第三話 ラレンタンド
「神前君の下の名前はなんて言うの?」
條原は聞く。
「ながめ、漢字だと、長いに目玉の目。」
「ふーん、長目君って呼んでいい?」
べつにいいけど、展開が早くないか?
校門から歩いて5分程、2つ分岐を越えたため、人も少なくなっている。ちなみに、條原は僕に合わせているのではなく、本当に僕と同じ方向なのだという。
僕は曖昧に返事をした。
「條原さんの下の名前は?」
「ららって名前。あまり自分の名前は好きじゃないけど。漢字で書くと、羅生門の羅におどり字。名前だけだと女子に見られないんだよね。」
羅々か、もっと可愛いらしい漢字があるだろ。
話す内容もなしに、少し、歩く。
少しして、俺は話のネタを見つける。
「そう言えば何で、僕と付き合うって言ったんだ?」
遅刻癖の矯正のために付き合うってのは、考えづらい。
「2つ理由がある。1つは一目惚れ。」
「ちょっとタイム。いつの一目惚れだ?」
「長目君が土間の前を歩いていたとき。」
長目君、その二人称にどぎまぎしつつ、
「すぐだな。」
「善は急げって言うしね。」
いたずらっぽく羅々は笑った。
「もうひとつは?」
一目惚れは、よくあるとして、決定打はなんなんだ?
「あの時計を見てて。」
羅々は公園の時計を指差した。
時計?ただの時計にしか見えないが。
羅々は小さく呟いた。
「ラレンタンド、この世界の1秒を60から40へ。」
その言葉の後、時計の針はどんどんゆっくりになっていった。
rallentando
音楽記号で、だんだん遅く。
今回のコンクールの自由曲でも出てきた。その言葉を彼女は呟いたのだ。
「時計が遅い?」
僕の言葉に羅々は頷いた。
「そう、時計を狂わせたんじゃなくて、物理法則とか、そういうのを含めて全てゆっくりにしたの。具体的に言うと、1秒と1秒の間を広げて、時の流れを遅くするの。それが私の能力、ラレンタンド。」
じゃあ、長生きできるのか?
その問いには羅々は首を横に振った。
「植物とか含めて生物全般は影響を受けない。」
そうか。
「解除はできるの?」
いつもゆっくりの世界では退屈だ。
「うん。」
羅々は指を鳴らした。すると時計の針は元に戻った。
なるほどね。
っていうか、この能力やばくね?
とんでもなく強いな。
それに比べて僕の能力は「物体を乾かす」
なんてダサいんだ。
しょんぼりしていたら、察したのか、
「大丈夫だって、私の能力何か使いどころないんだから。」
と、励まし(?)てくれた。
* * *
この時間を操れる彼女と、物を乾かすだけの男の出合いが彼らの周辺で大混乱を巻き起こす。
2018年 6月29日
加筆しました。