第廿九話 酒貼 修一と菩巌院 帝刃
笠岡に着いた坂堂と菩巌院は金田の情報を基に敵を探す。情報によると、敵の名は酒貼 修一。能力まではわからないが、近所の人には愛想がよく、礼儀正しい青年と、思われているらしい。
なんでそんな人間が、イポジェーオクレアートなんかに入ったんだ?
どこまで礼儀正しいのかわからないが、そこまで好感度が高いなら演技ではないだろう。
と、坂堂は考えていた。しかし、菩巌院は全く別のことを考えていた。
* * *
中学の頃の菩巌院はひどく大変な思いも、かといってとっても贅沢が出来た訳でもない。至って人並みの生活はしていた。
二年の頃。
二学期の始業式で転校生が来た。酒貼修一と或河 泰斗。その頃の菩巌院は内向的で、そこまで明るく人と接することはなかった。友人がいない訳ではないが、そこまでしっかり話すことはないという程度だった。所謂、陰キャというヤツだ。
酒貼と或河は遠い所からの転校ということで勿論、友人等は居ない。
結局彼らもあまり人とは接することがなかった。
そこに共通点を見つけた菩巌院は彼らと話すことにした。三人ともほぼ他人だが、話は弾んだ。
休み時間になれば、一番利用者が少ない理科室横の階段で集まってよく話をした。
そんな感じで、菩巌院は親友と呼べるような存在を獲得した。
大きな喧嘩も多々あったけれど、絶交はしなかったし、卒業までずっと一緒だった。
三人とも定期テストの順位は20位台前半から10位台後半くらいで、学力も同じなので高校も同じところに進学した。(実は酒貼が一回だけ「俺、一回だけめっちゃ頑張るから。」と言って1位をとったことがある。)
そういう訳で、酒貼と菩巌院は中学以来の知り合いであるのだ。
* * *
なんで修一が。
菩巌院は同姓同名の別人であることを願いながら、酒貼の隠れ家へ向かった。
酒貼の隠れ家は笠岡から少し歩いた高級住宅街にある。
片っ端から家の表札を見る。酒貼の家は割りとすぐに見つかった。
インターホンを押す。ピンポーンとありきたりな音が鳴る。
暫くして、玄関の扉が開いた。
中から出てきたのは、身長165センチくらいで、やせ形の男だった。
「あ、誰かと思ったら帝刃じゃねえか。久しぶりだな。」
菩巌院は確信した。こいつは修一だ。
「あ、ああ。久しぶりだな。」
坂堂は二人の様子を見て、彼らが知り合いだということを確信する。そして、闘わなくてはならないのか?と誰かに問う。もしかすると、闘わずに終わるのではないか?と淡い期待を抱いた。
二人は近況報告みたいな感じで、久々に会う友人同士の会話をしていた。そんななかで、菩巌院は本題を切り出せずにいた。そうすると、二人の友情は完全に破綻し、二度と修復できず、最悪な結果になるのではないかと怯えていたからだ。
修一はいいヤツなんだ。絶対わかってくれるはず。しかし、わかってくれなかったら?
菩巌院は意を決して、且つ、やんわりと本題へ向かう。
「修一は、今、仕事はなにやってるんだ?」
酒貼は気を悪くする様子もなく(当たり前だが。)、「公務員」と答えた。
「公務員ってことは、役所で働いているってこと?」
「ああ、まあね、あ、で、そこの男の子は?」
酒貼は坂堂を指す。坂堂は「こんにちは」と、菩巌院の作戦(というか、話術?)に支障のないよう、普通に、挨拶した。
「この子は・・・。」
菩巌院はどう、対応するか考えていた。勿論、本当のことは言えないので、身内のふりをさせることにした。
「従兄弟の子だ。夏の間だけこっちに来ていて、僕が預かってる。」
酒貼は大して疑う素振りもせずに、そうなんだ、と返して坂堂に訊く。名前は?と。
坂堂は困った。実名は前回のこともあり、話すと、いけない気がする。しかし、菩巌院には普通に接している。少し間を開けて、伯父の名前を借りた。
「ば、坂堂大介です。」
「どこから来たの?」
菩巌院の話では坂堂は遠い親戚ということになっているから、なるべく遠い地域で、ある程度知っている土地を答えることにした。
「白池県の文之江の北にある、大平っていうところです。」
何故ここなのかと言うと、盆と正月には毎年両親と共に帰省するためだ。故にある程度の質問には答えられる。
「白池の方から来たのか、特速線で?」
特速線とは特別速度線の略で、在来線とは別の専用の線路を走る特急列車だ。
「はい。」
このあとも、年とか、勉強だとかの話で、本当に親戚の友人と話すような話をした。
そして、話し相手は菩巌院に戻る。
「実はさ、最近ちょっと面倒なことに巻き込まれててさ。」
酒貼は相変わらず友人に話すように、ちょっと悩みを聞いてくれ程度に話してきた。
しかし、菩巌院は内心で身構える。一体、何を言われるのだろうか。
「ウチのボスが人を殺したんだよね。」




