チャッカマン女と備長炭男の恋愛論
【1】昨日の失恋。明日の恋。チャッカマン女、強し。
この女はチャッカマンだ。
マンは男だから、チャッカウーマン?
いや。そんなことは、どうでもいい。
「マリリぃ〜〜ン。聞いてるぅ〜〜〜????ちょっとぉ〜」
涙と鼻水をべっとり付けた顔をマリリンの腕に埋めようとした。
「きゃ〜。やめてよ!!!!美羽!!!!!」
マリリンは叫んだ。
「だっでぇぇぇぇぇ〜〜〜〜。もう、男なんてぇぇぇぇ〜〜〜」
美羽は情けない顔をしてマリリンを見る。
マリリンは溜息をつきながら、言う。
「あんたは、男に惚れやすいのよ。付き合う前にフラれてよかったわね」
「何がいいのよぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「何がって?あんたは、付き合うとすぐに飽きるでしょ!」
「う〜〜〜〜〜〜〜。ぞんだごどないもん」
「ああ。これだから、女はいやなのよ」
マリリンは、男だ。
結構、きれいだったりするが、男は男。
「あら、男の方が、熱しやすく冷めやすいと思うわ」
マリリンと美羽の会話に入ってきたのも、男。
「そうよ。そうよ。オサムママの言う通りよ!!!!」
「はぁ〜〜。美羽。あんた。飲みすぎ」
オサムママは美羽からグラスを取り上げる。
ここは、いわゆるおかまバーである。
美羽もマリリンもお客。
女の美羽がここに来るのは、オサムママの従弟だからだ。
「いやぁぁぁ〜〜〜〜ん。オサムちゃ〜〜〜〜ん」
「オサムちゃん、言うな!」
オサムママはオサムちゃんと言われるのを嫌がる。
昔の漫才師を連想させるのだが、それ以上に嫌がるわけは、顔が似ているのだ。
マリリンはため息をつきながら聞く。
「美羽。また、そんな理由で仕事辞めないでしょうね?」
「辞めた」
「はぁ???」
「だって〜。もうあの男に会いたくないもん」
「あんた、あの仕事、2か月目でしょう?」
「いいの。派遣だし。ってか、明日、新しいところの面接だもん」
「美羽。そんな無責任なことしたらだめよ。そのうち、派遣会社からもオファー来なくなる…」
マリリンがおかまバーで酒を片手に熱心に説教し始める。
しかし、美羽には聞こえてない。
「寝る」
「美羽!!!!!!!!!」
バーに突っ伏して、居眠りし始める。
オサムママがマリリンに言う。
「修司」
「本名で呼ばないでよ!」
「あんたも美羽を見習いなよ」
「こんなの見習ってどうするのよ」
「全部じゃなわよ。この心変わりの早さよ。きっと、この子、明日には別の男に恋している わよ」
「だから、そんなの見習ってどうするのよ」
「普通わね。でも、修司には必要よ。いつまでも、過去を引きずったらだめよ」
「別に引きずってなんか…」
「だから、ゲイでもないのに、女装してここにきているんでしょう?」
「違うよ。趣味だって」
「男も女も好きになれないなんて不幸な男」
オサムと修司は高校の同級生だ。
本名で呼ぶのは、その名残。
「まぁ、いいわ。それより、美羽のことよろしくね」
「またこの女、運んでいくの?」
「そうよ。あなたの仕事でしょ!」
マリリンと美羽がオサムのおかまバーで出会って2年。
なぜか仲良くなって、今に至る。
男にフラれるたびに、酔っぱらいの美羽を家に運ぶのが、マリリンの仕事になった。
ドサッ
美羽を美羽のマンションに運び、ベッドに投げた。
マリリンは、美羽を見て、はぁ〜と溜息をつく。
美羽は、よだれを垂らしながら、がぁ〜がぁ〜寝ている。
マリリンも疲れて、隣で横になった。
美羽はマリリンをゲイだと思って、平気で部屋に入れるが、マリリンはゲイではない。
でも、マリリンにとっても美羽は女ではなかった。
「マリリンのばかぁぁぁぁ〜〜〜むにゃ、むにゃ」
美羽の寝言を聞きつつ、マリリンは短い眠りについた。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ…
「やばっ」
美羽はがばっと起き上がる。
マリリンはいない。
だが、なんだかんだと目覚まし時計をかけてくれたのはマリリンだ。
「痛ぁぁぁぁい〜〜〜」
頭を抱えながらも、顔を洗う。
今日は面接だ。
遅刻はまずい。
「突然辞めるのは、これで最後にしてくださいね。次の仕事は1カ月の短期ですから、せめて、1カ月だけは、辞めないでくださいね、今度辞めたら、これ以上お仕事紹介できませんからね」
派遣会社の担当者のお小言を適当に受け流しながら、新しい職場に向かう。
「わかりましたか?」
「は〜い」
「今回の仕事は、プロジェクトチームの事務です。チームの主任は若い方ですし、他のメンバーも若い方なので、24歳の中野さんにはいい環境ですよ」
「は〜い」
オフィスにつき、応接室に通される。
「もう、何度も面接していらっしゃるので、もう細かな説明はいたしません。とりあえず、面接していただくのは、プロジェクトチームの主任です」
「は〜い」
しばらくして、ドアが開く。
「お待たせいたしました。ちょっと電話が長引いてしまって…」
入ってきたのは、若い男だった。
「主任の牧村と申します」
きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
美羽の目が輝く。
運命の人。
「がんばって働きます!」
そうだ。そうなのだ。
この人に出会うために、今まで生きてきたのよ!
美羽はウキウキとオフィスから出て行った。
面接が終わり、牧村がコーヒーを睨みつけていた。
「牧村主任。どうしました?顔色悪いですよ」
部下に声をかけられ、振り返った。
「派遣の子、どうでした?感じよさそうでした?」
「あ。いや。いまいち…」
「え〜〜〜。ちょっと見たけど、いい感じでしたよ」
「いや…」
「履歴書見ても、外資で秘書していたのでしょう?申し分ないじゃないですか!」
ブゥン
牧村は携帯のバイブに気づいた。
メールが入っている。
「失礼」
携帯を開く。
差出人は、よく知る友人からだ。
ハートだのなんだの絵文字だらけのメール。
『件名:運命の人!』
『本文:マリリン。ついに出会ったのよ!!!!運面の人よ!間違いないわ。ホン
トに。ホントよ。未来のダンナ様よ。彼に出会うために、今まで生きてきたのよ!
!!!』
マリリンこと牧村修司は頭を抱えた。
【2】お約束だけど、ライバル出現?!
オサムバー。
「マリリ〜〜〜〜ン。愛してるぅ。会いたかった〜〜〜〜」
そう言って美羽はマリリンに抱きついた。
「ぜんぜん。来ないんだもん。聞いてぇ。新しい仕事、決まったのよ!」
部下の反対を押し切れなかった。
「マリリンのおかげよ」
反対したんだけど…
「あの日、いつものように目覚ましをかけてくれなかったら、寝坊していたわ。いつもいつも、サンキューーーーー」
どうして、目覚まし時計をかけたのだろうか。
「牧村修司主任」
ぎくりとマリリンは美羽を見た。
「って名前なのぉぉぉ」
オサムが「え?」って顔でマリリンを見る。
オサムはマリリンの同級生だ。
当然、本名を知っている。
2年も友人関係をしていながら、美羽はマリリンの本名すら知らない。
美羽がトイレに行ったすきにオサムがマリリンを問いただす。
「どういうこと???同姓同名?????」
「だったら、どんなに幸せだったことか…。どうしたら、いいの?もし、会社に私の女装趣味がばれたら…。いや。その前に、あの女が、どうしてアタシに惚れるのよ?化粧していたって、普通、気づくでしょう?」
「まぁ、マリリンはそんなに厚化粧じゃないしね…」
「だろ?やばいし、とりあえず、オサムバーを避けていたら、ストーカーばりにメールして、呼び出しやがって〜」
「男になってるわよ」
「どうせ。オレは男だ〜〜〜〜」
「ヤケになっちゃだめよ。修司…、じゃなくて、マリリン」
「なるさ!あいつは、明日から、オレの会社に来るんだぞ!!!!」
「よろしくお願いしま〜す。中野美羽です」
美羽は、やってきた。
マリリン改め牧村修司は、顔を引きつらせる。
見るな。見るな。
美羽はひたすら牧村を見ている。
仕事しろ。仕事しろ。
ブゥン。
う。携帯だ。
『マリリ〜〜〜〜ン。今日も主任かっこいいですぅぅ。今度、紹介するね』
さっきトイレに行ったのは、これを送るためか???
仕事しろ。
ランチタイム。
美羽はきょろきょろした。
早速、ランチに牧村を誘おうと思ったが、いなかった。
「牧村さん。ランチ行こう」
誘ってくれたのは、同じプロジェクトチームの女子2人だった。
ライバルか???
美羽は偵察がてら行くことにした。
このチームは、美羽を入れて7人編成。女子が3人。男性4人だ。
「中野さん。主任狙いでしょ!」
「え?わかります?」
「っていうか、バレバレ」
2人は笑った。
「あの、それでお二人は…」
こうなったら、単刀直入に聞いてやる!
にっと笑いながら、左指を見せるのはサエ。
「新婚〜〜〜」
もう一人は、ヨシノ。
「私は、絶対、原さんです」
「原?」
「え?紹介されたじゃない!主任しか目に入ってないのね…」
「すみません…」
新婚のサエが語る。
「男性4人のうち、まともなのは、主任と原くんだけよ。一人は新人くんで頼りないし、もう一人は、メタボくん。原くんは、主任に最も信頼されてるし、イケメンだし、主任より若いってのが、いいわね」
「でしょう。でも、本当は、主任は手が届かなすぎるんですよね。高根の花」
「あの〜、主任ってモテるんですか?」
「ばか。あたりまえでしょう。あの顔であの仕事っぷり」
「え〜〜〜。彼女いるんですか?」
2人は顔を見合せ、首をひねる。
「それが、わからない。徹底して隠しているのか、それとも、いないのか。フラれた女子は数知れず。それでも、狙っている女は多いわよ。同じ経営企画部の三枝さんでしょう。秘書課の森さん。総務にきた新人。いずれにしても、リードしているのは中野さんよ。だって、チーム内に敵はいないわ。結局、一番、近い人間が有利なのよね。職場恋愛って。週末は、歓迎会だから。がんばるのよ」
「はい!わかりました。がんばります」
ガッツポーズを作ってみせる。
見るな。見るな。
修司はパソコンの画面から顔が出ないように背を低くする。
美羽は、じーーーーーーーーーーーーと修司を見ている。
仕事しろ。仕事。
「主任。どうしました?」
原が怪訝そうに修司を見る。
「あ。いや。何でもない。あ。そうだ。原。メール見たか?悪いが、あの企画書の校正して、部長に送付して…」
「それなら、しました。CCで主任にも入れましたよ」
「え?あ。本当だ。すまん。見てなかった」
「珍しいですね…そんなミス」
「中野さん」
美羽は呼ばれて振り向いた。
原だ。
「は、はい。何ですか?」
「今晩、空いてる?」
「はぁ、まぁ」
「夕食、おごるよ」
「あ。いえ。今日はちょっと…」
「そっか、残念」
うそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
原さんってアタシ狙い?????????????????
モテる女って辛いわ。
それを見ていたヨシノがあわてて聞く。
「ちょっと、中野さん、どうして、原さんとディナーなの?」
「断ったわよ。だって、アタシ、主任一筋だもん」
ちょっともったいないかな…
いや。いや。やっぱり主任が一番よ。
『主任。浮気して。すみません!!!!な〜〜〜〜んちゃって〜〜』
あほくさ。
修司は、逐一くる美羽からの報告メールを見ながら、溜息をつく。
疲れた。
あんなにじっと見られ、いつバレるかと思うと、ひたすら疲れる。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
いや。2年目の友人の顔も名前もろくに覚えないヤツが悪い。
友達をやめようか…
はぁ〜〜〜〜〜
しかし、そうしたら、マリリンにもストーカーばりにメールが来る。
引くも地獄。進むも地獄。
「主任。まだお仕事ですか?」
出た。
地獄の美羽が。
「君は、定時で帰っていいから」
冷たく言う。
「何かお手伝いすることありませんか?」
「今日はないから」
「は〜い」
はい。短く、だ。美羽。
「お先に失礼しま〜〜〜〜〜す」
だから、伸ばすな。
『マリリ〜〜〜〜〜ン。牧村修司。牧村美羽ってよくない?いい感じ!今夜もオサムバーに集合よ〜〜〜〜』
勝手に妄想するな。
と言いつつ、返信する。
『ごめんね。美羽。今日は忙しいの』
『え〜〜〜〜〜。今日も???つまんない〜〜〜〜〜』
『また、今度ね』
『じゃあ、明日ね。よろしくね』
「よし」
と美羽はトイレから出た。
「帰ろうかな。あ〜あ。つまんない」
オフィスビルから出て、駅に向かおうとした時だ。
「中野さん」
呼ばれる声に振り向くと、原だった。
「お疲れ様です」
「あのさ。どうしても言っておきたくて…」
「え?」
こんなところで、告白????
いや〜〜〜〜どうしよう。
早いよう〜〜〜〜〜〜
「なんでしょうか?」
「とても言いづらいんだけど、ずっと主任の事、見ているよね?」
「あ。え〜と。そのぉ〜」
「迷惑だから」
「は?」
「だから、主任が迷惑しているのが、わからないのかな?」
「え?で、でも…」
「見ないでくれる?」
「は?」
「だから、主任を見るなって言っているんだけど」
「あの。意味がわからないんですが…」
「KYだな」
「よく言われます…」
「そうだろうね」
「もう!はっきり言ってください」
イライラして美羽は思い切って言った。
「主任には手をだすな!彼には僕がいれば、いいんだ!」
【3】スキ、コクる、何がワルイか?
「マリリぃ〜〜〜〜〜ン。やっときてくれたぁ〜〜〜」
もうすでにべろべろな美羽はマリリンに抱きついた。
マリリンの本名は、牧村修司。
オサムバーのママだけが知る秘密だ。
マリリンは美羽のグラスを取り上げる。
「美羽。飲みすぎ!」
「だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜。主任は冷たいしぃぃ〜〜〜〜。マリリンはなかなか来てくれないしぃぃぃぃ〜〜〜」
「だから、来たじゃない!もう、10分ごとにメールだすのやめてよね!」
「さみしいんだもん」
「バカ美羽」
「それより。聞いてよぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「何よ?」
「早くもライバルが出現したのよ!!!!!」
「ライバル?」
「恋のライバル!」
「はい。はい」
マリリンは溜息をつく。
牧村修司は、結構、モテるのだ。
これで、あきらめてくれたら、助かるのだが…
「相手は、アタシなんかより、ずっと主任と仲が良くて、信頼されてるの」
そんな女いたか?
「しかも、すっごい顔で言われたのよ。主任には手を出すな。彼には僕がいればいいんだって!」
「え?僕?」
「そうなのぉぉぉぉ〜〜〜。原って言ってね。いい男で、主任の信頼もあるの」
「原が??」
「へ?マリリン?原さん知ってるの?」
「あ〜〜。いや。全然。はら、はら、腹が減ったかな?」
原が?
原って、あの原が?
マリリンこと牧村修司の頭は混乱した。
嘘だろう?
おれは、こんな女装趣味があるが、ゲイではない。
ましてや、会社では隠している。
原がゲイだった?
しかも、自分を好き??
まさかぁ?
ない。ない。美羽の勘違いだ。
「美羽。その原さんって男でしょう?勘違いじゃないかしら?」
「マリリン。マリリンもそうだけど、結構いるのよ。そういう男」
「そ、そうかな?」
「そうよ」
「もしかして、主任も女が嫌いなのかな?あんなにいい男なのに、彼女もいないみたいだし…主任がゲイだったなんてぇぇぇぇぇぇ〜〜〜」
オレがゲイだと?
「…ひどい。美羽」
「あ。違うの。別にゲイを差別しているわけじゃなくて…、えっと、違うのよ。マリリン。アタシ、マリリンのこと、すっごい好きだよ。ホントだよぉ〜」
「あ。そういう意味じゃなくて…」
歓迎会当日。
あんな話聞きたくなかった。
マリリンこと牧村修司は、左に当然のように座る原をちらりと見る。
今まで、原がいつも自分のそばにいることに違和感はなかった。
しかし、今は…、
美羽の勘違いだ。
と、信じようとしている。
そして、右の美羽を見て、溜息をつく。
美羽が空になったグラスにビールを注ごうとする。
「主任は、焼酎派だから」
そう言って、原はすでに頼んであった焼酎を用意する。
「最近、好きなのは、森伊蔵のお湯割りですよね」
勝ち誇った顔で、手際よくグラスを出す原に、修司は苦笑いする。
ずっと気がきく男だと思っていた。
仕事も一生懸命で、何より、信頼していた。
むっとした美羽を見て、また苦笑い。
両手に爆弾を抱え込んだ気持ちだ。
「主任。えっと、休みの日は何しているんですか?」
美羽がとにかく話を始めようとした。
「来週から、本格的に企画が動き出しますね」
美羽を無視して、原が会話を始める。
主任もそれにつられて、ついつい原の話に乗る。
「しゅにぃぃぃぃぃ〜〜〜〜ん。もう一杯!」
気がつくと、美羽が酔っ払っている。
周りもかなり酔っているようだった。
珍しく原も酔っているようだ。
修司は酒に強かった。
原は美羽に主任を取られまいと、とにかく、修司に合わせて飲みすぎたのだ。
「しゅにんはぁ、もりいじょーでしゅか?アタシももりいじょーれしゅ」
しかし、美羽の酔いは、いつにも増してすごいような…
原に主任を取られたのが、悔しかったのだ。
びんを自分で引き寄せて、自分のグラスに入れようとする。
修司は、呆れて、瓶を取り上げる。
「飲みすぎ」
「うぃ〜〜〜」
お店から出ると、美羽はフラフラしてしゃがみこんだ。
「中野さん。大丈夫?」
ヨシノが心配そうに聞いてくる。
「らいじょうふぅ〜」
と全然大丈夫ではない返答をする。
「仕方ない。送っていくよ」
修司は、しぶしぶ言うと、
「いや。僕が送ります」
原がすかさず修司と美羽を引き離そうとする。
「主任の方がいいですよ。原さん、酔ってるようだし…」
原狙いのヨシノは、原と美羽を引き離そうとした。
「いや。大丈夫…」
原は、美羽を修司から奪おうとした。
しかし、
「俺が送る。お前らも、明日、休みだからって、羽目外すなよ」
修司はとっととタクシーを呼び、美羽をタクシーに押し込んだ。
そして、よく知っている美羽の住所を運転手に言って、溜息をつく。
マンションにつくと、いつものように美羽のバッグから鍵を出して、ドアを開く。
ドサッと美羽をベッドに投げる。
はぁ〜疲れた。
気持ち良さそうに美羽は寝ている。
「むにゃ。むにゃ。マリリ〜〜〜〜ン」
「今は、主任だろう…」
美羽の寝言に修司は囁いた。
そして…
「主任。主任。起きてください」
夢?
「もう少しだけ寝る…」
「わかりました〜」
美羽の声を聞いたような気がする。
「あ。そうだ。マリリンにメールしよ!」
がばっと修司は目を覚ました。
携帯を持って、美羽がこっちを見ている。
「あ。おはようございます。主任」
美羽が挨拶をした。
マリリンではなく、修司に、だ。
ゆっくりと部屋を見渡す。
ついいつもの癖で寝てしまったようだ。
いつも美羽を部屋に送って少しだけ仮眠をするのが、癖だった。
美羽はぱちくりと修司を見ている。
携帯を持って。
「もっと、寝ててもいいですよ。アタシ、メールしてますから」
「しなくていい!」
美羽はぱちくりと再び修司を見る。
「あ。いや…」
そんなところから、メールを入れたら、着メロが聞こえる。
「どうしてアタシのマンションの住所知ってるんですか?」
「中野が自分で答えたんだよ。酔っていたから、覚えていないんだろうけど…」
「じゃ、帰るから」
何とか修司は美羽のマンションから脱出した。
「参った…」
そして、着メロ。
『マリリ〜〜〜〜〜〜ン。何と主任と一晩明かしました。次は、告白するぞ!』
告白の文字に、ぐったりとうなだれる。
告白して、断られ、辞める。
美羽の行動パターンはわかっている。
それでいいのだ。
「中野さ〜ん。あれからどうなったのぉぉぉぉ?」
ヨシノが興味津々で聴いてくる。
「主任。うちに泊まりました」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「って言っても、私も酔っていたし、よくわかんないけど、起きたら、主任がソファで寝ていただけです。私を送って、疲れて寝ちゃったんでしょうね」
一緒に聞いていたサエが少し驚いたように言った。
「それって、でも、すごいよ。会って一週間で、そこまで主任にされるなんて、他の女子なんて、たぶん、食事すら行ったことないよ」
「だよね。主任の噂って全く聞いたことないし。今までもそんなことなかったよ」
ヨシノがさらに付け加えた。
「あの飲み会の時も、中野さんをすすんで送ったような気がする…。いつもだったら、絶対、そんなことしない人なのに…」
「実は、結構、中野さんのこと気に入っているんじゃないかな?」
美羽の目が輝いた。
「え!!!!!そうですか?」
「うん。そう思う」
ヨシノもサエもそう思ったけれど、まさか美羽がすぐにそうでるとは、考えもしなかった。
それは、定時がすぎた時だった。
「主任。アタシと付き合ってください」
オフィスがシンと静まった。
全員が動きを止めた。
主任席の前で、主任を見つめたまま、美羽が返事を待つ。
いや。全員が息を止めて、主任の答えを待った。
原もじっと、待った。
「悪いが、断る」
修司は表情を変えずに言った。
「原。まだ、会議の資料ができてないのか?」
「え?あ。できています。今、お持ちします」
原が慌てて資料を主任にさしだした。
『マリリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。アサムバーに集合だからね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
【4】スキなのはどっち?!
「どうして、マリリンがこないのぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜」
涙交じりで、オサムママに訴える。
「忙しいんじゃないかなぁ?」
「フラれたんだよぉぉ!!!!マリリ〜〜〜〜〜ンのばかぁぁぁぁぁっ」
オサムママは困ったように美羽を見る。
この美羽をふったのは、間違いなく、マリリン本人である。
来れるわけがないのである。
それを知っているだけに、何と言っていいかわからない。
「マリリンのばか!マリリンのバカ!マリリン!マリリン!マリり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
マリリンである修司は、朝からのオサムから来た電話に溜息をつく。
『一晩中、ずっと、そんな調子だったのよ』
「仕方ないでしょう?どうして、私が私にフラれた女の子を慰めてあげられるのよ」
『修司とマリリンは別人だから、いいじゃないの!』
「いいわけないだろ!」
『あら?急に男になっちゃった』
「…ここは、会社だから」
修司は非常階段でこそこそと話をしていた。
「とにかく、しばらくは美羽を頼む。オレにはどうしようもない」
『マリり… 』
オサムからの電話を切って、オフィスに戻る。
仕事も忙しいし、それどころではない。
しかし、修司の計算が一つ狂った。
美羽が辞めないのだ。
元気はないが、淡々と仕事をしている。
少しだけ心苦しいが、むしろ、安心である。
数日後、オサムバー
「今日もマリリン来てない?」
美羽がオサムに確認する。
「忙しいみたいなのよね〜。あの子」
「そう…。メールも、電話もずっとシカトされてるの。忙しくても、そのぐらいできるよね…」
「う〜〜〜ん。どうかしら????」
オサムはとぼける。
「マリリン、大丈夫かな?オサムちゃんは、マリリンの家知ってる?」
「え?どうして?」
「アタシ。知らないの。もしかしたら、マリリン。おうちで変死体になっているかもしれないし…。心配だよ」
「大丈夫よ。昨日、電話したから…」
「オサムママの電話にはでるんだ…」
「あ…、えっと、まぁ、大事な電話で…」
「いいの。気にしないで。オサムママは知っているんだよね。マリリンの名前とか。マリリンの家とか。アタシね。マリリンのこと、何も知らないの…」
「仕方ないわよ。気にすることないわよ。あんたたちは、単なるお店の常連どうしなだけなんだから…」
「単なる常連…」
ぼーーーーーと考え込んでいる美羽をオサムは心配げにみている。
『もう、見ていられないわ。マリリン。メールぐらい返してあげなさいよ』
オサムママからの電話を修司は聞いていた。
確かにメールぐらいは返信してもいいかもしれない。
会うと気まずいが、メールぐらいは、いいのかもしれない…
修司はそんなことを思いながら、非常階段から戻ると、エレベーターホールを歩く美羽を見つけた。
声を掛けようとしたが、後ろから原が近づく。
美羽の話では、原は修司に惚れているらしい。
が、それは、美羽からの情報で、いまだ、本当かどうかわからない。
2人は、何やら、深刻そうに話しているようだが、話の内容までは聞こえない。
何となく不安を覚えたが、2人は、徐々ににこやかに話し始める。
最後に、原がにこやかに、
「じゃあ、今夜、駅前のスタバで、8時に!」
と言って去って行った。
「え?」
修司はあっけにとられた。
2人がデート?
「ばかばかしい。やめた。メールなんて」
イライラとエレベーターのボタンを連打した。
美羽は何事もないように相変わらず、仕事に出ている。
辞める様子はない。
しかも、マリリンへのメールすらあれ以降ないのだ。
オフィス
外出先から修司が戻ったと同時に、ヨシノが慌てた様子で受話器を持ったまま言った。
「主任。ラシャー社の辻本さまが、かなり怒った様子で、約束の時間は過ぎているとおっしゃっていますが、今日の会議は延期になったはずですよね…」
「中野!先方に日程延期を伝えたのか?」
美羽はびくっとして顔をあげた。
「あ。えっと、先方の秘書にはメールで変更をお伝えしたのですが…」
「確認を取ったのか?」
「あ。いえ…」
修司のものすごい剣幕に美羽は涙目になった。
「主任。申し訳ありません。自分も確認を怠りました」
原がすかさず美羽のフォローをしようとした。
それに、修司はますます苛立ちを感じながら、外出の準備をする。
「ヨシノ。すぐに詫びに行くから、そのように答えろ。役員出席の大事な会議だったんだ。うちの役員の都合で会議が延期になったんだ。行って詫びるしかないだろう。とにかく早く!」
修司はタクシーの中でイライラと原に言った。
「どうしてお前が付いていて、こんな初歩的なミスをしたんだ!」
「申し訳ありません。完全に自分のミスです。中野さんをこれ以上責めないで上げてください」
「…ずいぶんと仲良くなったんだな。中野と」
「え?そんなことは…」
「この間もデートの約束していただろう?」
「デート?僕と中野さんが?」
「スタバで8時」
「…あ」
「やっぱり」
「あ。いや。あれは、違うんです」
「2人で飲みに行ったのだろう?」
「はい。あ。いや。そうですけど、でも、違うんです…」
「なにが、違うんだか」
「すみません」
「別に俺に謝ることじゃないさ。ラシャー社の辻本さんにその分謝ってくれよ」
原はそんな修司の様子を少し複雑な思いで見ていた。
相手先に許しを貰い、修司と原が会社に戻ったのは、9時過ぎだった。
美羽が一人残っていた。
「主任。本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた。
「もういいよ。本当にお前は何をやらしてもいい加減だな。仕事も…」
恋愛も…
続く言葉は濁した。
「主任。言い過ぎではないでしょうか?中野が大きなミスしたのは初めてですし…、そんなに責めなくても…」
「もういい…、そんないい加減な仕事しかできないなら、辞めた方がいい」
これ以上、美羽をかばう原を見たくないと思った。
「主任…」
原と美羽はそれ以上何もいえず、オフィスから出て行った。
美羽と原は、一緒にタクシーに乗った。
修司はそれを上からじっと見ていた。
【5】アタシ。変なの。
「ビール」
修司は椅子に座ると同時にオーダーした。
「あら!マリリン。久しぶり」
オサムママが嬉しそうに迎えた。
「美羽が会いたがっていたわよ」
「まさか。原とデートじゃないのか?だから、安心して、ここにきたけど」
「原くん?さっきまで、美羽とここにいたわよ」
「原が?美羽と?ここに?」
「そうよ。原くん、美羽に自分がゲイだってカミングアウトしてから、たまに2人でここに飲みに来ていたのよ。だから、デートじゃないわよ」
「そうか…、そうなんだ」
なんだか、脱力した感じだ。
何かにすごく腹が立ったのだが、何に怒っていたのか全く修司にはわからない。
オサムママが思い切ったように切り出した。
「修司はさ、まだ、引きずっているの?あの時のこと…」
「引きずってない」
「そうかしら…。私たちって、小中高男子校で、超がつくほど、うぶだったわよね。私はこんなだったけど、修司は大学生になって、初めて女の子と付き合って…」
「フラれた。それだけだ。俺は、その後、何人の女と付き合ったし、別に引きずってない」
マリリンの姿のまま修司はムキになって否定した。
「そうね。ひどかったわね。付き合っては、早々に捨てて…、まるで、本気になる前に、逃げているように見えたわ」
「どうせ、彼女たちは、好きだ。好きだ。とさんざん言って、こっちが本気になるとうっとおしいと言って捨てるんだ」
「ほらね。最初に付き合った女の子を引きずっている。そんな子もいるけど、みんながそうとは限らないわ」
「どうだか。美羽だって、そうだろう?」
マリリンは美羽の名を出した。
「美羽は好きになっても、いざ付き合うと、すぐに飽きるじゃないか。見ていて、本当に腹が立つよ。相手のことをよく知りもしないうちに、人を好きになって、相手を振り回して、いざ、相手の違う面をみると、そんなはずじゃなかったって、いいやがる」
「それが、恋愛じゃないの。すべてを分かり合えないから、面白いのよ」
「俺はそんな恋愛はいらない」
「自分の裏も表も全てわかってそれでも愛してほしいなんて…、子供が母親に求めるような愛情だわ。マリリンはマザコン?」
「かもな。母親にはあったことないから…」
マリリンはじっとビールの泡を睨んだ。
なぜかまたイライラが募った。
このイライラが何から来るのかさっぱりわからない。
「しばらくここには来ない。さすがに原とここで会ったら、やばいから。美羽は本当にばかだから気付かないけどな!」
「そんなにつれないこと言わないでよ。いいじゃない」
「よくないだろ」
オサムママの携帯が鳴り、オサムママが何かを話している。
と、突然、オサムママがマリリンに携帯を差し出した。
「美羽よ。マリリンがいるって言っちゃった」
「え?」
『マリリン?美羽だよ。マリリン?』
携帯から美羽の声が聞こえた。
「あ。美羽?マリリンだけど…」
『ごめんね。マリリン』
「え?…何が?」
『いつも迷惑かけてて、だから、美羽のこと嫌いになったんだよね。ごめんね。本当にごめんね…。それだけ、言いたかったの。本当にごめんね。これで最後だから…』
それだけいうと、美羽の方から携帯電話が切れた。
「美羽ちゃん。飲みすぎだよ」
「原ちゃ〜〜〜〜〜〜ん。お前はいいやつだよぉぉぉ〜〜〜〜。いつも、アタシなんかに付き合ってくれてぇぇぇぇぇ〜〜〜〜」
オサムバーの帰り道。
美羽を肩に担ぎながら、原は夜道を歩いている。
「わかった。わかった」
「原ちゃん。聞いて。アタシね、変なの」
「そうだね。美羽ちゃんは、変だよ」
原は優しく言った。
「本当に変だも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
「…あのさ、本当は、美羽ちゃんに言うか、迷ったんだけど…」
「なぁに?」
「主任…、美羽ちゃんのこと好きだよ」
「はあ?」
美羽は目を丸くした。
「ない。ない。見たでしょ。あっさり、フラれたの!だから、原ちゃんに後は託したの!」
「無理だよ。僕は最初から片思いなのは覚悟だし…、主任はきっと美羽ちゃんのこと好きだよ」
「だから、ない。ない。それに、もう主任のことはどうでもいいの。アタシ、他に好きな人がいるの!そして、アタシも、片思いなの」
「誰?」
「原ちゃんは知らない人」
「主任よりもいい男?」
「う〜〜〜〜〜ん。男だけど、男じゃないの…」
「女?」
「女だけど、女じゃないの…、よくわかんない。だから、アタシ、変なの」
「ゲイ…?」
「…うん、だから、永遠に片思いだよ」
「じゃあ、僕たち一緒だね」
「うん。一緒。でも、原ちゃんはずっと一緒にいられていいね…。私は、もう一緒にはいられない。さっき、さよならしたの」
「え?どうして?」
「辛いから…。アタシ、嫌われているの。でも、好きなの。好きってことに、気づくのが、遅すぎて…、どうしていいかわからない。でも、変な期待したくないから、自分から、さよならしたの」
「美羽ちゃんらしくない…。僕、美羽ちゃんとは会ったばかりだけど、何か美羽ちゃんらしくない…」
「優しいな〜、原ちゃんは…。いつも美羽のことかばってくれてるしぃ」
「美羽ちゃんも優しいよ。僕、最初、やきもちやいて、美羽ちゃんにいじわるしたのに、飲みに誘ってくれたりして…」
「原ちゃんは、他人と思えなくてぇ〜。あ〜あ。仕事も辞めた方がいいかな…」
「最後までいなよ。プロジェクトはもう少しで終わりだから…」
「…うん、そうだね。じゃないと、またマリリンに怒られちゃう」
「マリリン?」
「そう。アタシのだぁぁっぁぁ〜〜〜〜〜〜〜い好きな人」
【6】備長炭男の最後。
数日後。
「みんな、聞いてくれ。どうにか、今回のプロジェクトは成功した。そして、このチームは、経営企画部の商品開発二課として、格上げになった」
「うそぉ〜。やった〜。じゃあ、明日は打ち上げと課への昇格祝いですね」
会社に自分たちの働きを認められ、喜び合った。
サエが修司に聞いた。
「あの、主任。中野さんは、このまま、いてもらってもいいでしょうか?課に昇格したなら、忙しくなりますし、他から人を呼ぶより、私たちにはやりやすいのですが…」
「私も同じくそう思います」
ヨシノがおずおずという。
美羽の告白、そして、会議のキャンセルミスの失敗以来、修司は美羽の顔を見ようとしないことは、チームの全員が知っていた。
原も言いたがったが、自分が言えば、ますます修司の機嫌を損ねることを分かっている以上、何も言えなかった。
「考えておく」
「やった〜…」
とヨシノは喜んだが、
「あの、アタシ、辞めます。契約期限の明日で辞めます」
美羽はきっぱり言った。
「好きにしろ!」
修司はやはり目を見ることなく、冷たく言った。
「中野さん。本当に辞めちゃうの?」
サエが残念そうに聞いた。
「主任。ひどいですよね」
ヨシノが外出中の主任の席を睨みつけて言った。
「いいんです。嫌われて当然ですよぉ。コクっちゃうし、ミスっちゃうしで、だから、気にしないでください」
「まだ、主任のこと好きなの?」
美羽は首を横に振った。
「別に好きなヒトがいるんです。また、片思いですけど」
「そっか〜、まぁ、主任は、誰も好きにならないんだよ。あんな男、あきらめて正解だね」
ヨシノが美羽を慰めようとして言った。
サエが頷いてから、言った。
「中野さん。会議室の片づけは終わったんだよね?」
「はい」
「じゃあ、あの資料を地下の資料室に返したら、帰っていいわよ」
デスクの上の古い資料を差して、サエが言った。
「じゃあ、資料室からそのまま帰りますね」
美羽は帰り支度をして、バッグと資料を持った。
「地下の資料室だけど、内側の扉は、絶対に閉めたらだめだよ。ドアのカギがさびていて、閉めたらあかないのよ。直るまで使用禁止だから、外側のカギだけ忘れずに閉めればいいから」
「は〜い。お先に失礼しま〜〜〜〜す」
明日で終わり。
美羽は、どうしても、マリリンの言いつけを守りたかった。
でも、それ以上は、いられないと思った。
「片想いって辛いなぁ〜。今までは、ただ、わくわくして楽しかっただけなのに…。実らないことがわかっているからかなぁ〜」
地下資料室は、埃だらけである。
「Bぃの24番。24番。あった。あった」
美羽は資料を戻して、帰ろうとした。
が、
「あれ?」
カギをかけた覚えはない…
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、そうだった。内側の扉ってこれだったんだぁ」
ぼんやりとしていた美羽は、わざわざストッパーで閉まらないようにしてあった扉を丁寧に閉めたらしい。
「やばくない?」
地下室はひんやりとしている。
春とはいえ、まだ夜は冷える。
しかも、地下室にもともと暖房などはついてない。
「誰か来るよね…。って、もう就業時間だし…。あ。そうだ。携帯でサエさんに助けてもらおう!」
携帯をバッグから出す。
「圏外…だよぉぉぉ…、地下だしぃぃぃ」
地下室資料室は滅多にひとは来ない。
「お〜〜〜い。誰かぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
美羽は錆びついたドアを叩く。
「はぁ〜〜。疲れた。ここは、体力温存したほうがいいかな。ここで無駄に体力を使ってはいけない。明日になれば、助けは来る。って地下室って滅多にひと来ないんだよね…」
「お〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い」
美羽の叫び声は、地上の人間には届かない。
地上。
修司はプロジェクトチームの残務整理と立ち上げる課の仕事が終わらず、10時過ぎている。
「主任。とりあえず、費用の集計はおわりました」
原は書類を修司に見せた。
修司はさっと目を通すと、顔を上げずに言った。
「原も帰っていいぞ」
「あの、中野さんのことですが…、ちょっと冷たくありませんか?確かに彼女は大きなミスもしたし、その、主任に、いろいろ言ったりしましたが、仕事はちゃんとできていたし…」
「本人が辞めたいと言っているんだ。オレにはどうしようもない」
修司は原がわからない。
原は自分を好きなはずなのに、これでは美羽を応援しているようだ。
「もう、いいから。仕事のじゃまだ」
朝。
「え?中野さん来てないの?」
サエが驚いたように言う。
「何も連絡がこないし、でも、携帯も繋がらないんです」
「今までそんなことなかったのに、何かあったのかしら…」
ヨシノとサエが心配していることに原が気づいて聞いた。
「中野さん。来てないの?どうして?」
2人は首を横に振る。
「今日で、最後なのに…」
「主任には言った?」
「…まだです。今日は、取引先に直行しているので…、それに、単なる寝坊だったら、逆に主任に知らせない方がいいかなぁ〜って…」
「そうだね…。とりあえず、主任が昼に帰るから、それまで様子を見よう」
原はそう言うと、とりあえず、オフィスを出た。
自分でも携帯に美羽に電話をしてみた。
やはり、電源を切っているか、電波の届かないところだ。
オサムママにも電話してみる。
「美羽?知らないわよ。昨日もお店には来てないし…」
「来てない?中野が?」
11時頃に会社に戻った修司が怪訝な顔をする。
「はい…。携帯も繋がらないし…。中野さん、一人暮らしですよね?何かあったのでしょうか?」
修司は、持っていたカバンをデスクに置いた。
「どうして、もっと早くに知らせない!」
「でも…」
「ヨシノ。俺の予定を全部キャンセルしろ」
「そんな無茶な…」
修司はヨシノの返事を待たずにオフィスから出た。
タクシーを捕まえ、美羽のマンションの住所を言う。
そして、上着から携帯を取り出し、美羽にかける。
繋がらない。
そして、オサムママにも。
「またぁ、さっきも原くんから電話あったわよ。美羽、大丈夫かしら…」
イライラしながら、部屋のベルを鳴らす。
返事がない。
いざという時のために、ポストの中に張り付けたに合鍵に手を伸ばす。
ポストの番号も修司は知っていた。
鍵を開けて、美羽の部屋に入る。
が、中には誰もいない。
修司は会社に電話した。
「中野は戻ったか?」
『まだです。主任はどこですか?』
「とりあえず、戻るよ」
心当たりなど、他にない。
オフィスに青ざめた顔で修司は戻った。
「まだ、連絡はないのか?」
「はい…」
「昨日、最後に中野に会ったのは、誰だ?」
ヨシノとサエが手を挙げた。
「何か言ってなかったか?どこに行くとか」
「別に…」
ヨシノとサエは顔を見合わせた。
「あ〜〜〜〜〜。地下室」
プロジェクトチーム全員が地下に走った。
そして、錆びたドアの前で止まった
「くそっ。このドア閉めたのか?あのバカ!」
「閉めるなって言ったのに…」
サエが不安そうに言った。
「バカだからな!あの女!!」
修司はドアを叩いた。
「おい!いるのか?」
返事はない。
そして、ドアを開けようとする。
原も手伝う。
ギギギギギギ…
重たい音を鳴らしてドアは開いた。
埃にまみれ、美羽が倒れていた。
「美羽!!!!!!!!」
怒鳴ったのは修司だった。
誰よりも先に美羽に走りより、抱きかかえた。
「美羽!美羽!起きろ!死ぬな!ばか!美羽!!!!!!!!!!!」
その様子を全員が呆然と見ていた。
美羽はゆっくりと目を覚ます。
美羽の目にぼんやりと人が写った。
「マリリン…?」
意識が朦朧としていて、顔がはっきりしない。
「美羽!」
そのまま、修司はギュウッと美羽を抱きしめた。
「ばか!心配ばかりかけて、いつも、いつも、この子は!!!」
「…ごめんね。マリリン。でもね。マリリン。アタシね。マリリンのこと。大好きだよ」
「知ってるよ。そんなこと」
「…違うよ。本当に好きなんだから」
美羽は朦朧としたまま、修司の頬に手を添えた。
それを見ていたサエがみんなに言った。
「なぜか、私たち、すご〜〜〜〜く、お邪魔なような気がするんですけど…」
「そうですね…」
皆が同調し、地下室を出た。
「ねぇ、マリリンって誰かな?」
原がため息をつきながら答えた。
「知らない方が、いいような気がする…」
美羽はじっと修司の目を見てから、
「…マリリン」
そして、目をつむった。
修司は、ゆっくりと上からキスした。
その瞬間。
ぎゅるるるるるるるるるるる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
美羽は、自分のおなかの音にハッと目を開いた。
朦朧としていた脳が覚醒したのだ。
そして、ガバッと上半身を起こした。
その反動で、修司が後ろに突き飛ばされ、床で後頭部を強打した。
「おなかすいたぁぁぁぁ〜〜〜っ…、あれ、主任?」
「痛っっっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
頭を押さえながら、修司は、美羽を見た。
「あれ?マリリンはどこ?」
美羽は不思議そうに修司を見て聞く。
「美羽ぅ〜」
修司は頭を抱えた。
「…好きなら、顔とか声とか、フツーわかるだろう」
美羽はぱちくりと修司でありマリリンである男を見た。
「あ!マリリ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン」
今度はガバッと美羽から修司に抱きついた。
「会いたかったよ。マリリン!」
「毎日、会っていただろう」
「でも、マリリンじゃなかった!」
「一緒だ」
「違う」
「一緒だっての!!!!」
修司は、抱きついてくる女の頭を撫でた。
この女はチャッカマンだ。
マンは男だから、チャッカウーマン?
いや。そんなことは、どうでもいい。
このチャッカマン女は備長炭男に2年間の月日をかけて、火をつけた。
備長炭は、燃え尽きて、灰になるかもしれない。
だが、もう火は点いた。
手遅れだ。
〜おわり〜