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101 不老不死

 勇者さまも一緒にお風呂にするという、入浴の支度をするために自室へ戻っていった。ボクとミルクとレティシアもそれぞれ準備する。


 この館は個人宅なのに男湯と女湯があるらしい、しかも露天だ。話を聞く限りでは、両方とも大きなお風呂で本物の旅館と何も変わらない。


「バカだろう? そんな無意味なものを作ってどうするというのだ」


 ミルクには男のこだわりが理解できないようだ、だからミルクの家で雇っているハウスキーパーはメイドではないのだ、まったく、そんな事ではいけませんね?


 とりあえず今はそんな事どうでもいい、ボクは気が急っていた、今から勇者さまとお風呂に入れる、ゆっくり湯に浸かりながら故郷の話に花を咲かせたり、異世界転移の悩みとか聞いてもらえる。


「ミルクさん、それ何ですか?」

「うむ、これを風呂上がりに塗ると、肌が乾燥しないのだ」


 などと、急ぐボクとは対象的に、ミルクとレティシアは保湿クリームについて話をしている。


 二人はボクのバフで常にベストコンディションだ、そのクリームに意味があるのだろうか? まぁ、女同士の事はボクには分からないのかもしれないが。


「よし」

「お、優乃早いな?」

「うん、先に行くね」


 準備に手間取っている二人を置いて、先に露天風呂へ向かう。


 しかし、当然ながら勇者さまもまだ来ていなかった、ボクは何を焦って急いで来たのかと、ちょっと反省。


 でも少し待てばすぐに来るはずだ、“男”と大きく書かれた紺色の暖簾の前で勇者さまを待つ。少しして、タオルを肩に掛けた勇者さまが現れた。


「あれ、優乃君待っていてくれたんだ?」

「は、はいっ」


 浴衣姿だ、大きく開いた胸元から、程よくついたオトナの筋肉が見える。


「優乃君可愛らしいから、そんなモジモジされるとドキッとするな、ちゃんと男の子なんだよな?」

「もう、そうですよ勇者さま」

「うん、じゃあ行こうか?」

「はいっ」


 そして暖簾をくぐろうとしたその時、曲がり角からミルク達も現れた。


「あ、ユーノちゃんまだ入ってなかったの?」

「うん」

「先に入ってて良かったのに」

「え?」


 レティシアは何を言っているのだろう?


「どうした優乃、早く来い、風呂に入るぞ」


 ミルクもそんな事を言いつつ、隣の赤い暖簾をくぐって女湯へ入っていった。


「大きなお風呂だなんて楽しみだねユーノちゃん、早く行こ?」


 レティシアもミルクに続く。


「えっと……」


 ボクが女湯へ入ることは決定事項のようだ。


「お~、優乃君いいなあ、オレも一度でいいから、ミルクと一緒に風呂に入ってみたかったよ」


 そんな……勇者さまとのお風呂タイムは、レティシアとミルクによって阻止された。



 大きな岩風呂だ、すでに日も落ちて暗いが、露天風呂は魔道具の照明に照らされて、結構それらしい雰囲気も出ている。


 それにしても、せっかく勇者さまと男同士、気兼ねない裸の付き合いが出来ると思ったのに、まんまと女風呂に拉致られてしまった。


「ふわー、気持ちいいねユーノちゃん」

「う、うん」


 せっかくの露天風呂だけど、惜しい気持ちもある。


 男湯と女湯は、板を重ね合わせた背の高い柵で仕切られている、その間仕切りをなんとなーく眺めていると、ふと板に隙間がある気がした。


 勇者さまもお風呂に入っているだろうか、そう思って、なんとはなしに岩風呂から這い出て、柵の隙間から男湯の様子を窺ってみる。


「どれ……。あれ? よく見えない」


 思ったより隙間が狭くて、向こう側が見えない。


「何をしているんだ優乃?」

「わっ!?」


 声に振り返ると、ミルクが湯に浸かりながらこっちを見ていた。つい柵の隙間に夢中になってしまい、真後ろにミルクが居ることに気が付かなかった。


 今のボクは四つん這いになっている、真後ろから見られると裏ふぐりきゅんから何から全部丸見えだ、はたと手の甲でおしりを隠す。


「優乃、あまり隣の風呂を覗くものではないぞ」

「ええっ!? のぞっ?」


 いやいや覗きって、男のボクが男湯を覗くハズがない、別に勇者さまを覗き見ていたワケではなく、この隙間から向こうの様子を。ってあれ? 覗いてた!?


 完全に誤解だ、でも釈明できる状況にない、ボクはおしりを隠したまま四つん這いでバックし、すごすごと湯船に戻る。


「セシル! よもやお前もこっちを覗いてはいないだろうな?」


 すると、ザブンと、柵の向こうからお湯の弾ける音がした。


「周到に気配を消しても分かるぞ」

「ば、バカな事を、俺が覗きなんてするわけ無いだろう!」


 きっと勇者さまも、ボクとお風呂に入りたかったに違いない。


「まったく、男という生き物は……」


 しかしミルクはご立腹だ、ミルクはナイスバデーだがガードが硬い、エッチな鎧を纏う事はあっても、けして中身までは男目に晒さないのだ。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が流れる、背後からミルクの視線を感じる。


 男湯を覗くという意味のわからない事態ではあったが、ノゾキという倫理に反した行為をしたのは確かだ、師匠であるミルクから指導があって然るべき状況。


 すると案の定、背後からミルクが近づいてくる気配がした。


「優乃」

「……」


 観念して振り向く、正面には仁王立ちのミルク、ボクはお湯の中で正座だ。


 これから説教が始まるとして、元が誤解なので身も入らない。ボクは、目の前の短く切り揃えられた毛先から、水滴が何粒落ちるか数えて過ごそうかと思った。


「優乃、さっきのことだが」

「うん」

「少し気になることがあるのだ、一度立ってくれるか?」

「え? ……うん」


 ノゾキのこと怒られるんじゃないのか?


「ふーむ」


 何をしているのか、ボクの背中を眺めている。


「何するの?」

「これはやはり、レティシアと同じ……」


 最初眺めていただけのミルクだったが、さわりとボクに触れたかと思うと、だんだん触り方が大胆になってきて、ついには、色々な所を弄り始めた。


「な、何?」

「ああすまん、違うのだ」


 何が違うのだ?


「そうだ、筋肉だ」

「筋肉?」

「う、む。冒険者として成長したかどうか、筋肉の様子を確かめていた」


 ボクも冒険者になって一年くらい経つ、だから日々の修行が身になっているか、筋肉の付き方から成果を見てくれるという。


 なるほどー。ミルクは冒険者の師匠だ、弟子であるボクのコンディションを管理するのも、師匠として当然の責務だ。


 そういうことなら協力するのもやぶさかでない、むしろ、どの程度冒険者として成長したのか、ボクも知りたい。


「いいよ」

「え? いいのか?」

「うん」


 どうせならしっかり査定してほしい。ボクの要望に答え、ミルクも真剣な眼差しでボクの筋肉をもみもみしてゆく。たまに口元が緩むような気もするが。


「すばらしい……」


 そう呟いている様子から、結果はかなり期待できる。


「おお、いつ見ても……ウッ」


 すると、突然ミルクは顔を伏せ、後ろを向いてしまった。


「どうしたのミルク? もしかして、ボクは全然ダメなの?」

「いや、合格だ」


 やった合格だ、順調に冒険者の体つきになっているって事だ。


「……私もここまでのようだ」


 しかし、ミルクはボクに背を向けたまま鼻頭を抑え、首の後をとんとんしながら向こうの方へ行ってしまった。



 ……ザバァ、ザバァ。


 洗い場の端でミルクは頭を洗っている、なぜか水をかぶっているようだが、ミルクはボクと一緒にお風呂に入ると水をかぶる時がある。


 ざわついた心を落ち着かせるためだと以前言っていたが、何がミルクの心をざわつかせたのかは教えてくれない。まあ、精神修行の一環だろう。


「……ユーノちゃん」

「うん?」


 湯に浸かりのんびりしていると、レティシアが隣へ来て、声を潜めながらボクを呼ぶ。なんだろう?


「ユーノちゃん、わたしも冒険者として合格かどうか、見て欲しい」

「ああ、そうだね」


 レティシアだって冒険者だ、ボクだけ筋肉を調べてもらっては不公平だ。


「じゃあ、ミルクが体を洗い終わったら……」

「今すぐ」

「へ?」


 今すぐって言ったって、ミルクはまだ洗い場に居るし。


「ユーノちゃんが見て?」

「ボクが? そんな事言われても、やり方なんて分からないよ」


 別にボクは人体に特別詳しいわけじゃない。


「これは修行なの」

「どういうこと?」

「ミルクさんの診断を受けて、どうすればいいか多少は分かったと思うの」

「うーん? まあ、どこを調べていたかは、分かるかな」

「だからね、お姉ちゃんと一緒に、おさらいすれば良いのかなって」

「おさらい? あーなるほどー」


 一理あるな、やってもらうばかりじゃダメだ、技を身につけなくては。


「でも、それなら余計にミルクを待ったほうが」


 ミルクが来たら、二人して教えてもらえばいい。


「今! もうのぼせちゃうから」

「ええー」


 のぼせるかどうかなんて気分次第でしょう? レティシアはボクのバフで強化されているんだから。


 なぜかは知らないが、どうしても今すぐじゃないとダメらしい。……まあ、予習しておくのは悪くないし、ここは協力しておくか。


「うん、じゃあやってみる」

「こっち」

「はわっ」


 突然レティシアはボクの手を引いて、湯船の中にせり出している大岩の影へ静かに移動した。ここはミルクが居る洗い場からは死角となる。


「どうしてわざわざここでやるの?」

「はい、どうぞ」


 レティシアはザバァとお湯から立ち上がる、問答無用だ。


 しかし、“おねえちゃん”なる存在にボクは逆らえない、速やかに作業に取り掛かる。とりあえずミルクに習ってモミモミしてゆく。


「お客さーん、こってますねー」

「もっとマジメに」

「う、うん」


 怒られた、当然だ、これは遊びではないのだから。


「じゃあ、ここ?」

「おおぅ!? ……もうちょっと、上かな」

「ここらへん?」

「おおおぅ!?」


 レティシアを見上げると、神妙な面持ちで眉間にシワを寄せながら、「なるほど、おおぅ、なるほど」と、何かに納得している。


 ――もみもみ、さすさす……。


「はぁはぁ、ユーノちゃん、どうかな?」


 ふーん、そう言われても、やっぱり筋肉の付き方なんて分かんない。ただミルクの手付きをマネっ子しているだけで、やっぱり教えてくれる先生が必要だ。


 どう答えたらいいのか、考える。


「えーとね、理想的? だよ」

「はぁっ、はぁっ、……うれしい」


 ふふ、ちょっと大げさに言ってみたけど、正解だ。レティシアだってボクと同じで、冒険者としての成長を褒めてもらえれば嬉しいんだ。


「お前たち、何をしている?」

「あ、ミルク」


 ミルクが戻ってきた。


「さっきミルクがしていたこと、おさらいしてたの」


 お風呂に入っている間も修行は怠らない、ボクって真面目だな。


「…………」


 なぜかレティシアは黙りこくっている。


「私としたことが、教育に悪影響を……」


 そして、ミルクも黙りこくってしまった。



 レティシアの筋肉も調べてあげてとミルクにお願いしたが、その必要はないと返された。ボクのバフで強化されているレティシアは、筋肉を調べた所で強さには関係ないという理由だ。なるほど。


 でも、それを言うなら魔王のボクだって普通の人とは違う、この細腕は子供らしからぬ力が出せるんだ。


 ボクが魔王の力を持っていることもミルクは知ったし、普通ではない事は分かっていたはずなのに、なぜボクの筋肉を計りたいなどと。


 ふと思い出す、ミルクは最初、ボクとレティシアが同じ、みたいなことを言ってなかったか?


 隣で湯に浸かるレティシアを眺める。


「ん?」


 ボクの視線に気がついたレティシアは、小首を傾げ、ボクにつられて自身の体を見下ろした。


 ボクとレティシアの共通点、それは、くるくる角があるということ。でも、くるくる角は筋肉とは関係ない、ということは、残りの共通点は、幼さ。


 幼いのも当然だ、レティシアは十二歳だし、ボクの見た目も子供だ。しかし、それを踏まえた上での違和感がある、それはボクも気になっていた。


 体が成長していない。


 今日はよくよくレティシアを調べてみたが、一年前と体つきがまったく変わっていない、十二歳と言えば劇的に変化があってもいいのに。


 それはボクも同じだった、この体の年齢は不明だけど、成長した様子がない。日々の訓練で戦闘技術は向上してゆくが、身体的な出力は変わっていない。


 いくらなんでも、成長期の二人が揃ってまったく成長していないなんて。


 思い返せば、砂漠の地下ダンジョンで裸でレティシアが倒れていた時、あの時にすでにミルクは何かを感じ取っていたんだ。


 そう、ボク達は不老不死であると。


 正確には不死の部分は分からない、死んだことがないから。でも、不老だというのなら心当たりがある。


 まず、O.G.O(オールドゴッドオンライン)内でのボクの体は魔神で、寿命という概念のない設定だった。今もその設定が生きているのなら、ボクは不老だ。


 同じく従者であるベヒモスも不老だ、そもそもゲームキャラに年をとる設定がない。むしろ従者はやられても死なない、戦闘不能状態には陥るが、死ぬことはない。そう考えると、ベヒモス化したレティシアには不老不死の可能性すらある。


 ただ、おかしなこともある、ボクの体が子供で止まってしまうのは、ゲーム的にもおかしい。だってボクの魔王キャラは、成人男性の姿なのだから。そのあたりのちぐはぐさも、ボクが子供の姿で転移したことに関係があるのだろうか。


 いや、話が飛躍しすぎている。実際に不老かなんて、もう少し経過を見てみないと確信できないし、不死に至っては確認のしようもない。


 ミルクやトーマスも、年齢の割にはお肌ツヤツヤで若返った感すらあるけど、この問題については保留だ、考えても仕方のないことだし。


 そんなことを思いながら、レティシアを観察していると。


「ヤダ、そんなに見ちゃ」

「え?」


 レティシアは両手で体を覆い隠くす。しまった、ボーッと眺めすぎた、女の子は難しい、また注意される。


「あ、隠す必要は無かったんだ」


 と思ったが、レティシアは腕を戻すと、むしろ堂々と姿勢を正した。


「えへ、だって“理想的”だもんね」


 よくわからないが、どうやら平気らしい。


 そもそも、この歳の男女が一緒にお風呂に入るのもどうかと思う。でも、異世界の倫理観は未だに掴みきれてないし、ボクは基本的に郷に入っては郷に従えの精神だ、レティシアに望まれれば一緒にお風呂にだって入る。


 しかし、いつかはレティシアも成長して、こうして無邪気にじゃれ合うこともなくなるのだろうか?


 仮にレティシアの体が、本当にボクのバフが掛かっている限り成長しないというのなら、精神的な成長はどうか?


 将来的に自我と精神のバランスが崩れて、レティシアもボクと同じように悩むことになったら。それだけが心配だ。

 レティシアのおっぱ……? 気のせいです。レティシアに関して具体的な描写は避けたつもりです。そのせいで状況が分かりにくくなっていたら、すみません。


【追記】さらに改稿しました。

 読み返したらちょっとやばめだったので、もっとエロさをなくすように改稿しました。そのため、全体的に淡々としています。もう、ほとんどストーリーを箇条書きにしたレベルにまで心情描写が足りませんが、苦肉の策です。さすがにこれでアウトとか言われたらもう。



※諸事情により今月はアップ頻度が激減します。申し訳ありません。

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