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 学校から帰ってくると、その日の出来事を報告するのが習慣になっていた。

 唯ちゃん呼びになってから、結愛はますます姉に接するように唯都へ甘えてくる。

 唯都と結愛の仲が深まったからといって、いじめの件が根本的に解決したわけではなく、唯都は毎日結愛の様子を注意深く見守った。何かあれば、結愛に黙ってでも、その男子を懲らしめてやろうと思っていた。

 そうこうしているうちに、結愛がいつもの無表情――唯都には分かる幾分晴れやかな顔をして――で、嬉々として報告してきた。


「唯ちゃんあのね、意地悪する男子にがつんと言ってやったの。そうしたらね、今日の帰りはもう何も言ってこなかったんだよ」


 ランドセルを背負ったまま、その場でぴょんぴょんとはねている。


「あら! すごいじゃない結愛、頑張ったのね! 何て言ってやったの?」


 唯都の腰にじゃれついている結愛の頭を撫でてやる。


「唯ちゃんが言ってくれた通りに言ったんだよ。私には唯ちゃんがついているんだから! 私の方があんたのこと嫌いなんだからね! って」


 唯都は何かあったら自分を頼るように言ってあった。それから、無視するのが効果的なこともあるが、結愛の場合は、一度はっきりと気持ちを伝えた方がいいかもしれない、とも言った。嫌なら嫌だと言って、それでも止めてもらえず結愛が悪いというのなら、その時は唯都も黙っていないからと。


「“唯ちゃんって誰だよ”って言われたから、私の大好きな人だよ、すごくかっこよくて優しいんだよ、唯ちゃんだけは私の味方だから、あんたなんか怖くない! って言ったら、言い返さないで帰っちゃったの。きっと唯ちゃんに、おそれをなしたんだよ」


 おそれをなした、という言い方が、何だかドラマの台詞をそのまま意味も分からず使ったような、言いなれていない発音だった。

 結愛のことだから、意味は分かっているのだろうが、覚えたての言葉を使った感じが、何とも微笑ましい。唯都は目じりを下げて、結愛の髪をわしゃわしゃと撫で回した。

 何より、大好きで、かっこよくて、優しいと言われた事が嬉しくて堪らなかった。


「結愛は本当に可愛いわね~」


 あれほど、口にしてはいけないと思っていた言葉を、何の抵抗もなく言う事が出来る。

 結愛はぎゅっと抱きついて、頭をこすり付けた。


「唯ちゃんのほうがかっこいいよ~」


 結愛の表情は分かりづらいが、たまに誰から見ても分かる笑顔を浮かべることがある。

 その時に八重歯を見せる無邪気な顔が、唯都は好きだった。

 恐らく今もそんな顔をしているのだろうと、何となく分かったが、結愛を引き剥がしたくなかったので、顔を見るのは諦めた。


「唯ちゃん、大好き」


 抱きつく体はそのままに、結愛は顔だけ上げて、にっこりと八重歯を見せた。

 何だか得した気分になって、唯都も結愛を抱きしめ直す。


「私も大好きよ、結愛」


 小学校と中学校では、少し時間がずれてしまうけれど、もうすぐ学年が変わる。

 結愛は中学生になったら、唯都と毎朝一緒に登校したいと言っていた。

 唯都はそれを断るつもりは無かった。


「早く中学生になりたいなあ……あの男子とも、クラス離れると思うし、唯ちゃんと一緒に学校行けるし、楽しみしかないよ」


「一年間だけどね」


「高校まで追っかけるもん」


「小学生なのに、もう高校のことまで考えているの?」


「唯ちゃんと同じ学校行きたいから、頑張って勉強するね。分からない所は教えてね、唯ちゃん」


 これは、兄が下手な成績を取るわけにはいかないなと、唯都は気を引き締めた。

 元々学校の成績は良いが、妹に良い所を見せたいものである。


「そうね……結愛をいじめる男子も、同じ中学かしら」


「私がどこに行くのか聞かれたから、答えたら、“俺も同じだ”って言っていたよ」


「そう……結構話すのね?」


「私は話したくないけど、向こうが意地悪するんだもん」


「……何か引っかかるわね~」


 唯都は顎に手を当てて唸った。


(結愛は中味も勿論可愛いけれど、外見もお人形さんみたいだもの、女子に妬まれるのは分かるけど……)


「結愛、学年は違うから、助けてあげられないこともあるわ。ちゃんと、信頼できるお友達を、中学でも作るのよ」


「うん」


「結愛が助けてあげたいと思って、相手もそう思ってくれる子じゃないと駄目よ。結愛は優しいから、誰でも助けてあげたいかもしれないけど、結愛が困っている時に見捨てるような子は、本当の友達じゃないわよ」


「うん。……唯ちゃんにも、学校に仲良しさんいるの?」


 結愛が、少し声を落として聞いた。

 言われて、唯都は一瞬言葉に詰まる。

 友人はいる。だが、今結愛に説明したように信頼できる関係を築けているかというと、自信が無かった。

 唯都の一番の秘密を、打ち明けてもいいという相手はいない。


「友達はいるけれど、私のこの口調は知らないの。私の一番の仲良しさんは、今のところ結愛ね」


「私しか知らないの?」


「そうよ。結愛しか知らないの。叔母さんも叔父さんも知らないから、二人だけの秘密よ」


「二人だけの秘密ね!」


 結愛は明るい声で繰り返した。

 嬉しそうだ。


 一番仲が良いと言われて喜ぶ結愛を見て、唯都の顔から表情が消える。結愛と目が合う前に、無理やり笑顔を貼り付けたが、密着している体を、やんわりと離して、結愛と距離を取った。


「さあ、そろそろ叔母さんが帰ってくるわ。宿題済ませちゃいましょう」


「はあい」


 上機嫌で、体の向きを変えると、結愛がぱたぱたと階段を上っていく。

 後ろに続きながら、唯都の耳元には、嫌に大きい音が響いていた。

 どくん、どくん、という耳障りな音。

 妙な不安が、唯都の笑顔を剥がした。


 良くない兆候だった。





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