第十二話 原山太源
10分程歩くと、坂堂が待っていた。そこには、原山と彫られた表札が見えた。
「あ、菩巌院さんだ。おーい。」
坂堂は遠くから来る人影に手を振った。菩巌院はそれをみて、小走りになった。というか、あの距離で人を判別できるのか。坂堂の視力には驚かされる。
「ごめん、ごめん。通ったところに原山って表札の家を見つけたけど留守だった。」
そこに寄ったから遅れたのか。
「まあ、大丈夫です。」
と、僕。
菩巌院はインターホンを押した。インターホンは山路家のとは違い、スピーカーのみだった。
繋がった。
「もしもし、どなたでしょうか。」
聞こえたのは若干高めの声だった。しかし、女の声ではない。
「こんにちは、突然すみません。お聞きしたいことがありまして。」
菩巌院は丁寧にスピーカーに向かって話す。
「警察ですか。」スピーカーの声はやや不機嫌になる。
「いえ、違います。山路勢永という者について聞きたいのです。」
山路勢永とは、もちろん山路のフルネームだ。いつの間に調べたんだろうか。
スピーカーの声は無くなった。どうやら、事情を知っているらしい。
「あの、原山さん?心当たりありますか?」
菩巌院はなるべく、穏健に済ませようとする。
「成る程、山路君ね。あいつにはお仕置きだな。」
「知っているんですね。」
「ああ、そしてお前らが言いたいこともわかる。しかし、死にたくないなら帰れ。」
もちろん、帰るわけがない。
「残念ながら、僕らは死にたいようです。」
菩巌院は宣戦布告した。
すると、玄関が開いた。いきなり発砲する。
僕らは動けなかった。
この発砲は幸いにも威嚇のようで、弾痕は明後日のところにあった。しかし、銃を知らない僕らは怯んでしまった。
「ヤバいな逃げた方がいいかもしれん。」
菩巌院も汗をかきながら言った。暑さとは別の。
原山は室内に戻った。
扉が閉まると、緊迫した空気が和らぎ、僕らはやっと呼吸をした。僕の心拍数は上がる。羅々は咳き込んでいた。
坂堂と菩巌院は特に焦る様子はないが、顔はそうではない。
「俺は乗り込む。あの銃が怖いなら帰ってもいい。半端な気持ちでは来るな。」
菩巌院の忠告は刺さった。
ただの中学生は役に立つのか。次の発砲は殺す気で来る。打たれたらきっと、死ぬ。僕は怖い。行きたくない、あの玄関に入りたくない。そんな思いが強くある。でも、
「ぼ、僕は、僕は行きます。」
菩巌院は帰ることを強制しなかった。そして、これで怯えていたらこれから先の闘いは対応できない。
坂堂も行く、と答えた。しかし、羅々は迷って居るようだ。
正直、羅々には来てほしくない。羅々を守れるかわからない。それ以前に自分すら守れないかも知れない。
「羅々ちゃん、怖いなら帰ってもいい。誰も責めない。」
菩巌院は優しく言った。
一番無関係な彼女を僕は守れる自信がない。
しかし、
「わ、私は怖い、です。でも、私がここに居る理由は何なのか、考えてみた。私は闘いを甘く見ていました。」
菩巌院はそれで?と訊く。
「私も行きます。絶対に迷惑はかけません。」
羅々の目には迷いはなかった。
「わかった。俺も君たちを守れる自信はない。だから、無茶はするな、危険とわかったら退け。そして、自分の身は自分で守れ。」
僕らは玄関に入った。
* * *
「どうやら、山路がやられたようだな。」
男は部下に向かって確認した。部下は、はい。と短く答える。
「しかし、生きてはいるようですが、情報を吐いてしまったようです。」
男は
「どこまで話した。」
と、焦ることなく言った。
「原山という名前と、平坂園という地名だけです。」
「そうか、なら、大丈夫だ。原山なら、きっとやられない。」
男は少し、考え込んで、言う。
「襲撃したのは誰だ?」
敵をしらなけらば、対策ができない。
「懐かしい人ですよ。私は詳しくは知りませんが、名前は聞いたことがあります。」
男は部下の報告に、ほう、と興味を持つ。
「4人組でしてね。うちの一人は坂堂草平。」
男はその報告を聞いて、しかめる。
「誰だ?」
「もちろん、知らないはずです。あと、神前長目、條原羅々、そして」
部下は一旦ためる。
男はこの三人を知らない。当然のことだ。
「菩巌院帝刃」
この名前を聞いた瞬間、男は少し驚く仕草をした。
「ふむ、確かに懐かしい。あの人がいた頃は僕もまだ、小さかったからな。」
部下は男がいう「あの人がいた頃」を知らないが、男の顔を見て、思う。やはり、この人も幼かった時期があるのだと。
男はそこまで年を取っているようには見えないし、それ以前に本当に若い。しかし、その外見からは、年齢以上の威厳というか、威圧感というか、覇気がある。
「菩巌院帝刃か、ひょっとしたら原山もだめかもしれん。もう、情報が漏れるのも危ない、すぐに原山の元に向かわせろ。」
部下は、はっという短い返事をして部屋を出ていこうとする。
その背中に男は
「援護ではない。尋問されたときの処理をするためだ。」
部下は再び、男の方に向き「了解しました。」と、部屋を出た。




