第廿七話 寝かせろ!
いつの間にか寝てしまったようだ。
目が覚めたときには夕方だった。隣の運転席には菩巌院がいた。
棒反駅の前。そこに車を停めていた。
「あ、すいません。寝てしまったようで。」
「いいよ、それより、左目はどうだい?」
左目?
・・・
「え!?なんで左目が見えるようになっているんですか!?」
「フフ、タダでものすごい治療をしてくれる医者に頼んだんだよ。」
「眼球移植ですか?」
菩巌院は首を横に振る。
「それより、もっとすごいこと。君の目に・・・」
聞かされたのは驚きの事実だ。
「そんなことが、できるんですか?」
「長目君の目が証拠だろ?」
確かに。しかし、こんな手術、数時間程度で終わるものなのか?まあ、でも、目が治ったんだからいいか。
「ありがとうございます、菩巌院さん。いつか、この恩はかえします。」
「いいよ、別に。あと、感謝するのは僕じゃなくて、治した医者に言ってね。」
「そうですね。」
菩巌院はレンタカーを返しにいかなければならないらしいので、車に乗って、去っていった。
僕は車の影が見えなくなるまで手を振り続けた。
* * *
翌日。
この日は情報がないので、休みになった。
ちなみに菩巌院に、笠岡か、島ノ橋に敵はいるかも知れないとは、話した。羅々は無事に家に帰ったらしい。
部屋のベッドにぶっ倒れる。
さっき起きたばかりだが、眠い。更に疲れた。宿題は後でいいや。今日は寝よう。
しかし、その願いは一時間後に打ち砕かれる。
バタバタバタバタ。
階段が騒がしい。長目の部屋は二階なのだが、姉の部屋も二階だ。そして、階段を意味もなく駆け上がるのも姉だけだ。両親は歩いて上がるし、僕はここにいる。
眠気ではっきりしない意識のなか、扉の向こうを考察する。
目を閉じてまた、寝る。
しかし、開け放たれたのは長目の部屋の扉だった。だが、別にやましいものなんて部屋にないし、あ、銃。いや、大丈夫。絶対にバレない。
「起きろ長目!」
え?
やだなあ、眠いんだよ。左目は馴染まないし。
「やだ。」
目を開けずに反抗する。
しかし、姉は諦めない。
「起きろって、長目!これは、一体どういうことなんだよっ!」
え?どうしたんだ?悪戯は姉ちゃんしかしないじゃないか。
「煩いなあ、寝かせてよ。昨日は疲れたし。」
「私の話を聞け!」
ああ、こうなったら絶対諦めない。面倒だなあ。
起きて、目を開ける。案の定、そこには姉がいた。
姉の名は神前 梨香。背は高く、モデルにでもなれるのではないかという高身長。更にでかい。そして美人・・・らしい。可愛いというより、美人、らしい。僕はそうは思わないけど。何故なら、
Tシャツに、下はバスタオルを巻いただけという、どう考えても女子として、どうなんだ?という、格好で僕の前に立っているんだもの。
「何?どうしたの?」
「あんた、彼女いんの?」
・・・。
ああ、面倒になった。
僕はいつになったら休めるのだろうか。
玄関を開けると、羅々がいた。いつもみたいに笑顔じゃない。うーん、昨日、置いていったことを怒っているのか?
「お、おはよう。きっ、今日はどうしたの?」
僕はなかなかスムーズに動かない唇をなんとか動かす。
「長目君、昨日・・・。」
羅々の声はいつもより低く、不機嫌だ。
あー、やっぱり置いていったことかぁ。大変だなあ。
「ごめん!昨日は・・・。」
「昨日は?」
「昨日は?」
姉がオウム返しする。格好はさっきのまま。いつの間に降りてきたんだよ。
「昨日は、多岐を見つけたから。」
「滝?」
羅々は首をかしげる。こういうタイミングだけど、こんな顔の羅々も可愛いのだが、そんなことは言ってられない。
「ほら、あの、ね?」
状況が状況なだけに余り話せない。姉がいなければ、すぐにでも打ち明けたいけれど。
「き、昨日は、すぐに帰ったんだよ。そう。うん。」
もういい、嘘をつこう。
「え?でも、あんた、夕方に帰ってきたよね?」
姉ちゃん・・・。
「どういうことなの?」
羅々が詰め寄る。
隣で姉がニヤニヤと「浮気ですかぁ?」と茶々をいれる。少し黙れ。
「姉ちゃんさ、ちょっと外してよ。」
「え?なんで。弟の色恋に突っ込んだ首を引っ込めるなんて無理よ。」
なんなんだよ。こいつは。
だが、羅々は頭がよかった。
「あ、多岐さんね。はいはい。懐かしいね。」
察したようだ。(懐かしいねって、僕はそいつを殺したんだが。知らないから仕方ないか。)
「うん、うん。」
なんとか相槌を打つ。
姉は、つまらなさそうにしている。やっぱり、僕は姉ちゃんが苦手だ。
「すいません、お騒がせしてしまって、私、長目君の彼女をやらせてもらってます。條原羅々です。」
羅々は姉に頭を下げた。ちなみに今日も羅々の服装は白いワンピースだ。他(以下略)
「あ、私、長目の姉の梨香です。」
姉も頭を下げた。
取り合えず、一件落着か。
羅々が頭よくて、よかった。本当に。
「じゃあ、僕は寝るから。」
今になって、寝間着のままだったことに気付いた。恥ずかしい。
階段を上がろうとしたとき、
「え?寝かす訳ないじゃん、二人の馴れ初めくらい聞かせてよ。」
・・・。
寝かせろ!