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12 山間の村02

 早速、午後からミルクに狩猟を教えてもらう事になった、一度大部屋へ戻り昼食を済ませ、早めに狩猟訓練所へ向かう。


 訓練している人は居なかったけど、すでにミルクは先に来ていた。


 ミルクは新たに長剣を装備している、モデル体型かつ筋肉質なミルクは、それだけでもサマになっていてカッコ良い。


「まずはエモノだ、どれが使いやすいか手に取って確かめてみろ」


 射場にある何種類かの弓を前にミルクは言った、射場には当然弓しか置いてない、しかし、ボクは弓ではなく剣術を教えてほしいのだ。


 さっき木剣でテストしたこともあり、隣にある剣術の練習場で訓練するものだとばかり思っていたのに。


「あの、剣の練習をするんじゃないんですか?」

「剣でどうやって狩りするんだ、普通は弓で狩ってナイフで捌く、直接的にはその方法だな、後は主に罠だ」


 言われてみれば確かに、剣を振り回して動物を追い回す狩人なんて聞いたことがない、想像すると滑稽だ。


 昨日、子ども達の剣の練習を見学した時から、ボクの心は剣に囚われていたようだ、でも、さっきは木剣でテストしたのに。


「力の強さを見ただけだ、力があると言ってたからな、たまたま木剣だったが、べつに棒でも弓でもかまわない」


 なんだ、本当にただの身体能力テストだったのか、木剣を握っただけでその気になっていたボクがバカみたいだ。


 だけど、今のミルクの装備は近接戦闘用のものだ、必要だから剣を携えてきたのだろうし。


「ここらにも魔物が出没する、人里から出るなら武器の携帯は必須だ、そんなことも忘れているなんて、記憶喪失とは案外やっかいなものだな」


 魔物対策か、いちいちもっともだ、魔物のことを失念していた、キモ杉の森で異世界の洗礼を受けたと言っても、まだまだボクは平和ボケしている。


 本当は記憶喪失ではないけれど、異世界の住人から見れば、ボクは記憶喪失と変わらないレベルで常識が無いのかもしれない。

 

 狩りをしながら剣を学ぶという、都合の良いことにはならなかった、この状況でどっちも習いたいというのは図々しい、今は狩りに専念しよう。


 とりあえず弓を選ぶ、目の前に並べられた弓はどれも強力なものだった、ボクが選んだ弓も引き強さはかなりの重さだ。


 まるで話に聞く戦国時代の弓のようだが、実践で使うならこの程度の威力は必要なのかもしれない、しかし、この重い弓も、今の強い力なら引ける。


 実は、和弓なら、昔ちょっと引いたことがある、その時のコツと今の力を使って練習する。


 洋弓に似たコンポジットボウを和弓のように引き分け、放つ、強力な弓の弦が、耳元で聞いたことのないレベルの風切り音を発する。


 強い力で放たれた矢は、三十メートル先の巻藁まで直線で飛んでゆき、バズッと、中心に深々と突き刺さった。


「よしいいぞ、上手いじゃないか、珍しい型を使うが良く当たるし問題はない」


 やはり、今のボクにはこのくらいの弓で丁度いい、狙いやすいしミルクにも褒められた。


「ではその弓を使わせてもらえ、優乃は一ヶ月ほどで村を出て行ってしまうんだろう? 道具を一から揃える時間も惜しい」


 ボクは予備の弦二つと矢筒に矢を五本持って、さっそく実践へと向かうことにした。



 練習場の裏手はすぐに山だ、ちょっとした茂みを抜けるとあぜ道がある、そのあぜ道を拠点に、少し森に入っては探索してを繰り返す。


 さっきから動物は結構見る、どれも狩るチャンスまでには至らないが、かなり野生というか、獲物が豊富な場所だった。


 聖なる森とは真逆な、生命溢れる恵みの山だ、こうでなくっちゃと、サバイバル経験も無いのにワクワクしてきた。


 スッとミルクが静かに指をさす、その先には狸のような動物が、こちらに気づかず土に鼻を近づけ、フガフガしている。


 距離にして一五メートルほどだ、ボクは、静かに腰裏の矢筒から矢を一本取り出し、弓に番えて引き絞った。


 ブン、と弦が弾かれた音に、狸の耳がピクリと反応した、しかし、豪速で近づく矢から逃げることは叶わなかったようだ。


 矢は見事に命中した、胴体の真ん中に深々と矢を刺した狸は、そのまま逃げ出したが、少し走るとすぐに横倒しになった。


 やがて痙攣し始めた狸に、「よし」とミルクが近づき、ナイフで解体してゆく、狸はあれよあれよと身ぐるみを剥がされ、毛皮を回収された。


「上出来だぞ優乃、それに、こういうのも大丈夫なようだな?」

「え? はい、なんとか」


 生き物を殺し、目の前で解体した事を言っているんだ、もちろんボクにグロ耐性は無い、でも、赤眼オオカミを素手(石)で殴り殺したことのあるボクは、生き物の死について、ある程度の覚悟ができているみたいだ。


 更に探索を続けていると、すぐにイノシシを発見した、中程度の大きさのイノシシは、矢を打ち込んでもなかなか動きは止まらない、結果四本もの矢を当てて仕留めた。


「相当ツイてるぞ、これでしばらくは持つだろう」


 ミルクはすごく喜んでくれた、さっきと同じように毛皮を剥ぎ、今度は血とワタを抜いて肉を持って帰る。


 運が良かったこともあったけど、初めての狩りにしてはかなり上手くいったと思う、「上々だったよ」との評価ももらえた。


 今日は、捌く作業は全部ミルクがやってくれた、ボクは見学していただけだが、徐々にやり方も教えてもらおう。


 ミルクは冒険者で、教育者の責任も無ければ報酬があってやっているわけでもない、本人は暇つぶしかも知れないが、見方によっては完全に善意だ。


 仮に仕留めた獲物を全部献上したとしても構わない、ミルクがこの村に滞在しているのは一週間ほど、居なくなる前に色々教えてもらおう。


 午後から始めた狩り講習も、獲物を二匹狩った所で陽も大分傾いてきたので、今日の所はこれで引き上げることにした。


 矢も全弾命中したのでダメージ無く回収できた、地面や石に当たると最悪一度で壊れてしまうのだ、損失無く利益も大きかったのがまた良かった。



 狩猟訓練所に戻ってきたボクは、弓を所定の場所に戻し、ミルクの言う通りに水瓶からお椀で矢に水をかけて洗い、セーム皮で拭いて元に戻しておいた。


 また剣術訓練場の方を覗いてみると、今日の午後の練習はお休みなのか、誰も居なかった。


「どうした優乃、気になるのか?」

「はい、昨日、子ども達が剣の練習をしていたのを見ました」

「そうか、そういえば冒険者のことを聞いていたな? やはり街に出たら冒険者になるのか?」


 正直言って、ボクは荒事には向かない性格だと思う、でも、異世界で冒険者という言葉はかなり魅力的だ、転移の謎を調べるにも適している。


 そのためにも、この山賊村で剣術を学べれば理想だった、狩りと合わせて冒険者に必要なことが学べる、最初はそう思った。


「冒険者にはなりたいです、それで剣術が使えればと思うんですけど、ボクは将来、あまりこの村のお役には立てないと思うんです」


 剣術は喉から手が出るほど教えてほしい、だけど山賊になる気はない、狩りのついでじゃなく、正式に山賊家業の殺人術を学べば、この村に縛られる。


 それに、アルッティの屋敷は山賊に襲撃され、ボク達は助けだされたけど、あの館は壊滅的な打撃を受けた、その影響で露頭に迷う人も出てくるだろう。


 ……あの館の人達は悪人ではあったけど、だからと言って、人を害することがボクに出来るだろうか、あまり適正はないと思う。


「なんだ、子どものくせに回りくどい言い方だな、山賊にはなりたくないと、ハッキリ言えば良いだろう?」


 う……怒らせたか? つい姉達の顔色を伺う性格がにじみ出てしまった、もっと可愛く子供らしくなんて器用なこと、ボクには出来ないよ。


 そう俯いていると、長身のミルクは膝をついて、ボクの顔を覗き込む。


「あれ? まてまて、怒ってない、怒ってないぞ」


 ミルクは慌てて取り繕う、……怒ってなかったのか。


「大丈夫、そんな事にはならない、それに、練習していた子ども達も山賊にはならないと思うぞ」

「え? でも……」

「ふむ」


 ミルクは一度頭をかいて続けた。


「優乃も村を見て分かったと思うが、この村には、各地から助け出された元奴隷も多い、剣を習っていた子ども達もそうだ」


 確かに、アビーさんに村を案内されたとき、異世界で奴隷扱いされそうな獣人や女の人は多かった。


「しかし、ただ助けて終わりでは生きては行けぬ、そのため独り立ちできるように生きる術を教えているんだ、剣もその一環だ、なにも山賊を育てるためじゃない」


 女こども、獣人が多い一方、ガラの悪い山賊風情も沢山見かける、現にアルッティの館は襲撃され、暴力により壊滅させられた。


 まっとうな村じゃないのは分かる、山賊と言われても疑いはない、でも、なぜボク達奴隷を助けるのだろう、義賊なのか?


 まあ、あまり詮索しても仕方ないか、今のボクは子どもだし、力になれることはない、でもそういう事情なら、ボクも剣を習えるかもしれない。


「じゃあ、ボクもあの子達と一緒に、剣術を教えてもらえるんですか?」

「それは無理だ」


 即答。


「優乃は一ヶ月程度で村を去る、練習メニューを引っ掻き回してすぐに消える事になる、それだと他の子にも迷惑だろ?」


 日数ならいくらでも延長できる、だけど、一刻も早く街へ行き、冒険者になって情報を集めたい、ボクの身に起こっていることを解明したい。


 仕方ない、剣術は諦めよう、あの武技はかなり魅力的だったけど。


「分かりました、諦めます」

「私が教えてやりたいところだが、私もこの村には一週間程しか居ない、まあ何か考えておくよ、期待しないで待っていてくれ」

「なぜ……いや、ありがとうございます」


 こんなに良くしてくれているのだから、これ以上ヘンな質問は無しだ、ここの山賊は思ったより安全だと分かっただけでも良しとしよう。


 昨日今日来たばかりの部外者、しかも一ヶ月で出て行くというボクがアレコレ聞くことはない、狩りをはじめ、教えてもらいたい事は他にもいっぱいある。


「うむ、では帰ろうか優乃」


 ミルクがイノシシを、ボクが狸の皮を持って、ミルクの家に向かった。



 ミルクの家は漆喰の壁の木造で、この村では比較的しっかりしたものだった、山賊村に滞在している間の仮宿らしい、一人で住むには十分な広さがある。


 すぐに庭でイノシシの解体を始める、ミルクは肉を手際よく外し、用意したテーブルに載せてゆく、肉は近日中に食べるもの以外は、塩漬けにしたりジャーキーにして保存するそうだ。


 肉の処理が終わったら、今度は革をなめす作業に入る、ボクは狸の皮を渡された、これでなめす練習をするんだ。


 皮のなめし作業には数日かかるため、普段は近所のおばちゃんに依頼しているという、今回はボクの教材に使う、基本的に何でも自分で出来た方が良い。


 ミルクがこの村を出てからも、ボクが一人で生きるための技だが、冒険者としても必要になる技術だろう。


 しばらく狸革のなめし処理を習っていると、いい時間になってきた。


「今日はここまでだ、明日はあいつらの迎えの馬車が来る予定だから、私が優乃に付き合うのは馬車を見送ってからになる、いいな?」

「はい、ありがとうございました」


 ボクは元気に返事をして、大部屋へと戻った。



「どこ行ってたの? 遅いよ」


 大部屋へ帰ると、すぐにレティシアが駆け寄ってきた、話し相手が居なくてつまらなかったらしい。


「ご飯にしよう、ユーノちゃん」

「うん」


 丁度ごはん時だ、ええと、今日の献立は……。


 目の前には、不格好なハンバーグが乗ったお皿がある、ハンバーグは割れてカリカリだ。


「えへへ、これお姉ちゃんが作ったんだよ」


 これはまた、ずいぶん一生懸命焼いてくれたみたいだ。


 今日、大部屋に残ったレティシアと犬娘達は、夕食の支度を手伝っていたらしい、それを聞いて、ボクは犬娘の方を振り返ってみた。


 なんだか、犬娘達のハンバーグは完成度がすごい。


 三角耳娘がそのハンバーグを半分に割ると、中から肉汁が溢れ出る、どうやら犬娘達は料理が上手みたいだ。


 そんな光景を眺めているボクに、レティシアはすまなそうな顔をする。


「ごめんね、ちょっと焦げちゃって」


 そう言われて、バクハツしてコゲコゲのハンバーグに目を落とす、ちょっとどころの騒ぎではないが。


 まあ、犬娘達が上手すぎるんだ、子供なら普通こんなものだろう。

 

「レティシアおねえちゃんの料理おいしいよ、それに、すごく嬉しいよ」


 カサッとした不思議な食感ではある、でも、結果はともかく、その頑張りを評価したい。


 ボクの答えを聞いて、レティシアは失敗した自分の料理が恥ずかしかったのか、少しうつむいて耳を真っ赤にしながら、もじもじしていた。


・ 


 やがて夜も更けた、ちびた蝋燭の火も頼りないので、早々に寝ることにする。


 今日も一つのベッドにレティシアと寝る、もう一つのベッドには仲良し犬娘の二人が寝ている、一番のお姉さんである先輩奴隷達は、ベッドがないので床で雑魚寝だ。

 

「ユーノちゃんは今日なにしてたの?」

「今日は狩りの練習だよ、狸とイノシシを獲ったんだ」


 寝付くまで、今日の出来事を二人で話していた。


「やっぱりユーノちゃんはすごいね」


 などと、他愛もないことを、お互い聞いているのか、もう眠いのか、そんな感じでぼんやりと話していた。


 次第にまぶたも重くなり、ボクも大分うとうとしてくる。


「先生がね、すごいんだ、すごく色々知っててね、かっこ良くて優しいんだ」

「うんうん、そうなんだ? 良かったねえユーノちゃん」


 ドロテオとミルクの自己紹介はボクしか受けていない、だから名前は出せないけどね。


「おねえちゃんも知ってる人だよ、あの背の高い女の人だよ」

「ふ~ん……って、はあっ!?」


 突然、レティシアが耳元で大きな声を上げた。


 せっかく眠れそうだったのに、ボクは驚いて目を瞬かせる。


「ユーノちゃんっ、今日あの女の人とずっと一緒だったの?」

「うー、えー? そうだよ、森でね」

「誰もいない森で二人っきり!?」


 え? え? 急にどうしたんだレティシアさん?


 ミルクは、女の子達にとって怖い存在なのかな? この村へ来た時の皆んなの怯えようからして、ミルクの第一印象は最悪だし。


 ボクは、あの人は悪い人じゃないよと、すごく丁寧で優しくて、一緒にいると安心できる人だよと、誤解された悪印象を払拭するために、懇切丁寧にミルクの良いところを説いた。


「そんな、ユーノちゃん、すっかり籠絡されちゃって……」


 レティシアが何を心配しているのかイマイチ分からないが、とりあえず心配の種になっていそうな事柄を一つずつ潰してみる。


「だから大丈夫だよ、数日間だけど一緒にいてくれるって言うから、ボクのことは心配ないよ?」

「二人だけの生活っ!?」


 レティシアは心配症だな、ミルクと居ればボクのことは大丈夫なのに。


「……おっぱいでしょ?」

「え? 何が?」 

「お姉ちゃんだって、まだまだこれからなんだから、そのうち、すごいんだから」


 レティシアはそう言って、ボクとの間にある空間を埋めようと、ボーイッシュな胸を押し付けてくる。


 なんかよく分からないけど、そんなことより、ボクは今日の訓練で疲れていて、眠くて仕方ない。


「もう寝よう? おねえちゃん、ボクもう眠いよ」


 ボクはオヤスミを言って、なぜか頑張ってエビ反りしているレティシアの胸に顔を埋め、穏やかな眠りへといざなわれていった。

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