第卅話 暴走一日前。
「人を殺した・・・?」
菩巌院と坂堂は耳を疑った。というか、なんでそんな話を僕らに話したんだ?もしかすると、僕らのことはバレている?
坂堂は内心で物凄く身構えた。少し、身体が強ばる。対して、菩巌院はそんな様子もなく、淡々と話を進める。
「本当に?っていうか、なんで僕らにそんなことを訊く?」
酒貼はニヤリと笑ってこう返した。
「俺に会いに来た理由はウチのボスの情報を聞き出す為だろ?」
やはり、バレていたか。坂堂は奥歯を噛み締める。
「しかし、俺も久々に会う友人と殺し合いなんかしたくない。だから、ひとつ、提案がある。」
提案?
坂堂は思わず訊いた。
「そう、大介君、改め草平君。誰も死なない。とても安全。」
それもバレていたか。
「提案って、なんだ?」
酒貼は不敵に笑い、少し、溜めてこう答えた。
「鬼ごっこ。」
* * *
「ボス、菩巌院帝刃が酒貼と接触しました。」
ボス、と呼ばれた男は読んでいた本を近くに置いて、グラスの水を一口含んで返した。
「酒貼か。どうやらこっちもあっちも人は死なないようだな。神前なんとかの方はどうなんだ?」
部下は
「小原とぶつかるようです。」
男はため息をついた。かなり長い。
「可哀想。」
男は長目の身を案じた。
「あいつのあの性格、どうにかならないのか?」
「調教師でも呼びますか?」
男は部下の冗談混じりな言葉に、いや、いい。と答え、部下を退室させた。
誰もいなくなり、静寂に包まれたこの空間で男は呟く。
「まだまだ集まらないか。」
男は手の中のビー玉のような球体を一瞥した。そして、ビー玉をしまい、部屋を出た。
* * *
鬼ごっこ?
こいつはふざけているのか?いや、待て待て、罠か?
「鬼ごっこ?修一ってそんなに足が速いっけ?」
菩巌院が問う。
酒貼はチッチッチッと舌を鳴らしてこう返す。
「カーチェイスだよ。」
坂堂の脳内に現れたのは有名なアクション映画のワンシーンだ。勿論、カーチェイスのシーンだ。
坂堂はカーチェイスのシーンが好きで、あの緊迫感とスピード感が堪らなく好きなのだ。よって、坂堂の菩巌院を見る目はキラキラと輝いていた。
それを見た菩巌院は酒貼に「わかった。」と答えた。
その後、具体的な日取りや時間帯を決め、ルールも決まった。あくまで、鬼ごっこなので、ある程度はルールが必要だ。
坂堂はワクワクしながら日取りの決定を待った。
そして、色々と決定した。
日は明日。車は自由。道路であるならどこを通ってもいい。勿論、菩巌院側が鬼役。酒貼は笠岡の辺りに車と共に身を潜めているので、発見した瞬間、チェイス開始だ。
坂堂としては逃げる側が好みだったが、致し方ない。
車種は酒貼は赤いスポーツカー。菩巌院は青いスポーツカーにした。
その日は酒貼と別れ、坂堂は家に帰って、中々できなかった夏の宿題をやった。




