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【箱】短編

舞い降りたそれは

作者: FRIDAY

 村の学舎、休み時間に、子供たちが何やら騒いでいる。

「本当だって! 俺、見たんだよ!」

 少年の一人がそう言うと、他の子供たちが一斉に、

「嘘だぁ」

 と言う。

「んなわけねーじゃん。お前、夢でも見てたんだよ。夜中だったんだろ」

「明け方だよ。便所に外行ったらすげー寒かったもん。夢じゃないよ」

 確信と興奮に紅潮した顔で、くせ毛の少年は言う。

「俺、天使を見たんだよ。あれは絶対そうだもん」

 だが、彼の主張に他の少年らは取り合わない。

「今どき天使って、なあ」

 やや丸々とした少年がにやにやと笑いながら言う。

「ガキじゃあるまいし、天使はないよ。天使は」

「ほんとだっての! 何だお前、喧嘩売ってんのか!」

 本気で憤って掴みかかろうとするくせ毛の少年を、慌てて他の皆が取り押さえる。

 天使を見た、という少年を、他の誰一人として信じてはいないようだったが、それでもくせ毛の少年に譲る気は全くないようだった。

 場の雰囲気が剣呑になる。本当に今にも取っ組み合いの大喧嘩が始まりそうな空気になったが、そこで線の細い少年がとりなすように、

「まあまあ……それじゃあ、せんせに訊きに行ってみようよ。ほんとにそれが天使だったのか、さ」

 その言葉に、そうだな、と双方とも一旦は矛を収め、職員室に向かうことにした。


 職員室に入ると、少年らの担任はすぐに見つかった。――といっても、もとより全校生徒が十数人しかいない田舎の学校だ。教員もまた、校長を含めて四人しかいない。

「え、天使?」

 話を受けた担任は、目を丸くして聞いた言葉を繰り返した。その反応に、少年たちが笑って、

「ほら見ろよ、やっぱり天使なんかじゃなかったんだって」

「そんなことねーよ! あれは天使だったんだよ! な!? どーなんだよせんせ!!」

 もはや全く信じてなどいない少年らに対し、くせ毛の少年は必死だ。その反応に、担任は己の失態を感じながらも、どうしたものかと困惑する。

 教師として子供たちに嘘を教えることはできない。が、こうまで真剣に信じている少年の主張を無下に払うのも考えものだ。勿論、天使を見たというくせ毛の少年の言葉を鵜呑みにしたわけではないが、それでは何だったのかというのもわからないし。

「あー……すまんな、先生には、それが天使だったのかどうかはわからんのだけれど」

 正直に言った。だが、それを聞いて見るからに落ち込んだくせ毛の少年に対し、すぐに、

「でも、村長のところに、旅の人が泊まっていたよね……あの人なら、いろんなところを旅しているだろうから、それが何だったのか知ってるかもしれないよ」

 担任自身はその旅人と話したことなどなかったため、知っているかどうかはわからなかったが、純真な少年たちは、

「うん、わかった! ありがとうせんせ!」

 行くぞ、と声を掛け合って、少年たちは走り出ていった。


「ははあ、天使ですか」

 村長の家の縁側でお茶を飲んでいた旅人は、少年らの話を聞いて、まずもう一口お茶を飲んだ。

 旅人は、少年らが思っていたよりは若かった。少なくとも三十には達していないだろうという顔立ちだ。それでも旅慣れているというのは本当のようで、かなり日に焼けてはいる。

 若さと、それにこの旅人のどこかぼんやりとした雰囲気は、やはり少年らの信用には乏しいらしく、少年らは小声で「こいつほんとに知ってんのかよ」などと話し始めたが、先頭で身を乗り出すくせ毛の少年は後ろの話し声など取り合わず、

「どうなんだ!?」

「そうですねえ……この世界に天使が存在するのかどうか、という話はまた別として……とりあえず、君の見たその天使というものの様子を、教えてもらえませんか?」

 穏やかな物腰に、少年はやや勢いを落ち着かせて、頷いた。

「昨日の、いや今日の明け方か。それくらいに、俺、便所行きたくなって起きたんだよ」

「はい」

「すっげー寒くて一気に目ェ覚めちまってさ。外にも出たくなくて、でも便所は外だから出てったんだけど、そん時にさ、見たんだよ」

「ほう」

「空が、何かこう、きらきらしててさ、で、そうだ。降ってきたんだよ、天使の羽が!」

「成程」

 興奮して声を大きくしていく少年にも、旅人は動じることなく軽妙に合いの手を挟んでいたが、天使の羽、という言葉に対しては口を挟んだ。

「天使の羽、ですか……それは、どういう感じのものでしたか?」

「どういうって……」

「色とか、形とか」

「ああ、それなら」

 くせ毛の少年は、懸命にその時のことを思い出しながら、

「色は白くて……形は、羽みたいな形してたよ。だから俺、天使がいたんだと思ったんだ」

「他には?」

「えっと……風に乗ってふわふわしてて、触ったらひやっとして、消えちまった」

「成程」

 二度、三度と頷いて、旅人は、

「わかりました」

「わかったのか!? 天使なんだよな!?」

「えー、違うだろ」

 口々に言い合う少年らに、旅人は、

「まずその、君の見た天使の羽ですが……それは、残念ながら天使の羽ではありません」

「え……じゃあ、何なんだよ」

「そういえば確かにこの地方では全く降らないのでしたね……それは、雪というものです」

「雪?」

 反復する少年に、旅人は頷く。

「ここよりもずっと北の方では、この季節になると降るものです。君の見たとおりのものがたくさん降って、地面に真っ白に積もります」

「えー、ほんとかよ」

「ほんとですよ。でももの凄く寒いのです。だから年中暖かいこの地方では降らないはずなのですが、昨夜は例になく冷え込んだと村長も言っていましたしね。偶然、雪が降ったのでしょう」

 旅人の説明に、全く納得したわけではないのだろうが、それでも少年は唇を尖らせて黙り込んだ。後ろの少年らが、そんな少年をつついて、

「ほら見ろ、天使なんかいなかったんだって」

「いや、でもさ」

「天使がいたかいなかったかは、わかりませんよ」

 反論しようとした少年に被せるようにして言われた言葉に、少年たちは再び旅人に振り向いた。

「え?」

「天使の羽は、残念ながら雪でしたが、天使がいたかいなかったかは、私にもわかりません」

 柔らかい笑みとともに、旅人は言う。

「君は、最初に空がきらきらしていたと言っていましたが……雪が降るときは、空はきらきらしないのですよ。雲が出ていますからね。それでもきらきらしていたのなら……本当に、いたのかもしれませんよ、天使が」

 わかったようなわからないような。そんな顔の少年たちであったが、旅人に話を聞いたことで大方の満足はできたのだろう。それぞれに頷いて、小突き合いながらも、喧嘩することなく旅人に礼を言って学舎に戻って行った。

「純真でいいだろう、子供っていうのは」

 座敷の奥から、老人が出てきた。村長だ。

「聞いてたんですか」

「ああ、聞こえてきた。……雪か。儂も一度も見たことがない。一度くらい見てみたいものだ」

「もう一度昨夜くらい冷え込めば、見れるかもしれませんよ」

「それはそれで嫌だなあ」

 はは、と笑う。それから、

「しかし、天使か……天使なあ。そんなもん、ほんとにいるのかね」

 半ば独り言めいた村長の言葉に、旅人は浅く空を見上げて、さて、と応じ、

「どうでしょうね……いるのなら、もう一度会ってみたいものですよ」

 そう答えた。


時空モノガタリと重複投稿。

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