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102 旅の終わり

「うう……重い」


 勇者さま宅二日目の朝は、そんな寝苦しさで目が覚めてしまった。


「もう朝か……って、何これ? ケツ!?」


 は? 目の前におしりがある、おしりがボクと一緒にお布団に入っている。どうりで重いはずだ、これのせいで目が覚めてしまったのか。


 この小さくて可愛らしいおしりはレティシアのだ、レティシアはボクに覆いかぶさるように抱きついている、頭を下にして。


 用意された浴衣を着用してはいるが、ボクを跨いでいるため大股開きでお行儀が悪く、色々とだらしない。


 そもそも、なぜボクの布団に入っているんだ?


「もうおねえちゃん? 何してるの?」

「くー、くー、くー」


 レティシアは規則正しく寝息を立てている、まさか、まだ寝ているのか?


 寝ながらボクの寝床に頭から潜り込んだというのか、一体どういう寝相だこれは、びっくりするよ。重いしケツだし、とにかく起こそう。


「ほらおねえちゃん、朝だよ」


 ボクの胸の上に乗っているレティシアのおしりを、ぺちぺちと軽くハタいた。


「くーっ、くーっ、くーっ」


 うそ、まだ寝ている、全然起きる気配がない。


「あれ?」


 ふと気がついた、なんだか下半身に違和感がある。ボクは掛け布団を横に退けて、レティシアのおしり越しに自分の下半身を確認してみた。


「は? ボクのぱんつが」


 脱げていた、まる出しだ。寝ている間に脱げてしまったのか? ボクの寝相も大分悪かったらしい、レティシアの事ばかり言えないな。


 でもこの状況はマズい、今は寝起きだから、やっぱりボクの自身は“おはよう”しちゃっている、レティシアとの位置関係もすこぶるよろしくない。


 逆にレティシアが寝ていて助かった、こんなところは見せられない、冗談でふざけ合う事はあっても、こういうのはシャレにならない。


 純真無垢で性に疎いレティシアが、万が一にも“全力のおはよう”なんて目にしたら、きっとびっくりしてショックを受けると思う、それは可哀想だ。


 そうなる前に、ボクに覆いかぶさっているレティシアを降ろさなければ。目が覚めないように気をつけながら、横方向へ押してみる。


「よっと、あれ? よっ……とっ」


 う、動かない、重い。


「ぬぬぬぬっ」


 さらに力を込めても全然ダメだ、そんなバカな。


「ちょっとおねえちゃん! ホントは起きてるんでしょ!」

「ぐーっ、ぐーっ、ぐーっ」


 ……寝てるよなぁ。



 なんとかレティシアホールドから逃れたボクは、顔を洗って、宿泊部屋にすでに用意されていた朝食を一人で食べる。


 朝からみんな足並みが揃わない、レティシアは何故か穿いていたパンツを洗濯しているし、ミルクは先に食事を済ませたらしく、足りない生活用品を自宅へ取りに戻っていた。


 さすが冒険者だ、自由すぎる、というかせわしない。せっかくの旅館なんだから、もっと雰囲気を楽しめば良いのに、風情や情緒には興味がないらしい。


 だったらボクも自由にさせてもらおう、ということで、一人で勇者さまのところへ向かった。


 勇者さまと縁側で将棋でも指しながら語り合いたいが、多忙な勇者さまにはそこまでの時間はない。なので、朝の散歩がてらに、お庭を二人で見て回った。


 やっぱり庭も日本庭園風だ、池があってししおどしがあって、亀の置物や石灯籠まで、詰め込みすぎなくらい日本アイテムに溢れていた。


 少し歩いたボクと勇者さまは、東屋で落ち着く。


「すごいお庭ですね」

「ほんと?」

「盛りだくさんっていうか」

「はは、実は色々と再現しようとしているんだが、ついつい、あれもこれもになってしまって。どうもオレには庭造りのセンスが無いみたいでね」


 どうしても、ごちゃっとしてしまうらしい。


「そうだ、優乃君も色々と造ってみないか?」

「ボクですか?」

「オレよりはセンスがありそうだし、優乃君となら、足りない部分を補い合って、もっと本格的な日本庭園を作れると思うんだ」


 思い出しながら日本庭園を造るにも、二人ならより正確に再現できる。ボクも小さい時からジオラマを眺めるのが好きだったし、造園系ゲームも沢山やった、それが本格的なものに挑戦できるなんて、悪くない。


 それに、もしそうなれば、庭造りはボクと勇者さまだけの共通の趣味になる。良いですねと、そんな事を話しながら楽しいひと時を過ごした。


「それであの、勇者さまのことも、もっと教えてください」


 一息ついたところでボクは本題へ入った、昨日はボクの話ばかりで終わっちゃったから、今日は勇者さまのことを知りたい、そして異世界転移のことも調べたい。


「ふむ、ところで優乃君、オレのことはセシルで良いんだよ?」

「えっ」

「だって水臭いじゃないか、似たような境遇の仲間なんだから」

「せ、セシル……さん、やっ、やっぱり今は勇者さまでっ」

「あはは、ヘンなの、まあ良いけどね、そのうちで」

「はい、そのうちで」


 何故って、勇者さまは異世界の大先輩だ、元世界でも年上だし、それに、今までの不安を払拭してくれた恩人でもある、そしてやっぱりかっこいい。


 まだ会って間もないのに、いきなりフレンドリーに接するなんて、陰キャのボクにはちょっと大変だから。



 さて、転生の経緯とかも聞きたいけど、まずは今の勇者さまの事からだ、とりあえず女神から授かったという空間を操る能力について訪ねた。


 勇者さまは、ボクの質問に気兼ねなく答えてくれた。空間を操る能力、その威力は相当なもののようで、空間をずらせば山をも切り崩せる。噂通りだ。


 威力をセーブすれば、学園で見せたように人体の内側に衝撃を与えて気絶させる事もたわい無いという。


 他にも空間を断絶させることにより、敵の攻撃を防ぐことも出来る。さらに戦闘だけでなく、勇者さまの能力は色々なことに応用が利くらしい。


「ほら、こんなふうに」


 勇者さまは、突然何もない空中に腕を突っ込んだ。そう思ったら、次の瞬間にはその手に小袋を持っていた。


「空間に物を仕舞っておけるんだ、そしていつでも取り出せる。まあ、異世界転生ではありがちな能力だね」


 すごい、これこそまさに異世界小説の主人公だ。自分に追随する質量ゼロの無限ボックス、これがエメリーが噂で聞いたという移動に便利な能力なんだ。


 ボクなんて、ギルド依頼を受ける度にパッキングで頭を悩ませているのに、もし無限ボックスが使えたら、おやつは五百ルニーまでなんて決める必要もない。


「他には、これだ」


 パッと、目の前にいた勇者さまが消えた。


「どう? これも結構使う技だよ」


 同時に右から声が聞こえる、見上げると、勇者さまがすぐ右隣へ現れていた。


「瞬間移動さ、空間をつなげて移動するんだ、オレは見えている範囲にしか移動しないけどね、出現した先で石の中に居たら大変だから」


 そう言ってボクの肩を抱く。ボクは見上げていた視線をすぐに落とした、勇者さまの目をずっと見ていると、胸の鼓動がどんどん早くなってしまうから。


 この瞬間移動は一度ミルクの家で見た、勇者さまが司教館へ行く時に使った技だ。もちろん見たと言っても、ボクには何が起きたのか分からなかったけど。


 でもレティシアには見えていた、勇者さまの瞬間移動を目視していた。しかも、すぃ~っと空を飛んで行ったなんて、レティシアの目はどうなっているんだ。


「このくらいかな。あとはそうだな、優乃君と違ってオレは現地人の体だから戦技が使えるんだ、魔法もちょっとだけ使える」


 勇者さまは現地人としても、普通に優れた戦士のようだ、だからラインカーン部隊の精鋭が投げた手槍だって簡単に掴み取る。


 羨ましい。女神から授かった能力と現地人が持つ特性、そして日本に居たときの知識。イケメンに転生したし、勇者さまは全てを持っているんだ。


「それで優乃君は? どのくらい弱体化しているんだ?」

「はい……」


 なんかもう、待遇が違いすぎて説明するのも恥ずかしい。


「……じゃあ、本来の力は殆ど使えないのか」

「はい、もし魔王の力が使えたなら、もっと色々な事が出来たはずなんです、でもレベルは初期状態まで戻っていて」


 ステータスも見えないから詳しくは分からないけど、今までの検証からするとボクの魔王レベルは1。しかも異世界ではレベルを上げるすべがない、勇者さまのように便利に使える能力なんて一つもない。


「そうかぁ、聞くほどに残念なことになっているな」

「そうなんです、ここへ来るまでも何度も攫われて、牢屋に入れられて、でも何も出来なくて」

「バフ能力はあんなにとんでもないのに、優乃君自身は苦労してきたんだな」

「ううっ」


 バフ能力もLv1のはずだが、何故か強力だ、レティシアなんて無敵だろう。しかし、どうして強力になったのかを含めて、よく分からない所が多すぎる。


「それであの、勇者さまも他人を強化する力があると聞いたことがあるんです、ひょっとしてボクと似たような力も持っているんですか?」


 冒険者登録するために必要だった試験で、一緒に組んだザコサPTが言っていたんだ、当時は勇者さまもボクと同じバフ能力なのかと、ずっと気になっていた。


「いや、女神から貰った能力は空間操作の一つだけだよ。でも、その噂は知っている、多分エリスのことを言っているんだ」

「ヒーラーのエリスさんですか? 確か勇者さまと幼馴染だと聞きました」

「まあね、噂ってあれだろ、オレと長く居ると強く成れるってやつ」


 勇者さまの影響で、エリスさんは天才と言われるほどのヒーラーになった、そういう憶測がされているらしい。それで勇者さまの傍に長く居ると女神の恩恵があり、強く成長出来るという噂だ。


「でもそれは違う、普通にエリスの実力さ。だけど誰が見ても不自然なのは仕方ないな、偶然にしては出来すぎている」


 勇者さまの転生先は静かで平和な農村だ、その小さな村に絶世の美男美女が居るというだけでも奇跡なのに、勇者と稀代の天才ヒーラーが排出されたのだ。


「もちろん理由はある、偶然じゃないんだ。女神の図らいってところかな、実際かなり助かったよ、無条件で最高の当たり物件へ転生させてくれたんだから。まあ女神はそんなこと気にも留めないみたいだったけど、だから逆に超絶ボーナスみたいになったんだろうな」


 ヒロインとなる幼馴染が生まれてくる環境へ転生し、幼少期を楽しく過ごした。なんという優遇処置、いちいち全てが主人公要素を含んでいる、訳も分からず不気味な森へ落とされたボクとは正反対だ。


 色々と聞けて、勇者さまがこの異世界に来た経緯は分かった。そして、やはり他にも転生者が存在するようだ、残念ながら勇者さまも会った事はないらしいが。


 しかし、転移者は話にも聞いたことがないという。ボクは砂漠の地下ダンジョンで宇宙人転移者の残滓に触れたが、転移者自体が相当レアな存在みたいだ。


 それならば、全てを知っていそうなのは女神だ、勇者さまは女神という存在に出会った、この異世界の何処かに居るのかもしれない。


「その、女神様に会うにはどうすれば良いですか?」

「残念だけど、オレも女神に会ったのは転生時だけだ、その後世界各地を旅して回ったが、女神が何処に居るのかすら分からなかった」


 ひょっとしたら天界みたなところに住んでいて、そこは人の手の届く場所ではないのかもしれないと言う。


 そんなのボクに探し出せるわけがない、女神を探すより転移術を使った人物を探したほうがずっと現実的だ。


「優乃君、正直女神を探し出すのは不可能だ、そうまでしなければならない理由はあるのか?」

「それは……」


 勇者さまに言われて気がついた、そこまでして転移の謎を追う必要が無いということに。


 この異世界で元日本人の勇者さまに出合えた、それだけで十分だ。ちっぽけなボクが何者だろうと重要な事ではない。


 異世界の紛争を鎮めてくれと言わんばかりに、女神から力を与えられた勇者さまと比べて、弱体化したうえに森に放置され、説明も一切なし、そんなボクに何かの価値があるとも思えない。


 これ以上ボクの事で旅を続ける必要性は、完全に無くなった。



「そうした方が良いな、この国はやっとここまで平和になったが、他は未だに厳しい地域もある、ここで過ごしたほうが絶対いい」


 世界を股にかけて活躍する勇者さまが言っているんだ、従ったほうが正解だ。


 旅が終わったのなら、このデルムトリアでどうやって生活してゆくのかを決めなくてはならない、そんな事を勇者さまに相談してみた。


「そうだな、王国騎士団に所属したらどうだ?」

「ボクが騎士団に? でも礼節とか全然知らないし、それにボクの戦い方も、由緒正しい王国の剣とは真逆なものだし……」


 王国騎士はエリート公務員だ、入団するにも厳しい審査がある。山賊まがいのボクではあまりに場違いだし、厳しい規律や訓練についていけるとも思えない。


「大丈夫、優乃君の能力はバフなんだから、自身が戦う必要なんてないんだ。ただし、戦闘訓練は大きく改定しなくてはならないだろうな」

「今までのボクの訓練方法じゃダメですか?」

「違うよ、改定するのは騎士団の方さ、優乃君とピクニックに行ったりして一緒に遊ばなくちゃ、そして一番優乃君を楽しませた人が、勝ちだ」


 なにそれステキ。嗜虐されてきた生活から一転、誰もがボクに優しくしてくれるなんて、想像したこともなかった。


「残念だがセシル、そうはならないんだ」

「ミルク!?」


 いつの間にかミルクが帰って来ていた、仲居さんにボク達の居場所を聞いてきたらしい、一緒に東屋のベンチに腰掛ける。


「そうか? 結構いい案だと思うんだけど」

「確かに、優乃の存在を確たるものにするには良いだろう、いつまでも得体の知れない異界の者では居心地も悪い」


 ミルクや勇者さまと一緒に居るためにも、王国でのボクの居場所は必要だ。


「騎士団に入ればハクも付くし、多くの者は歓迎するだろう。しかし忘れたのか? 優乃の力は桁外れなため秘密にすると」


 ああそうだ、バフ能力の事がバレたら世界中から狙われるんだった。


「それにまだ子供だ、遊んで過ごしていても文句を言う奴は居ない、身の振り方を考えるのも先で良い」

「ふーむ、優乃君も暇を持て余してるかなと思ったんだけど、しばらくは現状で我慢してもらうか」


 なんて事だ、ボクは引きこもりから公式ニートへジョブチェンジした。



 ミルクが現れたのは勇者さまを呼びに来たからだ、今から勇者さまとミルクは王宮へ仕事へ出かける。


 べつに休暇というわけでもないから、二人は王宮へ顔を出さないとならない、クレイニールやラインカーンの後始末も残っている。「もうそんな時間か」と、勇者さまも席を立った。


 東屋から二人を見送って、残されたボクはやることがない。勇者さまに言われた通リ、もう少し庭の奥の方まで行ってみて改善点を確認しておくか。


 そう思って、目の前に広がるなんちゃって日本庭園を眺めていた時だった。


「ユーノちゃん」


 どこからかレティシアの声が聞こえて、あたりを見回す。すると、家の壁の影からレティシアがこっそりと覗いていた。


 レティシアはするりと姿を現して、東屋のベンチへと腰掛ける。なにやら神妙な面持ちだ、どうしたんだろうと、ボクも一緒にベンチに着く。


「ひょっとしてユーノちゃん、……勇者様のコト、好きなの?」

「すっ!?」

「だって勇者様を見るときの目が、ぽ~っとしちゃってるもん」


 レティシアは物影からボクと勇者さまのやり取りを見ていたようだ。


「そんなのダメだよ? 可愛い子とカッコいい人がそうなるのってドキドキするけど、ユーノちゃんはダメ」


 えっなに? 突然のBL好き宣言? いや違う、そうじゃなくて。


「違うよおねえちゃん、純粋に尊敬しているんだよ、そっちの好きじゃないよ」

「本当? なら良いけど……」


 勇者さまはボクが夢見た理想だ、さもしいボクは境遇の差に嫉妬することもあったが、それすら払拭してくれるほどの完璧な主人公だ。仮にボクが女神の力を与えられて転生しても、勇者さまのようにはなれない気がする。


 だからって恋愛とかそういう感情にはならないよ、ソッチ系には興味が無いし、言うなればヒーローに憧れる子供なんだ、ボクは。


 それに、すでに勇者さまにはエリスっていう幼馴染の彼女さんが居る、ボクは浮気とか不倫とか絶対ダメな人だから、そんな事しないよ。逆に傍に居れなくなっちゃうリスクもあるし、まあ異世界ではそこらへんの事情はまた違うのだろうけど。


 まったく、レティシアくらいの年頃の女の子って、恋バナとかが気になって仕方ないのかな? ボクと勇者さまの関係が恋愛なわけないのに。


 取りあえず勇者さまもミルクも出かけてしまったので、残ったボクとレティシアで遊ぶしかない、一緒に庭を見て回ることにした。


 最初は日本庭園にまったく興味を示さなかったレティシアも、これがボクの故郷の風景だよと言うと、目を輝かせていた。


 ししおどしの由来なども説明しながら庭を歩く、やはり勇者さまのお家は良い、いま少しな所も多いが落ち着く。


 日本を懐かしく想いながら、何気ない今日をレティシアと過ごした。

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