21 ソロ狩り
「じゃあ元気でなユーノ」
「うん、バイバイ」
ザコサ達とは、ゴブリン討伐の報酬を精算してギルドの前で別れた。
ゴブリンは一匹あたり一万ルニーの討伐金が出ている、そして、今回の依頼達成ボーナスとして十万ルニー、加えて魔石の下取りは一個二千ルニーだ。
二十九匹分と完了報酬を四人で割って、一人頭九万七千五百ルニー、それにボクの魔石が六個分で、合計十万九千五百。
そこから馬車のチャーター代の一万を差し引く、今回の討伐依頼では、最終的に十万ルニーものお金が手に入った。
ほぼ二日で十万円だ、冒険者って日銭を稼ぐには最高だな、命がけだけど。
さて、ボクはギルドでまだやることがある、当初の一番の目的、冒険者登録だ、再びギルド窓口へ戻り、受付のお爺さんに冒険者登録の申請をする。
「すみません、冒険者登録できますか?」
「はい、出来ますよ、ボク随分強いんだってね? ではこれが冒険者証(ギルドカード)発行の書類だよ、ここに記入してね」
ザコサ達のおかげで、子供のボクでも問題なく審査を通った。
早速書類に必要事項を書き込む、ふーむ、住所とかは無いので書けない、とりあえず記入できる所だけ、こんな感じかな。
なまえ:神代優乃
年齢:二十歳
住所:
種族:魔神
職業:魔王
得意武器:ナイフ
特殊技能:
その他備考:
影歩きとなめり走りは武技ではないから、ここには書かない方が良いのかな? なんだか、あっさりした申込用紙だけど仕方ない、これで提出した。
「ちょっとキミ、これじゃ分からないよ、文字は書けるのかい?」
「えっ?」
受付のお爺さんは、ボクの書いた文字が読めないと言う、やっぱり、この異世界では日本語は通じないんだ。
ここまで会話は普通に出来ていたし、街中の看板や書類の文字だって日本語として読めた、だから、何の疑いもなく申請用紙に日本語で記入した。
でも、これでハッキリした、やっぱり翻訳能力を使って会話をしていたんだ、その中で、ボクの手を離れてしまう文字だけは翻訳能力が乗らないんだ。
「あの、ボクこの国の文字が……、代わりに書いてもらえますか?」
「はい良いですよ」
良かった、このお爺さんは基本的に優しい、代わりに書いてもらう。
「ではフルネームを言ってくれるかな」
「神代優乃です」
「くま、くま?」
「くましろゆうの、名前がゆうのです」
そんな調子で伝えて、冒険者証が出来るまで、およそ三十分程度待った。
「はい、これがキミの冒険者証だよ」
出来上がった冒険者証は、ハガキよりひと回り小さい厚紙製のカードだ。
デルムトリア国内B級ライセンス
なまえ:ユーノ
年齢:十歳
住所:
種族:シープ族
職業:
得意武器:ナイフ
特殊技能:
その他備考:認定者、冒険者ギルド、ヴァーリー支部副所長、グレイゼス・マキシマム・ロンド
なんか、ボクの伝えた事と違う、フルネームを言ったのにユーノだけだし、種族も魔神じゃなくシープ族にされている、職業の魔王などスルーだ。
特に気になるのは、年齢が十歳になっていることだ、せめて身分証だけでも二十歳にしたかったのに、悲しい。
お爺さんは子共のボクに気を利かせて、勝手に“まともな冒険者証”にしてしまった、こんなに適当で身分証として効力があるの?
受付のお爺さんが副所長のグレイゼスさんのようだが、この人が言うには、ギルド印があればそこそこ信用はされるみたいだ。
「さ、無くさないように首にかけてあげよう」
グレイゼスさんは、冒険者証に紐をつけてボクの首に掛けてくれた、なんだかラジオ体操カードみたいになっちゃったけど。
とりあえず、これでボクも冒険者だ。
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冒険者証に書かれた国内B級ライセンスの文字、やっぱりランク制度もあるみたいだ、また後で調べよう。
当面の間は資金集めと仲間の確保になる、それでPT募集をしようと思ったんだけど、そんなサービスは無いらしい。
冒険者の仕事をしながら自分で仲間を見つけることになる、仕方ない、仲間集めは追々やるとして、早速仕事の依頼を見てみよう。
やっぱり冒険者といえば魔物討伐だ、ボクはカウンターに並べてある依頼書一覧を眺める。
ゴブリン討伐、えーとこっちもゴブリン、全部ゴブリンじゃないか。
一つスライム。
目新しいものはスライムの討伐依頼だけか、別にゴブリンじゃダメと言うわけではないけど、たまにはゴブリン以外のやつ狩りたい。
スライムの依頼書を手に取る、なるほど、水路にスライムが増殖し、雨が降ると詰まって水路が氾濫するので、駆除して欲しいという依頼だ。
スライム百匹討伐、又は殲滅、期間は七日か、百匹の魔物を倒すなんて大変な気がするけど、相手はスライムだし。
初心者のボクでも大丈夫だってグレイゼスさんも言ってる、ゴブリン狩りと比べて報酬は低いけど、その分難易度は低そうだ、よし、これを受けてみよう。
窓口に依頼書を提出し、ギルド印を押してもらって控えを受け取る、正式な冒険者としての初仕事だ、がんばるぞ。
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今回の仕事は一般の人から依頼されているため、始めに依頼主宅を訪ねる、場所は中流家庭の民家が立ち並ぶ住宅地だ。
依頼主のお宅を訪ねると、出てきたのはお婆さんだった。
「こんにちは、冒険者ギルドから依頼を受けてきました」
「お前が冒険者なのかえ?」
「はい」
「ハン! 子供なんかを寄越して、ギルドはどういうつもりだい」
子供の冒険者に不信感を持っているみたいだ、もっともだと思うけど、それにしても無愛想なお婆さんだ、もうボク心折れそう。
一応、スライムが詰まる水路を教えてもらったので、一人現場へ赴く。
上流は石積みのトンネルになっていて、この中にスライムが居るみたいだ、トンネルは狭くて小柄なボクでも入っていけない。
覗いても暗くてスライムらしき魔物は確認できない、討伐数百匹とあるからワンサカ居るはずなんだけど。
水路横の道路に戻って、どうするか考えていた時、一匹のスライムがトンネルから道路に這い出てきた。
これがスライムか、バレーボールを半分にしたほどの半球体で、薄青く透き通っている、まるで大きな水饅頭だ。
日に照らされたスライムはキラキラしている、ぽよぽよと動きも可愛い。
「わー、なにこれキレー」
思わず手を伸ばしそうになったけど、ボクは踏み留った、危ない、これが魔物だということを忘れてはいけない。
ミルクの教えでは、魔物は総じて人間に害をなす存在だという、このスライムだって、下手に近づけば何かしら攻撃されるかも。
透明でキレイなボディも、ボクのような子供をおびき寄せるための、攻撃型擬態かも知れない。
ボクは腰のナイフを抜き、何が起きても対応できるように高速戦闘の構えを取る、どどんまいポーズのボクとスライムとのにらみ合いだ。
じりじりと間合いを詰める、スライムとの距離が二メートルと迫った所で、そろそろ一気にカタを付けてやろうとタイミングを計った。
その時だった、後方から一人のおっさんが、ボクの横をすり抜けて行った。
危ない! 足元のスライムに気がついていないのか? そう思った直後、おっさんはボンっとスライムを蹴飛ばした。
「あーっ」
思わず声が出た、蹴飛ばされたスライムは、空気の抜けたボールのように力無く吹き飛んで、水路の中にボチャっと落ちた。
「あー……」
スライムは川の流れに身を任せ、のろーっと流れてゆく。
「おお、スライム採集だったか? てっきり苦手なのかと思って、悪いな」
おっさんはそれだけ言うと、何事もなかったように歩いて行った。
ボクのスライム一号が……、水にぷかぷかと流されるスライム一号は、その透明なボディーのため、水にまぎれて見えなくなってしまった。
でも、これで分かった、スライムには俊敏に攻撃する手段は無さそうだ、まだ油断はできないけど、次に現れたらもっと積極的に攻めても良いだろう。
大分経ってから、やっと二号が出てきた、落ちていた木の枝でスビズバしばいても何もしてこない。
思い切って触ってみる、ビニール袋にジェルを詰めたような感触だ、柔らかさはおっぱいに似ている。
ひょっとして攻撃能力は無いのか? そうと分かればモミモミもここまでだ、スライムの脳天? へと、ブスリとナイフを突き立てる。
意外にも一突きで倒すことはできなかった、何回もぶすぶすと刺す、ゼリーに刃を入れているような手応えで、ダメージが通っているのか非常に分かりづらい。
結局、ニ十回もぶすぶすした所で、やっと倒すことができた。
死んだスライムは、じわ~っとしぼんで道路に広がり、水となって土に吸収されてゆく、後には小指の爪先ほどの小さな魔石が残された。
その後もスライムが出てくるのを待ったが、結局、夕方までに倒せたのは四匹だけだった、こんなペースでは七日間の期限で百匹も倒せない。
「参ったな……、あれ? ああっ!?」
いつの間にか、水路脇に置いたボクの荷物にスライムが三匹群がっていた。
「このっ、このっ」
ミルクから譲ってもらった大切な冒険者道具だ、荒らされる訳にはいかない、すぐさま三匹を退治する。
被害状況を確認してみる、特に問題は無いみたいだ、ただ、お昼に食べ残した鹿の燻製肉が散乱していた。
もしやと思い、トンネルの入口付近に肉を散らす、すると案の定、肉の匂いに誘われてスライムが数匹出てきた、なるほど。
とりあえず、今日は遅いから帰ろう、明日からは鹿肉を使ってスライム攻略だ。
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ギルドが運営している宿がある、飾り気のない質素な作りで、宿泊以外の設備もない、だけど安い。
旅を続ける冒険者の強い味方だ、ボクもギルドに隣接している宿屋、“北の宿り木”へ泊まることにした。
ネカフェ並に安いけど、それでもボクの収入で毎日はキツイ、スライム退治の報酬程度ではカツカツだ、もっと実入りの良い依頼をこなす必要がある。
しかし、ゲームの世界と違い、人の力がレベルアップで劇的に強くなる事はない、次から次へ報酬の高い強力な敵へ鞍替えしていくようにはいかない。
特にボクなんか戦技や魔法が使えないのだ、これ以上の戦力アップも難しい、高額報酬のオーガあたりを獲物にするには、やはりPTを組む必要がある。
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今日も、朝からスライム水路へやって来た、昨日、肉でおびき寄せた事を踏まえ、秘密兵器を用意してきた。
トンネルの近くに石を積み上げて、小さなカマドを作る、ギルド内にある雑貨屋さんで買ってきた網焼き用の網を載せ、鹿肉を焼く。
すると、トンネルの中からぽよぽよと、沢山のスライムが匂いに釣られて出てきた、思った通りだ。
さっそく、寄ってきたスライムを片っ端からブスブスと突き刺してゆく、一匹につき二十回は刺さないと退治できないのが結構疲れる。
しかし、十匹ほど倒したところでスライムは打ち止めとなった、その後、何度か鹿肉を燻してみたけど、もう出てこない。
カマド作戦もダメかと焦ったけど、夕方、帰り際にもう一度鹿肉を焼いてみたら、またワラワラとスライムが出てきた。
どうやら、時間を空けないと次のスライムが出てこないみたいだ。
多分、水路の奥に潜んでいるスライムが、肉の匂いの届く範囲まで出てこないとダメなんだ、それまで待っていないと。
スライム討伐に戦闘技術は必要ないが、ゴブリン討伐と比べると面倒くさい依頼だ、命をかけない依頼も相応の労力が必要ということか。
でも、仕事だからちゃんとやらないと、依頼を途中で放り出したら信用はなくなるし、ペナルティが課せられて、冒険者カードに傷がつく。
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三日目の朝、また鹿肉の仕掛けを作る。
「おい、お前さん」
「へ?」
不意に声をかけられた、依頼者のお婆さんだ、相変わらずの無愛想。
「本当に冒険者ギルドから来たのかえ?」
「は、はい」
「まったく、こんな子どもが冒険者だなんて世も末だよ、それでどうなんだい、スライムは掃除できそうかい」
「えーと、多分」
「なんだいハッキリしないね、ちゃんとしてくれないと困るよ? ほらこれ使え、じゃあしっかり掃除しとくれよ」
ぶっきらぼうにそう言って、お婆さんは木の棒を置いて家に帰った、ちゃんと仕事をしているか様子を見に来たのだろう、ボクあの人苦手だな。
それにしても、この棒は何だろう? 長さ五十センチほどの丸い棒だ、桜の太枝を切っただけのように見える、カマドの薪にしろってことかな?
再び火を起こし、鹿肉の香ばしい匂いを発生させる、すると、すぐにスライムが十匹ほど釣れた。
さて、気を取り直して今日も沢山狩るぞ、ボクは水路から出てきたスライムめがけ、武器を振り下ろす。
ボゴッ!
打撃音と共に鈍い感触が手に伝わる、もう一撃、ボグッ! スライムはたった二撃で形が崩れ、水へと姿を変えた、これは調子がいい。
ボクが新たに装備した武器、それはお婆さんが持ってきた太枝だ、まさか薪になどしない、わざわざこのために木を切って持ってきてくれたんだ。
面白いほどに呆気なくスライムは潰れる、ナイフだと突きまくらないと倒せないのに、木の棒だと楽ちんだ。
あのお婆さんは知っているんだ、ナイフでやるより鈍器で殴ったほうが効くと。
考えてみれば当たり前だった、お婆さんはここの住人だ、昔からスライム問題と向き合ってきたのだろう。
お婆さんは、今まで自分でスライムを退治してきたが、寄る年波には勝てず、今回は冒険者ギルドに依頼したんだと思う。
この桜の太枝を見ると感心する、スライムを叩くには太すぎず細すぎず、一番ダメージを与える太さだ。
なにも、伝説の武器だけが最強ではないんだな、まあ、ある意味これも、お婆さんの経験がなせる伝説の武器には違いないけど。
託された特攻武器、スライムブレイカー(桜の太枝)を手に、楽々とスライムに引導を渡してゆく。
依頼の期限まで四日ある、スライムブレイカーとカマドを使った狩りなら、目標の百匹まで楽に達成できるだろう。
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「どっこいしょ」
次のスライムが装填されるまで、木陰に腰掛け待機する。
それにしてもインターバルが長すぎる、朝に倒して次は夕方だと、昼間がまるまる暇になる。
その時間に他の依頼もこなした方がいい、駆け出し冒険者のボクは金欠なんだ。
明日、朝スライムが終わったら、新しい依頼を貰いにギルドへ行ってみよう。