第五話 菩巌院 帝刃
結局、坂堂は寝てしまった。
終点の平坂園まで行って、地下鉄を乗り継ぎ、大邦まで戻る予定ではあるが、もう、寝るのか。
車内はいままで乗っていた地下鉄と変わりがなくいるのは、坂堂、僕、あの男性しか乗っていないということを除けば、本当に変わりはない。
「暇だな。」
平坂園まで30分、やることがない。
すると、あの男性が近づいてきた。
スーツ姿の男性で、坊主頭。通勤ではないな。
「寝てしまったか。」
なんだ?僕らに用があるのか?
「こんにちは。僕の名前は菩巌院 帝刃。君たちは旅行?」
かなり低いが優しい声だ。
「まあ、そんな感じです。」
あまり知らない人と喋りたくはないのだが。
「そうか。じゃあこれをあげよう。」
渡されたのはビー玉だった。しかし、その模様はとてもきれいで、転がして遊ぶ気にはならないほどだ。
「なんですか?これ。」
菩巌院は答えなかった。間も無く次の駅、車丘。
到着すると、彼は下りた。それと同時に坂堂は目を覚め、鉄オタらしい人たちが我先にと車両に乗り込んできた。
なんだったんだ?
「あ、長目、それくれよ。」
自分にしてはあっさりとさっきのビー玉を坂堂にあげてしまった。
◆ ◆ ◆
あれから1月、6月の珍しく晴れた日、
四角い石の前で僕は立っていた。
「長谷川家之墓」
そう彫られた灰色の石の前。
定期テストも終わり、修学旅行も終わり、これから夏休みというなか、6月1日に長谷川は交通事故にあった。
隣で坂堂は少し涙目になっていた。
葬儀は家族葬で、行けなかった。というか、彼が事故にあったのすら知らなかった。
そんな自分に腹がったっているのかも知れない。
線香もあげて、帰ろうとしたとき、
「お久しぶりです。1月ぶりですか?」
そこに居たのは菩巌院だった。前回同様、スーツだ。
誰?と坂堂は言う。
あとで話す。
「菩巌院さん、でしたっけ。お墓参りですか?」
まあね、と言った。だが、彼は手ぶらだ。
「お友達?」
誰を指したのだろうか。坂堂のことか?いや、このお墓のことか?
「まあ、はい。」
「それは、・・・御愁傷様です。」
菩巌院は墓参りに来たのではない。様子を見ればわかる。しかし、なんのために僕らに近づいてきたんだ?
「さて、ここで話す訳にはいかないから、場所を移そう。」
僕の心の中が読めているような風に彼は言った。
* * *
「実は彼の死因は知っているんだ。」
霊園から少し歩いたところの喫茶店で菩巌院はそう言った。
僕らは、水、菩巌院の前にはアイスコーヒーがあった。
「交通事故ですか?」
僕は少し苛立ちつつ、言った。
1月前に会ったほぼ初対面の男に友人の死をグリグリと掘り返されるのは腹が立つ。
坂堂はずっと黙っている。
「そう。でも、不審な点がいくつかある。」
ドライバーはクラクションを鳴そうとしたこと。しかしならなかったこと。
同じような案件が国内でも3件あったこと。
「同じようなって、クラクションを鳴らしたけどならなかったこと。って、ことですか?」
菩巌院は、首を縦に振った。
ただの偶然だと思うが。というかさっさと帰りたいんだけど。
「僕の友人も同じような事故に合った。」
え?
心の中だけでなく、口から漏れていたようだ。
「現場にはGPとかかれた紙が置いてあった。僕の友人のときも、そして、君の友人のときも。」
確かに、ニュースでも少し触れられていたが、イタズラと解釈されていた。
「僕はこれらの2つの事故を事件と見ている。」
そこで、坂堂が立ち上がって怒鳴った。
「止めてください!誰か知らないけど、勝手に関わって来ないでください!僕はもう帰ります。」
坂堂はさっさと店を出ていった。
他のお客さんはこちらを見ていたが暫くして戻った。
「すいません、驚かせて。でも、僕も同じ気持ちです。」
菩巌院は黙った。
「わかりました。」
菩巌院はテーブルに手をつき、頭を下げた。
「僕は、ただ、友人の仇を取りたいんです。お願いします、協力してください。君たちの力が必要なんです。」
奇妙な気分だった。大の大人が、中学生に頭を下げるというのは。
「頭を上げてください。・・・なんで、僕らが必要なんですか?」
菩巌院は頭を上げた。
「それは、あの列車に乗ったからです。」
あの列車?M-3000のことか?
「M-3000は素質のある者を乗せる列車。そこに君たちが乗ったからです。」
素質?もしかして、能力のことか?
「僕は物体の質量を大きくする能力を持っています。」
菩巌院はテーブルの横の砂糖入れに「グラーヴェ」と呟いた。
「持ち上げてください。」
持ち上げた。すると、持ち上がらなかった。
重いのだ。
菩巌院は指を鳴らした。すると、砂糖入れは元の重さに戻った。
「僕の友人もこういう能力を持っていました。名前をプレスト。この能力は彼らにとって危険だったのです。」
どういうことだ?
「犯人も、こういう能力を持っています。その能力にとって、プレストは危険なのです。だから、交通事故を装って殺された。」
そうだったのか。
「友達の仇としてではなくていいです。もう二度とあいつによって同じような事故をなくすため、僕に協力してください。お願いします。」
菩巌院は再び頭を下げた。
長谷川のためでなく、これからのため。何か違う気がするけれど。
「わかりました。」
菩巌院は頭を上げて、ありがとうございます。と言った。
「できれば、さっきのお友達も協力してほしいです。」
「うまく、説得してみます。」
「ありがとうございます。」
僕らは喫茶店を出て、菩巌院さんとは別れた。
あとは、坂堂だけだ。




