第四十話 羽根川は庭
長く、長く、そして長い渋滞を先に抜けたのは菩巌院らだった。
「っしゃい!」
菩巌院は珍しくガッツポーズをした。そのときに、ハンドルに肘がぶつかったため、恐らくクラクションがなった。(前からの疑問だったけど、なんでクラクションは車内から聞こえないのだろうか。理由ではなくて、仕組みを知りたい。)
携帯で調べると、この先ももう一つ渋滞があるようなので、すぐに高速を下りる。
そして、一般道の混雑状況を見ると、やけに都道14号が空いているので、入る。
そして、実際に空いていた。
理由は中谷交差点では工事があり、更に迂回路が細い道であるため、とても混雑しているからだ。
対応が遅れたのはあまりの交通量であるため、一つ前の交差点で通行止めの表示を出せなかったためだ。
このとき、菩巌院らは気付かなかったが、酒貼はこの渋滞に巻き込まれていたのだった。
ただ、それは後に。
空いた都道14号をスイスイと進む。もう二度と高速には乗らない、そう二人は誓い、羽根川へ向かう。
赤信号はちょくちょく僕らを足止めし、その分、僕らは酒貼が羽根川についていないことを祈った。
島ノ橋につくと、国道3号に曲がる。
ここからは真っ直ぐ道なりで、たまに特速線が走っているのが見える。
あの路線は国都急行線特別速度線で、東の方向に向かうものである。
銀の車体に赤い線で、先頭車両は鋭く細い。速さを追求した結果、このようなデザインになったらしい。
日鉄の在来線も見える。ここら辺は国都本線だろうか。
それらを横目に、車は進む。
進み、そして羽根川の砂島県庁まで、残り800メートルというところで、現れる。青いスポーツカー、数回ほど確認したナンバープレート、酒貼だ。
奴もまた、あの長い渋滞を抜け、そしてやってきたのだ。ここ、羽根川の地へ。
* * *
菩巌院らが交差点に来る数分前。
交通ルールを厳守するルールで、唯一、この地獄から這い上がる一つの方法。それは、車線変更。
前の方を見ると、一番左の車線の車から迂回路に案内されている。つまり、一番左に入れば、すぐに抜けだせれるのだ。
酒貼はうまい具合に一番左の車線に寄せる。何せ、三車線のうち、一番右にいた、ためうまいことしないと、ただの迷惑行為である。そうして車をぶつけないように車線の変更を行う。(まあ、その時点で、ただの迷惑行為だが。)
そうして迂回路に案内されるが、本当の地獄はここからであった。
一本道割りと長く、思った以上に混んでいた。長いこともあったが、それ以上にこの道から大通りに入るのは少し難易度が高いのだ。
だから敢えて曲がらないで、真っ直ぐ、進んだ。(大通りに出るには一回、曲がる必要がある。)
しかし、ここを曲がらなければ、長い間、大通りには出られず、正に賭けであった。
やっと、大通りに出たときは既にもとの都道14号を離れてしまい、かなりのタイムロスだった。
だが、酒貼にはある考えがあった。
高速だ。
勿論、渋滞の危険性もあるが、今から乗ろうとしているのはICからICまでの区間が短いところで、きっと、渋滞も起こらないだろう。そう踏んで、高速に乗る。
環状第二はここからの区間は予想通り空いていて、割りと飛ばせた。そう、この予想的中こそが、菩巌院らを追い詰める糧となる。
すぐに下りる。ここらで降りないと、羽根川からは遠い。(どういう訳だが、羽根川の周辺には高速は通っていない。)
そして一般道を通り、今に至る。
「酒貼だッ!」
坂堂は叫ぶ。一方、菩巌院は冷静沈着。全く揺るがない。何故ならば、勝機があるからだ。
「草平君。今から粗っぽくなるから、掴まっててね。」
そういって、強引に左折。一応、左折可能なレーンにはいたが、それでも強引に見える左折だった。
しかし、なぜここで左折?信号機は確かに緑色の左矢印を示していたが、ここで曲がるのは愚考。そう、坂堂は考えて止まなかった。
ハンドルは菩巌院が握っているので、口出しはしなかった。
菩巌院は細い道を進む。
信号待ちはないが、一々一時停止をするため、結局変わらないのではないか?と思った。変わらない、とは普通に国道3号を進んでもということ。
だが、この一方通行の細い道は分岐がほぼなく、少々危なっかしい速度でも大丈夫だった。
やがて大通りに出ると、そこに酒貼の姿はなく、やっと、県庁に着いた。
県庁の駐車場に駐車め、車を降りた。県庁の周りを見てもあの青いスポーツカーはない。つまり、勝ったのだ。
しかし、十数秒後、あのスポーツカーは姿を見せた。
タッチの差、僅かな僅差。
あの機転がなければ、きっと勝ちはなく、引き分け、悪ければ、負けていた。
スポーツカーから酒貼が降りてきた。
「さすが、羽根川産まれってだけあるね。」
酒貼は菩巌院を誉めた。
菩巌院は首を振る。
「いや、羽根川が僕の庭ってだけで、他だったら結果はわからなかったよ。」
「僕の庭って、その言葉が本当になりそうだからあんまり言うなよ?比喩だとしても。」
酒貼は苦笑して、菩巌院も笑っていたが、坂堂には全くわからなかった。
酒貼によると知っている限りでは、四番線の猿遊四丁目にいるといっていたが、どんな奴かはわからない、という。
ともかく、台柱線の敵は全員倒したことになる。
ようやく、一路線。夏休み中に終わるだろうか。
坂堂はそれが心配でならなかった。