずは新人らしく、新PTの様子見も兼ねて安全なものを選択した、ゴブリン十匹討伐だ、それでもボクが前に受けた依頼より討伐数が多く、完了報酬は良い。
さっそくゴブリンの森へ向かう。
怪我を負った前回の戦闘の反省を踏まえ、ボクはさらなる歩法術の向上を模索していた。
あの時は三匹もの敵の援軍に気付けなかった、影に潜む戦い方が基本のボクにとって、逆に潜まれたなんてあってはならない。
ボクの小さい体に取り回しの効くナイフ、本来、障害物の多い森の中は好条件が揃う、もっと自由自在に動けるはず、もっと影に潜めるはずだ。
やがて三体のゴブリンを発見した、他に敵の気配も無い。
「…………」
エメリーと目配せする、このゴブリンはボクが倒す。
木々の影に“潜んで”すぅと敵に近づく、音を立てないのも影歩きの技術だ、まあ、ボクは“気”を使えないので、すごく注意して歩いているだけだけど。
ゴブリンはボクに気がつかない、さらに三匹の死角になるように素早く移動し、そのまま木々を吹き抜ける風のように、自然に、音もなく、襲いかかる。
――ドサ、ドサ。
あっけなく二体のゴブリンが声もなく沈んだ。
ゲ?
三体目のゴブリンも、ボクに気づいたかどうか、という瞬間には、首がちぎれるほどナイフで突いてやった。
ボクは三体のゴブリンを、あっという間に倒すことに成功した。
「おー、ユーノ君強い! しかもカッコイイ! 暗殺者みたいだね」
暗殺者がカッコイイかは置いといて、実は、前回の反省点以外でも改善した事があった、それは猫背の構えだ。
さすがのボクも、うら若きお嬢さんの前で「ケケケ」と奇声を上げ、どどんまい出来るほどのメンタルは持ち合わせていない。
スピード歩法はそのままに、低重心だが半身に構えてカッコつけさせてもらった、ごめんねギラナ。
おかげでボクの改良フォームは好評価だ、どどんまいやらなくて良かった。
「可愛いだけじゃないのね! ああもうどうしよう」
エメリーは宝物でも見つけたかのように、キラキラした目で見つめてくる。
お言葉ですがエメリーさん、実はその通りなのです。
魔法も戦技も使えないけど、生き残るために何とか頑張ってきました、むしろ可愛いが一番の評価点なのが気になるところ。
「戦技が使えないのに凄いね」
エメリーには、ボクが戦技を使えない事は話してある、PT仲間に弱点を隠してもろくな事にはならない。
仮にからかわれたとしても、窮地で全滅するよりはマシだ、まあ、エメリーはそんなイジメをするような娘じゃないけど。
・
・
またしばらく探索する、この森のエンカウント率なら、今日中に複数回ゴブリンと遭遇することも可能だ、次なる獲物を求め森を彷徨う。
「ユーノ君、待って」
エメリーは突然ボクの歩みを制止した、どうしたんだろう?
エメリーは息を潜ませ一方向を見ている、当然敵を発見したものだと思い、その方向を見てみるが、何も居ない。
しかし、よくよく見ると遠くで何かが動いた気もする、長らく注視していると、それはやはりゴブリンだった。
ちょっと目を疑った、確かにゴブリンが二匹居るようだ、だけど、かなり距離がある上にヤブの向こう側で、この場所からじゃまず見えない位置だ。
それをエメリーはこんな遠くから見つけたというのか? 五感がパワーアップしているボクでも、この時点で気づくのは無理だ。
ソロリソロリと円を描くようにエメリーは回りこむ、その目は完全に獲物を狙う猛禽類のようだ、けしてターゲットを逃さない。
一定まで回りこむと、その肩に掛けた短弓を左手に取り、背中の矢筒からそっと矢を抜き番え、ゆっくりと弓を引く。
キリ……キリ……。
静かに弓がしなる、徐々に狙いの精度と引き分ける力が高まっている、エメリーは結構な間“ため”ていた。
息が詰まりそうな、静止した時が貯まる、そして。
「……シッ!」≪弓技:ピアシングアロー≫
プン! と、弦を弾き射出された矢が、森の中へ吸い込まれていった、直後、コーンという、矢が樹木に当る甲高い音が森に響き渡った。
「よし!」
エメリーは矢が飛んだ方向を見ながら、少し不敵に笑うと、そちらへ駆けて行った、ボクも後に続く。
矢は太い木の幹へ深々と突き刺さっていた、そして、その木の前には、胴体に拳大ほどの風穴が空いたゴブリンが二匹横たわっていた。
「一射で二匹を? すごい……」
「ふふーん、そうでしょ? 私だって結構やるのよ」
やっぱり異世界の戦技は凄い、それにしてもエメリーがこんなに獲物を仕留める能力が高いなんて、ボクの弓術とは雲泥の差だ、これが本職のアーチャーか。
驚愕と尊敬の眼差しを送っている先で、エメリーは「お、オカシイわね、くっ抜けない」と、幹に深々と突き刺さった矢を苦労して抜いていた。
「さっきの敵を発見したのも戦技なの?」
「ホークアイは特殊技能で戦技じゃないよ、“気”は使うけどね」
なるほど、“影歩き”や“なめり走り”みたいな準戦技なんだ。
でも、ホークアイというのはボクには習得できないな、高い身体能力で代用できる技と違い、一時的に視力を上げるなんて人間業じゃない。
今日は五匹討伐した所で街へ帰った。
この分では、ゴブリンが軍隊で出現しない限り問題なく倒せそうだ、しかも、エメリーのホークアイで索敵範囲が格段にアップしている。
もっと討伐数の多い、完了報酬が良い依頼でも十分対応できると分かった。
・
・
「あれ? エメリーどうしたの、今日はもう大丈夫でしょ?」
ギルド宿に戻ると、エメリーはボクの部屋へ一緒に付いてきた、背中の怪我は全快しているので、もうボクの部屋へ来る用事も無いはずなのに。
「今日からユーノ君と一緒の部屋にするわ」
「ボクと同じ部屋に?」
「ええ、そのほうがお得だからね」
一部屋を二人で使えば部屋代が節約できるという、だから今日からボクの部屋をシェアしようと言ってきた、随分一方的だが、金欠なのも確かだ。
これなら宿泊代は折半できる、ギルド宿側も、新人冒険者のみ、まだ資金が少ない事情を汲んで見て見ぬふりをしてくれるらしい。
ただし、部屋を必要以上に汚せば一発で出禁になる、つまり見逃してくれるのは宿屋の主人の温情だが、裁くのも主人次第、緩い規制の裏返しだ。
正直、もう少しお金を手元に置かないと貧乏性のボクは落ち着かないし、この宿は安いけど、それでも毎日はキツイと思っていた所だから、その提案は嬉しい。
「ボクも一緒がいい」
「じゃあ決まりね、さて、着替えるからちょっとむこう向いててね」
ああ、こういうのが面倒くさい、だけど、宿泊代が半分になるなら安いものかな、背中の怪我を治すのに高価な軟膏を使ってくれたんだ、少しは報いないと。
就寝時、エメリーは床で毛布に包まって寝ると言い出したが、さすがにそれは気が引けるので、同じベッドで寝ることになった。
こういう時、コンパクトなこの体が役に立つ。
そもそも、今回こうやって部屋代を節約できるのも、子どもの特権が発動しているからだ。
ボクが大人だったなら、エメリーは出会って間もない男の部屋へ来るだろうか?
それは考えにくい、それ以前に、そんな貞操観念のすっ飛んだ人はボクの方からお断りだし。
同じベッドに潜り込めるのも、部屋をシェアできたのも、さらにはエメリーとPTを組めたのも、つまりはボクが子どもの体だから可能になった事だ。
「スースー……」
エメリーの寝息が聞こえてくる。
「す~~フー、す~~フー」
うん? なんだか変な息遣いだな。
「エメリー、ひょっとしてボクの匂い嗅いでる?」
「あ、バレた?」
「匂いする? 臭いかな、もう一回シャワー浴びてこようか」
「えっ勿体無い、あ、いや、全然臭くないわ、大丈夫、ちゃんとお日様の匂いしてるから」
お日様の匂いって、ボクは猫か何かですか。
「本当? シープ族のケモ臭を嗅いでたんじゃないの?」
「ケモノ臭くなんてないわよ、いい匂いよ?」
「はは、いい匂いってのも変だけど」
やっぱりボクはシープ族と間違われているんだな、よし、ここは同じPTとして、本当のことを言ってみようか。
「実はね、みんなボクのことシープ族だと思っているけど、本当は違うんだ」
「ウソ!? これ脱着式?」
エメリーは、クイクイと、ボクのくるくる角を引っ張る。
「いや、コレは本物だけど」
コホン、気を取り直して。
「実はボク、シープ族じゃなくて魔神族なんだ」
「マ……ジン? ぷっ、マジンって何? あはは」
「はは……」
どうやら、この異世界に魔神なる種族は存在しないようだ。
ひょっとしてボクは、本当に魔神じゃなくシープ族なのかな? レティシアの体を隅々まで観察した時、ボクとシープ族の特徴に差異は見つけられなかったし。