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大邦都地下鉄物語  作者: 切咲絢徒
第一楽章 台柱線
38/53

第卅七話 年齢

 男はあまり飲まないワインをグラスに入れていた。

 銘柄は、多分いいとおもわれるもの。

 グラスの半分くらいまで注いだらそこでやめて、ボトルにコルクを押し込み、前で立っている部下に投げた。

 部下は驚く様子もなく、ボトルをとってコルクをオープナーなしで再び空けて、断りもせずにラッパ飲みした。

「勝手に飲むとはな。」

 男はわざと不機嫌な顔を見せた。

 部下は、すいません、と一言詫びて、残りを飲み尽くした。

 その様子を溜め息混じりに見て、多少、二酸化炭素の混じったワインを飲んだ。

 ワインの味はわからないが、上品な味とやらは感じた。が、やっぱりさっぱりわからないので、一気に飲み干した。

「なぜ、今日はワインを?」

 部下は男に訊く。

 男は、照れた様子もなく、ただ、お前にやるためだ。とだけ答えた。そして、部下に訊き返す。

「小原のところはどうだ?」

 部下は少し考え込んで、答えた。

「神前長目の様子が少し変わった様子でしたが、また戻ったらしいです。」

 ほう。男は興味津々な様子で男にさらに訊く。

「少し変わった、とはどういうことだ?」

 部下は、はい、と置いて続ける。

「小原が條原羅々を撃ち殺す幻覚を見せたところ、やけに静かになり、その後、小原を追い詰めたとのことです。」

「静かになり、追い詰めた?」

 男は一人言のように部下の言葉を反芻(はんすう)する。

 そして、男はいきなり話を変えた。

(すが)、君に僕の過去を教えてあげよう。」

 菅、と呼ばれた部下は結構です。と言った。そして、こう訊いた。

「なぜ、このタイミングで?」と。

 男は答える。

「お前が知りたがっていたからな。新人であった俺が、なぜ、今では組織のトップにいるのかを。」

 菅は、では、ありがたく。と言って椅子を出した。


 * * *


 僕は小原に向けた銃口をいつまでも離さず、迷ったが、こう訊いた。

「イポジェーオクレアートとはなんだ。」

 小原は少し笑ってこう返した。

「いいの?愛しの羅々ちゃんのことは訊かなくて。」

 話す気など無いくせに。

「訊けば話すのか?」とだけ僕は返した。

「ふふふふふ、いいわ、話してあげる。でも、私も組織の内情はよくわかってないの。ただ、裏社会の人間を統べればいいって言われただけでね。でも、少しくらいならわかるわ。次は四番線にいる。あなたたちが求めるものはそこにある。でも、具体的にはわからないし、どの駅かは、関係者しかわからない。駅については検討がつくかもしれないけれど、潜伏先はわからないわ。」

「そうか。」

 しかし、銃声は聞こえない。なぜだろうか。

「ふふふふふ、暗殺者の方は私がまだ知っていると、思っているらしいけど、私は本当に知らないわ。」

 小原はまだ死なない。

 暫く沈黙が続くが、(やが)て僕が口を開いた。

「・・・羅々はどこにいる。」

 小原は呆れた顔をした。

「まだ言うの?話すわけないじゃない。」

 暗殺者が小原を殺さないということは、きっとこれが重要なのかもしれない。しかし、情報自体を罠とするならここまで勿体振るのはどういうことだ?

 もしかして知らない?

 あるところに縛っておいたが、その後、誰かが引き取った?

 僕の仮定は当たる。

「もしかして、知らないのか?」

 僕の問いに小原は一瞬横にフッ、と笑ってこっちを向いた。

「バレたのね。」

 僕は次の質問に移す。

「誰が連れ去った?」

 小原は少しだけ驚いたような顔をした。

「そこまでお見通しとはね。粉塵爆発を思い付くだけあるわ。」

 それは、失敗に終わったが。

「多分、これを言ったら私の命は終わりね。」と、前置きして、小原は僅かに、本当に僅かに震えた声で、こう言った。

「連れ去ったのは、()()()()()。」

 小原が口を閉じた瞬間、銃声は静かな廃工場内をつんざく。

 小原を見ると、こめかみから血を垂らし、既に息絶えていた。その顔は苦しそうな表情ではなく、かなり安らかなものだった。しかし、見方によっては泣き出しそうな顔でもあった。

 その小原の表情に、イポジェーオクレアートという組織の不条理さを感じたが、所詮は敵、一々想っていると、呑み込まれる。だから、僕は冷酷であるように努めた。

 廃工場を出るまでは。

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