11 山間の村01
「私はアビーよ、この先にある畑で野菜を作っているの」
ボク達を案内する猫おばさん、アビーさんは普通の農家の人だった。
「山賊の村って聞いたと思うけど、主に農業が中心なのよ」
そう村の中を歩きながら説明する。
「ここは市場ね、ルニーも使えるけど、主に皆んなで持ち寄った品物を交換しているの」
順調に村を案内するアビーさん、ルニーと言うのはこの国の通貨だろう。
「ここが多分、あなた達が働くことになる畑よ」
そこはまだ畑とも呼べない荒れ地で、切り株や石がゴロゴロしていた、今も数人の村人が石を運び出している、ちょうど開拓中だ。
「いずれ、ここはあなた達のものになるわ、頑張って大切にしてね」
みんなで畑を作って家作って、作物を持ち寄って何とかやっているようだ、まるで奴隷の社会復帰支援施設だと思った、村の住人の割合も獣人や女性が多い。
「あれは何ですか?」
遠くに人が集まっていたので聞いてみた。
「あそこは狩猟訓練所になっているの、こっちよ」
村の周りは山だ、当然、狩猟も重要な生業の一つだろう、アビーさんは狩猟訓練場へ案内してくれた。
数人が射場で弓の練習をしている、狩猟道具を揃えた小屋が一棟あるが、練習は野外でやるみたいだ。
射場の隣からも音が聞こえたので覗いてみると、そこは剣の練習場らしく、五人ほどの子どもが剣を振っていた。
「アビーさん、あれも狩猟訓練ですか?」
「狩猟訓練と言えばそうだけど、あれは違うわ、戦闘訓練よ」
戦闘訓練……、そうだ、ここは山賊の村だ、当然、将来人を襲う戦士を育てているのだろう、あんな、今のボクと同じくらいの子どもが人殺しの訓練を。
これは帰郷組には見せられない、ここからトーマスのような間者も出るだろう、村の住人の顔もむやみに晒せない。
それにしても、小さな子ども達が「やー」「えい」と、頑張って木剣を振る姿は微笑ましい。
教官らしい男が、巻藁の前に並ぶように指示を出す、すると、子ども達は素直に一列になった、どうやら一人ずつ打ち込み稽古をつけるらしい。
子どもが一人前に出る。
「えーい」
ふふ、可愛らしいな、そう思った次の瞬間。
ゴガアッ! メキィッ。
「なっ!?」
とても木剣とは思えない衝撃音を放ち、巻藁の丸太が悲鳴を上げる、すさまじい威力だ。
「よし次」
「はい」
ドガァッ!
次の子もだ、みんな、大人でも出せないような一撃を繰り出す。
「……あれは?」
「あれは戦技の練習ね、訓練を積んで特殊技能を習得するの」
戦技? 完全にファンタジー技だ。
かなり驚いた、でもここは異世界だ、やっぱりという思いもあった、それならもう一つ確かめたいことがある、魔法の存在だ。
「あの、魔法とかは……」
ボクは、非現実的な事を聞いて、ちょっと恥ずかしいかもと思いつつ、おずおずとファンタジー質問をした。
「うーん、この村には魔法使いの先生は居ないのよ」
やっぱり、魔法使いには会えなかったけど、ここは魔法が存在する世界なんだ。
しかし、以前ボクが魔法を試した時には使えなかった、方法が間違っていたんだ、誰かに教えてもらわないと。
アビーさんの説明では、戦技も魔法も練習を積み重ねて身に付けるものらしい、なんだか現実的な習得の仕方だ。
ゲームみたいに、レベルアップで覚えるんじゃないのか?
「あの、レベルとかって……」
また、おずおずとファンタジー質問をしてみた。
「レベル? ここの訓練所はけっこうレベルが高いって聞いたわ、一流の元傭兵や冒険者の先生がみてくれるの」
どうやらこの予見は外したっぽい、ゲームみたいにレベルアップで劇的に強くなるなんてことはないみたいだ。
普通に鍛えて、技能を学んで強くなってゆく、ただし、覚える戦技は見た限りファンタジーな威力だ、多分、魔法もすごいと思う。
もう少し戦闘訓練について聞きたかったけど、見学スケジュールもあるみたいだ、残念だけど、次の施設へ移動する。
その後、川漁や材木を扱う場所も見てまわり、それほど大きくもない村の主要施設を見学してまわった。
最初は散歩くらいに思っていたけど、色々と収獲ある村見学になった。
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大部屋に戻ると食事が用意されていた、焼いてホクホクなジャガイモと、何かの肉の香草焼きだ。
畑で得たものと狩猟で得たもの、村人の仕事により作り出された料理だ、この村に厄介になるなら、ボクも何かしらの職に就く必要がある。
しかし、考えるまでもない、ボクは村を出て行く人間だ、畑を持つ選択肢は無い、狩猟がてらに戦闘訓練をして、それでヴァーリーの街に出たいんだ。
オズマ達のように、異世界では戦うことで生業を得ることも珍しくない、狩猟は無駄にはならない、そこらへんも明日聞いてみよう。
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一夜明けて、早朝、また女山賊が来た。
「お前達が帰るための馬車は手配した、予定では明日出発できる」
それを聞いた犬娘達は嬉しそうだったが、レティシアはどこか浮かない顔をしている。
「帰る者は注意事項がある、このあと説明を受けるように」
山賊村の事を口外しないようにとか、道中についてのミーティングだろう。
「そこの三人はアビーに付いて行き、今後のことを相談してくれ」
先輩奴隷の三人は、この村で畑仕事をして暮らしていくことを選んだようだ。
「お前はまだ決めなくてはならない事がある、また向かいの家に来い」
ボクのことだ、ヴァーリーの街に出るまでの期間、どうやって生活するのか決めるという話だった、とりあえず気持ちは固まっている。
「それぞれの指示に従ってくれ、以上だ」
女山賊は、来た時と同じように、また颯爽と出て行った。
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「失礼します」
向かいの大きな家、アビーさんが言うには役場らしいが、そこにまた出向くと、部屋の中には昨日の真ん中に居た男と、女山賊だけが居た。
「おう、来たか」
やはり緊張するが、昨日ほど恐怖はない、今は身の安全が分かってきたので、そこまで怯える必要はない。
「まず、改めて自己紹介をしよう、オレは村長のドロテオだ、山賊の頭領と認識してもらってかまわん」
頭領のドロテオにボクも続く。
「ボクは優乃です、神代優乃」
「クマシロユーノ?」
「はい、名前が優乃です」
「そうか、ユーノだな」
異世界の人は少しアクセントが違う、レティシアもボクの名前は言いづらそうだった。
続いて、女山賊も名乗る。
「私はミルク、冒険者だ、よろしくな優乃」
「みる……? は、はい、よろしくおねがいします」
何か? 的な感じで見られたけど、いえ何も、と返すしか。
この精悍な顔つきのアマゾネスさんは、随分と可愛い名前でいらっしゃるのか、なるほど。
それにしても、今ミルクがボクを呼んだ時の流暢な日本語だ、今しがた異世界の人はアクセントがおかしいと思ったのに、ミルクは難なく発音できている。
日本語の発音が苦手な人もいるけど、普通に喋れる人もいるんだ、つまり、あまり気にする必要もないってことか。
そもそも、ボクが異世界の住人と普通に会話出来ているのがおかしい、これも転移時に得た能力に違いない、俗にいう翻訳能力だ。
どうしてこんな能力があるのか一切謎だけど、いつの日か、転移の事も含めて判明する時が来ればと思う。
今はそれよりも、アビーさんが言っていた新しいワード“冒険者”だ、やっとこの単語までたどり着いたと言ってもいい。
そして、目の前にいるミルクは、その冒険者だという。
「あの、冒険者とは何ですか?」
「なんだ、なにも知らないな、まあ、色々忘れているなら仕方ない」
ドロテオはそう答えると、簡単に説明してくれた。
やはり、街には冒険者ギルドがあった、これは興味がある、魔物討伐や探検に行き、物事が動き出すキッカケになるのは、ゲームやネット小説では常識だ。
現時点で何も分からないボクには、冒険者がやっぱり手っ取り早い、ただ、ボク自身があまり強くないって事が問題だけど。
ミルクは冒険者だが、山賊のドロテオとは昔なじみで、色々とこの村に協力しているそうだ。
「それでユーノ、街に行くまでの間、どうするか決まったのか?」
「はい、狩りをして過ごそうと思っています」
「狩り? 子どもに出来る仕事じゃない、他にしろ」
ドロテオにあっさり却下された、それはそうだ、十歳程度の子どもが刃物を振り回して、野生の動物を殺し歩くなんて、まあ無理だろう。
しかし、ボクには子供らしからぬ力が備わっている、一般的な仕事ならこなせる自信があった。
「待ってください、実は、ボクすごい力持ちなんです、上手くは説明できないんですけど、大人の男の人くらいの力があるみたいなんです」
「何だそりゃ?」
ドロテオは眉を寄せる。
「過去に何か訓練していたのか? まあいい、私が見てやろう」
話を聞いていたミルクは席を立つと、隣の部屋から木剣を二本持ってきた。
よし、何だと言われても説明はできない、実際に見てもらうのが早い。
「獲物が倒せないと話にならないからな、その剣で私に打ち込んでみろ、どのくらい力があるか見てやろう」
ボクの前に立ったミルクは、「ここに打て」と、打ち込みやすいように木剣を横にして構えた。
これはテストだ、渡された木剣を両手でしっかり握る、中段の構えから思い切り振りかぶり、渾身の力を込めてミルクの木剣目がけ打ち下ろした。
ガツッと硬い音がしたが、ミルクの木剣は一ミリも動かなかった。
バカな、こんなに強く打ち付けたのに。
ミルクはまだ構えている、もっと打ってこいと言わんばかりだ、ボクはさっきと同じように、二度三度と全力で打ち込む。
しかし、横に構えているだけのミルクの木剣は微動だにしない、硬い、まるで鉄の塊に打ち込んでいるみたいな手応えだ。
全体重を載せようが、何をしようが動かない、そんな、いくら何でもこんなことが、異世界の住人はこんなにも強いのか?
まずい、まったく手応えが無いと失格になる、焦って連続で打ち込む、ガツッ、ガツッと、木剣がぶつかる音が部屋にうるさく響く。
「よしやめろ!」
「く……まだ、まだお願いします」
大人並の力があってもまったく通用しない、こんな最初でつまずく訳には……。
「待て優乃、自分の木剣を見てみろ」
言われて自分の木剣を見ると、縦に亀裂が入り、あと一撃で割れ飛んでしまうようだった。
これは……、もう続行は不可能だ、上がった息を整える、ボクは不合格なのか、悔しい。
「よし良いだろう、なかなか力はあるようだ」
「えっ?」
そう言うとミルクは、ボクの木剣を取り上げ、隣の部屋へ仕舞いに行った。
ドロテオも、戻ったミルクを横目に話を進める。
「じゃあ狩りをしたいって事だが、さすがに最初から一人は無理だろう、誰かに教えてもらう必要がある」
いや、あの、今のテストは合格したの? ミルクからしてみれば、まったく手応えは無かったはずだ。
でも、二人の様子を見ると受かったみたいだ、分かんないけど、とりあえず、今は話に置いていかれないように集中しよう。
「しかし、どうするかな、明日の馬車に護衛も必要だから、いま手の空いてる者が少なくてな、お前の世話をするやつなど……」
そうか、ボクの面倒を見てくれる人なんて、普通はいない。
ボクは助け出された奴隷の一人に過ぎない、狩りが出来ようが出来まいが、特別扱いされるような存在ではない。
「その役目は私がやろう」
「お前が?」
えっ? ミルクがボクの面倒を?
「私も仕事が終わって暇してた所だ、あと数日は村に居るつもりだからな」
「ふむ」
ボクの不安とは裏腹に、事がトントン拍子に運んでいく、特にミルクが良くしてくれる、なぜかは分からないけど。
さっきのテストの結果からして、ボクの力が強いことは確かだ、その力でもびくともしない、それに山賊を率いるほどだ、きっと腕も立つ。
そのミルクから手ほどきを受けられるなら、これに越したことはない、ボクもすかさず「お願いします」と、元気よく返事をした。
一つ心配事があるとすれば、あまりお世話になりすぎて、将来山賊の手先となって働く事にならないか、ということだ。
しかし、今は全力で目の前のことを片付けていくしかない、狩りで剣の扱いを覚えて、獲物を狩りつつこの村に貢献していれば、いずれ街への切符に手が届く。