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22 さらわれ(5回目)

 冒険者証の一件から翻訳能力が気になっていた、ボク自身でさえ気づけないほど、違和感なく会話ができる優れものだ。


 それで自分なりに色々と試していたら、翻訳能力の秘密に気がついた、この翻訳能力は一種のテレパシーのようなものらしい。


 そのため、知能の低い動物や魔物でも、大まかな意思をイメージとして捉えることができた。


 試しに野良犬に集中してみたところ、“めし、くれ”と言っているのが分かった、“コイツ、役立たず”という感情を放った後、どこかへ行っちゃったけど。


 これで得心がいった、一番初めに遭遇した赤眼オオカミは殺意のカタマリだと感じた、その言葉通り、魔物の思考は人間への殺意しかなかったんだ。


 現に、目の前のスライムでさえ圧倒的な殺意を振りまいている、意識を集中すると、“ちね”“ころちゅ”といったドス黒い意思に支配されていた。

 

 ただし、あくまで翻訳の範疇であり、喋った言葉、あるいはそれに準ずる行動がないと伝わって来ない、勝手に他人の頭の中を覗く事はできなかった。


 他にも、双方の世界にしかない名称はそのままだと思うし、ボクの書く文字は翻訳されないなど、仕方ないところもある。


 まあ、異世界転移の能力としては弱いと思う、それでも、魔物や動物の意志が読み取れるなんて、ボクにとってはすさまじいオカルト能力だ。


 大した使い道は思いつかないけど、気分だけでも転移者チートを味わえて、しばらくはご満悦だった。



 翻訳能力の実験をしながらの朝スライムも終わったので、今日はスライム依頼の合間でもできそうな、簡単な仕事を受けに冒険者ギルドへ向かう。


 ボクの国内B級ライセンスでも、高難易度のオーガ討伐も受けられる、でも、あんなのボクに倒せるわけないし、素直に豊富にあるゴブリン討伐にしておく。


 ゴブリン二体討伐、これにしよう。


 ゴブリン討伐は街から出ている依頼だ、街は大量にゴブリンを狩ってほしいので、討伐数の設定が多い依頼ほど完了報酬のレートが高い。


 だけど、ボクには二体くらいで丁度いい、一応、二体以上狩れたら余剰分も報酬がもらえるし、まずは様子見だ。


 さっそく依頼を受けて、ヴァーリーの南門へ向かう、街の中央にあるギルドから南門までは距離があり、歩くと時間がかかる、なので馬車タクシーを使う。


 馬車タクシーは定員四名ほどの小型の一頭馬車だ、街の外には出られないけど、ちょい乗りで行ける便利な交通手段だ。


 そして、南門へ到着した、街の外にはザコサPTと一緒にゴブリン狩りをした森が広がっている、その名も通称ゴブリンの森だ。


 いくらゴブリンの森といえども、街周辺の魔物はすぐに狩られるので数は少ない、沢山狩りたいのなら、ザコサPTのように馬車で遠くまで行く必要がある。


 だけど、今は丁度ゴブリンのリポップ周期に当たり、沢山出没する、それを発見しギルドに報告したのは、他でもないボクを含むザコサPTだ。


 ザコサPTの時、通常より短い期間で大量のゴブリンを狩れた、明らかに普通ではなかったらしい。


 それで、ボク達は森の変化をギルドに報告したんだ、おかげで今のギルドの依頼はゴブリンづくしとなっている。


 さて、ゴブリンの発見は早いほど良い、早く済ませたらスライム依頼へ移行できるからだ、もし一回でゴブリン依頼を終えれば、タクシー代だって節約できる。


 街道から外れ森の奥へ進む、ミルクの教えやザコサPTの経験から、自分で思うより自在に森を歩ける、あっという間にかなりの深部へ到達していた。


 この辺りでゴブリンを探したほうが良いだろう、スライム依頼も残っているので、あまり時間はかけられない。


 そう思った時、前方にゴブリンを発見した、おあつらえ向きに二体いる、二体ともまだボクに気がついていない。


 ツイてる、この二体を倒せばクリアだ。



 気づかれないように背後から近づく、完全に射程圏内に捉えた、ボクはなめり走りで一気に距離を詰める。


 一体目のゴブリンの背中へ、勢いのままにナイフを突き刺す、すかさず二体目のゴブリンの背中へ飛び移り、首をかき切る。


 二体のゴブリンは声を上げる間もなく絶命した。


 よし、気づかれる前に倒した、これで依頼は達成だ。


 ――ガサガサ!


「えっ!?」


 すぐ後ろで、枝を揺らす音が聞こえた。


 何か動くものがボクの背後にいる! ゾクッとして反射的に振り向く。


 だけど遅かった、振り向いた時にはすでに、何かのカタマリがボクの頭部へ衝突する瞬間だった。

 

 避けるとか、何かができるタイミングではなかった、その暴力のカタマリは、ボクの頭部にクリーンヒットした。


 ――バガッ!


 砕けた、木っ端微塵だ。


 しかし、木っ端微塵になったのはボクの頭ではなく、不意に現れた三体目のゴブリンの棍棒だった。


 ボクは振り向きざまに棍棒で頭を殴られたみたいだ、その棍棒はくるくる角にヒットして、粉微塵に吹き飛んだ。


 運が良かった、そういえばボクの頭は角で守られている、だけど、いくらくるくる角が丈夫だといっても、完全に衝撃を無効化できるわけはなく。


「うがっ……!」


 かなり大きく頭を揺らされ、その影響でガクっと膝が折れる。

 

 衝撃にふらつく視界を、ボクを殴ってきたゴブリンへ合わせる、すると、その向こうにも新たに二体のゴブリンが見えた。


 先に倒したゴブリンに加えて、新たに三体現れた、どうやら五体組で行動していたらしい、最初の二体に気を取られて仲間がいるなんて気が付かなかった。


 ギャギャギャギャーッ!


 新しい三体のゴブリンは、うずくまるボクに攻撃を仕掛ける、次々と棍棒が降ってくる、ボクはそれを、地面を転がりながら躱す。


 ――ボコボコッ、ボゴン!


 ボクを葬ろうとゴブリンは棍棒を叩きつける、一撃でも貰えば大事だ、ボクは朦朧とした頭で無理やり動く、恐怖に身がすくむのを振り切って地面を転がる。


 高速で回転する視界の中で、おそらく敵がいる方向へ当たりをつけてナイフを突き出す。


 徐々にゴブリンの攻撃の数が減ってきた、がむしゃらに出したナイフが少しずつゴブリンにヒットして、動きを封じ込めたんだ。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 やがて形勢は逆転した、ボクが立ち上がった頃には、逆にゴブリン達は足の健を絶たれて地面に転がっていた。


 ギャッギャッ! ギャブッ。


 動けないでいるゴブリンへ、一体ずつとどめを刺す。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 これで全部のようだ、周りに敵の気配はしない。


 危なかった、簡単な依頼のはずが、刹那の間に命を落としかねない状況へ変化した、ザコサの油断するなという言葉が身にしみる。


「うっ、ぐっ、いたい……」


 背中が痛い、どうやら全部の攻撃を避けるのは無理だったみたいだ、いつの間にか、棍棒の一撃を背中にもらっていた。


 頭は軽い脳震盪だろう、今はかなり回復している、でも、背中がズキズキする、これはちょっと、息をするのもツライほど痛い……。



 周囲の気配に気を配り、魔石を回収してすぐにその場を離れた。


「うう、背中が痛いよ」


 こんなに痛いんじゃ、戦うどころか動くこともままならない、ボクは街に帰ることにした、来るときに道標として作った手編みのリースを頼りに戻る。


 そして、なんとかヴァーリー南門へ辿り着いた、近くの馬車乗り場で馬車タクシーを拾う。


「すみません、冒険者ギルドまでお願いします」

「はいよ、うん? なんだいお客さん、顔色が悪いね」


 背中の痛みは大きくなる一方だ、ボクは相当具合悪そうにしているらしい。


「あの、病院とかありますか?」

「病院?」

「怪我とか病気とか治す」

「ああ、診療所なら近いが」


 馬車タクシーの御者に、この街の病院について聞いてみると、何軒かの診療所があることが分かった。


 だけど、治療費がすごく高い、ちょっとした打ち身でもすぐ何万ルニーにもなり、骨折などは十万からだという。


 下手をすると、ボクの持ち金がまるまる無くなってしまう、痛くても生活費を回すことはできない、怪我の治療はちょっと無理だ。


 とりあえず、ギルド宿で一日休んで怪我の様子を見ることにしよう、馬車タクシーには、やはりそのままギルドへ向かってもらった。


 冒険者ギルドで、今日倒したゴブリン依頼の精算をする。


「うん? 顔色が悪いようだけど、大丈夫かい?」


 受付のグレイゼスさんにも言われた、さっき馬車タクシーで顔色を指摘されたから、バレないように素知らぬ顔をしていたつもりだったのに。


「はい、問題ありません」

「そう、あまり無茶はしないようにね」


 グレイゼスさんに相談することはできない、いつもニコニコと優しそうだけど、このお爺さんはあくまで冒険者ギルドの窓口であって友達ではない。


 親しくもない人にペラペラと事情を話して、それ見たことか、などという展開にでもなったら、今後の冒険者活動にも支障が出る。


 依頼の精算を終えたボクは、となりのギルド宿へ戻った、部屋のベッドにうつ伏せに寝る。


 まだスライム百匹討伐の依頼が途中だ、期限まであと三日、それまでに残りを討伐しないと、やっぱり子供冒険者はダメだって事になっちゃう。


 依頼の多重受けはお金の効率がいいけど、こうなっては辛いだけだ、それに一人じゃやっぱり危ない、PTメンバーは必要だと感じた。



 朝、浅い眠りから目が覚める、昨日受けた背中のダメージは変わってない、それでも昨夜の発熱は下がって今は落ち着いていた。


 夜中に熱が出た時は、風邪とのダブルパンチかと思った、だけど違った、怪我のせいで発熱したみたいだ、そんなの初めての経験だった。


 重い体を引きずりながら宿のフロントへ行き、チェックアウトする、背中は痛いけど、どうしてもスライム討伐の依頼は済ませなくてはならない。


 そして、えっちらおっちらと歩き、やっとの思いでスライム水路へ到着した。


 少し崩れているカマドを組み直し、すぐに鹿肉を焼く、シューシューと肉が焼け始めると、トンネルの中からスライムが沢山出てくる。


 ボクはスライムブレイカー(桜の太枝)で次々とスライムを潰してゆく。


 このスライムブレイカーがなければ、依頼の達成はかなり厳しかったと思う、一匹に対してナイフを二十発も打ち込むなんて、考えただけでも背中に響く。


 それにしても、相手が弱いスライムで助かった、簡単な単純作業だから今のボクでもできる、お昼の長いインターバルは、木陰でずっと休んでいられるし。


「ふう、なんとか今日の分は倒せたぞ」


 そろそろ夕方だ、魔石を数えて宿に戻ろう。


 そう思って、しゃがみ込んで魔石を拾っていた時だった、ボクの体は、何者かにグイッと後ろから抱え上げられた。


「あんっ」


 胴体を抱きかかえられた勢いで、肺の中の空気が押し出されてへんな声が漏れた、だけど、それ以降はあまりの痛みに息もできない。


 ボクは巨漢の男の小脇に抱えられ、持ち去られていた。


 人気の無い薄暗い路地裏まで連れて行かれ、そこの石垣に押さえつけられた、怪我をしている背中に激痛が走る。


「はあっ」


 痛みで意識が遠のく、急速に狭まる視界に耐えながら巨漢を睨みつける、露出の多い服を着たブヨブヨとだらしない男だ。


 ブヨ男は不意にボクのパーカーをめくり上げ、服の中に頭を突っ込んだ。


 よく見ると、ブヨ男はしきりにボクのおっぱいをペロペロしている。


「えへ、えへ、じゅるり、れろれろ」

「あ、ああ……」


 ……なんだこれは、何が起きているんだ?


 どうやら、ボクのカラダが目当てのようだ、また女の子に間違えられたか? とにかく、どうにかしないとずっと痛いままだ。


 痛みに耐えながら、なんとかブヨ男の腕をすり抜け背後へ回りこむ、左手でその坊主頭を抱え掴み、素早く喉元にナイフを突きつけた。


「何をするの! ボクはこれでも冒険者だぞ!」


 めいっぱいドスを効かせた声で脅してやった。


「えへ、えへ、かわいい声、なんだな」


 自分の状況が分かっていないらしい、ボクはナイフをその首に押し当てた、もちろん、このまま引けば切れてしまうだろう。


「子どもだと思って甘く見ないでよ、おまえなんてゴブリンを殺るより簡単なんだから!」

「ひぃ、ごめんなさい、なんだな、がまんできなかったんだな」


 などと、やっと謝罪を口にした。


 痛い背中を我慢してスライム狩りに来たのに、こんな時に暴漢に襲われるなんて、もう泣きたい……というかもう涙目だ。


 ナイフを突きつけられたブヨ男は、息も絶え絶えに、失禁でもしそうな勢いだ、ううキモい。


 あんまり触っていたくないので開放してやることにした、背中も痛いし。


「二度としないでっ! 誰にやってもダメだからね、次は無いぞっ!」

「わ、分かったんだな、オカズも収穫できたから、もう帰るんだな」


 最後は何を言っているのか意味がわからなかったけど、とにかく、ブヨ男は謝りながら転がるように去っていった。


 ふう、それにしても、山賊の村での修行が役に立った、特に溢れるこの蛮族力、あんなセリフが言えるなんて、ボクもなかなかに男気レベルが上がってきた。


 そう、見た目は可愛い仔ひつじちゃんでも、ふんす!


 ボクは両手を上げ、勝利の余韻に浸ろうとしたが、背中が痛かったしやめた。


 そして、火の始末をしようと水路へ戻ってみると、カマドの輻射熱にヤラれて何体かのスライムがしなびていた。


 ……こういうやり方もあるんだ? スライムホイホイだな。


 さすがに火を焚いたままでは帰れないので、後始末をしてギルド宿へ戻った。



 また一夜が明ける、背中の痛みは相変わらずだ。


 本当は安静にしていないとダメなんだろう、これでは治らない、でも、スライムの依頼もあと少しなんだ、上手く行けば今日終わる。


 何気にスライムの水路もギルド宿から距離がある、でも馬車タクシーの運賃もバカにならないので、がんばって歩く。


 ふう、着いた、あと十匹狩れば終わりだ。


 これさえ終われば養生できる、数日は冒険者家業を休むことになるが仕方ない。


 スライムは今日も大漁だ、炙られた鹿肉の匂いにつられて沢山出てくる、ボクは、それをスライムブレイカー(桜の太枝)で待ち受ける。


 スライムは先頭から順繰りに潰されているのに、まるでベルトコンベアーで流れてくるように等速で迫ってくる。


 ボクは四つん這いになって、流れ作業のように、先頭のスライムからぺったんぺったんしてゆく。


 眉間にシワを寄せながら集中して、順調にぺったんぺったんしている時だった。


「きゃー、なにコレかわいいー!」


 突然、近くで女の人の声がした。


 なんだ? そう思って頭を上げた瞬間。


「ふぐっ!?」


 ガクッと体が揺れた、視線を下げると、ボクの胴に後ろから手が回されている、昨日の暴漢に続いて、またもや抱きかかえられていた。

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