第四話 動き出す彼らの運命
翌日。
昨日は家の前の最後の分岐で羅々と別れた。
どうやらもう少し歩くらしい。
今日は土曜。5月にしては暑い日だった。
衣替えは6月のため、ボタボタと学ランの上に汗が落ちる。
「棒反中見たいにうちの中学も衣替えがなければいいのに。」
大邦都立棒反中学校。
吹奏楽部の強豪校で、毎年大邦地区大会では金賞をとり、大邦都大会も金賞をとって地方大会まで進出する。そこからは知らん。
ちなみにうちの中学も都大会には出場するけれど、地方大会はまだである。
そんな、中学生活最期のコンクールに向け、猛練習中だ。ある程度吹けるが、自由曲の後半辺りが忙しい。僕はバリトンサックスを吹くのだが、今回の曲には部員全員が「木管が難しい(本当はもっと過激な言葉だが。)」と言っている。その被害はバリサクとて例外ではない。
歩いて30分程で学校に着く。今日は半日練習だ。
* * *
活動内容は、パート練習、全体合奏。
帰りの集まりも終わり、部員が帰宅の徒につく。熱心な人は居残って練習しているが、僕はそんな気にならなかったので、今日は帰ることにした。
坂堂は休みだったので一人で帰ることにした。別に他に友人が居ないわけではないが、なんというか、一人で帰りたかった。
しかし、その願いは悉く潰れた。
校門から少し遠いところから手を振る陰。制服姿の女子。心当たりはある。羅々だ。
「こんにちは、長目君。」
こんにちは、と返した。どうやら、美術部の活動があったらしい。
案の定、一緒に帰ることにした。
「長目君、今日、時間ある?」
は?誘ってるのか?いや、誘ってるか。でも今日は、
「ごめん、今日はちょっと忙しい。」
少し、嘘をついた。
客観的に見れば忙しくはないのだが、個人的にはとても忙しい。つまり、趣味だ。
恋愛より趣味を優先するのかと言われそうだが誰も甘ったるいショートケーキばかりでなく、煎餅も食いたいだろ?そういうことだ。
「そう。」
少ししょんぼりした羅々は、何で忙しいの?などとは訊かなかった。
その話はそこで終わって、僕は羅々に美術部でなんの絵を描いているのかとか、羅々は僕になんの曲を吹いているのかなど話た。
いよいよ最後の分岐に到着し、僕らはそれぞれの帰路についた。
家に着いた僕はさっさと昼飯を食べ、さっさと着替えた。
黒いTシャツにジーパン。おしゃれとかは解らないが、特別ダサくは無いだろう。
そして自転車に跨がってペダルを漕ぎ始めた。
着いたのは地下鉄の駅「棒反」
僕の家は大邦駅より棒反の方が近い。というより、大邦中という割にはほぼ棒反なのだ。
ここで何をするのか。
幻のM-3000を見るためだ。
何を隠そう、僕は鉄オタ。それも乗り鉄なのだ。
車内の幾何学的なあのフォルムが好き。レトロなのも嫌いではないが。
駅の階段の前で待っていたのは坂堂だった。
「部活休んでこっちは来るのかよ。」
「明日は3倍頑張るで、許して。」
彼はそこまで電車に興味はなかったが、乗り心地のいい列車といったらついてきた。
僕らは階段を下りて、切符を買う。改札を越えて、ホームに向かう。
昼頃の地下鉄は若干空いている。
デジカメの電池残量を確認し、ホームの端に行く。
普段は撮影する気はないのだがせっかくなので。
ターゲットが来るのは2時7分の列車。2本先のものであったから近くの椅子に座る。
「M-3000ってことそんなに幻なのか?」
坂堂は聞いてくる。
これだから素人は。と言えるほど僕はその道が長くはないが。
「乗り心地がいいらしい。」
僕が知っているのはそれくらい。
M-3000は3年前まで使われていたのだが、あまりの乗り心地のよさに、それ目当てで乗る人が増え、1年で運行中止になったらしい。
そんな、混乱を生むM-3000はなぜ今回のみ走ることになったのか。理由はわかってない。
情報源は父さんで、記念に乗ってこい。と言われた。
列車がきた。これは違う。シルバーの車体に青線、白い縁取りはM-2500。
次だ。
他の人は知らないのか、利用者の人は全員その車両に乗ってった。4分待って、乗り心地のいい車両に乗れるのに。
ホームはびっくりするほどガラガラになった。
いるのは、坂堂と僕と、遠くの方でケータイをいじくっている男の人だ。
「もったいねーなー。4分だけの待てばアレに乗れるのに。」
列車が行ったあと、坂堂は大きめの声で言った。
「まぁまぁ。」
確かにもったいないが、歓迎ない。あの乗客らがどの車両に乗ろうと。
2時6分。
いよいよ、もう少しだ。
と、思って居たら、列車が来た。
大きめの駅だからやや早めに来たのか。僕はデジカメの電源を入れ、画面にM-3000を収める。シャッターを切り、撮影成功。坂堂も写真を撮っていた。
シルバーの車体に青線、薄めの青で縁取りされたこの車両が、M-3000。
僕らは列車に乗り込んだ。
2時7分。
定刻通り発車した。
後ろに置いていかれるホームはどんどん人が増えていった。
「あーあ、残念。」
坂堂もその風景を見ていたらしい。
車内はがらんどうだった。
大邦駅から来た列車なのに、こんなに人がいないのはおかしいと思ったが、気にしないことにした。
さて、肝心の乗り心地だが。
「やべえ、寝れそう。」
坂堂はそういっているが、僕はそんな大したものではないと思った。