第卅三話 どこまでも容赦
なんなの、この子。
小原は長目の驚異的な射撃精度の上昇率に驚いていた。
長目の弾は残り一発。それは、今まで、躊躇なしに撃っていた銃を撃たなくなったから小原にもわかった。
然れど、侮る勿れ。
もしかすると、着弾するかもしれない。防弾チョッキは着ているが、足とかに当たれば、ひとたまりもない。
だが、小原にも勝機はある。
長目が、右目を閉じないことだ。
激しい怒りで、小原の弱点を忘れたのだろうか。それならば好都合と、小原は幻覚で、建物の崩壊を見せた。
「ふふふふふ、あなたの負けよ、神前長目。喰らいなさい、ファシナション!」
* * *
奴は逃げてばかりだ。
逃がすわけがないだろう。
突然、廃工場が崩れだした。
なんだ?なんだ?なんだ?
今さらになって幻覚か?馬鹿だ。今まで右目を閉じなかったのはそれを待っていたんだよ。
右目を閉じれば、粉塵も崩落も何もない。
負けなのは貴様だ。小原市南。
余裕の表情でいる小原の背後に回る。小原に幻覚は見えているのかわからないが、あっさりと、背後に回れた。
小原の後頭部に銃を突きつける。その瞬間、小原の背中から余裕の気配は消えた。
「クカカカカ。皮肉だなぁ!小原市南。てめえの幻覚はてめえの目にも映るのか?」
「ふふふふふ、私に勝ったつもりなの?あなたが銃を突きつけている相手が幻覚かもしれないのに?偶然、私の後ろに回れたからって勝ち誇るのも大概にしなさいよ。」
小原の余裕は僕の発言でまたも消える。
「僕が右目を閉じていない幻覚を自分に見せているのか?」
小原は銃口から離れて、僕に正対する。
「今のがラストチャンスよ?」
苦し紛れの捨て台詞は無様に見えた。
しかし、本当にラストチャンスだ。どうするか。
・・・!
「クカカカカ。いや、やはり、貴様の敗けだ。僕は今から能力を使う。」
「あなたの能力は知っているわ、物を乾かすだけの能力。こんなタイミングでは役に立たないわ。」
構わず僕は能力を発動させた。勿論、理由はあるのだが、成功するかはわからない。なんせ、通気性がとても良い。
でも、物は試し。
僕は小原の胸ぐらを掴んで、羅々の体から離れたところに投げ飛ばした。
自分でも驚く程にすんなりと人を投げ飛ばしていた。
倒れた小原の体の回りを僕は走り回る。
その様子を小原は怪訝に見る。
「なんのつもり?私を馬鹿にしているの?」
「クカカカカ。お楽しみはこれからだ。」
一体何が楽しみかはわからないが、僕は走り回る理由を答えなかった。
走り回る。以外にも鉄パイプを投げたりもした。勿論、避けられたが。
5分ほど走っただろうか、きっとこれくらいで大丈夫なはずだ。
「クカカカカ。さて、準備体操もここまでにしよう。」
「準備体操?相当、呑気なのね。あなたの弾丸は残り一発。対して私はまだまだ沢山あるのよ?」
小原はまだ、余裕の表情でいる。
「そうだ。だから、僕の一発を無駄にしないために、瞬発力勝負をしよう。」
「瞬発力勝負?」
ざっくり言えば、西部劇のガンマンの速撃ち勝負だ。しかし、ルールは大きく違う。
「貴様はもう、構えていていい。僕は両手を挙げていよう。どうだ?好条件だと思わないか?」
僕はこんな条件を提示していた。
端から見れば、小原の方が圧倒的に有利。
しかし、このあとに提示する条件こそが重要。
「だから、合図は僕のカウントで構わないか?」
小原の返事はyesだ。
「ふふふふふ、余裕なのね、でも、私はカウントの後に撃つという点以外は容赦はないのよ?」
「いいよ。」
僕は二、三歩後ずさりして、カウントを始めた。
「3、2、1、ファイア。」
小原の銃口から弾丸が吐き出される。