02 さらわれ(1回目)
「遭難編」
暗い森で一人、泣きベソをかいているショタ主人公ちゃんです。
※本編は一人称視点になります。
背中がゴツゴツと収まりが悪い、寝ぼけてベッドから落ちたのだろうか? 窓も開いているようで冷たい風が体を撫でてゆく。
まだ寝ていたいのに仕方ない、ボク(神代優乃)は観念して目をさますことにした。
朝日に目をしぱしぱさせながら辺りを見回す、その瞬間、予想外の事態に眠気も吹き飛んだ。
「ここは!?」
ボクの部屋じゃなかった。
「……え? どうしてこんな所に寝ているの?」
見知らぬ森の中で寝ている、しかも地面に直接。
自分の置かれている状況に頭が追いつかない、見渡す限り杉のような木々に囲まれて、辺りには誰もいない、ボク一人だ。明らかに普通じゃない。
それに、なぜかここだけ少し森が開けていて、まるでストーンサークルみたいに、石が円に並べてある。
「まったく、こんな所に寝かせて……」
不安と恐怖に支配されそうになりながらも、寝起きのはっきりしない頭で思考を巡らす。
なぜこんな場所にポツンと一人いるのか、おそらく家で寝ていたボクを誰かがここまで運んできたんだ。
これはきっとドッキリだ、やりすぎだと思うけど、こんな馬鹿げたことを仕掛ける人物にボクは心当たりがある。
朝っぱらからやるせないと感じながらも、その仕掛け人へと声をかけた。
「おーい、お姉ちゃんなのー?」
こんなイタズラをするのは姉達しかいない。姉もいい歳だけど、小さい頃から散々やられてきたことを考えれば、今さら何をしでかされても不思議とは思わない。
少し声の調子が悪いかなと、喉をさすりながら、一度ではダメかと何回か呼び叫んでみる。
「おーい誰かー、いないのー?」
誰も出てこない、辺りには人の気配は全くしなかった。
おかしい、十分な“間”は過ぎたはず、そろそろドッキリのネタばらしに姉達が姿を現して、ボクを囲んでバカにしてもいい頃合いなのに。
「誰もいないの~?」
……しばらく待っても何の気配もない、情けなくキョロキョロする。
仕方ないので、変化があるまでこのまま待つことにした。
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ずっと待っていても誰も来ない。喉が渇いても水もないし、それどころか昨日寝落ちした姿のままだから何も持っていない。
寝落ちした姿、つまりは部屋着だ。フリース素材のパーカーと黒いジャージズボン、内に無地のTシャツとボクサーパンツ、その四枚の衣類で全てだ。
靴も履いていないのだから、こんな森では歩くこともままならない。そう思って、自分の足元を確認する。
すると、部屋着が随分とブカブカなことに気がついた。
「あれ、なんかヘン?」
ズボンをたくし上げてみる。
「えっ!?」
足が……小さい? 違和感なんてものじゃない、異変を感じるほどにおかしい。
すぐに身体を両手で確かめる、肩を掴むと筋肉も薄くて弱々しい、その肩を触る手でさえ小さくて。
元々華奢な体つきだったけど、これはそんな次元じゃない、とても成人とは思えない体格。いや、骨格からして子どもになっている?
二十歳だったボクの体は、小学生程度の子ども体型にまで戻っていた。あまりに突拍子もない出来事に、どうして良いのか分からない。
「おねーちゃん! おねーちゃん!」
気が動転して、近くにいるであろう姉を呼ぶ。しかし現れない、もうドッキリとかそんなのどうでもいい、すごく異常なことが起きている。
心臓が激しく鳴る、冷たい脂汗が額を流れる。それが不安からくるものなのか、体の異常のためなのかも判別できないほど混乱していた。
一体何がどうなったのか、落ち着くまでにかなりの時間を要した。
「ボクって子供だったっけ?」
馬鹿な現実逃避を繰り返しながらも、時間の経過に頼って少しずつ正気を取り戻すしかなかった。
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「あー、あー、どう考えても子供の声だ」
やっと落ち着いてきて、声の調子もおかしい事に気がついた。
寝起きから混乱していて気が付かなかったけど、多分、最初から声色もおかしかったはずだ。
声も両声類などと言われ、カラオケで女性ボーカルを自然に歌い上げるくらい女声だったけど、今はもっと高音で幼い、完全に変声期前の子供の声だった。
何が起きているんだ、病気とか、怪奇現象? もう泣き出したい気分だ。
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「おしっこ」
誰の気配もしない、木々がさざめく音しかしない森の中で、わざと静寂を破るよう声に出して心細さを紛らわす。
ちょろちょろちょろ……。
ちゃんとついてる。さすがに性別まで変わっていたら、ボクの精神は完全に壊れていたかもしれない。もうギリギリだった。
それにしても。
「これはモザイクいらないな」
用を済ませ、可愛らしいものを仕舞う。腰ゴムだけではぶかぶかなズボンを、元から備え付けてある腰紐を絞って、ずり落ちないようにしておいた。
他にすることもなく、ストーンサークルの石の上に腰掛けて一息つく。休むと言っても、今日はこのストーンサークルから離れていない。
この狭い空間だけど、おかげさまでというのも変だが、色々起きたせいで時間はあっという間に経過していった。
すでに夕方になってしまい、流石にお腹が空いてきた。でも、まだ体力的には問題はない。
ただ、超常的なことが起こっている中で、精神は削れに削れまくっていた。
「つかれた……」
夕闇も深まり辺りは大分暗くなってきた。空が開けたサークル内はまだマシだけど、森の中はすでに闇に包まれている。
「これじゃ、ボクを迎えに来る人も大変じゃないかな」
なんて、独りごとを言ってみる。
薄々は感づいていた、ボクをここへ連れてきたのは姉達ではないことを、誰も迎えになんて来ないことを。もう、あと少しで本当に夜になってしまう。
「誰か~、いませんか~、もう出てきてくださ~い」
森の闇に、虚しく声が吸い込まれてゆく。
「おーい! なんでも良いからもうやめて下さい! 誰か、誰かたすけて!」
誰も来ないことが確信めいてきたところで、ボクは、救助を要請するために大声で叫んだ。しかし、当然のように何も反応はなかった。
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空には星が一つ、二つ、今夜は曇っているらしい。森があった場所は完全に黒で、そこまでの距離すら掴めない。
一日を振り返ってみて、理解を超えたとんでもないことが起こったと思う。
だけど、これからどうするか、人が来ないのならば、食料も無いここにいても仕方がない、移動する必要がある。
「無理だよ……」
暗く深い森に目をやり、ため息をつく。着の身着のままで森を歩くなんて、ボクにそんな勇気あるわけない。
夜の闇と冷え込みから身を守るように、縮こまる。
……今日は心が疲れた、もう寝ようか。暗闇の中で何もできないのもあるけど、考えることも一旦休んで明日にしようと思う。
今朝みたいに、寝て起きたらまた別の場所にいて、うまくしたら自分の部屋かも知れなくて。そんな妄想をしながら目を閉じる。
絶対そんなことにはならないだろうなと、根拠はないが断言できるけど。
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目が覚める、朝になったみたいだ。やっぱり移動なんてしていなかった。
変わらず森の中だ、夜露が衣服に染みてすごく寒い、こんなとこに何日もいたら凍え死んでしまう。
この異常な状況下でジッとしていてもダメだ。誰も来る様子はないし、もうこの場を離れて自力で森を脱出するしかない。
怖いけど、このままだと死んじゃう。ボクは、このストーンサークルから出ることを決意した。
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森の中は、杉の木の樹冠が天井を作っていて薄暗く、地面の土もひんやりとしている。腐葉土なのか幸い地面はやわらかい、素足でも何とか歩けた。
木々の隙間から大きな山脈が見える、それを背にして歩いてきたが、いくら進んでも景色は変わらない。
本当にここはどこなんだ、こんな平坦で広大な森が日本にあるのか?
時折、助けを叫んでみるが、人の気配などまるでしなかった。それどころか動物も見かけないし鳥の鳴き声もしない、虫すら見つけられなかった。
さらに恐ろしいことに、これだけ歩いて、杉の木以外の植物を見かけない。
「もうイヤだ、誰か、たすけて」
昨日、森で目覚めて、子供の体になって、そして今も、奇妙な出来事は続いている。
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「はあ、はあ、おなか減った、水……」
普段ゲームばかりしているんだから、たまの外出が森の探索では無茶も過ぎるというもの。子どもの体では歩くのも辛い、ここまででもよく歩いたと思う。
木漏れ日の角度を見るに、昼間などとうに過ぎている、何も発見できないどころか、まったく変わらない風景。
いよいよマズい事態になってきた、飲まず食わずでこれだけ動いては、すぐに脱水症状になってしまう。
無理に急ぐと危険かもしれない、体力を温存しながら行こう。杉の幹に背を預け息を整える。
「これ、杉じゃないんだよね」
杉の木だと思っていた樹木は、とても説明のつかない気持ち悪い物体だった。
樹皮をめくると、血液がゆっくりと脈動しているように、茶褐色の線が浮かんだり消えたりしている。
不思議と目を凝らしても樹木に沈むように消えてしまって目で追えない、すごく怖い。とりあえず恐怖を緩和するためにキモ杉と命名した。
何かとんでもない怪奇現象に巻き込まれた気がする、そういうの苦手だからやめて欲しい。
それに、早く森を脱出しなければ本当に食べ物が困ることになる。
……現地調達。それはボクの能力的にも、キモ杉しかないこの状況的にも無理だ、絶望的だ。
やがて再び夜が近づく。森の中はまるで舞台が切り替わるかのように、急速に暗くなってゆく。
視界が悪くなるのに焦り、急いで地面に落ちているキモ杉の小枝や葉っぱをかき集めて、夜をやり過ごすためのシェルターを作った。
昨日はそのまま寝たらすごく寒かった、なんとか布団代わりにできるほど小枝や葉っぱを集めて、体の上にかぶせる。
天井の隙間から見える空には、まだ色が付いているのに、森の中は真っ暗になってしまった。これだけ暗いと一歩も歩けない、夜の移動は不可能だと思う。
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気がつくと辺りはすでに白んでいた。子どもの体というのもあるが、相当疲れていたのだろう、かなり深く眠っていたみたいだ。
この森に連れてこられて三日目だ、今日どうにかしないと後がない。
十時間以上は寝たはずなのに、体力は思ったほど回復していなかった。ボクの小さな体はあちこちが痛み、軋むようだ。
近くに落ちていた枝に手を伸ばす、この百五十センチほどの棒は杖になりそうだ。棒を頼りに立ち上がり、再び方向を確認して歩き出した。
昨日と同じく、何も変わらない風景の中を歩く。殆ど杖に寄りかかるように進むが、すでに足はガクガクと定まらない。
寝て回復した体力はあっという間に底をつき、おまけに、栄養不良で明らかに体調に異常をきたしている。さっきから視界が回りだして。
さらに歩き続けていたが、ふらついて転んでしまった。
少しでも前に進まなければ、そう思って四つん這いの姿勢まで起き上がる。でも、そこから一歩が出ない、立ち上がれない。
何分経ったろう、この体勢で固まったままのほうが疲れるかもしれない。だけど、もう押すも引くも億劫になって動けなくなった。
キモ杉の間を通り抜けてゆく風が体を撫でる。風に揺らされた木々が静かにさざめく。それも景色と同様、ずっと変化のないことだ。
どうせ他に何の音もしない。そう思いつつも耳を澄ます。
……? ふと、変化がないと思っていた周囲の音に、重なるように別の音が混じっているような気がした。
ハッキリとは分からない、でも、木々が風に煽られて波のように大小を繰り返す音とは別に、それは一定の音量で聞こえている気がする。
そう思うと、自然と体は起き上がり、いつの間にか音の方向へ歩き出していた。
「聞こえる、やっぱり聞こえる」
握りしめていた杖で、地面を掻くようにして進む。
「水の音が聞こえる、水が、流れる音が聞こえる!」
時折、ガクリと力が抜けて沈み込む体を、無理矢理に押して進む。そして、やっとその音がする場所が見えてきた。
ウチのショタは生意気なことはしません。基本的に素直で従順です。また、物語中に歳をとってショタじゃなくなる、なんて展開もありません。