第四十七話 地図
「これか?」
路上に赤黒い記号。
「セーニョマークか?」
「あー、確かに。」
Sに斜線を引いたような記号。楽譜を見れば大抵出てくるこの記号。
「でも、なんでセーニョマークなんだ?音楽記号といえば他にもっとメジャーなのがあるだろ。」
坂堂の言い分は尤もだ。
単純に何か音楽に関係あるものを書くなら八分音符でも描けばいい。だけれど、そうではない。つまり、何か意図がある。
「赤黒いし、確かにご婦人の言うように血文字なんだろうけど。」
僕は頷く。
「そこだよね、なんで血で書くかってところだよね。」
「うーん、イタズラなのかなあ?」
「なら、消しちゃおう。町の景観を損ねるし。」
ということで、僕の飲みかけのミネラルウォーターを血文字にぶっかけた。
消えないので、しゃがみこんで指で擦る。
「消えない。」
「おかしいな、薄くなるくらいはするはずなのに。」
わからん。
「もしかすると、この辺にイポジェーオクレアートの誰かが?」
坂堂は首を傾ける。
「だとしたらどこにいるんだってことだし、落書き一つでそうだとは言い切れないんじゃ無いの?」
「そうか。」
消えない血文字。どう考えてもおかしいんだが、それだけでは不十分。もし仮に奴等の仲間の仕業だとしてもどこに居るのかなんてわからない。
「なんの手がかりも無いのに、よく今まで金田さんは組織の人間を見つけれたよな。」
「不思議だよね。」
果たしてどういう方法で金田が組織の人間を探していたかはわからないけれど、そんな彼女が見つけられなかったってことはやはり向こうもすぐに姿は見せないようにしたんだろう。
「あ、なあ、長目、一つ気になったんだけどさ、」
「ん?何?」
「組織の奴等の目的ってなんだろうな。」
「そんなこと僕に言われてもわかるわけ無いだろ。」
「そうだけどさ、変じゃないか?」
変?変ってのはどこを指しているんだ?
「だってさ、もし自分が奴等の仲間なら、味方の居場所なんて言わないし、言わなければならないとしてももっと曖昧に言うよなあ。」
「確かに。」
「でもさ、奴等はそうじゃない。何か目的があるんだよね。」
「そうだとしてもここでそれを模索するのは無駄だよね。」
坂堂は口でモゴモゴと言ってから黙ってしまった。
まあ、確かに奴等の目的が判れば何となく対策はできるのかも知れないが。
暫く血文字を眺めていると坂堂が何か呟いた。
「セーニョマークがあるなら『ダル・セーニョ』もあるよなあ。」
「ん?なんか言った?」
「いや、セーニョマークがあるなら『ダル・セーニョ』もあるはずだよなあって。」
ダル・セーニョというのも音楽記号で「D.S.」とかく。楽譜に「D.S.」とあればセーニョマークもある。その逆も然り。
「この血文字が何かしらの能力による効果だとするならば、きっとその能力は『ダル・セーニョ』っていうのかな。」と坂堂。
「そうかも知れないけどさ能力の名前よりその効果の方が重要でしょ。まさか消えない血文字を描くだけな訳ないでしょ?」
僕の意見に坂堂はこう返した。
「いや、でもさ、今まで出会った能力だって音楽記号に由来してたでしょ?能力持ってない人は置いといて。」
ま、確かに。
羅々のラレンタンドは時間の流れを遅くするもので、音楽記号のソレはテンポをだんだん遅くするものだし。
聞いたことのないような能力名もあったけど、恐らくそれらも音楽記号が由来する。
そう考えれば敵の能力もある程度は予想できる。が、
「ダル・セーニョが能力名としても結局どういう能力なんだ?」
ダル・セーニョは記号の所に飛べ、という意味だが、
「ここまで飛んで来るのかなあ。」
「それだと厄介だけどね。」
果たして、坂堂の予想は的中するのだが、そんなことは今の二人が知ることではない。
「仮に瞬間移動する能力だとして、誰がその能力を持っているかがわからないよね。」
「誘き出す方法も無いしね。」
「聞き込みもできないしなぁー。」
聞き込むとして、なんと切り出すか、だ。この辺でおかしなことありましたかって言うのもアバウトすぎる。
「血文字を描いている最中をみればわかるけど。」
「血文字が描いてある場所を地図にマークして、それをみれば手懸かりがあるかもしれない。」
「うーん、まあ、やってみよう。」
僕は坂堂の案に乗ることにして、コンビニへ地図を買いに行くことにした。
コンビニまで結構ある。
ここは住宅街。最寄りのコンビニは駅の辺りにある。
「でもさ、地図にマークしてもわかることは敵の能力の効果範囲くらいだよな。」
「長目は文句しか言わないよな。」
「煩いな。」
携帯が鳴る。
「僕のじゃないよ。」と坂堂。
じゃあ僕か。
携帯の受話器のマークを操作する。
「あ、長目君。頼みがあるんだけどさ、いい?」
羅々か。
「良いけど何?」
「地図買ってきてよ。」
僕は坂堂を見た。
携帯の音声は坂堂にははっきり聞こえないだろうから僕が何故坂堂を見たのか、それは坂堂にはわからない。
「なんだよ。」
「シンクロニシティ。」
僕はそれだけ言った。