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 唯都は中学二年生、結愛は小学六年生だ。

 唯都が小学校中学年の時に、叔母の家に引き取られたので、もう数年は経つ。

 彼はとっくにこの生活に慣れていたが、段々酷くなる腹部の痛みに悩まされていた。

 その原因に、薄々気が付いてきている。


(ストレスかしらねえ……)


 思っている事を素直に吐き出せない。

 唯都は自分を誤魔化すのが得意ではなかった。

 自分の発言にはいつも気をつかっている。

 言い訳できないような事をいつか言ってしまうのではないかと、不安だった。

 変な誤解をされたくない。唯都は家族にばれてしまった場合の事を何度も想像した。

 口調は使い分ける事が出来るが、唯都にとって本来の口調を無くしてしまうことは、努力しても出来なかった。

 それに、自分を押し込めることは苦痛でしかなく、理解者が欲しいと思う気持ちが強くなるばかりだ。

 苦しいだけで、改善されない。


 妹は可愛いけれど、一緒に居ると、ボロが出そうになる。

「結愛は本当に可愛いわね」

 たった一言、うっかり言ってしまいそうで、結愛の反応を考えると、またきりきりと腹が痛むのだ。

 結愛が懐いてくれているように感じるだけに、怖かった。

 変だと思われたら、嫌われたら、離れていってしまうのではないか。

 唯都は、良い「おにいちゃん」でいなければならない。

 女々しい話し方をして、妹に恥ずかしいと思われたくなかった。





 腹の痛みに汗を流しながら、夜を過ごした翌日。唯都は普段通りに起きて二階の部屋からリビングへ降りた。

 叔母と挨拶を交わし、朝食の支度を手伝う。


「唯都、結愛がまだ起きないのよ、ちょっと起こしてきてくれる?」


「分かった」


 叔母の言葉に従い、唯都はリビングを出て、階段を上った。

 結愛は朝に弱いらしく、こうして度々唯都が声をかけることがある。

 階段を上って右側が唯都の部屋、左側が結愛の部屋だ。

 唯都は、結愛の部屋の外から声をかけた。


「結愛、朝だよ」


 数秒待つが、返事は無い。いつも通りだ。

 扉を軽く叩いてから、部屋に入る。少女らしい、明るい色合いの内装が目に入った。カーテンやラグ、家具などは、ピンクで統一されている。

 部屋は少し肌寒い。

 机、窓があって、壁際のベッドの上に、布団がこんもりと盛り上がっていた。

 頭まですっぽりと被って、足のつま先だけ、はみ出している。

 唯都は目を細め、内側から扉を閉めた。

 春先の空気が心地よい季節である。

 布団の中はさぞ気持ちが良いだろう。


「結愛、そろそろ起きないと、遅刻するよ」


 寝具に近づくと、規則正しい寝息が聞こえた。

 結愛の頭があるであろう場所を、ぽんと撫でる。

 ううん、と唸る声がして、布団の塊が寝返りを打った。


「……学校行きたくない」


 結愛が、寝起きのぐずるような声で言った。

 珍しい発言に、唯都は意外に思い、僅かに目を丸くする。

 彼女は目覚めは良くないが、唯都が起こすと、大抵、すぐに起きてくるからだ。


「具合でも悪いのか?」


 唯都が声を落として尋ねると、布団からひょっこりと頭が出てくる。

 頭部だけが、迷うように動いた。

 眺めていると、布団から目元も覗かせて、「そうじゃないけど……」と歯切れの悪い言い方をする。

 唯都が何も言わずに、続きを待つが、結愛はそれ以上の事は言わない。

 説明するでもなく、結愛は体を起こした。


「起きる」


 結愛が呟いたので、着替えることを考えて唯都は部屋を出る。

 普段とどこか違う様子に、気遣うような目を向けてから、階下に降りた。



「おはよう結愛、ちょっと遅かったわね」


「うーん」


 母親の声に、結愛は曖昧な返事を返す。

 あまり表情の変わらない子供ではあるが、やはり元気がないように見える。


「なによ結愛、元気無いわね。風邪?」


 仮病を使って学校を休もうとした事など無いので、叔母も顔を曇らせて、我が子に寄った。


「大丈夫」


 ダイニングの椅子に座ると、結愛はそれきり黙ってしまった。

 学校へ行く支度をするが、唯都もまだ気がかりだった。

 結愛より先に学校へ行くので、時間はあまり無い。

 いよいよ登校する時間になって、唯都は鞄を持って立ち上がる。


「行ってきます」


 結愛からの返事は無かった。

 彼女の俯いている姿を最後に見て、玄関に向かう。


 靴を履いて、唯都は溜息をつく。


(心配だわ……)


 普段と違う結愛の様子が、頭から離れないまま、唯都は外へ出た。




 その朝だけではなかった。

 次の日も、その次の日も、何日経っても、唯都の目には、結愛がいつも落ち込んでいるように見えた。

 彼女は多くを話す方ではないから、何か相談をされることは無かったが、俯いている時間が長く、表情もどことなく暗い。

 唯都をじっと見詰めては、俯いて、唯都の存在を確認するかのように、また顔を上げる。

 これで悩んでいないと言う方が、無理がある気がした。


「結愛、どうかしたのか」


 意を決して、聞き出してみようとすると、


「何でもない」


 ふるふると、首を左右に振る。

 結愛は、無表情に見えるが、やはり機嫌のいい時と、そうでない時は、些細な違いがある。

 唯都基準で、最近結愛の笑顔を見ていない。

 寄り添うばかりで、信頼に足る「おにいちゃん」ではないのか。

 相談されないことが、唯都は悲しく思う。

 それは唯都自身にも言える事であったが、本人に自覚は無かった。




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