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 ある出来事を境に、唯都と結愛の関係に変化が起きた。

 結愛がまた、問題を抱えてやってきたのだ。


 唯都にとっては、いつもと変わらない日だった。早くも無く遅くも無く、普通に学校から帰宅して、リビングの椅子に座って寛いでいた。


 友達のビーズ犬を壊してしまった時のように悲壮な表情で、結愛は帰って来た。

 音を立てないようにしてか、結愛は始め、おそるおそる、といった様子で玄関に入ってきた。共働きなので、叔母も叔父も、学校から帰った時に家にいることは殆ど無い。この日は唯都のほうが、早く帰宅していた。というより、結愛が遅かったのだ。

 ここ最近、悩んでいるらしい結愛は、帰りが少し遅くなる時があったが、この日も唯都が家に帰ってから、暫く結愛の姿は見えなかった。

 自分の部屋ではなく、一階に居た唯都は、玄関の扉が開く音に気が付いた。

 そっと玄関へ顔を出し、俯きながらドアを開ける結愛の姿が目に入る。

 結愛は、明らかに転んだと分かる、泥だらけの格好をしていた。


「結愛!?」


 驚いて、唯都が声を上げると、結愛はびくりと、肩を震わせた。

 駆け寄って、どうしたのかと問いかける。結愛は見つかってばつが悪そうにしていたが、唯都が優しく声をかけると、訥々と事情を説明しだした。

 話し始めて、結愛の瞳が段々潤んでくる。今にも泣き出しそうな背中に、唯都が手を添える。結愛はとうとうしゃくりあげた。

 話の内容は、同じクラスの男子にいじめられたというものだった。


 学校から帰る途中、背中を押されて転ばされたのだと言う。

 結愛が落ち込んでいた数日前から、――結愛自身は直接的な言い方はしなかったが――話によると、嫌がらせをされるようになったらしい。

 結愛には原因が分からなかった。きっかけはあっただろうが、何がその男子の気に障ったのか分からない。でもきっと、人と上手く話せない自分が悪いのだ。そう言って、結愛は泣いた。

 その姿が、幼い頃の、同級生の言葉に傷ついていた唯都と重なった。

 唯都は、結愛をいじめた男子に、非常に腹が立った。結愛を慰めながら、怒りに震える。結愛は、個人名を出さなかった。

 まだ中学生だった唯都は、感情を制御出来ずに、思わず叫んでしまった。


「その男子の名前を教えなさい、私が仕返ししてくるわ!! いい、結愛は悪くないのよ、例え相手を怒らせるようなことをしたってね、可愛い女の子を、こんなに泥だらけになるような転ばせ方するなんて、男の風上にも置けないわよ!!」


 結愛の肩を掴み、力強く言った唯都を、結愛は呆けたように見つめていた。

 怒りの収まらない唯都は、仕返しに行く前に、結愛の体を綺麗にしてやろうとした。


「その前に、結愛はまずその体を何とかしましょう。早いけど、お風呂に入った方がいいわ、用意してくるから、ちょっと待ってなさい。ああ、疲れているでしょ、座っていてもいいのよ。後から拭けばいいんだから、気にしなくていいわ」


 唯都はてきぱきと、結愛の世話を焼く。

 お湯で絞ったタオルで目元を拭かれながら、結愛はずっと、唯都を見ていた。

 結愛は、唯都の怒った顔を見るのは、初めてだろう。

 唯都は無条件で、結愛の味方だ。彼女はその心遣いを、黙って受け入れている。突然捲し立てた唯都に一瞬目を見張っていたが、その顔に嫌悪感は見えなかった。


 唯都が我に返った頃には、結愛のほうは風呂からあがり、すっかり落ち着いていた。己の失態に気付いて動揺する唯都に、結愛は積極的に話しかける。


「おにいちゃん、本当はさっきみたいな話し方するの?」


 唯都は目線をうろうろと彷徨わせて、冷や汗を流していたが、彼が何か口にする前に、結愛は続けて言った。


「さっきのおにいちゃんのほうが好きかも」


 その言葉は、唯都に衝撃をもたらした。


「……ほ、本当に? 変じゃない? 気持ち悪くない?」


 唯都が上ずった声で結愛に問い返すと、結愛は歯を見せてにっこりと笑った。

 無表情な結愛の口から、八重歯が見える事があるとは、なんて事を頭の隅で考えながら、唯都はその笑顔を見つめた。

 子供らしい笑い方で、結愛は言う。


「うん。おにいちゃん、やさしいもん。話し方なんて関係ないよ」


 唯都はじわりと、涙を滲ませた。結愛が、「おにいちゃんが励ましてくれたから大丈夫」と何度も言って止めるので、仕返しに行こうと意気込んでいた唯都は、大人しく引き返す。

「変わりに、また何かあったらおにいちゃんに真っ先に相談するね」と兄冥利に尽きる事を言われ、唯都は完全に沈黙した。


 結愛には内緒で、後からこっそり例の男子の事を調べたのだが、それはまた別の話だ。




 それからというもの、結愛から頼まれたこともあって、二人きりの時は、本来の口調で話すようになった。

 唯都は自分を受け入れてくれた結愛をひたすら可愛がった。

 さながらそれは、兄というよりは、姉と妹のような近さだった。





「おにいちゃん。おにいちゃんのこと、ゆいちゃんって呼んでもいい?」


 結愛がある日突然、そんな提案をしてきた。


「あら、おにいちゃんって呼ばれるのも好きだったけど、仲良しさんみたいでいいわね。結愛が呼びたかったら、そうして?」


「仲良しさんだもん。じゃあ、唯ちゃんって呼ぶね」


 唯都が快く承諾したので、結愛は頬を緩ませ、彼に擦り寄った。






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