103 女神降臨
「女神編」
ショタ主人公ちゃんの明日はどっちだ。
今日はトーマスに会いに、街へ出かけることにした。
ボクとミルクとレティシアは、もう勇者さまの家に三日間も泊まってる、でもトーマスは街の宿に一人で居るのだ、そろそろ様子を見に行ってやらねば。
出かけるのはボク一人、ミルクとレティシアは行かない。
「トーマスのところに行ってくるねー」
玄関先から家の奥へ声を掛けると、遠くから「はーい、行ってらっしゃーい」とレティシアの返事だけが帰ってくる。
ミルクもレティシアもトーマスに興味が無いらしい、一緒に旅をしてきた仲間だというのに、不憫なトーマス。まあいいや、ボクは一人で宮殿領を出た。
それはそうと、ボクにも目的があった。ボクの手には小冊子がある、勇者さまがプロデュースした飲食店が一覧として載っているものだ。
昨夜、冊子を眺めていて焼き鳥屋さんのページが目についた、焼き鳥屋さんだけど昼間からお店を開けているらしい、今日はそこへ行ってみようと思う。
焼き鳥屋さんとトーマス、どっちが街へ繰り出す本当の理由なのか、細かいことはこの際よしとして、兎にも角にも先に焼き鳥屋さんだと、先を急いだ。
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お店はまだ新しかった、元々は屋台の猪串屋だったものが、勇者さまの考案した料理を出すようになって繁盛し、店舗を持つまでになったと冊子にある。
転生者の料理無双の影響というわけだ、さすがはボクの勇者さまだ、一通りのテンプレはこなしている。
暖簾をくぐると、そこは居酒屋というより普通の定食屋さんの雰囲気だった、昼間から飲んだくれている人も居ないし、家族連れも多い。
良かった、これなら子供のボクでも入りやすい。砂糖が貴重なためちょっぴりお高いが、それでも店内のテーブルはほぼ埋まっている。
運良く空いているテーブルに着いて、メニューに目を通す。定番モノがあるのを確認してさっそく注文した、鶏皮とねぎま、もちろん大好きなタレだ。
やがて、焼き鳥が三本ずつ乗ったお皿が運ばれてきた、なぜかパンも添えられている。さすがは異世界、少し違う。
それでも焼き鳥はちゃんと見知ったものだった、醤油とお酒と砂糖がベースのタレに、炭火で炙られた鳥の脂の香ばしい匂いが立っている、期待通りだ。
まず最初に串から身を外す、バラバラにして食べるのは好きじゃないけど、子どもの小さな口でかぶりつくと、口周りがべたべたになってしまうのだ。
男ならベタベタになろうと串のままイケという思いもあるが、ボクは食事はキレイに頂かないと気が済まない、ご飯粒は残さないし、お魚も上手に食べたい。
だからといって初めに全部の串は外さない、やっぱり串がなくちゃ焼き鳥感が半減してしまう、まだ串が打ってある焼き鳥も並べて見た目にも楽しむ。
そんな事をあれこれ考えながらニヤついていると、不意に、その並べてあった焼き鳥を一本、ひょいと何者かに奪われた。
えっ、とビックリして顔をあげる。そこには十代半ばくらいの女の子が、ボクから奪った焼き鳥を珍しそうに眺めていた、取られたのは大好物の鶏皮だ。
あっ、それは、と思うも早く、女の子は綺麗な顔に似つかわしくない大口を開け、ボクの焼き鳥に横からかぶりつき、一気に鶏皮をこそぎ食べてしまった。
「あーっ、ボクの食べたっ」
女の子はボクの鶏皮を、むしむしと、おもいっきり咀嚼している。
「ふむふむ、これがヤキトリってやつか、なかなか美味いな」
ええー、何この人、ええー……。
正直とっても美しい人だ、本当にボクと同じ生き物なのかとさえ思わせる。ちょっとギャルっぽい雰囲気もあるけど、どこか神秘ささえ漂う少女だ。
ただその行動はめちゃくちゃだ、普通、知らない人の料理をこんな風に食べるだろうか? 女の子はそのまま図々しくもボクの隣に座ってきた。
店内は賑わっているとはいえ空いてる席もある、それなのにボクと同じ長椅子に腰掛け、ずいずいと体を寄せてくる。
女の子がちょっと前かがみになると、大きく開いたネックから生おっぱいまで見えた。とはいっても、レティシアよりちょっと大きい程度のものだ。
「むふふー」
「え?」
今見たでしょ? 的な感じで見つめ返してくる。
「今見たでしょ?」
やっぱり。別に見たくて見たわけじゃない、隣で奇妙な行動をしていた女の子を不審に思っただけだ。その時たまたまおっぱいが視界に入ったに過ぎない。
「何ですか?」
「今、私のおっぱい見たでしょ?」
見たというか見えたんだけど、それがどうしたというのか、まさか見物料を払えと言うのか? ボクの鶏皮の方が価値が高いぞ。
「どうだった? 私のおっぱい」
「は?」
「感想を聞かせて」
何この人コワイ。
「いや別に、……下着くらい付ければ? とは思いましたけど」
感想なんてこのくらいしか出てこない。まさか、おっぱいの形に関して聞いているのか? ミルクみたいな立派なおっぱいなら褒められるけど、この程度では。
「ちょっと、そんな感想ってある? ドキっとしましたとか、エッチだと思いましたとか、そういうの無いの?」
「エッチ? ……特には、すみません」
そんな答えは想定外だ、ボクの心情を聞きたいのなら、“無”と答えるしかないが、それだとまた角が立ちそうだし。
「はあ? あなたDT(どーてー)でしょ? 普通はドギマギして、耳まで真っ赤になるものでしょ! 転移者ならば!」
「えっ!?」
少女の言葉にボクは驚愕した、一瞬で店内の賑わいも聞こえなくなるほどに。
どうして、なぜボクがDTだって事を知っているんだ!? あ、いやソコじゃない、なぜボクが転移者だって事を知っているんだ!
・
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ひどい偏見を見た。いや、それよりも今何と言った? 転移者だって?
「どうして……」
「何?」
「どうしてボクが転移者だって知っているんですか?」
もしかして、王宮関係の人なのか? ボクの素性を知る者は限られる、同じPTであるミルク達と、王様や勇者PTを含む、あの時謁見の間に居た人達のみだ。
「王宮に居た人ですか?」
「ブッブー、違いまーす」
ち、違う? それより今「ブッブー」って、そんなクイズに間違った時に出る電子音を、異世界の住人が口にするなんて。いや落ち着け、状況を整理しろ。
「すみません、どこかでお会いしましたか?」
「会ったことはないわ、でもあなたの事はよく知っている」
「ボクの事を? あの、あなたはいったい?」
「私は女神よ」
めが……み? そんなバカな。
つい先日、女神を探し出すことは不可能だと勇者さまと話していたのに、こんな大衆が行き交う焼き鳥屋さんに普通に現れるなんて。
続けて女神と名乗る少女は、ボクに関しての情報を語り始めた。あの森に落とされたこと、姿が変わっていること、それ以降の冒険の数々をも言い当てた。
間違いない、少なくともこの少女が普通でないのは確実だ、そもそもDTだと看破された時点で、人知を超えた存在であると認めざるをえない。
「本当に女神様なんですか?」
「そうよ、魔王様に仕える女神の一柱よ」
女神が魔王に? どういう事?
「あの、女神が魔王に仕えているんですか?」
「女神も魔王も人間が勝手にそう呼んでいるだけ、だから女神と名乗った、そのほうが分かりやすいでしょ?」
「じゃあ、魔王様というのも?」
「主様は神と祀られることもある、ただただ大いなる存在、それだけの事よ」
ボクにも分かりやすいように魔王や女神というワードを使っただけらしい、今の主様とやらは魔王と呼ばれているので、そういしているのだと。
「あ、あのっ、ボクすごく女神様に会いたかったんです」
「そう? 他の女神なら以前にも会ったことがあるんじゃない? クーちゃんから報告は受けているわ」
女神は複数人居るらしく、クーちゃんというのも別の女神で、以前にボクと出会った事があるという。そんなことは無かったはずだが。
「覚えてないのね? まだ時間を知覚することは無理か」
その時ボクに接触したクーちゃんという女神は、時間の隙間にもう一つ仮の世界を創って、誰にも知られない状況下でボクと面会したらしい。
言われてみれば、サンドウエストでみた夢の中でそんな事があったような? でも、よく思い出せない。
なぜ仮の世界を創るなんて面倒くさいことをしたのか、その理由は、あの砂漠の地下ダンジョンのシステムに感知されないためだったという。
地下ダンジョンに何体もあった巨大な白いロボットは、女神からしてもやっかいな代物で、そのせいで女神もデルムトリア王国に近づくことが出来なかった。
しかし、その地下ダンジョンの白ロボはすべてレティシアが破壊し、索敵機能を始めとする防衛システムもボクが停止させた。
「今日はあなたに会いに来たの、魔王ユーノ」
「魔王……ユーノ」
だから女神もボクに接近できるようになった、砂漠の地下ダンジョンのシステムがダウンしたため、直接ボクに会いに来たんだ。
「魔王ユーノも私に会いたかっただなんて、丁度いいわ」
そう言う女神からは、意外な質問をされた。
「ねえ、あなた旅を終えるって本気なの?」
「えっ、ボクですか」
「そうよ、魔王ユーノの旅はこれでお終い?」
女神は何のためにボクの前に現れたのかはまだ分からない、でも、異世界の神兼魔王に仕える女神様は、大した力もないボクの動向が気になるようだ。
「お終いというか、ひとまずは良いかなって」
「どうして?」
「別の国をまわるのも大変そうだし、もっと大人になってからでも……」
「ふん、自分が歳を取らないことなど、もう気づいているくせに」
「う……」
でも、そこまでする必要はないと思ったのも確かで。
「本当は他人に言われたからでしょう? 勇者に冒険を止めろと提言されて旅を諦めた、最初は自分の秘密を知るための旅だったはずなのに」
だって勇者さまの言うことは正しいから、それに一緒に居ると楽しいし。
「あなた、もう少し自分に興味を持ったほうが良いわね」
「いいんです、今は仲間も増えたし、ボク幸せです」
すると、女神はとんでもないことを言い出した。
「そう? そのセシルとかいう人間、魔王ユーノの意志を阻害するというのか。ふむ、……消しておくか」
消す!? 勇者さまを?
「ま、待ってください!」
いったいどうしてそんな話になるのか。
「どうしてですか? ボクが旅をやめることと勇者さまに、どんな関係があるんですか!」
そうだ、ボクなんかの行動一つで、勇者さまがどうにかなってしまう道理なんて、あるはずがない。
「ふむ、端的に言えば、魔王ユーノが旅を終えると、世界が滅びる」
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・
世界って、突然何を、ボクをからかっているのか?
しかし、女神は真剣に言葉を紡ぎ始めた、そして、その答えにはボクの転移についての秘密も関係していた。
「あなたは偶然この世界に召喚された訳じゃないの、我が主様が見初めた、選ばれし者なのよ」
「じゃあ、ボクを召喚したのは、この世界の魔王なんですか!?」
なんて事だ、異世界の魔王はVRMMO内で無双するボクを見て、自分の後継者に相応しいと、この異世界へ連れてきたのだという。
「あなたも承知だと思っていたけど、その様子じゃ何も知らないみたいね」
召喚する際にボクの許可も得たというが、いつそんな事があったのか覚えていない。ボクは、その問い掛けに気づかずに転移を承認してしまったのか?
「魔王ユーノ、あなたは自身が魔王である事にあまり意味を見出していないみたいだけど、そんな事はない、強大な力を持つ魔王だからこそ召喚されたの」
強大なボクの力、それは失われてしまった、取り戻す手段はあるのか? きっと女神ならその方法が分かるはずだ。しかし、今はそれよりも。
「それで、ボクが世界の滅亡と関係しているという話は」
「ええ、実は主様はもう長くないのよ」
「えっ、神様なのに死んじゃうんですか?」
「そうよ、無限とも思える時間を生きてきたわ、でもそれもお終い、滅びの時はもうすぐよ」
異世界の魔王が死ぬ、だからこその後継者なのだ。
魔王が完全に滅び去る前に、その全ての力をボクに託すという。そしてすでに、継承する術はボクがキモ杉の森へ召喚された時点から始まっているらしい。
「この世の全ては主様が作った」
何度も世界を作り変えて今の形にした、壊して創って、その都度、神様と崇められ魔王と畏怖され、女神の主様とはそういう存在なのだという。
「だから主様が滅びると、この世界も消滅する」
「そんな……」
「それを回避する唯一の希望、それが魔王ユーノ、あなたよ」
異世界の魔王亡き後、そのすべての力を受け継いだボクが、この世界を管理し、維持していく事になる。
「しかし、継承の儀が完成するのは魔王ユーノが主様の元へ辿り着いた時。だから今旅を終えると、そのまま世界の崩壊へ繋がるのよ」
そんな事になっていたなんて、これは本当の話なのか? 女神を前にしてもにわかには信じられない。
「でもそれじゃ、今すぐにその主様に会いに行かなくちゃ」
「大丈夫、もうすぐ滅びると言っても今すぐじゃない、あなたが旅を続ければ十分に間に合う」
ただし旅を終えてしまうと、その機会は絶対に来ない。
「……分かりました、ボク、旅を続けます」
全然実感が湧かない、もしかしたら、少ししてから怖くなってくるパターンかもしれない。でも、ボクにしか出来ないと女神に言われては行くしかないし、こんな話に選択肢なんて無い。
「それで何処へ向かえば良いですか? 女神様がボクを異世界の魔王の所まで連れて行ってくれるのですか?」
世界の危機なんだ、ボクを異世界の魔王の所までひとっ飛びさせてくれれば話は早い、女神なのだからそのくらいは出来るだろう。
「残念だけど、これ以上は協力できないし、何も教えられないわ」
「ど、どうして? だって世界の命運がかかっているんですよね?」
「そうだけど、この世界がどうなろうと私の知る所じゃないもの」
この女神は、元はただの人間だったらしい、そのため本来の寿命は遥か昔に尽きてしまっている。今存在できるのは、主様の力が流れ込んでいるから。
まるでボクとレティシア達の関係と同じだ、レティシアもボクの影響で不老になってしまった。その不老の力も、ボクが消滅してしまえば当然失われる。
それは女神も同じ。すでに命が尽きている女神は、死にゆく魔王と一緒に消滅するのだ、世界がどうなろうと、それはもう決定していることなのだ。
「そんな、せっかく作った世界を」
「ゴメンね、滅ぶも生きるも、もう何とも思わないのよ、なるようになれば良いわ、人間が好む言葉で言えば運命ね」
世界が滅ぶという情報をボクに与えずにいることは、召喚者側としてあまりに無責任だと、そういう事情で今日ボクの前に女神は現れた。しかし、それ以降の事には干渉しないという。
この世界をどうするのか、後はボク次第ということだ。
でも、そんなの本当にボクで大丈夫なのか? 女神はボクが旅を続ければ世界の崩壊に間に合うと言うが、ボクが弱体化していることを知っての発言なのか?
世界を救う救世主みたいに言われても、ボク自身はただのシープ族の子供に過ぎない、災難が降り掛かってきても跳ね除ける力さえ無いんだ。
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「待ってください、いくら何でも目的地も分からないままでは、何年かかっても辿り着けません」
「そう? なかなかどうして、結構上手くやっているように見えるけど」
それは違う、誤解だ。最初女神がボクの情報を語った時、まるでボクが様々な問題を事も無げに解決しているみたいな口ぶりだったが、全然真逆だからね? 毎回ボコボコにされているんだから。
「せめて魔王の名前だけでも教えてください」
「うーん、あまり人には言いたくないのだけれど」
「それは、もし名前を口にしたら祟りがあるとか、そういう話ですか?」
魔王と言えど神様の名前なんだ、そういう事もありうる。
「いや、そんなんじゃないけど」
あれ? 違うのか。
「まぁ、いっか」
「は、はい」
特別に名前を教えてくれるみたいだ。なんだか対応が軽い、これ以上の情報は渡さないと言ったのは女神自身なのに……。
細かいことは気にしていない、しかしそれが逆に恐ろしい、それほど今回の事に興味が無いんだ、この女神は世界のことなんて本当にどうでも良いんだ。
「では心して聴きなさい、創生の神であり原始の魔王、我らが頂点にして絶対の存在。その御名は、魔王ユナユナ様よ」
魔王ユナユナ……なんだか想像していたのより可愛い、もっとラスボス感のある名前だと思っていたから。
「なんだか可愛い名前ですね、ユナちゃん、なんてね」
きっと仲間内ではそう呼ばれているに違いない、さっき、このギャル女神が他の女神をクーちゃんと呼んでいたのと同じように。
「な……に?」
しかし、ギャル女神の顔色はみるみるうちに強張ってゆく。
「我が主様を愚弄する気か」
「えっ、そんな、愚弄するだなんて」
しまった、まさかそんなふうに捉えるなんて。
この少女は一見ギャルのようだが女神の一柱だ、主たる魔王ユナユナへの忠誠心はきっと高いのだろう、それこそ人には理解できない次元で。
「だから主様の名は伏せるようにしている、万が一にも敬意を示せない愚か者が現れたら、その者は煉獄の業火により滅せねばならない」
「そ、そんな」
「何人も逃すことはできん、唯一の超神を除いてな」
「ご、ごめんなさ……」
「謝る必要はない!」
「ひっ」
謝罪も許されない、魔王ユナユナの名を汚した者はただ消滅するのみ。魔王の名前を口にしても祟りは起きないが、それ以上に危険な状況は発生するのだ。
軽い気持ちで言った事がこんな結果になるなんて、もしかしなくてもボクは、ここで消されて終わるのか、世界の事など何とも思っていない女神の手によって。
「…………」
「…………あ、あれ?」
女神はパンをついばんでいる。
あの、そのパンはボクのお昼ごはんなのですが? 一体どうしたのか、煉獄の業火とやらでボクを滅しないのか?
「あの、ボクのこと、やっつけないの?」
「なんで?」
「だって今、すごい本気な感じで言ったから」
完全にシャレにならない勢いだった、王都ごと消されると思ったほどだ。
「だから今言ったじゃん、唯一、超神は除くって」
「どういう……ことですか?」
「絶対神たる我が主様を凌ぐ唯一の存在、超神である魔王ユーノ。あなた以外だとヤバかったねって事でしょ?」
「は? ボク?」
「そうよ、だから謝る必要なんて無いの、あなたの方が魔王ユナユナ様より格上なんだから」
は? 絶対神よりボクの方が格上?
はああっ!?