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01 プロローグ

 最近の神代優乃くましろゆうのは、昼夜問わずゲーム漬けの毎日を送っていた。今も薄暗い部屋で一人、VRMMOに没頭している。


 たまにVRゴーグルを外したかと思えば、傍らにあるマグカップに口をつけ、ただそれだけをしてまたゲームに戻ってしまう、そんな調子だ。


 だが、VRゴーグルを外して一瞬見えた姿は、こんな薄暗い部屋に閉じこもっているにはもったいないほどの美貌だった。


 ゆるふわな黒髪ショート、人懐っこい幼い顔立ち、美人というよりは可愛い、小動物系の愛くるしい容姿をしていた。


 街へ出れば誰もが振り返るだろう、それでも優乃ゆうのは部屋から出ようとしない、その瞳にはゲーム画面しか映っていなかった。


 なぜ引きこもりのような生活をしているのか、それは優乃自身、この可憐な容姿も名前も大嫌いだったからだ。


 優乃は今年二十歳になる男性だ、可愛らしい容姿が逆にコンプレックスとなっていた。


 男性といえども最近では可愛い子も人気がある、しかし、不器用な優乃は嫌いな自分の姿と向き合うことが出来なかった。


 幼少の頃からオカマだのフタ○リだのとイジメられ、それが今更チヤホヤされたところで素直に受け入れることは出来ない。


 イジメは外だけではない、三人の姉達が四六時中ちょっかいを出してくる。


 母と姉弟の五人家族の中で唯一男である優乃は、当然のようにサンドバッグにされ、性的なイジメすら受けて育ってきた。


 そんなわけで、すっかり女性不信に陥った優乃は、大学も休みがちになり、数年前からプレイしているゲームに益々のめり込む有様だった。


 最近は徹夜に近いほどゲームをしている、長い開発期間を経てやっと拡張パックが発売されたためだ。


 今日も新しいエリアを攻略するべく、NPCの配下を引き連れ探索へと乗り出す。



 頭上は抜けるような青空で雲一つ無く、燦然と有る太陽が目の前の大地を白く輝かせていた。


 後ろを振り向くと岸辺になっていたが、そこに海原は無く、代わりに幾重にもうねる雲海が広がっている。時折現れる雲の切れ目からは、遥か下に人間界が見て取れた。


 今居る場所は拡張パックで追加された天空領だ、ここには天空の神を気取るボスが住んでいて、巨大なキャッスルダンジョンも建てられていた。


 優乃は雲海から目線を前方へゆっくり戻し、その大地へと一歩を踏み出す。


 すると、侵入者を排除するために配置されていたモンスターが、いたる所からワラワラと現れた。


 モンスターと言っても見た目はタマゴに羽の生えたような天使タイプで、カラクリじみた意匠のこのモンスターは、機甲天使兵という名だ。


 対する優乃のキャラクターは、魔王。


 長身で銀髪、冷たくも燃えるような赤い瞳で、魔王らしく側頭部にうねるような角がある。現実の優乃とはまた違う、男らしいイケメンだった。


 機甲天使兵は大地を埋め尽くす勢いで現れ、いずれ、白い津波となって優乃に襲いかかる。


 しかし、このゲームで最強を極めた優乃にとって、この程度の敵など物の数にも入らない。


“魔王ユーノ”の従者がそれぞれ四方へ散開すると、行く先々で強大なエネルギーが炸裂し、その渦に巻き込まれた機甲天使兵は次々と爆散、消滅してゆく。


「このエリアも楽勝になってきた、次はどこを探検しようか」


 手強いモンスターが出没する天空領を、ソロで闊歩するのは優乃くらいだった。



 優乃がハマっているゲームは、O.G.O(オールド・ゴッド・オンライン)という、太古の神々が住む世界を題材としたVRMMOだ。


 プレイヤー自身も神の一員となり、奇跡の力を振るいつつ、強大な力に立ち向かったり天変地異を防いだり、他のプレイヤーと覇権闘争などをして遊ぶ。


 神にも幾つか種族が存在し、優乃はその中から“魔神”を選んだ。O.G.Oの中で最も古い種族で、悠久を生きるという設定だ。


 そして、ジョブは魔神種族とも相性の良い、魔王。配下を従えるタイプのこのジョブは、ソロに強いのが特徴で、引きこもりの優乃にはうってつけだった。


 O.G.Oは種族とジョブを決定した後も、それぞれのジョブに用意されたスキルツリーにより、キャラクターの性質が変化してゆく。


 人見知りの優乃はさらにソロ特化するために、バフ・デバフのスキルを選択し、従者をより強化する方向へシフトしていった。


 従者を持つ魔王は優乃にとってイメージ通りだったが、正直、魔王は不人気ジョブだ。


 神を題材とするため、このゲームでの技は規模が大きく、強力なスキルをぶっ放して敵を一掃するのが爽快だ。皆派手なジョブを選択し、それらの能力を十二分に引き出してオレTUEEEするのが一般的だった。


 それに比べて、魔王は従者に強さのリソースを割くため、従者は派手だが自身は地味で爽快感が薄い。


 特に優乃が作り上げた支援特化型の魔王は、ソロ能力に関しては群を抜いて強かったが注目度は低く、同じタイプのキャラを極める人はいなかった。



 久々に発売された拡張パックを完全攻略するために、最近は寝不足になるほどプレイしていた。今日も深夜限界まで分身である“魔王ユーノ”を操る。


「あ、新しいエリアへ飛ばされた」


 天空領に幾つかあるダンジョンの中で、最も巨大なキャッスルダンジョンを探索していた時のことだ、突然見たことのないエリアに飛ばされた。


 何がキーになってワープしたのか不思議に思ったが、それは後で調べるとして、とりあえず目の前の新しいエリアを探索する。


 近未来的なキャッスルダンジョンと違い、このエリアは柱や壁に精緻な彫刻が施されており、見上げると巨大なステンドグラスまで備え付けてある。


 視線を足元へ落とすと床はガラスのように透けていて、遙か下界に広がる森がよく見えた。


 ここは浮遊している天空領の最下層だろうかと、眼下の森を眺める。妙にリアルで高低差に落ち着かない。すると、突然メッセージが流れ始めた。


『そなたに我が力、我が秘術を継承する。次代の支配者となるべく我と契約を交わすか?』


 Y/N


 突然イベントが始まった、急にワープしたと思ったら言い出すことも突飛だ。


 今は深夜で時間もないが、新たなイベントが始まったとなれば、ここはYES以外の選択肢はない。


『感謝するぞ異世界の魔王よ、では我が呼びかけに応え、彼の地に降臨するが良い!』


 瞬間、グワッと足元が歪み下へと引きずり込まれる。


 このVRシステムも開発されて数年だが、急な演出は今だ慣れない所だ。視覚情報だけのはずだが、森へと落下する感覚でクラクラと頭が揺さぶられる。


 そう感じていると、優乃の意識は徐々に薄らいでゆく。


 実際、今は深夜で眠気もピークだ、久々に寝落ちなのか、それとも別の何かなのか、自分では判別できないほど朦朧として、ゆっくりと意識は閉ざされていった。





 ここではない別の世界、そこからこちらを覗くモノがあった。


 それは、ある伝説では魔王と忌諱され、またある聖典では神と崇められる存在。


『ダメじゃ、これも、此奴も、探しても儂の力を受け継ぐに相応しい者がおらぬ。自身の強さばかりに傾倒してもダメなのじゃ、ただ一人が強くとも、続く者が居らぬのなら』


 白く長い髭を蓄えた老齢の魔王は、老いてもなお鋭い眼光を細く窄ませ、口惜しさのためかそんなセリフを吐き捨てた。


『儂との相性もある、あまりにかけ離れては上手く合わさらぬ。創世の神、原始の魔王などと呼ばれ、永遠とも思える時を生きた儂もついに滅びる、とうに欲も希望も失せた身なれど、終焉の秘術、これを成就せずに終わるのは心残りじゃ』


 残念そうに呟く魔王の眼前には、大きな水晶球が浮遊している。冥府をも見通すと言われるその魔道具には、幾つもの別次元の世界が投影されてゆく。


 魔王の指がスッスッと空中を薙ぐと、それぞれの世界で屈指の実力者が、次々と水晶球に浮かび上がる。


 ふと指が止まる。そこには配下を引き連れ、聖なる者とおぼしきタマゴ型の天使を、一網打尽にしている若者の姿が映し出された。


『ぬう? ほほう、悠久の刻を生きる絶対なる支配者か、その強大なる力のもと、操る配下はまさに無敵』


 それは言わずもがな、ゲームの中の優乃だった。


 老齢の魔王は従者や信仰者へ恩恵を与える能力に秀でていて、他者に力を与える優乃は自身ととても相性が良いと踏んだ。


『まだ若き異界の魔王ユーノ。なるほど、儂の後継に相応しい、そなたに全てを託す事としよう』


 老齢の魔王は装飾も重厚な玉座から立ち上がり、円状に開けた謁見の間へと、緩やかな階段を降りてゆく。傍らには老いた魔王を支えるべく、女神と見紛うばかりの美しい女性が寄り添う。


 円状の広間には大きな魔法陣が敷かれており、陣の周囲には純白のドレスを纏った六名の女性が佇んでいた。


 幼い少女から妙齢の女性まで様々だが、みな言葉では言い表せないほどの美しさだ。


 彼女達の手には神器が握られている、異世界召喚に使うそれらの神器は、老齢の魔王が気の遠くなるような歳月を費やし準備したものだ。


 老齢の魔王が目配せすると、彼女達はそれぞれの神器を掲げ魔力を注ぎ込む。やがて神器は発動し、魔法陣が強く明滅を始めた。


 魔力の奔流が吹き荒れる中、陣が安定して輝き出すと、異世界とゲームの世界とが連結される。


 そして、魔王ユーノから後任を承諾する意を受けた老齢の魔王は、最後の召喚の文言を口にする。


『異界の魔王よ……我が呼びかけに答え、彼の地に降臨するが良い!』


 瞬間、魔法陣が強く発光し辺りは白く塗りつぶされる。だがそれは一瞬で、すぐさま陣の中心へと光は収束し、元の静まった広間へと戻った。


『よし、これで魔王ユーノは大地の中心である聖なる森に召喚された』


 術に使った神器は幾つか崩れ去っており、再度この術を試みるにはまた途方もない時間を要する。それは老いて時間の残されていない魔王にとって、二度と叶わぬものだった。


「魔王さま、魔王さま」

『ん? なんじゃ』


 傍らで魔王を支えていた美女が、「魔王さま」と敬称を付けて呼ぶのとは裏腹に、ぐいぐいと魔王の肩をゆさぶった。


「今しがた召喚された異界の魔王ですが、少々違和感がありませんでしたか?」

『え、どうゆうこと?』

「なんか魂があべこべと言うか、そんなかんじ?」

『マジで?』

「マジ」


 すると、魔法陣を囲んでいた女性の中で最も幼い子が、大量の魔力を消費したのか、気だるそうにしながら魔王に語りかけた。


「ほらー、ちゃんとリサーチしないからー、大丈夫なのー?」

『だ、大丈夫じゃって、こういうのって上手くいくやつじゃん、今までもそうじゃったろ?』

「えー、てきと~」


 そう言うと魔王と美女達は、「疲れたらお腹空いたわ」「お風呂はいるー」など口々に、和気あいあいといったふうで玉座奥の通路へと消えていった。



 かくして優乃は、自身のまったくあずかり知らない世界で行われた召喚の秘術により、ゲーム世界のキャラクター“魔王ユーノ”と、現実世界の“神代優乃”の二重同一召喚を受ける事となった。

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