第八話 金田 凜丈
「菩巌院さん、犯人の目星はついているんですか?」
僕は聞いた。
それがなければ決戦もクソもない。
「まだだ。」
僕と、坂堂は幻滅した。
どうやって戦おうと思ったんだ?
「ただ、これから夕柱丘に向かう。そこで、ある人物に会う。」
夕柱は歴史的な建物が数多く残る地区だ。そこから少し行くと、世代城跡にも行ける。
「ある人物って誰ですか?」
「まあ、親しくはないが、かなりいい奴だ。」
どんな奴だよ。僕らは心の中でツッコミをいれた。
棒反から大邦・世代方面の列車に乗り込む。
ここからだいたい40分程度で夕柱に到着する。
「うーん。やはり台柱線は乗り心地がいい。」
僕は心からそう思う。
「夕柱か、一回も行ったことがないから楽しみだな。」
坂堂は完全に観光気分だ。
ちなみに僕の肩に頭を乗せて羅々は寝ている。昨日は寝れなかったのだろうか。
菩巌院は完全にサラリーマンだ。
大邦に着く。
かなり混雑していた車内もかなり人が減るが、また、たくさん乗ってくる。さっきよりはマシだ。
「さすがだなー大邦は人をたくさん飲み込んでいく。」
「人を飲み込んでいく。っていいね。僕は好きだよその表現。」
菩巌院は坂堂の独り言に返答している。
「まあ、読書感想文コンクールで毎年入賞しますから、言葉の使い方には自信があるんです。」
「へえ、すごいじゃん。僕なんか、粗筋書いて提出だよ。」
もう列車は大邦から4つ目の駅、曲田を出ていた。
台柱線は大邦の南側を走る青い静脈とか、いろいろ通称がある。駅の数は平坂園から世代城跡まで35あり、そのうち、平坂園から早手の区間は地上にでている。
また、曲田の次の駅、強反奈は、全国読めない地名ベスト50にランクインされている。ちなみに答えは「しばな」だ。
大邦から三十数分後、新代に到着した。
夕柱丘まであと数分だ。
「傘」
「魚」
「な、な、なると」
「と?時計」
僕らはしりとりを始めていた。
かなり長い間続けている。
やはり、暇潰しにはしりとりである。
菩巌院は得意なのか、つまらずに答えている。
坂堂も、菩巌院ほどではないが、すらすらと答えている。
問題は僕だ。なんとも、言葉が出てこない。
菩巌院に「せ」攻めをしているが、全く効いていない。それどころか、坂堂の「な」攻めに苦しんでいる。
不味い。このままでは負ける。
「バール」
ああ、終わった。
「る、る、ダメだ、ギブ。」
「あ、ちょうどいい。次が夕柱丘だ。」と、菩巌院。
「ルーペとかあっただろ。」と、坂堂。
羅々は相変わらず寝ている。
「あ、うーん、はあ。お早う。」
起きた。
「あ、次、夕柱丘じゃん。」
僕も寝ていれば良かった。こんなハイレベルなしりとりに付き合わされなかったからな。
僕らは夕柱丘で降りた。
「ここからどこにいくんですか?」
坂堂は菩巌院に訊いた。
「夕柱記念館辺りかな。」
夕柱記念館まで駅から徒歩10分くらいだ。
改札を抜け、駅の階段を上る。なぜ、エレベーターを使わないのか。そこから北の方に歩く。一つだけ交差点を曲がると、あとは一直線だ。
歩いている最中もしりとりは続いていた。坂堂と菩巌院しかやっていないが。
しばらく歩くと、屋根が瓦で、きっと鉄筋コンクリートだろうがそれでも木造に見える大きめの建物が現れた。これが夕柱記念館。歴史的な町並みに溶け込んでいる。
しかし記念館には立ち入らず、菩巌院は更に歩いた。
2分ほど歩くと、建物と建物の間の細い道に入って行った。
いや、道なのか?堂々と室外機というか色々あるけど。そんな道を抜けると少しだけ開けた所に出た。あるのは下に続く階段だ。
「うわあ、なんかワクワクするなあ。」
いつの間にかしりとりは終わっていたらしい。坂堂はそう言った。
僕はそうは思わない。
羅々は僕の腕を強く掴んだ。
菩巌院は僕の方をみて、お熱いですねえ、とからかうように言った。いや、もう、痛いです。
しかし、振り払うのも違うと思ってほかっといた。
階段を下る。
どんどん周りは暗くなり、どんどん腕は痛くなる。
しりとりはラウンドスリーを迎えていた。
え、まだ歩くの?
階段を下りきると薄暗い不衛生なところだった。しかし、不衛生というのは壁のコンクリートの欠けや、薄暗さからで、臭いとかはない。
相変わらず腕は痛い。
更に歩いた。
切れかけの蛍光灯、少し寒い。赤い警告灯は更にホラー風味を醸し出した。
そして、扉の前で菩巌院は立ち止まった。
「ここに、ある人物がいる。」
「いい加減、誰に会うのか教えてくださいよ。」
「名前くらいならいいかな、金田 凜丈って人に会う。」
なんというか、中性的な名前だな。と、僕は思った。
菩巌院は扉を開け、僕らは部屋の中に入る。
扉が閉じると明かりが付いた。
眩しくて僕らは目を瞑る。
「よーぅこそ!金田屋へ!著名人の不倫、スキャンダル、過激発言から隣の美人さんの色恋事情まで、何でもどうぞ!」
なんか、やかましい女の人が出てきたな。
服はヨレヨレだし、なんというかだらしないし、20代くらいだろうか。
「久しぶりだな、金田。」
あ、菩巌院さんは、知ってる人なのね、いや、当たり前か。
「なーんだよ、帝刃ちゃんじゃん。つまんないなー。」
帝刃ちゃんという渾名に吹き出しそうになった。しかし、菩巌院は気にしていない様子だ。
「後ろの子達は?」
「なんていうか、仲間?みたいなの?」
自信なさそうに、菩巌院は言った。
「へえ、誘拐かと思った。」
金田は警察に目をつけられないようにな。と、言った。いや、それは失礼だろ。
「んで、今日はなんの用?」
「ああ、俺みたいな能力を持っている奴を探している。」
金田は少し考えて言った。
「その子達は能力持ち?」
「まあ、そうだ。」
「能力なしは私だけかあ。」
立っているのが疲れてきた。
「能力持ち、能力持ちねえ。そんなにホイホイいるのかねえ。ま、探すだけ探すから、調査料、20万円。」
「相変わらず取るな。」
「そこらの探偵よりかはかなり割安だろ。しかも今回は私の命にも関わりそうだし。」
そこらの探偵はどれ程とるのだろうか。
菩巌院は札束を机の上にポイッと放った。
金額的にももう少し丁寧に扱えよなあ。
「常連だし、難しい話はしないけど、失敗したら金を返すってのだけ覚えとけ。成功報酬とかは要らん。」
菩巌院はよろしく頼むと言った。
僕らは部屋を出た。
「結局、金田さんは、どんな方なんですか?」
顎に手を当てて言った。
「いろんな業界に精通する情報屋とか言われているけど、言葉的に違う気がする。どっちかって言うと、探偵が一番近い言葉なのかな。」
探偵、うーん、失礼かもしれないけど、あの人が調査なんかできるのかなあ。