第廿一話 左眼球破裂と殺人
形勢は悪い。
銃は当たらないし、矢は速い。頭をうって脳震盪。これは大変危険。そろそろ矢は命中するかも知れない。
どうする?
「ほらほら、どうしたぁ!?逃げてばかりだと死ぬぞぉ!」
煩いなあ。わかってるよそんくらい。
矢は限りなく放たれる、ということは相手の矢が切れることはない。
僕は隙あらば銃を撃つが基本的に明後日の方角に飛ぶ。だから、この銃は役にたっていない。
直接矢は当たっていないが、避ける度に頭や、肘等をぶつけたりしているので、かすり傷とかが多い。
矢が飛んできた。ヤバい避けられない。
飛んできた矢は僕の左眼球に突き刺さった。
「ぐ、うあううう。」
あまりの痛みに僕はうずくまった。
「フ、左目は潰したぞ。次は右だな。」
僕は左目から矢を引き抜いて、走った。テレビで見たけれど、目の異常はまず目を洗わないといけない。
左側が見えないので、何度か転びそうになる。遠近感が感じられないので、階段も上手く上れない。
「逃がすかぁ!」
多紀は追う。
地上に出ると、眩しくて目が眩む。
けれども、僕は必死に地下から這い出て、コンビニとか、公園とか公衆トイレとかを探す。
左目から出血する僕を見て、道行く人はざわつく。いや、後ろから弓矢をもって追う多紀をみてなのかも知れない。僕を手当てしようとする人がいたけれど、僕は無視して走った。手当てより多紀を止めて欲しい。
あまり出血すると網膜に色がついて失明する可能性があると、眼科の父からなんかの拍子に教わった。
僕は久しぶりに自分の能力で、出血を止めた。痛みは引かないが、左目は薄ぼんやりと見えるようになった。
だが、左目がまた、見えなくなった。眼球破裂である。
ひどく痛いが出血を止め、走る。こうなると、なんのために走っているかがわからなくなる。
僕は多紀に向かって走った。いきなりの方向転換に対応できなかった多紀は怯む。その隙を見て、僕は多紀の首を掴む。
「うっ!」
多紀は僕の手を離そうともがく。逃がさない。僕は手に力を込める。しかし、漫画のように握り潰したりはできない。しかし、多紀はどんどん顔色が悪くなる。
僕の能力で、多紀の血液を失わせているのだ。
「や、やめ、ろ。」
かすれた声で多紀は訴える。もちろんやめない。
干からびた多紀を裏路地に連れ込み、地面に叩きつける。まだ、意識はあるようだ。
「はあ、はあ、やめろ。もう、追わない。」
「お前が追わなければ僕の眼球は治るのか?」
多紀は答えない。
僕は銃口を多紀の額に当てる。ここなら絶対に当たる。
「答えろ。イポジェーオクレアートの長は誰だ?」
多紀は答えない。
「答えたら、この銃口を放してやる。」
多紀はか細い声で答えた。
「わから、ない。なにせ、長はめったに現れない。だけれど、島ノ橋か、笠岡のどちらかには長の正体を知るものがいる。」
「そうか。」
僕は銃口を放して、多紀に向かってこう言った。
「じゃあな。」
多紀の左目に一発、そして、額から少し放してもう一発。僕は銃を撃った。
異形の姿になった多紀を見ても不思議となにも感じない。そして、人を殺したことにもなにも感じなくなった。
返り血で赤くなった服を脱ぎ、僕は菩巌院に電話した。
すぐに繋がった。
「菩巌院さん、帰れなくなったので迎えにきてください。」
「どうした?」
「ちょっと面倒だけです。」
「そうか。こっちも大変だから少しかかるぞ。」
「ありがとうございます。でも、坂堂は呼ばないでください。あと、できるなら車で来てもらえますか?」
「やけに注文が多いなあ。・・・まあ、なんとかする。待ってろ。」
通話は切れた。
僕は裏路地で身を潜めて思う。
「人を殺したなんて、羅々には言えないなあ。」




