104 新たな旅立ち
第一部、完?
魔王ユナユナは気の遠くなるほどの太古から存在し、この異世界を作った神様だ、砂漠の地下ダンジョンを築いた宇宙人転移者五十名を葬った張本人でもある。
その恐ろしくも強大な力を有する魔王ユナユナより、ボクの方が格上だなんて、神をも超える神だなんて。
そんなこと突然言われてもどうすればいいのか、ボクはただのシープ族の子供なのに、ただの、普通の、公式ニートに任命されたばかりの。
この異世界で、さんざんファンタジーには揉まれてきたけど、さすがに話が飛躍しすぎて飲み込めない。
しかし女神は言う。
「当然でしょ? 絶対神たる主様の力と、別世界の魔王たるあなたの力が合わさるのよ、それはどんなものより格上の存在だわ」
そう言われるとそんな気もしてくる。
でも、光と闇が両方そなわれば最強に見えるとは聞くが、ボクは見た目もちんちくりんだし、どうやってもそんなとんでもない存在には見えない。逆に頭がおかしくなって死んでしまうのではないか。
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ボクが超神だなんて、冗談としても出来が悪い、だけど無闇に否定することも出来ない、だって女神がそう言っているんだ。
ひとまず理解するのは後にしよう、今は一つ一つ確認していくことが先決だ、ボクが本当に神をも超える存在なのか、その証拠を明らかにしていこう。
女神は、継承の儀はすでに発動していると言った、きっと魔王ユナユナの力はボクに流れ込み始めているんだ、世界を破壊し創造する力が。
あまりに規模が大きくてイメージがつかめないけど、仮にそうならば、どうやってその力を振るうのか女神にレクチャーしてもらおう。
「は? どうしたら主様の力が使えるか? 無理でしょ」
「だって今、ボクは超神だって」
「そうだけど、継承の儀はまだ初期段階、ユナユナ様の元まで行かないと効果は発動しない。今のあなたには、まだカケラほどの力も流れ込んでいないわ」
すでに全ての焼き鳥を平らげた女神は、ボクが持っていたのと同じグルメ冊子に目を落としたまま答える。ボクの事よりラーメンの方が気になるようだ。
「そんな、それじゃ今までと何も変わらないじゃないですか」
「そりゃそうでしょうよ」
……つまり、ボクの肩書は超神だけど、実力は一般人のまま。
超神、だから何だというんだ、そんなの人の世では通じない、王様より偉いんですなんて言った所で、実力が伴わなければ頭のおかしい子供だと思われるだけだ。
女神に超神と言われ、最初は恐ろしくはあったが、神という言葉に心がざわついたのも確かだ、ついにボクにも超常の力が宿るのかと。でも結局今回も弱いまま、いつもこうだ、期待だけさせといて。
だけど、もう一つ気になることがある、それは、女神はこの異世界に迷い込んだ者に力を授けているという事についてだ。勇者さまも宇宙人転移者も、女神から力を授かっている。
転移直後、目覚めたらいきなり奇妙な森に居たボクは、まだ女神の加護を受けていない。ボクにだって力を授かる権利はあるはず、同じ転移者なんだから。
「あの」
「もう、今度は何? 私、次に行く店を決めたいんだけど」
「あっすみません、ちょっと小耳に挟んだんですけど」
「何?」
「女神様って、別世界から来た人に力を授けていますよね?」
「んー、今は私じゃないけど、そういうのもやってた時期はあったかな」
「そうですっ、それですっ」
勇者さまに力を授けたのは別の女神らしいが、この女神も似たような仕事をしている。良かった、女神の加護が貰えれば、魔王ユナユナ探しの旅も楽になる。
「そ、それでですね、その、ボクまだ貰ってないというか」
「は?」
「いやあの、転移時にですね、女神様の誰も来なかったというか」
「ふーん」
「め、女神様にも事情があったとは思うんです、ただ、今からでも良いので加護がいただけたら……、と思いまして」
おもいきり下手から攻める。ここは機嫌を損ねないようにしたい、その方がより良い能力が貰えるハズだ、昔読んだ指南書(WEB小説)にそう書いてあった。
「勇者みたいな、あんな残念な能力で良いんだ?」
「はいっ、もう十分でございます」
ボクはすでに揉み手だ。女神視点では残念能力かも知れないが、人々から最強と認められている勇者さまと同じ力ならば、言うことはない。
「ねえ、あなた達って変わってるわね」
「へ?」
「胸が小さい娘が好きなんでしょ? 貧乳はステータスとか言って」
「はあ……?」
急に何のことだ? 貧乳はステータス? ……聞いたことが無いな。まあ若輩者のボクでは知らないことも多い、後で勇者さまに聞いてみよう。
だけど納得した、初め女神がボクと出会った時、いきなりおっぱいを見せてきたのはそういう理由があったんだ。
転移者には貧乳みせとけばOK、ボクへの接触も容易になるし有利に事が運べる、みたいな。実際に実行するのもどうかと思うけど。
「それに今食べた料理、こんなに甘いのに不思議と食欲が湧く、変なの」
「あの、女神様?」
そんなことは良いから能力の説明をしてほしい、勇者さまと同じ力が授かれるのか、ボクが好きな能力を選ぶのか、それとも抽選か。
「そうだ、ちょっとコイン見せてもらえる?」
コイン? 能力付与の儀式に使うのだろうか? ボクは持っていたお金を財布ごと差し出した。
女神は「せっかく珍しい料理なんだから全部食べないとね」と言いつつ、グルメ冊子を傍らに見ながら、ボクのおサイフをまさぐっている。
「それであの、女神の加護の方は……」
「ああ、それ? 無理」
ええっ、どういうこと? ボクは能力が貰えないの?
「考えてもみなさい、あなたは魔王ユナユナ様より格上の存在、つまり私よりずっと神格が上なのよ? どうやって格下の私があなたに力を与えるというの?」
ボクに能力を与えられるのは、継承の儀を実行している魔王ユナユナだけ。その部下である女神では力が及ばないという。
「そんな」
「逆によ? 格上のあなたが私に恩恵を与える立場なの、分かるでしょ?」
そう言って、ボクの財布からお金を全部抜き取った。
「あっ、ボクのお金……」
「丁度良かったわ、まだこの国の通貨は持っていなかったの、これでこのグルメ冊子もかなり攻略できるわね。さすがは魔王ユーノ、気が利くわ」
当然のようにボクのお金を懐に入れた女神は、そのまま席を立つ。
「あっあのっ」
「私の用事は済んだからもう行くわ、言っとくけど付いて来ないでね? 煉獄の業火はイヤでしょ?」
女神はさっさと支払いを済ませて行ってしまう。まだ聞きたいことは山ほどあるのに、後を追うと煉獄の業火だって脅されたから動けない。
あまりの出来事にボクは言葉を失っていた、結局これはどういうことだ? 色々言っていたけど、結果的に女神にカツアゲされただけじゃないか。
お店から出る女神の後ろ姿は、涙で滲んでよく見えなかった。
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「どうしたのユーノちゃん、お金落としちゃったの?」
「……うん」
焼き鳥屋からトーマスの居る宿へ行く予定だったけど、とてもそんな気にもなれず、また勇者さまの家に戻ってきた。
出迎えてくれたレティシアには、お金を落としたので引き返してきたと説明した。まさか女神にカツアゲされただなんて、恥ずかしくて言えない。
そもそもお金に関しては、ボクが女神に恩恵を与えたという体になっている。それっぽい理由をこじつけられただけかもしれないけど。
待望の女神に出合えたというのに最悪だった、超神と言われても能力はまったく伴わない無意味なものだったし、むしろそのせいで女神の加護も受けられず、お金すら取られた。
何処に居るかも分からない魔王ユナユナを探さないと世界が滅びるなんて脅されて。それに、結局ボクの弱体化についての解決策だって聞けずじまいだ。
女神は数人居るらしいが、その中でも今日出会ったのはハズレ女神だと思う。
勇者さまは能力の他に転生先すら超優遇されているのに、どうしてボクはいつも貧乏くじなの? 考えるほどに頭にくる。
「もうっ! もうっ!」
「ゆ、ユーノちゃん、大丈夫?」
「あ、うん。……平気、なんでもないから」
しまった、やるせなさが爆発して、つい握りこぶしをブンブンしてしまった。でも、それほどに残念ってことだ。
「何かあったの? お姉ちゃんに言ってみて? 何でも聞いてあげるから」
「……うん」
相談したい事はあるがレティシア一人に言っても仕方ない、あのハズレ女神は忌々しいが、もたらされた情報には無視できないものもある。
ボクの今後を決定づけるものだ、みんなにも相談しなくてはならない。まだ家にいるはずのミルクと勇者さまを部屋に連れてくるように、レティシアに頼んだ。
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「女神だって!? 優乃君、今この王都に女神が居るのか?」
近くに女神が来ていることに、勇者さまは驚いている。
「はい、でも目的があるみたいで、探されることを望んでいないみたいです」
「それは残念だな。しかし、オレの出会った品の良さそうな女神と違うのなら特に用事もないか。あの時の女神なら一度しっかりとお礼を言いたかったが」
ボクも勇者さまの前に現れた気品ある女神が良かったです、自分勝手なギャル女神なんてもう会いたくない、グルメ旅でもなんでもしていればいいよ。
ボクはみんなに焼き鳥屋で起きた事を説明した。
しかし、全部をそのまま言うことは出来ない、魔王ユナユナの名を明かすのも慎重にしたい、ボクもその名を口にして危うい目にあったのだ。
世界が崩壊する事も言えない、すごくバカっぽいし完全にふざけていると思われる。そもそも本当に世界が崩壊するのか、真偽の程も定かではない。
同じ理由でボクが神をも越える存在というのも却下だ、どうすればただのシープ族の子供が超神だと言えるのか、実際弱いし混乱させるだけで中身のない話だ。
ボクが魔王だとバレたのがつい先日なのに、そのうえ今度は超神だとか、下手したら信用問題に関わる。継承の義の事も黙っておこう、というかボクも忘れたい。
みんなに話せるのは、ボクを異世界に転移させた術者がこの世界の魔王であり、その魔王はもうすぐ死んでしまう。その前に魔王の元へ行かないと、ボクが弱体化している理由も解明できないということだ。
「魔王か。セシル、心当たりはあるか?」
「いや、オレだってミルクと同じだよ、魔王なんて会った事はない」
勇者PTは世界を旅したとなっているが、それは人の統治する国だけだ。魔王とは魔族が支配する国の王様で、その国は大陸で言えば北に広がる魔族領にある。
魔族といっても人とそう変わりないらしい、魔族領に住んでいる人々の事を魔族と呼ぶ。ただ、獣人と同じく人族とは少々違う特性を持っており、ボクの知識に当てはめるとエルフやドワーフといった亜人になる。
「魔族領には人の国と同じく幾つか国があると聞くが、私達の国とは何百年単位で国交がない。戦争もないが情報も入ってこない未知なる領域だ」
実は、今ボク達が居るデルムトリア王国も魔族領と隣接している。北の果てと言われるヴァーリーの街の、さらに北が魔族領らしい。
しかし、ヴァーリーから魔族領へ行くには聖なる森を抜けなくてはならない、聖なる森は近づくだけで命を奪われる死の森、誰も魔族領まで行けない。
聖なる森に耐性のあるボクなら越えられるが、ボク一人では普通に危険だ。どれほど森が続くかも分からないし、その先は未知なる魔族領、とてもじゃないけど一般人程度の力しかないボク一人では、魔王ユナユナの元まで辿り着けない。
「中央諸国を通って魔族領に入るしかないな」
「ミルクの言う通りだな、オレ達が世界を旅したルートをなぞるのが良い」
デルムトリア王国も大陸全体から見れば西の辺境と言われる国だ、中央諸国とはオルト連山から連なる山々で隔たれている。
この王都からでは、山岳ルートを行くより一度南へ抜けて海路で中央へと進み、大陸の真ん中を南から北へ縦断するように魔族領へ向かうのが楽だという。
「あの、みんな、ボクの旅に付き合ってくれるの?」
ここまでみんな、まるで一緒に旅をしてくれるような振る舞いだけど、あくまでボク個人の問題であり、ミルク達がボクに付き合う理由はない。
例えば、世界の崩壊を絡めた話をすれば旅に同行せざるを得ないだろう、しかし、その説明はまだしていないのだ。
「当然だ優乃、私は優乃の護衛を任されている、それに力の関係性で言えば私は優乃の従者なのだ」
「お姉ちゃんもだよ、ユーノちゃんが行くなら何処にだってついて行くよ」
「ミルク、レティシアおねえちゃん……」
ミルクとレテイシアの答えは、理屈っぽい陰キャのボクでは発想できないものだった。こんなにもボクのことを大切に思ってくれていたなんて。
ボクの旅に付き合う理由が無いとか、仲間を信じていないのはボクの方だ、そろそろ引きこもりで内にこもる性格も克服しなくちゃいけない。
「オレも居るぞ優乃君」
「えっ、勇者さまも!?」
まさか、勇者さまがボクと一緒に旅を?
「世界を旅するならオレだってミルクに負けていない、それに魔族領なんて興味があるじゃないか、せっかく異世界転生したんだ、魔王だって拝んでおきたいしね」
すごい、勇者さまが居てくれたら何も怖くない。勇者さまは世界各国からも英雄と認知されているんだ、その影響力はデルムトリアにとどまらない、きっとイザコザも無く各国を通り抜けられる。
いや、それよりも。
「もしかして、ボクと勇者さまなら、聖なる森を抜けて魔族領に入れる?」
そうだ、勇者さまも聖なる森に耐性がある、普通なら近づくだけで死に至る聖なる森も、二人なら通り抜けることが出来るはずだ。
勇者さまの力ならどんな敵が襲ってきても問題ない、ボクと勇者さまが組めば聖なる森を突破した先でも安心だ、魔族領への行き来も容易い。
「う、スマン優乃君、それは無理だ。オレが聖なる森に入っていられるのは、せいぜい三十分が限度なんだ」
「三十分……」
「ミルクに聞いたよ、優乃君はあの森の中で何日も過ごせるんだってね? でもオレじゃ、優乃君が見つけたというデカみかんの場所へも到達できないんだ」
そんな、転生者と転移者の差なのか、それともこれが超神と言われるボクの特性なのか、あんなに居心地がいい森なのに、そう感じているのはボクだけのようだ。
だから勇者さまはナス型の薬草を取ってくるのが精一杯で、薬の原液が底をついても、以降は聖なる森に近づこうとはしなかったのか。
「期待に答えられなくてすまない。しかし海路を行くルートも悪くない、きっと楽しい旅路にしてみせるよ」
「はい! 勇者さま」
魔族領までショートカット出来ないのは残念だったけど、このメンバーなら不安要素は何もない。勇者さまが言ったように旅行気分で楽しく進めそうだ。
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しかし、そう上手くはいかなかった。数日間をかけ旅の支度をしていたボク達だったが、どうしても勇者さまの旅の許可が国から下りなかったのだ。
勇者さまは昔のように自由に旅ができない。他国との紛争を急速に鎮めたのは勇者さまあってのことだ、まだ各地で起きる小さなイザコザも調整する必要がある。
それがミルクの言う国に縛られるということだ、他人に強制されているわけじゃない、勇者さま自らが招いたことだ、強大な力を振るえば相応の責任が発生する。
そして、ついにボク達が王都を出発する日になった。早朝、ボク達の馬車は数人の王宮の者と勇者さまに見送られていた。
基本的にボクのことは秘密なので大々的に送り出されはしない、こっそりと、普通の一般人と同じように旅に出る。
「悪い、結局一緒には行けなくなってしまった」
「はい、ボクも勇者さまと旅がしたかったけど、仕方ないです」
「魔族領、行ってみたかったな」
「いつか行けますよ、仕事が一段落着いたら」
「そうだな、頑張らなくちゃな」
転生者としてオレTUEEEしても、大変な事もあるんだ。
そうだ、勇者さまに渡しておきたいものがあった。
「これは?」
「デカみかんの汁です、薬の原液」
「こんなに大量に……」
勇者さまに薬の原液が入った小瓶を一つ渡した、持ってきた大瓶を小分けにしたうちの一つだ。それでも何十個という数の瞬間強力回復軟膏が作れるだろう。
「ほんとにすまないな、こんなものまで貰ってしまって、本当なら旅立つ優乃君に餞別を送るのはオレの方なのに」
「良いんです、お近づきの印です」
「ありがとう、遠慮なく使わせてもらうよ」
本当はずっとこの国で勇者さまと一緒に暮らしたかった、でも、それだと目的は達成できない。
勇者さまのせいとまでは言いたくないが、ボクの魔王の力は永遠に戻ってこないし、同時に世界も大変なことになる。
「よし、じゃあ行くか優乃」
「うん」
そして、ボク達の馬車は王都の門を出る。
「元気でな! ミルクもしっかり優乃君を守れよ」
「それはこっちの台詞だ、お前こそしっかりやれセシル」
こうして魔王ユナユナを探す旅が始まった。
他国はまだきな臭い事もあるという、魔族領もどうなるか不明だ。不安だけど、旅に同行してくれるミルクとレティシアのためにも、ボクもちゃんとしなきゃ。
「クックック、シケた面してんなよユーノ、オレ様がついてってやるからよ?」
そう言えばトーマスも一緒だった。一応トーマスにも感謝しているよ? でも勇者さまと一緒に旅が出来ると思っていたのに、代わりがトーマスじゃちょっとね。
でもまあ、それほど心配はしていないよ、この世界に来た時のように全部が不安なわけじゃない、きっと魔王ユナユナにもすぐに会える。
だって、この四人は無敵のPTなんだから。
■つづく■
オレたちの戦いはこれからだ! ドン!
一旦ここで区切りとします。次話はキャラ紹介と目次、そして今後の説明が入ります。ちなみに、以前なろうにアップしたのは113話までです、この回が104話なので、まだ追いついてないし続きます。