第五十話 洗剤
「能力持ちを知っている?それは、どういう意味ですか?」
坂堂が切り込んだ。
「・・・、結論からいくと、僕は恐らくこの組織にいた。」
!?
菩巌院はズバズバととんでもないことを言っていく。
僕らはその言葉の意味がわからず、暫く、沈黙する。
「え、じゃあ、今、菩巌院さんは組織を裏切ってるってことですか?」
意外にも沈黙を破ったのは羅々だった。
「いや、そうじゃなくて、4年前に組織を抜けたんだ。その頃はメトロズって言う名前だったけど。」
「ふーん、じゃ、帝刃ちゃんは昔の同胞だとわかったわけね。」
金田はいつも通りだ。
「ああ、今まで戦ってきたのは恐らく、僕が抜けた後に入った人間。そして、組織自体の名前も変わった。」
成る程、一応、辻褄は合う。だが、
「僕らの情報を流していたのは菩巌院さんではないですよね。」
「おい、坂堂。」
僕は坂堂を止める。
「確かに、そう疑われるのも仕方ない。ただ、これは証明のしようがない。だから、信じてくれ。僕は君たちの情報を流していない。」
「そんなの信用しづらいですよ。」
僕はかなりきついことを言った。菩巌院は一瞬だけ傷ついたような顔をした。
「坂堂!」
僕は叫ぶ。
店内の客も一瞬こっちを見る。
「いや、確かに、流したという証明もできないし、流していないという証明もできない。僕は信用しづらい。」
僕は店内の様子もお構いなしに怒鳴る、
「馬鹿か!この状況でこんなことを言って、何のメリットになる!仮に情報を流していたとしても、それこそ疑われるだけで、デメリットだ!」
坂堂は何も言い返さなかった。
「ごめん。草平君。でも、信じてほしい。」
菩巌院は頭を下げた。
「わかりました。・・・でも、これで僕らを裏切っていたなら僕は菩巌院さんを恨みます。裏切られたことではなくて、長谷川を殺した人間の仲間だったことを。」
漸く、菩巌院のコーヒーがきた。
「その能力持ちって誰なんですか?」
黙っていると恐らく沈黙が続く。坂堂の表情にはまだ疑いが残っている。それは仕方ない。僕は構わず菩巌院に聞いた。
「名前は、槍形 涼。能力は『ダル・セーニョ』」
ダル・セーニョ。
坂堂の予想通りだ。
「どんな能力なの?」と金田。
「瞬間移動。」
まさか、ここまで予想通りだとは。
こんなときに関心することでは無いけど、勘というのは当たるものだ。
「瞬間移動ってことは逃げられたら・・・?」
羅々が聞く。
「見失うね。」
菩巌院はコーヒーを啜る。
「瞬間移動って、血文字の場所に飛ぶの?」
金田が聞く。
「そうだ。」
「じゃ、じゃあ、地図にメモっておけば、飛ぶ場所がわかりますね。」
坂堂がそう言った。やや、語調が荒い。
「いや、消せば良くない?」と羅々。
「血文字は消せなかったよ。」
僕は口を挟むように言った。。坂堂は女子と話せない。
「消せなかった?」
「うん、まあ、水を掛けて擦っただけだから洗剤とか使えばわからないけど。」
「洗うなら冷たい水で、アルカリ性の洗剤ね。」
金田がいきなりそう言った。
見かけによらず、家庭的だ。
消えなかったのはあのときのミネラルウォーターが生ぬるかったからだろうか。いや、それでも薄くなるくらいはしそうだけど。
「じゃ、アルカリ性の洗剤を買ってきますね。」
坂堂が立ち上がった。
「あ、待てよ。」
僕は坂堂を追うが、
「いいよ、一人で。」
「あ、そう。」
僕は座り直した。
坂堂は財布からココア代を置いて行ってしまった。
置いていかれた僕らに重い空気が漂う。僕は飲み終わったコップに手を伸ばしかけて、水の入ったコップを持ち上げて、一口飲んだ。
「・・・槍形 涼はどんな人なんですか。」
重い空気を押しのけるように僕は菩巌院に向けて、そう言った。
「槍形はね、うーん・・・。今まで会った人間で一番、何を考えてるかわからない人だね。」
うわぁ。僕の一番苦手な人間だぁ。そういうミステリアスな人苦手なんだよね。
「あと、アイデアマンだね。アイデアマンというか、よく、閃く。そして、応用ができる。だから、攻撃も臨機応変。」
臨機応変ということは、そこに石があれば投げるのかな。それは普通に痛そうだからやめてほしい。
「あとは、逃げるのが得意。能力のこともあるけど、彼はあまり能力を使わないんだ。本当に危険な時しか。」
「それじゃあ、僕らと闘うときには慢心して、能力を使わないことがあるってことですか?」
「それだといいけどね。」
僕の問いに菩巌院は困ったように笑う。
血文字自体を消して、逃げ場をなくしてから攻撃するべきなのか、うーん、わからない。敵から逃げる方法は能力だけじゃ無いからなあ。




