第五十一話 虚勢
あれやこれやとなんだかんだで話していると、
「はい、洗剤。」
坂堂が帰ってきた。
「あ、ありがとう。でもさ、消えるの?路上の血液。」
「うーん、というかさ、本当に血なのか?」
「みんなが血だって言ってるから血なんでしょ。」
僕は坂堂を座らせて、今までの話をしようとした。
が。
そうはいかなかった。
いや、話そうと思えば話せたのだが、このとき、丁度店内に誰かが入ってきた。このときの扉のベルの音が妙に気になったのだ。嫌な予感。
入ってきた男はこちらをみとめるとどんどんと近づいて来た。え、誰?
そして、いつの間にか菩巌院の眉間に銃口を突きつけていた。
あまりにもいつの間にか、という感覚で現実味が一気に消え失せる。しかし、男の手に握られた銃は漸く、非現実的な現実を見せつける。
店内はパニックになった。
客は我先にとすぐに店外へ出ていく。
しかし、僕らはその場にくくりつけられたように動けなかった。男は銃口を天井に向け、一発。
店内は静まり返るものの、すぐに泣き出す者が現れる。
「静かにしろ。お前らを殺すことはない。さっさとここを出ろ。店員含めてな。」
再び人が我先にと出ていく。店員たちも店外に向かう。
結局、僕達だけが取り残された。
「や、槍形・・・。」
「よお、菩巌院。」
やはり、こいつが槍形涼。
「お前らさ、俺の首、狙ってんだろ。」
確かにそうだが、はいとかそうだ、とか言えるはずがない。ただ、喉が張り付いたような感覚だけがある。
「神前長目、坂堂草平、條原羅々、金田凜丈、そして、お前、菩巌院帝刃。」
今まで通り、こちらの情報はすっかりお見通しってことか。
「久々だなぁ、菩巌院。メトロズ崩壊以来か。」
「・・・。」
菩巌院は黙っている。
「まあ、お前のお陰であんたらは俺の能力はバレてんだろうな。一応、答え合わせだ。能力は瞬間移動。それも、印をつけたところだけに。・・・おやおや、どうした?俺を撃つチャンスだろ?」
確かに。
しかし、動けばこちらがすぐに反撃されそうだ。
「まあ、いいや。ただ、あんまりじっとしてると俺が撃つからな。」
当たり前だ。
僕はどうにか手をジリジリ這わせて銃を握る。しかし、それを構えて引き金を引くのは出来ない。
ガチャリ。耳元で音がした。紛れもなくそれは坂堂が構えた銃からだ。
「お、どうやら勇者がひとり、立ち上がったようだね。」
「おい、こっちにそれ向けなくていいのか?」
「別に、お前の銃など見切れる。」
「へえ、見切って逃げてもこの喫茶店から少し遠いところに行くことになるぜ。」
どういうことだ?
「こいつの彼女は肝がデカイから。」
は?
「どうせ、さっきの菩巌院さんに銃口を突きつけたのもご自慢の能力だろ?でもさ、その血文字、消されたら意味無いだろ?」
「は?何を言ってるんだ?」
「だから、そのまま後ろを向けばわかるって。」
「ハッ、さすがにそれは出来ないな。俺は後頭部に目ん玉は無い。」
「そう。なら、撃つね。」
坂堂はいきなり撃った。しかし、それが槍形に当たることは無く、当たる前に槍形は消えていた。
「あ、あれ?」
僕は馬鹿見たいに変な声を出した。
「はあ、はあ。」
坂堂は肩で息をしている。今までの威勢はどこへやら。
「いやあ、凄いよ。初対面の殺人鬼に対してあれほど虚勢を張れるんだもの。」
金田は素直に感嘆していた。
「え、もしかして僕だけ置いてけぼりですか?」
「そうだね。」
菩巌院さんは笑っていた。
「何があったかって言うとね・・・。」
羅々が説明を始める。
要約すると僕は騙されたわけである。まあ、それは言い過ぎなのだが。
槍形が来ることは予想外だったことは確かだったが、それ以前にある約束をしていたらしい。
アイコンタクト。というか、瞬きで会話をするらしい。
会話と言っても簡単なもので、あるのは「はい」「いいえ」「撃て」「~しろ」「構えろ」の五種類。
そのうちの「~しろ」は事前に決めておいた作戦を実行するサインだそうだ。
今回の「~しろ」は「洗剤を血文字にかけろ」という意味。
で、今回、僕だけ瞬きのサインが伝わっていないの理由は簡単。
まず、この瞬きのサインについては坂堂と菩巌院の二人が以前に決めていた。
そしてそれを今日、金田と羅々に伝えられたが、僕については坂堂が伝えるはずだったが、すっかり忘れられていた。この喫茶店で確認する予定だったらしいけれど、その前に槍形が来てしまったので、不確定要素の僕は省かれたらしい。
金田は今回何もしていないが座っている場所が悪かったので、省かれたらしい。
要するに、菩巌院の指示で坂堂と羅々が動いたらしい。
いや、そんなサインをしているような瞬きをしていたか?うーん、上手いのか。サインが。
坂堂に構えろと指示をした。そして、槍形の注意を坂堂に向けさせ、羅々が血文字に洗剤をかける。それだけで消えるのかは疑問だったが、かなり強めのアルカリ性洗剤だったらしい。
また、槍形は血文字を書く素振りを見せなかったが、これについては槍形の能力により、血文字を書いたのだろう。
え、それだと血文字を書いている隙にバン!とかは出来ないのね。
書かれてすぐの血文字に洗剤をかけたから血文字が歪み(つまり消えなくても能力はかき消せる。)、槍形はどっかに行ったらしい。
「ということで、また、槍形を探しに行く羽目になりました。めでたくない、めでたくない。」
確かにめでたくない。