結愛・高校生〈補完〉
活動報告に載せていた小話です。短いです。
菊石めろんは下の名前を呼ばれる事を嫌う。
「私の名前、ぱっと見ても読めない事が多いでしょう。『甜瓜』、なんて読むの? ってよく聞かれたけど、その度に答えるのも嫌だった」
初対面で名前を聞かれるのは当たり前の事だから、避けようが無い。
結愛が名前を訪ねた時も、彼女は最初名字しか名乗らなかった。
「でも、高校に入ってからは、一度も聞かれて無い。それどころか、知らない相手から『よ、めろんちゃん』なんて言われる事もあるのよ」
名前を呼ばれたくない菊石の気持ちを考えれば、迷惑極まりない話だろう。
しかし、今の菊石の顔からは、そういった感情は窺えなかった。
出会った頃のように、心底不快だとは思っていないようだ。
むしろ、面映ゆいような、ほんの少しだけ、嬉しいような。正直な口元は緩んでそう教えてくれる。
結愛は、菊石が変わった理由を知っていた。
菊石本人も、自覚しているのだろう。結愛が向けた笑顔を見て、彼女は気まずげに目を逸らした。
「本当に、癪だけどね」
頬杖で唇まで覆って、もごもごとする。
「同じ高校に、あの馬鹿姉貴も居るんだもの。ところ構わず追いかけ回して、大声で私の名前を呼ぶから、皆に覚えられちゃったわ」
菊石は自分の「めろん」という名前が嫌いで、その名付けを決定付けた姉の事も大嫌いで、だからこそ、自分が変わってしまった事を認めたくないのだ。
「あんな姉、大嫌いだったのに」
結愛は真剣に相槌を打っていたが、菊石があんまり恥ずかしそうにするので、少し笑ってしまった。
「笑わないでよ」
責める菊石は軽く結愛を睨むが、怒ってはいないと分かる。
「最近は、名前を呼ばれるの、ちょっとだけ、嫌じゃないの」
周りの人間一人一人を捕まえて、「名前を呼ぶな」と言う訳にもいかない。
一番うるさい人間が、まるで宣伝するように「めろんちゃん」と呼び続けるのだから、なお効率が悪い。
一番腹立たしく思っていた相手に、なあなあで許してしまえば、後はどうでも良くなるものだ。
「私も、めろんちゃんって呼んだ方が良い?」
「結愛はそのままでいいわ。結愛が付けてくれた渾名好きだから」
「結婚してもお菊ちゃん?」
「そんなのまだ先の話よ。……その時考えるわ」
「じゃあ、今のうちにいっぱい『お菊ちゃん』って呼んでおこう」
結愛がそう締め括ったと同時に、廊下で菊石を呼ぶ声が響いた。
こめかみを押さえながら菊石が立ち上がる。
「またうるさいのが来たわ……」
結愛に断りを入れてから、「騒音撒き散らすな馬鹿姉貴!」と菊石は姉に抗議しに向かった。
その横顔には、実の姉に対する気安さが見える。
結愛も、唯都に会いたくなった。
親友が楽しげである事が嬉しくて、結愛は頬杖をつきながら、またひとつ、微笑みを浮かべるのであった。
(終わり)




