親愛なる君から
YUKI『プリズム』をイメージして書こうとしたら全然違うものができてしまった。
故に一次創作である。
『拝啓
吹く風も夏めいてきましたが、いかがお過ごしでしょうか。
と、書いてみたけれど、あなたに拝啓なんて言葉は似合わないですね』
思わず、失礼な! と叫んでしまった。
私の目の前で遊んでいた子どもたちが驚いたようで、私を見る。ごめんね、とにっこり笑いかけると、子どもたちはいいよと言って自分の遊びへと戻っていった。
相変わらず真面目すぎて拝啓なんて言葉を書いてきたんだなと、懐かしくも微笑ましくも思えたのに。まあ、この阿呆さも彼らしいのだが。
二年前まで一緒に旅をしていた、勇者イェンス。出会ったのは都にある城だった。
三年前の今日。王様に突然呼び出しを食らったのだ。騎士をたくさんつけるから、教会の聖女を継いだ私が封印から目覚めた魔王をどうにかしてこいと。
国の最高権力者である王の命令には逆らえない。別に聖女の私が行かなければいけないわけではないのだが、経典には太古の時代に光魔法を使えるものが魔王を封印したと記録されていたのだ。光魔法を使えるのはこの世に私だけ。だから私に行けと言ったのだと思う。
別に私に護衛はいらない。そこら辺の魔物たちなら簡単に倒せたし、魔王だって光魔法さえあれば封印できるのだ。私が騎士たちをつれて旅に出るくらいだったら、騎士たちは町を守った方がいい。そうそう簡単に死なない私に護衛をつけるぐらいなら、常に命の危険にさらされる一般市民を守って欲しい。
だから騎士たちはいらないと言ったのだが、結局、一人ぐらいはつけるべきだと王様に押しきられ、のちの勇者となるイェンスを連れていくことになったのである。
『あれから二年経ちました。あなたは、あの時、いやあの日を境に暇でもしているのでしょうか。あなたのことです。お医者様まがいのことでもしているでしょうから、そんなことはないのでしょうが。ただ、手紙を何通もくれたので、昔のあなたと比べたらだいぶ余裕ができたみたいですね』
本当にこいつは、人を苛立たせる天才だと思う。まるで人のことを暇だからお医者さんごっこをしている子どもみたいに言うとは思ってはいなかった。
いや、まあ。こいつは私に対して慣れれば慣れるほど失礼極まりない言動を繰り返してきた。
旅先の子どもと一緒になって私を落とし穴に落としたのは絶対に許さない。私を放っておいて山菜採りやら魚釣りに行ったのも心配させられたから許さない。
生真面目かと思いきや、自由奔放なのだ。飾り気がないと言えば聞こえだけはいいのだが。
ただ、奴の言うとおり、ここに移り住んでからはゆったり過ごしている。怪我や病気の治療をする代わりにこの村での衣食住を保障してもらっているのだ。奴との旅が始まる前と比べたらずっとゆとりができた。
『私はやっと手紙を出すことができました。今まであまり暇がなかったものですから』
何を偉そうにと言ってやりたいが、彼が大変だったのは容易に想像がつく。
『あれから二年ということは、私が騎士を辞めてから二年にもなってしまうのですね。やっと騎士イェンスのイメージが少しは薄くなったように思います。
今だって騎士に戻らないのか。父と同じように剣で民を守ろうとすべきだとか、勇者様が剣士をやめるなんてなどいろいろ言われてしまいます。この間は欲しいものがあって旅支度をしようとしたら、勇者イェンスの復活かなどとも言われてしまいました。
今の私は魔法薬師です。もう、騎士ではないのですが。はあ、魔法薬師を選んだのはよくないことなのですかね。なって二年間、どうなのかいつも気になって。今考えたところで、分からないことなのですが。ああ、つい弱音を言ってしまいました。貴女ならきっと笑って知らないよとか言うのでしょうか』
イェンスはずっと薬師になりたかったのだ。旅の間も夜な夜な変な薬を作っていた。だいたいが使いどころのないものだったが、ごくたまに使えるものを作ってくれていた。早く移動をする薬はその中では傑作だった。ような気がする。
今、彼が薬師なのは不自然ではないのだ。けれど、自然かと聞かれるとそうではないように思う。
彼は剣士として天賦の才を持っている。
騎士とは、そもそも王国兵の中でも精鋭と言われるものに与えられる称号である。その騎士たちの中でも彼は強すぎた。彼一人で一個師団並みの戦闘力と言われるぐらいなのだ。
そんな彼が非戦闘職の魔法薬師をしているのだ。当然周りは不思議がるに決まっている。私だって、彼と一年にも及ぶ旅をしていなければ不思議に思っただろう。
ただ、私だったらそんな知らないよなんて突き放した言葉は言わない。彼も読みがあまいのだ。
万年筆を手に取る。
彼からせっかく手紙がきたのだ。暇な元聖女様が直々に手紙を書いてあげようじゃないか。
『親愛なるイェンスへ
お手紙ありがとうございました。二年経っても中身の変わらない貴方に少しだけほっとしています。
魔法薬師になったという噂は、聞いていました。貴方のことだからまた面白い薬をたくさん作っていることだろうと思います。もし、都に行くことが出来るのなら、貴方の創った薬の話を聴いてみたいものです。貴方は貴方です。剣士ではなくても大丈夫です。だってあの旅をしていた頃だって魔法薬師への憧れを常々語っていましたから。知らないよなんて言って笑ったりしません。』
手紙というものはこうやって書くのだ。文字であるのだから言葉を選ばないと心地悪いものにしかならない。
私はこの村から一生出られないのだろうから、イェンスが会いに来てくれなければ、いたずらっぽく笑いながら冗談を言う姿を見れないのだから。
手紙ぐらい余所行きっぽい言葉を使ってくれればいいのに。
『この二年間。魔法薬師として働くこと以外はどんなことをしていたのですか。もうすぐ私たちも二十歳になりますね。貴方はすてきな恋人でも見つかりましたか。もしかして、もう婚礼の儀はすませてしまいましたか。貴方を支えてくれる優しい人と一緒にいてくれているのなら、私も幸せな気持ちになれます』
何を書いているのだろう。こんなことを書いたら彼はきっと、黙ってしまいことぐらい分かっているのに。手紙のやりとりをしたいなら、こんなことを書くべきではない。
やめだ。この紙は捨ててしまおう。
「サシャ姉!」
私の家のドアが開くとともに、子どもの声がした。うちを遊び場にしているリアだ。顔が真っ青だ。何かあったのだろうか。急病人なら連れてきてほしい。
「あのね。ゆ、ゆーしゃサマって名乗る変なマントの人が来たの! ピカピカの剣を持ってサシャ姉のこと探してるの! 髪の毛まっかっかで、右のほっぺたにびーって傷の跡があるの! 早く逃げないと! きっとサシャ姉を殺しにきたんだよ!」
え。
息がつまりそうだった。
「あ、でも、サシャ姉。足が悪いから」
「そんなら、俺たちが守ってやるよ! なあ。ルカ!」
「む、無理言わないでよ。どう考えたって強そうだよ、ラウル」
「じゃあ、サシャ姉を二人で担いで逃げないと!」
ドアが突然開いた。
真っ白な肌に綺麗な赤毛。灰色の目に、腕や顔にある二年前の古傷。そして、懐かしい、くしゃりといたずらっぽく笑った顔。
「イェンス」
私の周りにいた子どもたちも一斉に顔を彼に向けた。
「久々だね、サシャ」
「本当に、イェンス、よね」
「俺の偽者ぐらい、きっと君は直ぐに気づくだろう?」
「なん、で」
「手紙に書いたじゃないか」
慌てて机の上に置いてある彼からの手紙を読もうと思ったら私の捨てようとした手紙と一緒に取り上げられてしまった。
「さて、紙がなくなるからもう、書くことを終わりにしようと思います。君には二年分言いたいことだらけなので、出会って三年になる日に会いに行きます。ってな。それで、君の返事は?」
彼はまたいたずらっぽく笑って私の手紙を音読しだす。
「子どもたちの前だから止めなさいよ。せめて黙読にしてくれる?」
「ああ、ここの恋人はできたかって話のところか? 支えてくれる人が……」
「止めなさい、イェンス!」
子どもたちが驚いて私を見る。彼らにしたら初めて私が怒鳴ったところを見たから驚きが隠いたのだろう。私だってこんなに感情的になって怒鳴る相手はこいつしかいない。
「相変わらずだなあ、サシャ」
「イェンスもね。本当、天才的よね。人を苛立たせる態度の取り方は」
「薬師の方々には素直で優しいって言われているけどな」
「そのうち化けの皮をはがされることを楽しみにしているわ」
「化けの皮ってなんのことだい。まあいい。君にプレゼントがあるんだ」
「またくだらないものなんでしょう?」
「心外だなあ」
そう言って彼は突然私の左手をとると、銀色の指輪を私の左手の薬指にはめた。
「結婚してくれないか。サシャ」
「冗談は、」
「冗談なんかじゃない!」
「だって、私は、」
もう少しで消えてなくなってしまうから。
魔王の存在は消えた。そして、魔物も消えた。
魔王を光魔法で封印をしたのではない。私は私の存在をかけて魔王を消したのだ。光魔法と魔王の司る闇魔法は相反するもの。ただ、この魔法の分子は不思議なもので、お互いに引き合い、くっつくと中和する性質を持っているのだ。
封印してしまえば、魔王は闇の分子を吸収して何百年後かにまた復活してしまう。そうしたら、また魔物によって未来の人々が犠牲になってしまう。そんな状況になることは嫌で、私とイェンスは魔王を完全に倒す方法を探したのだ。
その代償は私の命であることは容易に想像できた。
全ての生き物は自分の持っている魔法属性の分子を取り入れながら生きている。
取り入れた分子は生き物の細胞の中に入り込んで形作るものであり、同時に魔法の源になる。
大概の人間は火、水、風、土のどれか一つの分子であるが、イェンスのように火と風と土の分子を取り込んで生きているびっくり人間もいる。
私にとって取り込む分子は光属性の分子だ。どの生き物も自分の持っている分子がどの細胞にも存在していて、それが大気中の分子をひきつけている。私は大気中の分子を極限まで取り入れ、それを使った上で、特殊な方法を使って細胞の中にある分子のほとんどを使って魔王の存在を中和させ、消したのである。
細胞の中の分子を全て失えば、私の体はなくなってしまう。
無理をした私の体からは少しずつ光の分子が出ていってしまっている。もう、いつ死んでもおかしくないのだ。
イェンスはそのことを分かっていたと思う。魔王討伐の時には何も言わなかったが、倒した後に私を抱きしめながら何故か泣いていたし、聖女から降りて、私を生まれた村に帰すよう進言してくれたのも彼だった。
分かっているくせに、結婚してくれないか。だと。笑わせてくれる。
「分かっているんでしょ。もう、私は死ぬんだよ」
「サシャ。君のことは死なせない」
「何言ってるの?」
「死なせないために必死で研究した。サシャからの手紙を糧にして、君が消えないことだけを夢に見て、研究したんだ! 騎士であった自分を捨てて。だから俺は今君の目の前に立って、君の指に指輪をはめた」
「ねえ、何を言っているの?」
「創ったんだよ。君に生きてもらう為の薬を」
一生こんな不味いものを飲み続けてもらわないといけないんだけどさと言って差し出したのは、小瓶だった。
黄土色をしているどろりとした液体はいかにもとても不味いですと言わんばかりだ。
「魔力増長剤だ。これを飲めば、どんな属性の人でも一時的に分子を吸収して細胞内に取り込むことができる」
そもそも光属性の分子が魔王討伐で世界からほとんど消えてしまったのだ。そんなことできるはずがない。
「悪いけど、他の属性の人なら使えるのだろうけど、もう魔王消滅で残っていない光属性の分子では」
「光属性の分子なんてそもそも自然界に存在しない」
はい? 何言っているんだ。と私は言いそうになった。けれど、イェンスが話始めるから私は口を挟めない。
「光属性は4つの分子が結合してできるもの。闇属性はそれぞれの分子が無理矢理破壊されてできるもの。つまり、君は4つの分子を体の中で結合させて光属性を作り出す能力を持っているんだ。だから、もし、この薬を飲んで、効くなら俺との結婚を受け入れてくれないか」
あんたとずっと一緒にいることはごめんだね。と言いたいところだが、気まぐれだ。どうせそろそろ死ぬのだし付き合ってやろう。
イェンスに差し出された薬を流し込む。うぇ。なんとも表現できないが、ありえないぐらいに不味い。喉が焼けるように熱い。むせそうなぐらい臭い。どろどろで舌触りは最悪。苦くて舌が痺れる。
近くにいたルカが心配そうな顔をしながら水をくれた。やっとの思いで流し込む。
「どう、だ?」
「最悪な味ね。こんなもの二度と口にしたくないぐらい」
でも、体が驚くほど軽いのだ。全く動かないはずの足が少しだけ動いた。
「この指輪はもらっておくわ。ありがとう、イェンス」
視界が歪んだ。周りが水だらけで何も見えないはずなのに、イェンスが嬉しそうに笑っていたのだけは何故だか伝わってきた。
大好きな歌詞から連想した手紙の話をだいぶ昔にエブリスタのコメント欄に載せていたのをアレンジしたらこうなりました。
当時書いたものはイェンスからの誠実そうな、若干ツンデレ風味の手紙でしたが、今回は本当にイェンスがツンデレというか、デリカシーのない奴のデレになってしまったというか。
いやあ、しかし。面倒くさい設定にしてしまったがゆえに、五千字のほとんどが説明になってしまったようです。
短編ファンタジーは難しいです…………。